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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第一章 運命の出会い編
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幕間 遺された者一人

 あの人は何で僕を助けてくれたのでしょうか。何で……こんな僕なんかを。

 わかっているのは僕のせいであの人は死んでしまったということだけです。


 顔も名前も知らない人でした。赤の他人です。それなのに、一瞬だけ見えたあの人の表情はとても必死で。それでいてどこか諦めていて。


 本当に何ででしょうか。


 僕は未だに――それがわからない。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇





 母一人と子一人。いつも母は仕事で家を空けていることが多く、帰宅も夜遅いことが常でなかなか母と話すことはありません。

 そんな母子家庭で育った僕は、珍奇な容姿も相まって物静かな性格になりました。

 学校ではよくいじめられたりしましたけど、そこまで酷いものじゃなかったし、特に暴行を受けたわけじゃなかったので誰にも言いませんでした。まあ、恵まれた顔立ちのおかげでいじめてくるのは男子ばかりで女子はその限りではありませんでしたが。多分同じ男子である僕の顔が気に食わなかったんだろうと思います。クラス全員じゃなかったことが唯一の救いでしたね。

 それに僕は人より結構大人びているらしいので、同級生と上手くいかないのは多分、そういうところも要因となっているんじゃないかなと自分で思っています。


 でも、段々思うようになってきたのです。僕が生きている理由は何だろうと。

 父の顔はもう覚えていませんし、母とはろくに会話をしないだけでなく顔を合わせない日もしばしばあるくらいです。愛されているのか僕にはよくわかりません。


 学校に居ても僕の居場所と言えるものは存在しません。

 特に親しい友人がいるわけでもない僕は、学校ではいつも一人でいます。先ほど女子はいじめてこないと言いましたが、積極的に話しかけてくるわけでもないのです。遠巻きに僕を窺っている、という感じですね。それも多分好意的なものじゃなくて薄気味悪いものを見ている感じだと思います。僕を見てこそこそ何か話していたりしますから。


 ともあれ僕に居場所がないのは事実で、別に僕が居なくても大した影響を与えはしないと考えるようになりました。


 ――僕には生きる理由がない。

 僕の中は空っぽです。目標もなければ夢もない。


 僕はそよ風のようなものなんです。いてもいなくても大して変わらない、いつの間にか過ぎ去ってはすぐに忘れられていく、そんな風。


 でも、そんなぼくを正面から受け止めてくれた人を見つけました。

 ……だけど、他ならない僕がその人を死なせてしまった。僕のせいで。僕が全部悪い。


 ……あの女の人の慟哭どうこくが頭から離れない。まるで鉄にこびりついたさびのように。

 何度も何度も繰り返されるその人の叫びは、僕の心を締め付けていく。でもそれで構いません。だって僕に逃げる権利なんてありませんから。


 あの時、何で早くに気づかなかったんだろうって自分を呪っています。そりゃそうでしょう。僕がすぐに気づいて逃げていれば、あの人は死なずに済んだんですから。


 吹き飛ばされたあの人を見て茫然自失としていた僕は、知らずあの人のもとへ向かっていました。そして、あまりの惨劇の様相に耐えられなかった僕の膝が折れました。

 やがて女の人が近づいてきました。激しい動揺のせいで僕に気づいていないようでした。

 次いで、慟哭。

 彼女の耳を貫く叫び声は虚ろだった僕を正気に引き戻し、現実に直面させました。彼女の悲絶した表情も、彼女の悲痛な叫び声も、ここにいる僕が引き起こしたんだということを。


 カーテンが閉められて昼間なのに暗い部屋の中。ベッドの上で一人膝を抱えて物思いに耽っていた僕は、何だかじっとしていられなくて外に出ることにしました。

 じっとしていられないのには理由がありますが、人に話して信じてくれるとは思いません。事実、昨日警察の人に話しても信じてもらえたかどうか微妙な反応でしたし。


 部屋を出るときいつも被っていた帽子が目に入りました。

 …………でも今日はやめときましょう。助けてくれたあの人に帽子を被って顔を隠していたら失礼かも知れませんしね。

 他の人の目なんて気にしない。被っていなくても、きっと大丈夫。


 僕の行き先はただ一つ。

 あの人――狭間京鵺さんが亡くなったあの大通りです。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇





 昼間でも割と車通りが激しいこの場所は、まるで昨日の大事故が存在しなかったかのようにいつもと同じでした。

 だけど人が亡くなったのは確かです。現場の近くには誰かが既に献花をしたみたいで、花が添えられていました。

 僕にはなんかその花が自分を責めているような気がして、立ち止まりそうになりました。けれど、そんなことはしてはいけないのです。僕は何とか堪えてそこまで歩を進めました。

