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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
序章
1/39

第0話 死ぬ、消える、ゼロになる

初投稿です。

よろしかったらどうぞ。

10/9改訂

 ――視界が明滅している。


 ――世界が赤い。


 ――体は動かない。


 何で俺は倒れているのだろう。

 何となく自分が水に浸かっているのがわかった。

 聞こえてくる喧騒は遠く、目障りだ。


 状況がわからない。


 わからない、から…………今日何があったのか、ひとつずつ、ひとつずつ、思い出そう。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 朝の到来の告げるけたたましい目覚まし時計の音が、俺の鼓膜をガンガンと叩く。眠りから覚めてうすぼんやりとした意識で布団にくるまりながら、手だけを出して睡眠を妨げる元凶の息の根を止めにかかる。


 やっと収まった。朝は弱いんだ、寝かせてくれよ。

 俺は強制的に起こされたせいで若干不機嫌になりながらも、寝起きの強烈な眠気に身を委ね、二度寝を決め込む。

 だがしかし、それが叶うことはなかった。


「お兄ちゃん、そろそろ起きないと遅刻しちゃうって。それに、美鈴さんもう来てるよ?」


 部屋の外から廊下を踏み鳴らしながら突然部屋の扉を開けてきたのは、俺のことを“お兄ちゃん”と呼称していることから分かるだろう。三つ下の妹の狭間紅巴(はざまくれは)だ。今年で小学六年生になり、同級生だけでなく下級生にも友達がいるらしく、さらには最上級生ということですっかり“年上のお姉さん”が板についてきたようだ。


 俺から見ればまだまだ子供っぽいところが多く見受けられるが、実にしっかりしてきている。現に今、普通に起こしてきているからだ。何を言っているんだ、そんなの当たり前だろうと思うかもしれないが、そうじゃない。数年前までは朝起こしに来てくれると同時に、寝起きの俺にダイブ(全速力の助走で)をかましてきていたんだから。そう考えると紅巴の成長ぶりがうかがえるだろう。

 兄としては少し寂しいような気がするけどね。


「マジで? もうそんな時間かよ。急いで支度するからちょっと待っててくれって伝えといてくれ」

「はーい。まったく、毎朝これじゃあ先が思いやられるよ。美鈴さんに感謝しないとね」

「分かってるよ」


 紅巴に痛いところを突かれ、顔をしかめながらベッドから這い出る。

 俺の受け答えを聞くと、伝えてくるね、と部屋を出ていった。


「さて、準備しますか」


 一人呟き、手早く着替えを済ます。ちなみに俺の通う中学の制服は詰襟の学生服だ。首もとが苦しいため上のほうは緩くするのが俺のデフォルトだ。

 朝の諸々の支度を終えリビングに向かうと、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。


「あっおはよう、京ちゃん。ふふっ相変わらずだね」

「ああ、おはよう美鈴」


 美鈴はリビングでお茶を飲んでいた。

 起きるのが遅い俺をいつも待ってくれているため、ずっと外にいるのは不味いということで昔からこのような光景が続いている。


 何か微笑ましいものを見たかのように笑みをこぼす美鈴に、眉をひそめながらも挨拶を返すとその向かい側の椅子に腰かけた。俺は軽めの朝食とコーヒーを飲みながら妹と美鈴との三人で会話を楽しむ。


 両親の姿が見えないが別に長期の旅行とか海外にいるとかじゃない。単に共働きのため朝早くに出勤しているだけだ。

 しばらくした後、そろそろ学校に行こうということになり鞄を持ち、三人で家を出た。


 外は雲ひとつない、吸い込まれるような青く澄み渡る大空が広がっており、燦々と日の光が降り注いでいる。所々光が反射して眩しく感じられ、目を細める。


 最近どんよりとした天気ばかりだった中の好天に軽く感動しながら、俺達は学校に向かった。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 三人で暫く歩いていると、俺達と同じように登校している生徒の姿がちらほらと見え始め、いつも通っている中学の校門が見えてきた。


 紅巴とはここでお別れだ。紅巴の学校は俺達の学校の隣に建てられていて、卒業生はそのまま隣の中学に進学することが多い。

 必然的に見知った顔が多くなるのでこういう構造なのは素直に嬉しいね、気楽で。


 離れていく紅巴に手を振り、俺達は校門を通り過ぎ校舎に入る。校舎の見た目は別段変わったところもない普通の三階建てで、少々ボロッ――歴史を感じさせる様相をしている。北校舎と南校舎に分かれており、二つの渡り廊下で繋がっている。俺達二人は同じクラスなので共にクラスのある北校舎へと向かった。


