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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第一章 運命の出会い編
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第9話 危険な密談

 結局あの胡散臭さ全開の商品説明の後、バウドさんの必死の懇願によりなんとか追い出されずに泊まれることが決定した。

 そして俺はすっかり忘れていて遅れた自己紹介をし、よろしくと伝える。しかし当然のように師匠はしてない。


 その後暫くバウドさんと話し親睦を深めていたのだが、色々と面白い話を聞けたのは僥倖だった。

 バウドさんは商人として世界各国を渡り歩いているそうで、様々な国や自然などを見聞きしていた。

 売れない商人も大変だなと思ったが、先程の光景が頭に浮かぶとそれも無理もないと考えを一瞬にして翻した。多分あの本物かどうか怪しい商品の数々が、彼の物が売れない原因の一端を担っているのは間違いない。


 そんなこんなで時間は瞬く間に過ぎていき、就寝の頃となった。

 少しずつ眠気が瞼にたまり始めたのを感じると就寝の準備を整える。


「ではお先に寝させてもらいますね。おやすみなさい」

「おやすみ」

「よう寝とけやー」


 一人増えた挨拶に少しだけ感慨に浸りながら、俺は自分の部屋のベッドに向かった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇





 夜も徐々に更けてきた森の中の佇む小屋、その部屋の一室には明かりが灯っておりまだ起きている人がいるのをありありと示していた。

 室内には二つの影が見える。

 一つは不機嫌な様子を隠すこともせずそれでいてなお美しい絶世の美女、もう一つの影は彼女とそこにいるのはあまりにも場違いで目立った特徴のない商人の男。

 ――グレイス・クレヴァリーとバウドだ。


 彼等はテーブルを挟んで対面しており、どちらも声を発していない。

 先程黒髪の少年――京鵺が就寝するため部屋に戻り、居間には彼ら二人だけが残された。


 対面している彼らが放つ雰囲気は全く趣の異なるものだ。

 京鵺がその場にいた時より遥かに険悪な表情を浮かべているグレイス。

 ニコニコと親愛のこもった笑顔で彼女の嫌悪感たっぷりの睨みを受け止めているバウド。

 彼らの間にはそこにあるテーブルよりも大きな隔たりがあるようだ。


 京鵺が部屋を去ってから四半刻がもうじき経とうかとしていた。京鵺は既に眠りに落ちている。

 いつまでも続くかに思われた膠着状態は唐突に発せられたグレイスの言によって終わりを迎える。


「説明しなさい」


 先刻バウドに投げかけられたのと同じ言葉。だがしかしそこに込められたニュアンスは全くの別物だった。

 どういうことか、と。

 説明を求める以外にそういう問いかけの側面を持っていたのである。

 上から目線、命令口調の傲岸不遜な物言いに気分を害することなくバウドは陽気に答える。


「え、何ですか? 説明ならさっきしましたけど?」

「とぼけるな」


 男の返答に怒気の滲んだ声が一層空気に緊張感を持たせた。


「あーもぅ〜冗談、冗談ですって、そんな怖い顔しないでくれます? 私まだ死にたないですわ〜」

「相変わらずふざけた男ね。ムカつくのよアンタ」

「いやーそれほどでもー」

「…………チッ」


 決して褒められたわけではないのにおどけた様子で謙遜して返すバウド。これでは相手の怒りを盛大に買うのも無理はない。特に今のグレイスに限って言えば。


「まあまあ、そう不機嫌にならんといてください。せっかく久しぶりの再会やっちゅーのに」

「見たくもない顔を見なければいけない再会なんてしたくなかったけどね。――それで? どうしてまたこんな所にわざわざやってきたのか説明しろってさっきから言ってるんだけど」

「そこまで頼み込まれると説明しないわけにはいかんなぁ。まあ、とうても簡単な理由なんやけど。――――私が来たのは好奇心からです」

「好奇心?」

「いやな? 私が町で行商してますと、ある噂を小耳に挟みまして。その内容がなんととんでもない美女が男物の服をいくつか買っていったちゅうとんでもないもんでしてな! こりゃ大変なこっちゃーと思いまして、調べました。小さい町やったからすぐ情報は集まったんですけど、その美女の容貌が腰まである長い金髪やら綺麗な碧眼やらとにかく覚えがある特徴ばっかで」

