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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第6話 ルシア・アークライト

 ――ムシャクシャしてやった。後悔はしてない。



 俺の周りには五つの屍……もとい死に体になっている五人の悪漢共が転がっている。

 そのさらに近くには目を丸くした貴族のお嬢さまが呆然とした様子で俺のことを見つめている。瞳が揺れ動いていることからも俺の登場に動揺しているんだろう。

 勝手に動揺してくれてるのは構わないが、それじゃあ話が先に進まないので、ゆっくりと振り返り怖がらせないようになるべく優しい声で話しかけた。


「ええっとそこのお嬢さま……でいいのかな? ダメだよ夜にこんなとこにいちゃ」

「ぁ…………アンタ何者?」


 俺の声ではっと我に返ったお嬢さまは、すぐさま警戒心を瞳に宿した厳しい目で見澄ましており、俺の注意には答えず質問をしてきた。


 ほぼ貴族のご令嬢であると判断出来るこの少女を改めて見ると、とても整った顔立ちをしているとわかった。

 人目を引く鮮やかな紅の長髪はゆったりと吹く夜風に晒され靡き、その髪色と同じ綺麗に澄んだ紅色の双眸は夜の闇を皓然と照らす月の光を閃閃と受け止めていた。釣り上がった目からは強気な印象を受け、事実この少女の口調からも印象通りの性格であるらしいと判断出来た。


 質問してきたお嬢さまの容姿をサッと見たが、どこも震えてはおらずむしろ堂々としていることから、突然現れ大の大人五人をぶちのめした俺に警戒こそすれど恐怖は抱いていないようだった。

 意外な事実に内心で感心しつつ口を開く。


「――……ただの通りすがりです」


 出てきたはいいが俺のことをどう説明するか考えていなかった。

 俺、感心してる場合じゃなかった。何やってんだ。


「ただの通りすがりな訳ないでしょ、こんなことしておいて」


 俺の足元に倒れている奴らに視線を転じ、次いで俺を見ると、若干の非難が混じった声色で俺の返答に突っ込む。

 言ってることはまさしくその通りだ。ただの通りすがりのすることじゃねえや。


「――ていうか俺が何者かなんてどうでもいいんだよ。問題なのはあんたがこんな夜もそこそこ深い時間帯に一人でふらついてるってこと」

「別にふらついてなんかないわよ」

「……はぁ。……一人でいるのは変わらないだろ。見たとこどこぞの貴族様のご令嬢のようだし世間のことはよく知らないかもしんないがな、女の子の独り歩きは良くないの。あんたのような立場のある人間にとっては、特にな」


 諭すように告げる。

 だが、俺の言葉を受けてムッとした表情をするお嬢さま。


「わかったんなら早く家に帰りなさい、親御さん心配してるだろうしな。ほら、人がいるところまで送ってやるから」

「舐めないで。アンタの手を借りるつもりはないわ。私にはやることがあるの、邪魔しないで」


 ……か、かわいくねぇ〜。

 何だってんだよこっちは親切にしてやってんのに。

 …………チッ。


「ていうか、私が貴族だってわかってるんならどうしてそんな粗雑な言葉遣いしてるのよ」

「……敬えってか? ――しねぇよ俺は。敬うべき相手かどうかは俺自身が決めるし、お前には俺にそうさせる資質があるとは思えない。女の子が一人で夜の街を彷徨くなんて愚行を犯している時点でダメだな、無責任にもほどがある」


