第10話 真夜中の密談
今回短いです。
「ほな、私から説明しましょか」
先にそう切り出したのは、今も絶やさずその顔に真意を読み取らせない笑みを貼り付けているバウドだ。
彼は組んだ手をテーブルの上に乗せ話す体勢を整える。すると、それまでふざけた発言しかしてこなかった彼から些か真剣味を帯びた声が聞こえ始めた。
「前置きさせてもらいますと、私が握っとる情報はそこまで深く突っ込んだもんじゃないんですわ。これでも結構頑張った方なんですけども。
その私が必死こいて手に入れた情報はただ一つ、奴らが動き出したっちゅうことなんや。近頃鳴りを潜めておった奴らや、恐らくまた何かやらかすはずやで」
「誤情報の可能性は?」
「ありません。そのへんの心配はしなくとも大丈夫です」
「……そう。まあそこは信じておきましょう。あんたは絶対に信じられないけどあんたの持つ情報は信じられるから。……甚だ不本意だけど」
「ははっ、そらありがとうございます。もし情報が信用されなかったらうちの屋台骨が傾いてしまいますからね」
朗らかに笑うバウド。彼のしている仕事において信用は第一なのだ。商人の彼としてもこちら側の彼としても。
「それで、具体的には?」
「それなんやけど…………連中、エストクルとアーマレンドに手ぇ出そうとしとるみたいや。構成員が何をしようとしとるのかさっぱりわかってはいません。ただ、確実にわかるのは全く嬉しゅうないことやっちゅうくらいですな」
「王国と帝国に…………?」
「ああそうや。まだ表立ったもんはやってへんみたいですけど、何かしらの準備を整えてるだけなんやと思います」
「同感ね。もっとも奴らがそれを匂わすような動きをするとは思えないけど」
「全くもってその通りで。せやけど奴ら、私らに情報漏れとるのなんて夢にも思わんでしょうなぁ〜。これでようやく尻尾掴めるんとちゃいます?」
「……そうね」
(本当、どうやって仕入れているのか……)
バウドの出し抜いてやったという事実と奴らに対しての進展が望めるという事実に、グレイスは訝しげに目を細めつつも同意する。とは言っても内心では彼の不可解な情報の入手方法に疑義の念を抱いていたが、すぐに探っても無駄だという諦めが込められた嘆息をした。
バウドはこれで一通りの情報は話したとばかりに背もたれに体を預け、両腕を引っ掛けた。足も伸ばしリラックスしたような姿勢で虚空を見上げる。
「私からはこんなもんですな。ああ、わかってるとは思いますけど新鮮な情報やないことはご容赦ください。移動やら何やらでどうしても時間は掛かってしまいますので」
「十分。そんなことは百も承知よ。新鮮な情報であろうがなかろうが、何か起こされる前に知れたのは僥倖なのだからね」
バウドは背もたれに掛けた片手をひらひらと振り、彼女の了解を得る。
交わされるやりとりは先の緊迫したものとは幾分か和らいだものであった。それほど彼らの言う「奴ら」の動きは互いの不仲――主にグレイスの一方的な嫌悪からであるが――すら問題にしないほど、彼らの関心を引く重要な案件であるのだ。
バウドは上に向けていた視線をグレイスに注ぐと、
「お次はそちらさんの番ですよ。話してくれはりますか。どうせ訳ありなんでしょう、あの坊ちゃん」
「狭間京鵺」という少年についての情報の提示を求めた。
彼女は目を瞑りしばらくの間そのままでいると、長い溜息をつきやむを得ずといった体で話し始めた。
「……私があの子を見つけたのは半年ほど前よ。森で魔物に襲われているところを保護した。その時には既に瀕死の状態だったけどね」
目線を斜め下に向けながら当時を思い出すように、ポツリポツリと言う。対するバウドは椅子を揺らしながら、静かに聞いている。
「それから治療して事情を訊いた……はいいのだけど……」
