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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第一章 運命の出会い編
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第1話 異世界の洗礼

この話は一度書いたものを書き直したものです。

 ……ここは、どこだ……?

 視界は全て暗闇に包まれている。あまりにも暗すぎて、目を開けているのかも良くわからないくらいだ。


 ――? あれ……光、か……?

 粒みたいな大きさの光だと思ったら、どんどん大きくなっている気がする。やがて俺は真っ白な光に導かれるように、そっと目を開いた。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 瞼にあたる柔らかな光で、ゆっくりと目を開ける。

 そこで確認できたのは無数の星と一際目立つ大きな月だった。なんか月の大きさが俺の知っているものより若干大きい気がする。


「うっ、ここは……? あれ、なんで俺、外で寝てんだっけ? それにこの場所って」


 上体を起こし辺りを見回してみると、なんとびっくり、森の中だった。鬱蒼と茂った草木が周辺を埋め尽くしており、木々の奥から覗く闇が自然と恐怖心を掻き立てる。確認はしていないが、かなり広そうな森、という印象を受ける。


「……何で? こんなとこで寝た覚えはないんだけど。そもそも俺はさっきまで学校から帰る途、中……?」


 ――――……あれ? 俺…………何でここに(・ ・ ・ ・ ・)いるんだ(・ ・ ・ ・)? だって俺は……あの時――


「――死んだ、よな……」


 そのはずだ。あんな死の感覚、とても夢で再現できるものじゃないだろう。それに気になることはまだある。


「俺の身体……怪我は、ないのか……?」


 出てきた震える声に自分が酷く動揺していることに気づいたが、今はその原因を確かめなければならない。

 身体中を隈無く確認するが事故の外傷は無く、身体の動作にも支障は無かった。なのだが、どうやっても衣服ばっかりは看過できなかった。なんか重いと思っていたらたっぷりと水分を含んでいたのだ。それも水じゃない赤い水――血液だ、十中八九俺の。

 ワイシャツの爽やかな白が淀んだ赤に様変わりしているのを見て、一驚。次いで気味悪さが俺の心を埋め尽くしていった。

 何がどうなっているのかわからない。……しかしこのままここにいても事態は進展しないだろう。身体のことはひとまず置いといて、今は何故か俺が森の中にいるという奇妙な状況から何とかしよう。


「……どうすっかなー。――人探し、から始めるか。まあ居るかどうかわからんが」


 やらないよりはいい。そう結論付けた俺は多少緊張しながら、森然とした林の中へ足を踏み入れた。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 見つからない。

 体感時間で一時間ほど歩いたが人っ子一人いない。加えて動物もいないときた。

 人がいないのは薄々わかっていたが流石に動物くらいはいるだろうと高を括っていた。……どうやら見通しが甘かったらしい。

 しかし完全な徒労にならない収穫もあった。

 それは――――どうやらここは日本でもなければ地球でもないということ。

 見たことのない植物や高草が見渡す一面を所狭しと埋め尽くしている光景は、あっという間に俺をその結論へと至らせた。ではここはどこかと言われると……答えに窮する。

 …………いや、わかってる。以前修二に教え込まれたよ、この状況に非常に類似した物語。そしてその主人公が行き着いた先は――


 ――異世界。


 ありえない。修二が話していたのはあくまで創作物でのことであって、決して現実のことではないのだ。だがこれは……。


 修二はあれでいていろいろな物事に通じているから、そういうジャンルにも手を伸ばしていたはずだ。

 アイツならこの状況をどう思うだろうか。やはり異世界だと言うのか、所詮創作物の話だと言い別の可能性を考えるのだろうか。はたまたどちらの可能性も考えつつ、まったく違う結論に達するのか。


 俺は武術に傾注していたため、異世界転生だとかそういうサブカルチャーの類にはあまり興味がなく、修二から聞いた話くらいしか知識が無い。まあそれでもかなり話は聞かされていたけれど。