 お嬢さまの態度に腹が立った俺は、強い語調で責めるように捲し立てた。

 俺の指摘にグッと押し黙ったお嬢さまは、やがて痰を切るように俺を指差しながら喚くように言った。


「……っ私はルシア・アークライトよ! アークライト家の長女、そう言えばわかるでしょ」

「悪いがわからんな、この国の貴族については全然詳しくないんだ」

「なっ……!」


 肩を竦ませ淡々と答える俺に唖然とした表情を浮かべたルシアという少女は、俺の返答が予想外だったようで口をパクパクさせながら指を震わせている。


「必要に迫られない限り進んで知ろうとは思わないし関わろうとも思わない。……貴族にはあんまいい思い出がないんでね」

「! …………じゃあ何で私を助けたのよ、関わりたくないんでしょ」


 憮然とした面持ちで俺を睨みながら、少しいじけた様子でルシアは疑問を呈した。


「確かにそうだ。だが仕方ないだろ、お前を狙ったこいつらを見ちゃったんだから」

「……アンタがいなくてもどうにかなったわ」


 視線を俺から斜め下に転じボソッと不満げに呟くルシアは、先ほどの勢いを落ち着かせ、今度はばつが悪そうにしている。

 俺の答えに何か思うところがあったのかどうかは計り知れないものの、少しずつ冷静さを取り戻してきたようだ。


「ふぅ〜。わかったわかった、そういうことにしといてやるから早く家に帰んな。貴族のお嬢さまが護衛も付けすにいるってことは抜け出したとかそんなんだろ? 急いで戻った方がいい。きっと家の人たちが心配してる」

「それについては問題ないわ。気づく訳ないから」

「……あそ。どういう事情か知らんが帰るんだろ? 人がいるとこまで送ってく、要らないって言うなら俺はもう立ち去る」


 ぶっきらぼうな態度でもう一度提案してみる。ルシアの答えは明白だが。


「…………付いてくなら勝手にすれば」


 視線を合わせずにいたルシアによる、まさかの提案受け入れとも取れる発言にポカンとしてしまう。


「……何してんのよ、付いて行くって言ったのはそっちでしょ」

「お、おう……」


 しっかりとした足取りで元来た道を引き返し始めたルシアは、声をかけられるまで固まっていた俺を置いていくようにさっさと行ってしまった。それに気づき急いで後を追う。


 コツコツコツと、靴音が夜空に響く。

 夜の僅かな星と月の光さえも届かない、真っ暗でお互いの顔も見えない小径を歩きながら、先ほどから歩を進める足音だけが聞こえていた静寂から、不意に声が聞こえた。


「名前……」

「ん?」

「アンタの名前、何ていうの?」


 暗闇で表情は見えないが、先ほどの態度が嘘のように落ち着き払った声だった。

 ……名前…………名前?


「え…………通りすがりの人じゃダメ?」

「ダメ。……教えて」


 ダメなようだ。

 ……貴族だが、名前くらいいいか。この様子だと不敬を働いた俺を罰するために、みたいな目的はなさそうだ。


「……キョウヤ・ハザマ。それが俺の名前」

「……変な名前」

「ほっとけ」


 クスッと小さな笑い声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 そんなふうにポツリポツリと短いやり取りをしていくと、人々の喧騒が近くなり、すぐに夜でも明るく多くの人が行き交う通りに出た。


「ここまで来ればいいだろ。俺の付き添いはここまでだ、後はまっすぐ帰るんだぞ」

「子供扱いしないでよ、同じくらいの歳のくせに」


 左右を見てここの様子を確認しながらの忠告。それに対する返事はせずに、目だけを動かしルシアを見下ろす。


「――じゃあな。色々あったが俺の姿を見ても動じなかった胆力は認めるよ。もう心配かけんなよ」


 そう言い残しルシアから離れる。

 言葉通り、俺を見ても何も言わなかったのは貴族としては珍しい。そんな感心のような気持ちでつい零れた言葉。だが――。


「私の家の者はアンタの考えてるような愚かなことはしないわ!」


 離れて行く俺にそう投げ掛けるルシア。

 俺は反射的に振り返り、目を丸くする。

 伝えられた内容は俺が思ってもいなかったものでそれなりに衝撃的だった。久しくそんなこと言われなかった。

 心外であると言わんばかりの口調で叫ばれたのが逆に嬉しく思い、つい顔を綻ぶのを感じた。

 俺は何も言わず、そのまま雑踏の中にルシアから自分の嬉しがる姿を隠すように消えていった。


「…………この国の貴族は聞いていた通り、少し違うみたいだな」


 暫く間、俺の顔から笑みが消えることはなかった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇





「……変な奴」


 一人残された紅の髪を持つ少女は、最後に見せた京鵺の笑みを思い浮かべつつ、ポツリと言った。

 変な男であったが悪い男ではなかった。

 不可解な存在だったし色々と言われたが、ルシアにとって不思議と嫌いになれない相手だった。

 しかし今夜一度きりの出会いだ。それほど気にすることではない。

 京鵺について気になるものの、すぐにルシアは違うことで頭がいっぱいになってしまった。

 頭を悩ませつつも、ルシアはもう今日は遅いと割り切り、京鵺の忠告通り帰路についた。

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