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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第7話 転入初日

※デルフィーヌの髪の色を変更しました。

 窓から差し込む光が、朝の到来を告げる。


「ん……んん…………すぴー」


 ………………じゃない!

 あっぶね、二度寝しそうになった!

 ガバッと勢いよく跳ね上がるように上体を起こす。


「あー気づいてよかったー。転入初日に寝坊とかマジでシャレになんないから……」


 昨日は本当に色々ありすぎて疲労が溜まっていたので、寝坊しないか心配だったのだが、どうやらギリギリセーフのようだ。二度寝は寝たら最後、次に目を覚ました時には絶望が待っている。

 こんな感じで朝から心臓に負荷をかけながらも、いそいそと朝の身支度を整えていく。

 身につけるものは支給されたこの学園の制服。結構いいデザインで気に入っていたりする。


「さて……一体どうなることやら」


 あらかた支度を終えた俺は窓の外の景色を見ながら、これから始まる学園生活に思いを馳せていた。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





「あ〜お前らも噂とかで知っての通り、今日このクラスに転入生が来る。まあ仲良くしてやってくれ、うーし入ってこいー」


 扉一枚挟んだ向こうの部屋から入室を促すダルそうな声が聞こえる。こっちは緊張してるっつーのに何だこの気の抜ける声は。


「……よし」


 意を決して扉を開け部屋の中へと進み出る。先ほどの声の主であるこのクラスの担任――ヴァルター・エルネスト先生のもとまで行くと、そっと前を見る。


「ひっ……」

「え……うそ」

「おいっあれって……」

「へぇ、珍し」

「……まさか」

「――――っ!」


 場が騒然となる。原因は勿論……俺。

 こうなることは予め予想していたので、大して驚きもしなければ動揺もしない。

 向けられる視線や言葉を無視して自己紹介をさっさと行う。


「えーこの度、転入生としてこの学園に入ることになりましたキョウヤ・ハザマです。種族はきちんと“人間”ですのでご心配なく。これからよろしくお願いします」


 ざわざわと騒がしさが残る中、それを鎮めるように担任が俺の自己紹介に続けてくる。


「えーと、色々と思うところがあるかもしれないが、彼は学園が認めた“生徒”だ。他の皆と変わらず接して欲しい」


 エルネスト先生がそう締めくくると、俺は指定された座席へと向かう。めちゃくちゃ見られたり怯えられたりするが無視だ。

 指定された席――縦三横四の計十二の座席のうち、前から見て一番後ろの右から二番目が俺の席だった――の近くまで行くと、めちゃくちゃ見覚えのある顔が目に入り、俺の足が止まった。

 その人物は紅の髪と目を持っているのだが、今はその目を限界まで見開いて口を大きく開いたまま固まっていた。


 昨晩出会った少女――ルシア・アークライトその人だった。


「「なっ……!」」


 ちょっと待て何だこれどういうことだ。


 ……俺はこいつを知っている。それもまだ別れてから半日も経っていない。

 一度きりの出会いだと思っていたのだが、まさかのもう一回があるという。ちょっと本格的に何でこんなことになっているのかわからないんだが。


 一旦整理してみよう。

 ・昨日トラブルに巻き込まれそう――というか巻き込まれに行っていたルシアを助けた。

 ・ルシアと別れた。

 ・翌日学園で会った。


 …………最後何よ。

 整理してもさっぱりだ。

 そもそもあんな時間に学園の生徒がいるとか思わないじゃん。全寮制って話なんだから門限とかあんだろ。


 俺? 俺は昨日の時点ではまだ生徒じゃなかったから、と理論武装して、学園から出る時に守衛さんにそれで押し通した。守衛さんはかなり不満げだったがそれは俺の知るところではない。

 それと学園に帰ってきた時にも、いつまで外にいるんだとか、帰ってくるのが遅いだとかグチグチ言われた。しかし俺の「まだ生徒じゃない」の一言で強引に突破した。

 非常に便利な言葉だったのだが、これから使うことが出来ないのが悔やまれるところだ。


 おっと現実逃避で話がいつの間にか逸れてしまった。

 ともかくいつまでも固まっている訳にはいかないのだ。

 俺を見る周囲の目が突然動かなくなった俺を訝しげに眺めているし、さらに警戒されてこれ以上状況が悪くなるのも出来れば避けたい。

 そんな訳でさも何もなかったかのように平静を心がけ、未だ何も発せずにいるルシアの視線を受けながら席に着いた。


「キョウヤ・ハザマです。どうぞよろしく……」


 さぞかし俺の笑みはぎこちなくなっているだろう。皆の目を完璧に騙せるほど俺の演技は上手くないのだから仕方ない。

 俺の初めましてを装った挨拶になんとか正気を取り戻したルシアは、同じくぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返した。


