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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第4話 “だめだよ”

前話は長くなり過ぎてしまうのを懸念し、途中で切りました。

なので今回は短めです。

「いや、すまないね、少し湿っぽくなってしまった。仕事の話をしようと言ったのは私なのにね。――話を戻そうか」

「そんな、こちらこそ」


 学園長は咳払いをしてこちらを見据えた。


「今回の仕事で留意してほしいのは、キョウヤ君が賊の発見のためにこの学園に潜入している事実がバレないようにすること。大きな理由としては、そのような嫌疑がかかる者が学園にいる事自体が問題であるからだ」

「問題、ですか」

「ああ。魔法学園という魔法使いの育成機関は世界でも三つしかない。それ故世界中の関心も集まり、その動向は常にチェックされているんだ。そんな中学内に不穏分子が紛れ込んでいると知られれば……“エストクル魔法学園”の沽券に大きく関わる」

「――……結構深刻な事態なんですね」


 学園の事情について詳細な事は知らなかったため、こんな事態になっていたとは正直思いもしてなかった。

 俺みたいな魔法使いが請け負う仕事にしては明らかに荷が重い。


 …………ちゃんと説明しろやあの女ぁ……。


「え、えっと……グレイスから聞いてなかったかい?」


 俺が内心腸が煮えくり返る思いでいたのを察したのか、額に汗を浮かべた学園長が恐る恐る確認を取る。


「聞いてなかったですね。すみません、あの女(こちら)の不手際です」

「はは……そうか……」


 俺の状況を理解したのか思わず苦笑いを浮かべる学園長。それから何かに思い至ったのか、不安の色を瞳に湛えながらこう訊ねてきた。


「それで、その……仕事は……」

「ああ、それは勿論やりますよ、ご心配なく」


 怒気を引っ込めてにっこりと笑う。

 ただし、拳は震えるほど握られていたが。


「……そうか。――……任せたよ。学園側としても出来る限りのバックアップはするつもりだから」


 ほっと胸を撫で下ろした学園長は、俺の拳を気にしつつも嬉しい提案をしてくれる。

 学園の支援を受けられるならそれに越した事はない。俺一人じゃ対処出来ない問題が出てくる可能性も大いに有り得るからだ。


「ああ、わかっていると思うが、“バックアップ”は別に“特別扱い”ではないからね。そこのところ、履き違えないように」

「承知しております」


 思い出したように忠告する学園長に当然とばかりに首肯する。

 俺はこれから一生徒としてこの学園に籍を置くことになるんだ。仕事に関係ないことで学園長の手を煩わせるつもりはない。


「――ひとまずはこんなところかな。何か困ったことがあったら何でも相談してくれてかまないよ。個人的にもグレイスの弟子というだけでなく、キョウヤ君は好感が持てるからね」

「ありがとうございます」

「じゃあ次はキョウヤ君の転入について話していこうか」

「ああ、そのことなんですが……師匠に何か無茶言われませんでしたか?」


 実は少し気がかりではあった。

 師匠は“多少”と言っていたが言葉通りに考えるのは俺には出来なかった。師匠の“多少”は常人とはかけ離れているのだ。

 俺の予想が正しければ学園長は――


「……うん、無茶言われた。ていうか無茶しか言ってなかったよ……」

「やっぱりですか」


 どんよりとしたオーラを出しながら腕を腿に乗せ項垂れる学園長が、はあ〜、と大きく嘆息している姿は、まるで仕事に疲れ切ったサラリーマンのようだった。


「普通はね、転入を果たすためには転入試験に合格しないといけないんだよ」

「…………」

「私は最初、キョウヤ君にも試験を受けてもらおうと考えていたんだが、彼女がね……『どうせ落ちる訳ないんだからあなたの権限でなんとかしなさいよ』って……私の考え、一刀両断されたよ」


 学園長の哀愁を帯びた声で語られる事実。

 ……この人が不憫でしょうがなくなってきた。


「仮にもうちの転入試験は難関であると有名なんだがね…………しかもそのことが書かれた封書で連絡を打ち切ってきたから説得しようにも出来なくてね。それで要求を呑まざるを得なくて……試験なしで転入させろなんて、どれだけ苦労するか知らないで」

「なんか…………本当、すみません……」


 この人の苦労を思うと涙が出てくる。


 学園長の話によると、この魔法学園は前の世界でいう中高一貫校のようなもので、中等部生は高等部に無試験で入れる。ちなみに高等部から入ろうとする者は入学試験を受ける――競争率はかなり高いらしいが。