「……まず聞きたいんだけど、別にとんでもないものじゃないでしょ? 男装する人だっているわ」


 確かにその通りだ。女性が男物の服を買うのはたしかに珍しいかもしれないがありえないことではない。それにバウドが聞いた噂の巷での憶測は男装するためだろうというもので一致していた。

 彼女の指摘を受けたバウドはまるでゴシップを手に入れた記者のようなニンマリとした笑みで、鼻息荒く愉しそうに捲し立てた。


「何を言っとるんですか、そんなんじゃありませんよ。私が聞いたのは絶世の美女が! ちょいサイズが小さめの男物の服を! 買っていったっちゅうことですよ! いや〜あなた様みたいな大人な美女と男の子が一つ屋根の下で一体何をしとるんやろうとか、遂に年下の男の子に目覚めたのかとか色々と妄想止まらんくて、これはもう見に行くしか――――何です?」


 バウドが色々な意味で危ない発言をかました直後、グレイスは一瞬にして座っていた姿勢から彼の頭に手を添えた体勢へと移行していた。

 彼女は既に怒りを通り越したのか能面のような顔をしており、冷酷な眼差しを向けていた。瞬間的に殺気が部屋全体に充満し、常人ならそこにいるだけで死んでしまいそうなくらいだ。しかしそんな異常事態ともとれる状況においてもバウドの様子に変化はなく、グレイスの方を見ずに前を向いたまま口元に不敵な笑みを湛えている。


「それ以上ほざいてみなさい――――殺すわよ」


 恐ろしく冷たい声。

 傍から見ればバウドは脅迫された恐怖で身動きが取れないと思うかもしれないが、その憶測は間違いであるということは彼の表情が証明している。


「殺すんですか? そら勘弁してほしいですわ。私もまだまだ生きていたいんですよ?」

「だったら口には気をつけなさい。死にたくないのならね」

「はっはっは。そんな怒らんで下さいよ、長い付き合いやないですか」

「その長い付き合いの間に何も学習しないあんたが悪いんでしょう。――それで? 遺言はもう済んだかしら?」

「あら? これは殺される流れですか? てっきり見逃してくれるのかとおもてたんですけど」

「あんたのふざけた態度は不愉快以外の何物でもないから、そろそろ死んでもらおうかとついさっき決心したのよ」

「ほぉ〜そら一大決心しましたなぁ。でも後悔せえへん? 私ほどいい友人なんて他にいます?」

「嘘も休み休み言いなさい。そもそも友人だなんて思ってないから」

「えっ!? 私ら友人やないんですか? ショックやわー、もう悲しみで死にそうですよ」

「ふんっ、あんたはいつもそうね。口から出る言葉は嘘ばっかり、本当のことなんて言ったことないんじゃないの?」

「失敬な。私くらい清廉潔白な人はおらんですよ。生まれてこのかた嘘なんてついたこともありません」

「ハッ、笑わせてくれるわね、一体どの口が言ってるのかしら」


 片や辛辣、片や明朗な言葉の応酬。依然変わらず続く極限の緊張状態の空気ではあるのだが、それにそぐわない一方の調子のせいで、二人が何をして何をされようとしているのか忘れてしまいそうになる。


「――さて、これで話は終わりかしら。いつまでも話をしていてはあんたが死ねないからね。できるだけ苦しんで死ねるようにしてあげるから感謝なさい」

「いやいや、そこは苦しませずに死なせましょうよ。私痛いの嫌ですよ?」

「それは好都合じゃない。存分に苦しみを味わえるのよ」

「……本当、性格悪いですなぁあねさん」

「あんたほどじゃないわよ」


 そう言うとグレイスは己の掌の向こうにいるバウドの頭を吹っ飛ばすための魔法の発現準備を整える。


「じゃあ、死ね」


 魔法が発現される――――その時。



「奴らや」



 彼はフッと小さな笑いを零し一言を紡ぎ出すと、前に向けたままだった顔をようやく横にいたグレイスに見せた。相変わらず不敵な笑みを貼り付けているが、そこにある何かが変わったのは間違いない。

 大きく変わったのは彼の告白を聞いたグレイスだ。彼女の顔からは僅かであるが険が取り除かれ、かわりに強い敵意が表れている。


 発現されそうになっていた魔法は途中で霧散して終わり、バウドの命はギリギリのところでつなぎ止められた。絶妙なタイミングで放った一言は、彼女を押しとどめるに足り得るものだと彼は確信していた。だから焦りなどは一切見せていなかったのだ。