「……ルシア・アークライトよ」


 辛うじて絞り出した感がひしひしと伝わる自己紹介であったものの、幸いにもルシアの違和感に気づいた者はいなかったようだ。

 クラスの皆が俺のことを気にしつつもエルネスト先生の話に耳を傾けている間、俺は今一番訊きたいことを顔を伏せて横目でルシアを窺いながら、周りからは聞こえないくらいの声量で尋ねる。


「おい、どういうことだ」

「私の台詞よ。こっちがどうなってるのか聞きたいわ。何でアンタがここにいるのよ」

「……転入生だからだろ」

「そういうこと訊いてんじゃないのっ!」


 小声で怒鳴るというなんとも器用な技術を披露するルシア。

 そして何故俺は怒られたのだろうか。

 詳しい事情を話すなんて論外なのでそう答える他ないのに。なんか納得行かない。


「つーかお前も何であんな時間に外出てんだよ。まさか学園の生徒だなんて思わなかったぞ」


 もし事前に学園の生徒だと知っていれば、そこまで深入りせずにさっさと退散していただろうな。学園の関係者に変な警戒心を持たせてしまわないように、昨晩の悪漢を蹴散らしたあの場面はあまり見られたくなかったのだ。


「うっ……な、何でもいいでしょ。居ちゃ駄目な訳?」

「駄目だろ、門限とかあるんだから」


 ソッコーで否定されたルシアは、言い返す言葉がすぐには見つからなかったのか、「う〜」と唸りながら俺を睨みつけている。

 何でそこで俺を睨むんだ、正真正銘君が悪いよ。

 ――だからそこ、視線を更にキツくしない。


「まあ言いたくないなら無理して言わなくてもいい。そこまで気になることじゃないしな」

「……何か言い方が腹立つんだけど」

「不快にしたのなら謝るよ。俺はここで平穏に暮らせていけばいいと思ってるからさ」

「! ――――それは……」

「ん?」


 一瞬ルシアが悲しげに目を伏せ何か言ったような気がしたが、どうしたのかと訊いても返ってきたのは「何でもない」の一言だけ。きっと俺の気のせいだったのだろう。

 そんなこんなでコソコソと話しているうちにエルネスト先生の話も終わったようで、教室から出ていく姿を確認出来た。そしてそれはつまりHRの終わりと同時に、生徒が思い思いに動ける時間が始まることを意味していた。

 憂鬱な時間の始まりだ。


「ごきげんようルシアさん。――あらぁ? フフッ、手が早いこと、早速転入生を誑かしてるのかしら?」


 ほら来た。

 俺達がコソコソ話していた時に近づいてきたのは長い青髪の女。

 こちらに向けられた釣り上がった蒼い目は見る者全てに強気な印象を与えるものの、婉然たる佇まいと仕草などから、彼女が貴族であることは容易に想像が付いた。


 開口早々嫌味を浴びせてきた高飛車お嬢様に、ルシアは嫌そうに眉をひそめた。見せつけるように大きな溜息をつくと、机に手をついてガタッと音を立てて立ち上がった。


「いきなり何なの? 私は別に誑かしてなんかないわ。少し話をしただけよ」


 スッと目を細め静かに睨みつけるルシア。明らかに友好的な態度ではない。とはいえそれは相手側も同じのようで悪びれる様子もなく、すまし顔でその険を帯びた視線を受け止めている。


「あらそうなの? わたくしてっきりこの学園で独りぼっちの貴女が孤独に耐えかねてしまった。そしてなりふり構わなくなってしまいこの転入生を引き込もうとしているのではないか、なーんて思ったのですけれど」

「っ……そんな訳ないでしょ! ……貴女こそ、男女が話しているだけで誑かしてるとか、そんな風に受け取るなんて全くもって下世話な話よね。随分とおめでたい頭をしてるみたいじゃない、デルフィーヌ」