 しかしだからといってそんなものを認めるわけにはいかない。

 まあとは言っても状況も状況だ。流石に何か出てきてほしい、そう思い始めた矢先だった。

 一寸先の草むらから葉が擦れる音が聞こえ、俺は瞬時に振り向く。警戒心を強く持ち、じっと見つめる。

 人ではない――恐らく動物。

 草の高さからそう判断し身構えていると、草陰に隠れているナニカが姿を現した。


「何だ……こいつ……」


 出てきたのは狐っぽい変な生き物だった。脅威と思わせるような体長ではない、しかしそれでいて既知のものより一回りはする大きさだ。耳は長く、尻尾は強靭さを伺わせる太さを誇っている。そして尚且つ目を引くのが前足に生えた鋭く堅固そうな爪だ。引っ掻かれたらただじゃ済まないのは目に見えている。


 どこか禍々しさを感じさせるそいつの目がこちらにぐるりと向いた瞬間、えも言われぬ危機感が俺の身体を走り抜けた。


「ッ!?」


 俺は自身の体の反応に身を任せ、咄嗟に後ろに飛び退いた。

 しかし俺は元から奴と近い距離にいた。そうでなくとも普通なら身体がきちんと動いたかどうか判然としない。

 結果、突如猛進してきたあの狐の爪が、回避に努めていたにもかかわらず俺の左腕を容易く切り裂いた。


「ぐッ……! こんのやろっ!」


 飛び掛ってきた爪狐へと、反射的に奴の右側面へと突きを加え、強制的に距離を取る。

 吹っ飛ばされた爪狐は己に加えられた反撃にこたえた様子もなく、静黙とこちらを睨んでいる。

 僅かばかり視線を合わせていたが、俺はまなじりを決すると腕の痛みを振り切り、駆け出した。


 俺はこいつを完全に敵と認識した。俺よりも小さい動物だからなどというかわいい理由で、手心を加えていてはこちらが命を落とすハメになる。そう痛感したのだ。


 迫ってくる俺に身構えた爪狐は、じっと俺を見据えているが警戒を怠ってはいない。そのため奴へと蹴りを繰り出せば当たり前のように躱される。転瞬、肌を切り裂く獰猛な爪が俺に襲い掛かってきた。

 反撃が来るとわかっていた俺は、焦ることなく振るわれた爪狐の腕を受け流し掴むと、体を回転させ、その遠心力と併せて近くに林立している大樹の一つに投げつけた。

 音を立て激突した爪狐に追撃するため、すぐさま接近。

 奴は未だ衝撃から立ち直れていない。

 その姿を認めると、やつを無力化すべく拳を振り下ろした。だが惜しい。自身に迫る危機を前に爪狐は横に飛び込むことで、あと一歩のところまで来ていたのに躱されてしまった。


 くそ、あと少しだったのに……!


 窮地を凌いだ爪狐は怒りを表すように、その特異な耳と尻尾を逆立てると、次第にその全身から紫紺のオーラがゆらりと湧き出てきた。さらにその双眼に赤く不気味な光が宿り始めている。


「……うっ……な、何だよ、あれ……」


 ――おぞましい。


 本能的嫌悪感。冷や汗が背筋を流れ落ちるのを感じる。

 俺が無意識に一歩後ずさったのを一目すると、爪狐は先ほどとは比べ物にならない速度で俺との距離を詰め、その爪で猛威を振るった。


「うわっ……ッ……!!」


 小柄な体躯を活かし俊敏に動き回っては、俺の命を刈り取ろうと爪による斬撃が息付く暇もなく次々と俺の肌を傷つけている。


 ――速い……!