 教室に着くとまだホームルーム前のガヤガヤとした騒がしい雰囲気が漂っていた。その中から俺達に近づいてくる者が一人。


「おはよう、京鵺(きょうや)。朝から奥さん連れて登校かい?」

「おはよう。そして黙れよ修二。いい加減そのネタ止めろ。まあ言っても止めないだろうお前には俺からのありがたいプレゼントをくれてやる」


 そう言うと、俺は間髪いれずにこのアホ野郎の顔面に拳をぶつけてやった、のだが……。


「おいおい、いきなり殴るのは人としてどうかと思うよ? か弱ーい一般市民に、武術習ってるお前の全力パンチとか俺を病院送りにするつもりかよ。恐い恐い」

「その俺のパンチを余裕でかわす奴を普通、一般市民とは言わねぇよ!」


 人をイラつかせることに関して天賦の才を持っているこの男の名は有原修二(ありはらしゅうじ)。昔からの友人で悪友だ。

 普段から軽い感じの態度をとっており、小中全ての学年で俺と同じクラスという凄いんだけど素直に喜べない実績を誇っている。もちろん中三になっても同じクラスだ。クラス発表のときには本気でコイツが裏で糸引いているじゃないかと疑ったものだ。もうコイツとは腐れ縁なんだということで納得している。


 しかもムカつくことにコイツ、顔面偏差値が高い。大変認めたくないがイケメンなのだ。俺もまあそれなりに良い方だが、修二の場合は顔の良さを上手く使い彼女を取っ替え引っ替えしている。

 以前、付き合って翌日に別れたと言ってきたときには呆れてものも言えなかった。

 おまけに頭もいいんだから憎たらしいたらありゃしない。

 何が言いたいのかと言えば、要するに存在がフザけている。


「あ、あの、おはよう修二くん」

「おはよう蒼月さん。毎日大変だね~こんなやつの面倒見て。」


 こんなやつで悪かったな。


「そっそんなことないよっ! 全然大変じゃないし、京ちゃんを悪く言うものじゃないよ。良いところだっていっぱいあるもん!」

「へぇそうなんだ。例えば?」

「え? ええっと、強くて頼りになるところとか、優しくて気配りができるところとか、他にも一緒に…………あ」


 ニヤニヤ笑いながら時折俺の方を見て悪ノリする修二と、それに気づかず俺のことを褒めちぎっていた美鈴。途中から修二の様子に気づいたようで顔を真っ赤にして俯く。


「修二、そこまでだ。美鈴をからかうな。美鈴もどうした、そんなに慌てて」

「いっいやっ別に!? 何にもないよ! 全然大丈夫!」

「本当か?」


 とても大丈夫そうには見えない美鈴を心配しながら、この状況を作り出した張本人を問いただす。


「お前何考えてんだ一体?」

「いんやー別に? ただこっちの方が面白くなるかな~って思っただけ」

「はあー、お前時々何したいんだかよく分かんないことするよな」

「いやいやー結構分かりやすいと思うよ? 京鵺が気づかないだけで。特に周りのこととかそうかもしれないぜ?」


 修二が美鈴の方をチラッと見ながら言う。

 は? 俺が気づいていない? 周りのこと? それに何で美鈴を見たんだ? …………駄目だ、なんのことだかさっぱり分からん。それにコイツのことだから適当なこと言ってこっちの反応を楽しんでいる可能性がある。むしろその可能性が高いな。


「こりゃ蒼月さんも大変だな」


 悩む俺を見て修二が呆れたような顔でボソッと何か呟いた気がするがうまく聞き取れなかった。

 修二に何を言ったのか訊こうと思ったが、その前に教室の戸が開いた。


「ホームルーム始めるぞー席につけー」


 担任の先生が入ってきて生徒らに着席を促す。

 特に気になることでもなかったので追及を諦め席につき、出欠がとられ始めた。


「――袴田優、狭間京鵺(はざまきょうや)


 順々に名前が呼ばれていく中、俺の名前も呼ばれていく。


 いつも通りの光景でいつも通りの日常が始まる。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 夕刻、灰色というより黒色に近い分厚い雲に覆われた空模様の下、学校が終わり俺は美鈴と一緒に帰路についていた。とは言っても俺達が向かう先はそれぞれの家ではなく、美鈴の家だ。