 口に手を当てて大仰に驚くデルフィーヌとかいう名らしいお嬢様と、沸き立つ頭を抑えているのがわかりやすいヒクつく笑みを浮かべているルシア。

 お互いに牽制し合い、学園の和やかな雰囲気なんてどこにあるんだというくらいに険悪な感じだ。

 とても居心地が悪い。雰囲気最悪だ。

 出来ることなら今すぐにでもここから逃げ出したい。転入初日なのに。

 もうホント、非常にいたたまれない気持ちだ。

 俺もこの状況の原因の一端を担っているみたいなので、そんな気持ちになっている理由の一つではある。が、他にもっと大きいのがあるのだ。

 それは――――彼女等が俺を挟んで言葉の応酬を繰り広げていること。

 別に、ね? 何も俺を間に入れなくてもいいじゃないか。そういう戦いは教室の隅でやってください。誰にも迷惑かけずにね。


 頭の上で飛び交う皮肉や嫌味でたっぷり飾られた言葉の数々に、俺はどうしたらここから抜け出せるか、半ば現実逃避気味に考え始めていた。

 クラスメイトの視線は相変わらず怯えや忌避が混じったものだったが、いくつか同情の色がある視線も受けた。

 ……同情するなら方法をくれ。ここから抜け出せる方法を。


「そもそも何で私に話しかけてくんのよ、嫌味を言うしか能のないくせに」

「何で? そのようなこと、言うまでもありませんわ。一人もお友達のいないとっても可哀想な貴女に、慈悲を恵んであげているのですわ」

「そんな慈悲要らないわ。それに友達なんて必要ないし」


 さっきも言われていたが、ルシアは友達いないのか。

 それが事実だとしても別に悪いことじゃないから何も言わないが。

 それに俺も…………積極的に友達を作る気はない。


「ふーん、 けれどこの転入生なら貴女にお似合いじゃないかしら。ねえ、“魔人”さん?」


 …………やはり来たか。まあ来るとは思っていたけどな。

 嘲りを内包した目をこちらに向けクスリと笑うデルフィーヌ。


 俺は心底ここから離れたい気持ちに襲われた。

 結局は避けられない道であるのだと、これはどこに行っても変わらない厳然たる事実であると再認識したのだ。

 わかってはいたものの、環境が変わればもしかしたらという根拠のない期待を、俺は心のどこかで抱いていたのかもしれない。でなければこんな心境に陥ることはなかったのだろう。

 落胆、諦念、失望……。

 そんな思いが俺の胸に去来していった。ただ、そんなもので堪えた訳ではない。この二年で嫌というほど言われてきたんだから、慣れるのは当たり前のことだ。

 だが言われていい気分になる訳じゃないし俺に飛び火してきてしまった。なので、もっと面倒なことになる前にさっさとこの事態に収拾をつけてしまおう。


「さあな、俺に同意を求められても困る」


 そういって立ち上がり、こう付け加える。


「あとさっきも言ったが俺は人間だ。魔人じゃない。間違えられることが多くてね、まいっちゃうよ」


 苦笑しながら、不快感を顔に出すことなくそう告げる。

 デルフィーヌは思っていたのと違う反応が返ってきたためか、手応えなくてつまらなそうな顔をしていた。

 こういう向こうからやって来るトラブルには、可能な限り避けるのが賢い生き方だと思う。

 ――命の重さが軽いこの世界では特に。


「ふん、『間違えられる』だなんて、随分と心の広い解釈だこと。それとも、まさか本心から言っている訳ではないでしょう?」

「――さあ? その辺は任せるよ。好きなように受け取ってくれ」


 鼻を鳴らし、試すような口調で流し目を送るデルフィーヌ。

 先程からこちらを煽るような発言ばかりを繰り返しているように感じられる。

 堪忍袋の緒が切れ、俺が問題を起こすよう誘発するのが目的……だとか? 

 ……流石に考え過ぎか。

 それはともかく、俺にデルフィーヌの思惑に乗ってやる義理はない。


「それと二人とも。さっきから言い合ってるようだがいいのか? もうすぐ授業が始まると思うぞ?」

「あっ」

「……確かにそうですわね」


 デルフィーヌとの話の間戸惑った様子で視線を彷徨わせていたルシアが、はっとして完全に忘失していたことを伺わせる声を上げたのに対し、デルフィーヌは短い溜息をついて同意しただけだった。

 二人は暫しの間視線をぶつけていると、不快感を露わにしてフンッと鼻を鳴らすと、それを合図としたように顔を背け各々の席へと戻っていった。


 やれやれ、面倒くさい。

 これからもこんなのが続くのだろうか……。

 続くんだろうなぁ……。

 毎度こんなんばっかりの中傷を受け辟易している未来を幻視する。

 そしてふと気になったことをルシアに尋ねてみる。


「……あのさ、ルシア」

「なに?」


 俺の声に視線だけを向けてくる。

 まだ引きずっているのか、苛立った声音だ。


「さっきのお嬢様……デルフィーヌだっけか? 見たとこ貴族っぽいけど、どういった家柄の人間なんだ?」

「はあ? アンタそんなことも知らないの?」

「うっ……仕方ないだろ、この国来たの昨日が初めてなんだから」

「……それもそうね、私の名前を聞いても、何の反応も無かったし」


 はぁ、と嘆息し呆れた雰囲気を漂わせる。そして俺の方に顔を向けて教えてくれようとした。しかし……。


 ガララッ


 と唐突に聞こえた先生が教室のドアを開ける音によって遮られてしまい、デルフィーヌについての情報はまた後でということになった。


 転入の滑り出しはイマイチだったが、ここは気持ちを切り替えてしまおう。

 さあ、初の授業だ。頑張ろう。

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