 ところがそれが癇に障ったらしいグレイスは盛大に舌打ちを一つ響かせる。続いて釣り上がった両眼でバウドを睨むと、渋々手を収め自身の椅子に戻っていった。


 ドカリと座り腕組みをしたグレイスは、苛立たしげな様子を前面に押し出しながら自らの苛立ちの元凶を射殺すような目で見据える。


「やっと真面目に答えるようになったわけ?」

「やっとも何も私はずーっと真面目なつもりですけど」

「チッ。……もういい、さっさと言いなさい」

「姐さんはせっかちやなあ〜。さっきも話の途中で殺しにかかってくるし」

「あんたがあまりにも馬鹿馬鹿しい嘘を並び立てるからでしょ」

「嘘やなくて冗談ですって。ちょっと脚色しただけやし」

「どうだかね。その様子じゃあ噂云々も怪しいものね」

「いやいやそれは本当ですよ、せやけど随分前の噂やったから情報集めんの骨が折れましたわ」


 バウドはそうぬけぬけと白状する。

 実際に彼女の噂はとっくの昔に消えており、小さな町で多少話題に上がった程度だ。バウドはそれをわざわざ掘り返しただけなのだ。

 しかし彼女の疑念は尽きない。


「はぁ。あんたそれ最初からある程度情報握ってたって言っているの自覚してる? 全く、どうなってるんだか」


 彼女が指しているのは先程の彼の発言。


『ある噂を小耳に挟みまして』

『いや〜あなた様みたいな大人な美女と男の子が一つ屋根の下(・・・・・・)で一体何をしとるんやろうとか、遂に年下の男の子(・・・・・・)に目覚めたのかとか』


 彼はとっくの昔に消えたはずの噂を聞き、噂では知り得ない情報を喋っていたのだ。もちろんそんな失態をグレイスが見逃すはずがなく、彼の話の信憑性をゼロからマイナスへと引き下げる要因となった。


 しかしながらグレイスは本当にバウドがうっかり喋ってしまったなどと、額面通りに受け取るつもりは毛頭ない。長い付き合いの中で彼の口から飛び出すのは嘘八百であると完全に脳に刷り込まれているためだ。それにバウドという男は彼女が最も警戒する人物の一人でもあるのだ。


「あちゃー失敗ですわ。商人ともあろうこの私がそんなミスをしてしまうとは、私もまだまだですなぁ。それにしても姐さんよく気づきましたね」


 頭を掻き失敗の照れ隠しの仕草をするバウド。そして自らのミスをよく見抜いたと驚いたような声で賞賛する。そのどれもが芝居臭い言動だ。

 そんな彼の賞賛は舐めるなと言わんばかりの強い語気によって打ち払われる。


「私が気づかないわけないでしょうが。それとも何? 生意気に私を試してたとでも言うの?」

「はっはっは、そらありえませんなあ。私そこまで命知らずやないですって。…………嘘やないですよ?」

「嘘ね。――腹立たしいったらありゃしない、もう情報よこす前に殺そうかしら」

「いやいや! それは勘弁してください。話します話します。

 ――――まっ、とは言ってもタダでとはいきません。私も商人です。対価を貰わんと商売にならんのですわ」

「…………何が欲しいのよ」

「そうですなぁー。…………ハザマキョウヤっちゅう名前やったか、あの坊ちゃん。弟子を取らないはずの姐さんが弟子取ったんのもめちゃめちゃ気になっとりまして。私の持つ奴らの情報と交換で、あの子のこと、教えてくれませんか?」


(やはりそうきたか……)


 グレイスは半ば予測していたものが当たってしまい心の内で舌打ちをし、憎らしげに対面に座る男を細めた目を向ける。

 狙いは一体何なのかと男の真意を探るがやはり駄目だった。この男ばかりはどうしてもわからないと、今まで何度も痛感してきた事実に臍を噛む。


 グレイスは熟考する。己の弟子のために。

 彼はかなり特殊な事情を抱えている。それを迂闊に喋ってはならないこともよく理解している。しかし今バウドが握っている情報は今後の彼のためにも知っておくべきだ。

 バウドが彼の情報を漏らす恐れもあるにはあるが、見た目のひょうきんさとは裏腹に奴は賢しい。むやみやたらに話しはしないだろう。

 そう結論づけたグレイスはバウドの提案に対する答えを告げる。


「わかった、受けるわ」


 バウドはニヤリと笑みを深め。


「交渉成立、やな」


 互いの情報の交換が約束される。


 雨降る森の夜は、まだまだ長い。

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