 一方転入希望者は、学園に転入するために非常に難しい試験を突破しなければいけないらしく、筆記と実技の両方で受験者の合否を決定するのだが、合格者はほとんどいないとのこと。


 基本は入学試験であるため、中には途中から入ってくる者を認めなかったり疎ましく思ったりする生徒がいるらしい。

 そんな生徒を納得させるだけの能力を持った者でないと、不満を抑えるのは難しい。

 転入試験が難関なのは転入生と内部生・外部生の両方に配慮した結果なのだ。


 そんな複雑な理由があるのに試験を受けずに転入させる。下手をすれば学園長が横暴だと見られかねない要望を通させるのはきっと並大抵の事じゃなかった筈だ。

 簡単に転入できることになったように見えるが、実はそれは学園長が東奔西走してくれたからこそなのだ。


「師匠に代わって礼を言わせてください。シルヴェスター・ギルグッド学園長、この度は本当にありがとうございました」

「…………キョウヤ君……」


 俺は誠意を込めて頭を下げた。

 学園長が呆然と俺を見つめる。

 そして感激したように穏やかで優しげな笑顔を浮かべた。


「……それを聞いただけで苦労したかいがあったというものだよ。彼女に君の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだ」


 肩を竦ませてみせる学園長は気が楽になったようで、纏う雰囲気が変わっていた。


「さて、それで転入の話なんだが、話しておこうと思っているのは転入までの経緯いきさつというか設定というか……そんなものを伝えようと思う」

「設定……?」


 周囲を納得させるために用いた設定、ということだろうか。


「そうさ。キョウヤ君はここへその膨大な魔力量を見込まれて来た。転入試験に関しては私が個人的に見て問題ないと判断した、ということにしてある」

「えっ……それって学園長直々の推薦、みたいに捉えられませんか?」

「ま、まあそうなる……のかな……?」


 身じろぎをしたと思ったら、いつの間にか俺から目を逸らしていた。

 ……マジですか。


「俺、そこまで凄い魔法使いじゃないですよ?」

「いやいやいや、そんなことないさ! キョウヤ君はグレイスの弟子なんだ。どうってことないよ!」


 買い被り過ぎだと思う。

 俺はそこまで立派な魔法使いじゃない。

 俺の戦い方は邪道だし、根本的に他の奴らとは異なっているところもあるのだから。


「そうは言ってもですね……師匠から聞いている通り、俺は欠陥品――」

「キョウヤ君」


 学園長から発せられた唸るような低音で、俺の言葉は遮られた。その声色は明らかに憤慨しているとわかるもので、俺の目の前の人物もその通り怒っていた。


「……だめだよ。それは君が言ってはいけないことだ。それに、自分を卑下するもんじゃないよ。――君のその体質は、君だけのものじゃないんだ。君があの呼称を認めるというのは即ち、君のような人達も認めていると見られてしまう。実情がどうであれね」

「……申し訳ありません、失言でした」


 素直に頭を下げ謝罪する。

 これは俺が悪い。


「以後、気をつけるように。……私はね、期待しているんだ。君のような体質の持ち主でもここまでやれるんだって」

「…………」

「打ち壊してくれ、偏見を。皆がキョウヤ君を認めれば……きっと変わる筈だ」


 声にこもる力が次第に強くなっていくのを俺は静かに聞いていた。

 学園長として並々ならない思いがあるのだろう。


 元々それは気にしていなかった。さして重要度の高いものじゃないと思っていたから。


 …………俺は何も学んじゃいなかった。


「――――……わかりました。……俺がやる事で、何かが変わるなら」

「頼む」


 それから俺達は打ち合わせを進めていった。

 中でも驚いたのは、この学園が全寮制だということ。つまりは住む場所に困らない。

 俺の部屋も用意してあるらしいのだが、通常二人部屋のところを一人で使わせてもらえるようだ。俺の容姿に配慮してくれた結果らしく、学園長には頭が上がらない。


 そんなこんなで学園長との話は終わった。

 結構長く話し込んでいたようで、窓を見れば空はもうオレンジ色に移り変わっており、夕日が随分と低い位置にあった。


「それでは、今日は色々とありがとうございました」

「こちらこそ。仕事もあると思うが、是非学園生活を楽しんでくれ」


 一礼し部屋を退出した俺は、誰もいない廊下を見て昼間とは違った静けさを感じた。

 生徒は既に寮に戻ったのだろう。


「――まずは寮に行きますか、どういうところか確認しないとな」


 薄暗くなった廊下を、俺は一人歩いていった。

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