 動きが目で追えるか追えないかといった速さになっている。奴の一挙手一投足を全力で注視していないと、すぐに見失うくらいだ。

 一つ一つの攻撃を紙一重、または避け切れずにいる中、この芳しくない状況をなんとかしなければと思い立つが、このゆとりの無い逼迫した状態ではなかなかそうもいかない。

 一瞬気を緩めることすら命取りに繋がる一方的な攻撃を何とか捌き続けていると、ついにギリギリだった均衡が崩れてしまった。


 注意を疎かにしていた足元の木の根に足を取られてバランスを崩してしまったのだ。

 そんな出し抜けにやってきた好機に爪狐が無駄にするはずもなく、確実性を取ったのか知らないがその目を見張る素早さで体当たりをかまして、先ほどのお返しとばかりに俺を吹っ飛ばした。


 風切り音を聞きながら宙空を己の身で切り裂いていると、勢いを強制的に止める衝撃が俺の身体を駆け巡った。


「ぐあぁっ!? がはッ! くっ……うぐっ」


 地に倒れ伏した俺は何が起きたのか知るために見上げてみると、そこには太い幹を持った樹木。かなりの速度で激突したのはすぐにわかった。

 直撃を受けた腹と背中に受けた衝撃で、吐き気が込み上げてくる。加えて痛みも酷く、立ち上がることができない。

 ヤバい。こんな時に奴が来たら攻撃は免れない。

 そんな機微を察したのか、爪狐は追撃を加えんとこちらへ一直線に向かって来た。


「チィッ!」


 俺は直進してくる敵を前に地面の土を掴み目を潰すことで、苦し紛れではあるがその勢いを減じさせ、避け切ることに成功する。

 目を潰された爪狐は頭を振り悶えている。


 今だ!


 目を襲った痛みに苦しんでいる爪狐に対し、俺は痛みや吐き気を無理やり抑え込み、容赦なく奴を蹴り上げ、浮き上がったところに肘打ちを叩き込んだ。


『ギャぉぁ!』


 苦痛の声が爪狐から発せられたことで、攻撃が効いたのを実感する。

 だがこっちもヤバい。先ほどのダメージがまだ残ってる。反撃できたとしても、簡単に予断を許さない状況であるのは間違いない。


 無理やり引き離した爪狐との距離は五、六メートルほど。

 爪狐は未だ立ち直っていないが、逸って近づけば返り討ちに遭う可能性がある。


「さて、どうすっか……」


 打撃は有効であるが、俺の状態を鑑みるとそれだけでは少し心許ない。無理に武術で攻撃することに拘わる必要は無いんだ。

 何か武器になるものはないか……?

 事態を打開するために周辺を見回すと――――あった。

 手頃な大きさの折れた枝が少し先に転がっている。

 俺は爪狐を見遣るが、まだ奴は蠢いてるのみで立ち上がってはいない。それを見て大丈夫だと判断すると、急ぎ枝のもとへ走り出した。

 手に取った枝は握れるくらいで簡単には折れなさそうな太さ。武器には丁度いい。


「よし。鋭利じゃないが得物を持つのと持たないんじゃ全然違うからな」


 準備万端、とはいかないが大方これでオッケーだ。

 そう思い爪狐に振り返ると、異変を感じた。でもそれが何かわからない。


 ――――……!

 ……そうか、オーラだ。奴の纏っているオーラが濃くなっているのだ。

 それが何を表しているのかわからないが、きっと良くないことだという予感は多分当たっている。


 そして――ついに動いた。


 奴が爪を振るったのだ。勿論この距離では届くはずがないのにだ。

 そして一拍後、俺の勘が突如警鐘を鳴らした。

 途轍もなく悪い予感。全身を襲う生命の危機。それらが俺に回避を選択させたのだ。

 顔が引き攣るのを自覚しながら、必死に身をよじり、目に目えない何かを避ける。


「――はっ……はっ……はぁっ……。何だよ……今の」


 治まらない動悸を感じ、息切れを起こす。

 すると、違和感を二つ感じた。

 一つは持っている枝の重さだった。どうしたのかと目をやると、そこで見たのは綺麗な枝の断面。視認するだけでも、鋭いもので切断されたであろうことは容易に見て取れる。

 そして視界に赤が映る。

 不審に思い視線を動かせば、脇腹の辺りが服ごと綺麗に切り裂かれ血がドクドクと流れ出していた。これが二つ目の違和感だった。


「は? え、あ? 何で、切られてんだ、俺……?」


 理解できない状況に頭が真っ白になる。

 手を傷口に当ててみるとそこにはぬるりとした感触。暖かい液体が手を温め、その感覚が気持ち悪くてすぐに手を離してしまう。二度目に見た掌には肌色の箇所は見られず、全て鮮血に染まっていた。