「何か問題が?」
「ええ、それはもう大きな問題がね。……信じられないとは思うけど、あの子は既に死んでいたのよ、私が見つける前にね」
「……姐さんも冗談言うようになったんですか。ははっ。こら大きな進歩ですな〜」
グレイスの発言に硬直したバウドは、冗談と受け取ることで何とかいつもの薄ら笑いを取り戻す。
「…………そうね。じゃあ冗談ってことでこの話はもう終わりかしら。お互いに有意義な時間だったわ、じゃあ――」
「ちょちょちょ待ちぃや!? 嘘嘘! 何簡単に終わらせようとしとんねん、信じます、信じてます! だからもうちょい話し――ってうわぁっと!?」
バウドの茶々とも取れる受け答えに対し、これ幸いとあまり話したくなかった話を切り上げるチャンスだと思い、グレイスは早口で捲し立て席を立とうとする。
予想外の展開にギョッとしたバウドは慌てて引き止めようとする。しかし元々彼の姿勢のせいで不安定な状態だった椅子だ。その結果、彼が慌てたせいで後ろへ倒れてしまい、座っていたバウドは椅子もろともに床に倒れ込み頭をぶつけるハメになったのだった。
手本のようなわかりやすい、見事な自業自得である。
「痛ったたたた〜。酷いですよ姐さん。いきなり驚かさんといてください」
「馬鹿なこと言ったあんたが悪いんでしょうが。非難される筋合いはないわ、馬鹿が」
「……もうちょい優しゅうしてくれてもええんちゃいます?」
彼は悲しげな声で切実に提案をしたものの、それに対する返事はない。彼女が彼にとる態度は悲しいかな、そんなもんである。
彼はしょんぼりとした様子で椅子を戻し、先程の話を聴いていた姿勢へ座り直した。
再度椅子が定期的に軋む音を聞き、呆れた様子を隠そうともしない目で見たグレイスはふうー、と長い息を漏らす。学習しないのかと言いたいが、彼のいつもの笑みを浮かべた顔を見ればそんな気も起きない。
「話の腰を折ってしまいすいません。どうぞ続けてください」
グレイスは無性にもう終わりにしたい気持ちに駆られたが、眉間を指でもみ気持ちを落ち着かせた後、何とか説明を再開させる。
「…………あの子が死んでいたってところまでだったかしら」
「そうでしたなあ。んで、それどうゆう意味なんです?」
「文字通りの意味よ。あの子は大量に出血するような死に方で命を落としたのよ」
「……ふ〜ん。せやけど生きとりますよね、坊ちゃんは」
「そうね。何故だかはわからないわ、それでもキョウヤは今を生きていて、ここにいる。でも重要なのはそこじゃない」
グレイスは京鵺の蘇生について今は問題ではないという。
では一体何なのか。人体の蘇生以上の神の御業の如き事象が存在するのであろうか。
そう疑問に思い怪訝な顔を浮かべるバウドに衝撃的な事実が飛び込んできた。
「キョウヤが死んだのはこの世界じゃなく、別の世界であるということよ」
「……何やと?」
バウドの糸目からいつものふざけたものではない真剣そのものな双眸を覗かせた。しかし一度瞬きをすればいつの間にか普段のおちゃらけた目に戻ってしまっていた。
彼の一瞬の反応にグレイスは目ざとく気づいたが、気づかないふりをしてそのまま話を続ける。
「キョウヤは別の世界で死に、落としたはずの命を持ってこの世界にやって来た。原因はあの子にもわかっていないわ」
「……嘘をついてる可能性は?」
「ないわね。そんな様子は見受けられなかったわ。
――それに……」
珍しく言葉を濁した彼女の様子にバウドは胡乱に思い、まだ何かあるのだろうと推察する。
目線を漂わせ何やら悩ましげな様子を見せていたグレイスは、突然席を立った。
「見せた方が早いわね」
そう言うと、グレイスはバウドを一人残し部屋から消えてしまった。
話が長くなってしまったのでここで切りました。