 そして……。


「……ごめんなさい」


 届くかもわからない謝罪をして、ここに来る途中で買った花をそっと添えます。


 あなたは僕がここに来たことをどう思っているのでしょう。


 やっぱり僕のせいで命を落としたんだから責めているんでしょうね。……助けなければよかったって、後悔しているんでしょうね。

 ――でも、もしかしたら………………。いやその先は僕が考えてはいけないことです。

 この期に及んで僕はまだ救いを求めているんですか。都合が良すぎですよ、全く。


「京鵺さん……何で……何で、僕なんかを助けたんですか」


 ずっと助けられてから考えてきたこと。だけどいくら考えても答えは出な


「そりゃあ、あいつだからだろ」


 ――唐突に、僕の後ろから声がしました。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇





 どのくらいの間そこにいたのかわからなかったが、修二は一通り自分の感情を吐き出したところでこれからどうするか考えた。


(今さら授業に戻ってもなぁ……。どうせ怒られるか同情の眼差しを送られるだけだろうし)


(別にいいか、戻らなくて。学校に来てみたはいいけど授業なんて受ける気にならねぇんだよな。……それに、行きたいところもあるし)


 そう思いとりあえず今後の方針を定めると、修二はその場を後にした。


 修二は目的地までの道中、様々な考えを巡らせていた。

 今まで京鵺と共に過ごしてきた思い出に始まり、昨日見た美鈴の様子からこれからどうケアしてあげたらいいか。そしてまだ会っていないが、恐らくは美鈴と同じ状態であろう京鵺の妹の狭間紅巴。

 修二が何かをして変わるほど彼らの心の傷は浅くないかもしれないが、やらないよりはいいだろう。そう思いついたところで溜め息をつく。


「……全く、あの野郎面倒なモン遺していきやがって。本当、何やってんだよお前。――ほんっと…………バカだろ……」


 哀しみに顔を歪ませながら僅かに笑みを作っている修二の表情は実に痛々しい。

 哀しみに怒り、苦しみなどその他多くの感情がごちゃ混ぜになった心境で歩き続ける。

 つい先ほどそういった感情は全て吐き出したはずなのに、湧き出るように修二の心中で溜まり続ける。


「――っクソ……しっかりしろっつーの、俺」


 声に出し自らを叱咤する。

 そんな感じで少しの間道を進んでいくと、ついに目的地が見えた。

 修二が行きたかったところは昨日の事故現場であった。修二は所在の知れない京鵺の遺体について何かわかるのではないかと、小さな期待を胸に訪れたのである。


 ところが修二は事故現場に来てすぐ目的を果たそうとしなかった。先客がいたからだ。あの事故にとても、とても繋がりのある人物が。

 その人物は少年であった。身長から考えると小学五、六年生くらいだろう。

 少年はまるで本に出てくるような王子様みたいに怖いくらいに整った目鼻立ちをしており、きめ細かい白磁の肌を持っていた。


 修二はその少年を視界に捉えると、軽く目を見張った。美しい容姿に、ではない。少年を見れば誰もがそこに注目するであろうところに、である。


 近づくと何かを呟いていた。


「京鵺さん……何で……何で、僕なんかを助けたんですか」


 修二はすぐに気がついた。この子が京鵺が救った少年であると。

 しかしその発言はよろしくない。少年が自分の代わりに京鵺が死んでしまったために自責の念に苛まれていると推察できたが、京鵺をずっと見てきた修二からすればその発言はいただけなかった。

 なので、修二はまだ気づいていない様子の少年に声をかけてみることにした。


「そりゃあ、あいつだからだろ」


 唐突に投げかけられた声に内心ビクリとした少年は、ゆっくりと振り向いた。


 風が吹き、純白・ ・の髪が靡く。


 その少年を言葉一つで表すとしたら、みな口を揃えてこう言うであろう。


 ――『雪』、と。





「――お前の名前は?」

「怜……日上怜ひがみれいです」

「そうか。俺は有原修二だ。……怜、ちょっと話……いいか?」

「はい。僕もあなたに……話しておかなければならないことがあります」





 この一つの出会いから、狂わされた歯車が再び廻り始めた。

 狭間京鵺には狭間京鵺の物語があるように、彼らには彼らの物語がある。


 物語が一つだけだなんて――――誰が決めた?

第一章 運命の出会い編・完



第二章の更新は少し先になりそうです。書き溜めしておきたいので。

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