「……何しやがったてめぇ……」


 何をしたのかわからないが、どうやら奴の濃くなったオーラが一因として考えられる。

 今の状態には正体不明の攻撃を放つことができるみたいだが、当の爪狐の息は荒い。恐らくそう何度も撃てる攻撃ではないのだろう。

 あの様子なら二度目の心配はなさそうだが肝心の俺のダメージがデカい。

 脇腹に一発。今はまだ大丈夫だがいずれ消耗してやられるだろう。

 どうせこのままでいたらもう一度死ぬことになるんだ。

 だったらやるしかない。

 短期決戦だ――。


 握られた枝を確認すると、短くなったものの切断面がいい感じに枝を刃物へと変貌させている。

 俺はふぅ、と息を吐き出すと一気に間合いを詰めた。

 迫り来る俺に、敵意からか緊張からか爪狐は身体を強張らせる。

 そんな爪狐目掛けて横薙ぎに一振り。

 しかし上方に跳び上がることで回避される。踏み込んだため爪狐が至近距離に入ったことで、リーチの長い枝じゃ攻撃は難しくなってしまった。だが気にする必要は無い。俺にはもう一つの武器がある。それは、


「フッ!!」


 武術だ。

 目の前に上がった爪狐へ振り抜いた拳を炸裂させ、地面へと叩きつける。

 爪狐が苦悶の声を上げるのも聞き流し、もう片方の手に持った鋭利な武器で突き刺す。が、突き刺したのは地面。

 チッまだ避けるか。

 避けたのち、爪狐は付近の木の幹を駆け上がると、そこから勢いよく俺に飛びついてきた。急な方向転換による攻撃だ。

 意表をつかれた俺は咄嗟に枝を頭上に掲げ、防御を取る。

 ところが空気中でのやつの動きが突如変わった。前回転、からの尻尾による遠心力の込められた強力な一撃。

 直撃を受けた枝は物の見事に粉砕した。


「なっ!?」


 驚愕する俺の視界に映るは宙を舞う多数の枝の欠片。

 まだ諦めるな、まだいける!

 俺は歯を噛み締め気合を入れると、枝の欠片を掴み取った。


「――終わりだぁああっ!」


 咆哮と共に奴の胸の真中に天然の刃物を突き刺す。コツりと何か硬いものに当たった感触を感じたが、今は気にしない。

 どさりと地に落ちた爪狐にもう一撃。止めを刺し完全にこの戦いを終わらせる。


「はあ、はあ、はあっ」


 爪狐はもう動かない。

 自身の荒い呼吸の音を聞きながら、勝負が決したことを悟った。

 やっと、終わった……。


「くそっ、キツすぎだっつの」


 激しかった戦闘に悪態をつき枝の欠片を捨て去ると、ここから離れるべく足を動かした。

 疲れたが、動物の死骸の前で休息は取りたくない。

 そんなわけで少し離れたところにある太い幹を持つ木まで移動し、力尽きるように腰を下ろし背を預けた。


「ふぅ〜。全く、強過ぎんだろあの狐もどき。もう少しでやられるとこだったな」


 先程見た狐の外形と戦闘を思い出し、やはりここは地球ではなく異世界なのだと痛感する。


「うっ痛ってぇ、デカいの喰らっちまったな。とりあえず止血したほうがいいか」


 また死ぬのはごめんだ。あんな経験二度としたくない。


 上着を脱ぎ、中のワイシャツの両腕部分を引きちぎり脇腹に巻きつけ、四苦八苦しつつも何とか止血完了。腕の方の傷は方は比較的浅いため放っておく。上着は血で濡れて気持ち悪いが、肌寒かったので着直した。


「少し……疲れたな……。ちょっとだけ、休もうか」


 一時の休息。だったのだが――


 ――安心しきった俺の目に、爪狐が熊のようなモノに食べられる光景が映った。





 悪夢の第二ラウンドが始まった。

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