 今朝方、修二が言っていたように俺は武術を幼少の時から習っているのだが、その技術を学んでいる場所が美鈴の家――正確に言えばそこにある道場――というわけだ。


 いつも通り二人で何気ない会話をしていると、車通りが激しい大通りに出た。

 ここは年齢の低い子供にとっては危ない場所で、よく注意するように言われる。俺も小学生の頃は交通関係の授業やら行事で、うんざりするほど何度もしつこく言われた覚えがある。まあそのお陰でここは危険な場所だってことが頭に染み付いているわけだけども。

 そんなことを思っていたせいか、少し前方に帽子を被った小学生の少年が目に入った。

 次いで、遠くから車のクラクションの音がたくさん聞こえ始める。

 一体何事だと思って後ろを振り向くと、大型トラックが蛇行運転をしながらこちらに向かってきているところだった。


「お、おい……あれ、ヤバくねぇか?」

「……本当だ。京ちゃん、ちょっとこっちに来てない?」

「ああ、ここから離れた方が良さそうだな」


 そう言うとすぐに離れようと来た道を戻っていく。

 移動しながらチラッとトラックの方に目を向けると、まだ蛇行運転を続けながらこちらに向かっているのを確認でき、さらに視界の端にとあるものが映った。


「――ッ、マズイ! あの子まだトラックに気づいてねぇ!?」

「えっうそ!?」


 視界に映ったのは先程の帽子の少年だった。

 俺は瞬時に引き返し全速力であの子のもとに駆けつける。武術で鍛えた足を活かし、風の如く疾走する。


 畜生っあのトラック何考えてやがる!? それにさっきよりスピード増してねぇか!?


「おいっそこのガキッ! 逃げろっ! 死ぬぞ!」


 帽子の少年が俺の怒声に何事かと振り向き、そして自分のもとに突っ込んでくるトラックに気づきその顔が驚愕に彩られる。


「チッ驚いて固まってやがる! 間に合えよ!」


 目前に迫るトラックを睨みつけながら少年に手を伸ばす。


「おいっ、逃げるぞ!」


 俺は走るスピードを落とさずに少年の体を抱えてその場を離れる。


 間一髪で突貫してくるトラックを避け、一命をとりとめた…………はずだった。進路上から外れたはずのトラックが、こちらに狙いを定めたかのように曲がってこなければ。


「――はっ? 何でこっちに来るんだよ!? クソ野郎が!」

「京ちゃん!?」


 遠くで美鈴が悲鳴にも似た声で叫ぶのが聞こえた気がするが、気に留める暇もない程それはもう間近に迫ってきていた。


「ふっざけやがって! クッ、せめてコイツだけでも!」


 俺は今持てる精一杯の力を使って腰に抱えた少年を投げ飛ばした。

 二人まとめて死ぬよりかはこっちの方がまだ良い。仮に見捨てるにしても、この状況じゃ俺はどっち道助からないしな。


「お兄さんっ!?」


 投げ飛ばされた少年と刹那の間視線が交差したその時、今まで生きてきた中で経験したこともない衝撃を体に感じることになった。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆





 …………轢かれた。


 体を動かせないのは大怪我をしたからだったのか。

 俺の体、相当酷いことになってそうだな。あまり見たくない。

 水に浸かっていると思っていたのも違かった。血、ということなのだろう。浸かっていると思うほどの出血量ってどんだけだよ……。


 遠くにあの少年の物と思われる帽子が落ちている。赤っぽい染みみたいのが見えるから、きっと俺の血が付着してしまったんだろう。

 ……助かったのかな。助かってほしいな。


 頭がぼーっとする。


 …………死ぬのかぁ。嫌だな。

 本当は死ぬはずじゃなかったのに。あの子を助けて、怪我なんてしないで、また元通りの日常に帰るはずだった。


 皆と……まだ一緒に居たい。

 もっと笑ったり、泣いたり、騒いだり、喜んだり、哀しんだり……したい。


 ――視界が滲んでいる。


 ――世界が黒い。


 ――体は朽ちていく。



 お別れだ……皆……。


 さようなら。






















 ――――…………キレイだなぁ。



 狭間京鵺おれの十四年の人生は、ここで幕を下ろした。

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