表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

3.「あいつの目か、この色は」

「おい、うさぎ」


 坊っちゃまはぶっきらぼうにうさぎを呼ぶ。


「これはおまえにやる」


 返事も聞かずに、坊ちゃまはそれを放る。

 うさぎが、何度か手の上で跳ねさせたのは鉱石。

 青く澄み、「羽根」を内包したかけらだった。



 ◇ ◆ ◇



 今回の滞在は少々長い。

 薔薇侯爵一行は、湖畔の館で五日目の朝を迎えていた。


「狩り、ですか?」


 半分ほど料理が残った皿を下げながら、うさぎは主人を振り返る。


「ああ。湖畔のと行くことになってね。うさぎ、お前も来なさい」


 主人はにこやかに、ナプキンで口元を拭く。そして軽く咳き込んだ。


「ああ! 旦那さま大丈夫ですか!?」


 うさぎの先輩奴隷である小人族の青年が、ゴブレットと薬の包みを載せたトレイを持って飛んできた。

 主人は、受け取ったゴブレットからひと口水を飲み、浅く息を吐く。


「すまないね、駒鳥こまどり

「ここのところお身体からだのご様子がすぐれないんですから、ムリしちゃいけませんぜ? 今日だって……」


 小人族の青年――駒鳥は、うさぎが片付けた皿を見やる。


「お前が運んでくれるときは、とても美味しそうに見えるのだがね。次からは、少し量を減らしてくれないか」

「旦那さまがそうおっしゃるなら……」


 駒鳥は、しぶしぶといった様子で引きさがる。


「旦那様、狩りもおやめになったほうがよろしいのでは……」

「いや」


 主人は、軽く手を振ってうさぎの言葉を遮る。


「たまの気分転換は必要だ。お前を狩りに誘うのも同じだよ、うさぎ。それに、お前の魔法がどれくらい上達したのか、楽しみでね」

「フリージア様はとても良い先生です」


 うさぎの言葉に、主人は穏やかに笑んだ。


 うさぎは、主人の勧めと自由エルフ――フリージアからの誘いで、エルフの魔法を習っている。

 元より簡単な(しかし、エルフの特性としての高い魔力で)魔法を扱うことはできた。

 ところが、実際に本物(エルフ)の魔法に触れてみると、何から何まで違うのだ。発音や詠唱はもちろんのこと、世界の捉え方などが。


『言語は思想。魔法は目。エルフの魔法()で、世界を覗いてごらんなさいナ』


 意識してみると、世界、特に自然の色鮮やかさがまったく違う。

 魔法()を意識しながら目をやれば。森林には妖精たちが棲み、湖にも長い身体を持った、美しい精がいた。空にも、しかり。

 覗けば覗くほど、うさぎは世界に魅せられた。

 それからうさぎは、何度もフリージアの言葉を思い出している。


「エルフの魔法には、狩りをするためのものもあると聞いたが」

「はい。エルフも狩りをするそうで、いくつか教えていただきました。先生は霧と幻の民ですから、そのようなものなどを」


 フリージアは、隣国出身の自由エルフだ。彼女の言葉を借りれば、「エルフは国より里につく」という。だから、正確には「霧と幻の民のフリージア」なのだそうだ。

 もっとも、「フリージア」は偽名だ。これは、同じエルフのうさぎだけが感じ取ったことである。


「お父さま、お食事はもうおわりかしら?」


 部屋の入口から、使用人を従えたお嬢様が歩いてくる。バラにたとえられる笑顔に、気遣わしげな色を乗せて。


「またのこされたのね……。わたくしは心配です」

「なに、少し疲れが残っていただけだ。エスカ、お前は心配性だね」


 主人は、お嬢様の頭を優しくなでる。


「これから狩りに出られると聞きました。おつかれなら……」

「ははは、お前にも言われてしまったか。でも、大丈夫だよ」


 主人は柔和な笑顔を向ける。


「湖畔の友に、ミハエル。巨木もいる。うさぎもね」

「はい。私もご一緒いたします」

「まあ、うさぎまで?」


 お嬢様は、宝石のような青い目を丸くした。


「お前のうさぎを借りるよ、エスカ」

「それは……うさぎは、お父さまのどれいでもありますし……」


 そして視線をさまよわせたあと、意を決したように、


「お父さま。わたくしも連れていってくださいませんか?」


 今度は、主人とうさぎが目を丸くする番だった。


「わたくしがいれば、お父さまは無茶をなさらないでしょう? だから」

「エスカ」


 優しく、よく通る主人の声。お嬢様をはじめ、その場のみなが口を閉じる。


「お前の気持ちは嬉しい。でも、今日はフリージア殿とドレスの仕上げがあるんだろう?」

「でも……」


 お嬢様は小さな動きで口元を隠す。


「湖畔のお客人を待たせてはいけないし、私は、お前の素敵なドレス姿を楽しみにしているよ」

「お父さま……」


 お嬢様がなおもと口を開いたところで、


「ハーイ、バラのお嬢様! 今日はドレスがひとつ仕上がりますわヨ! さあさ、さあさ!」


 嵐のように現れたフリージアによってお嬢様が連れ去られ(そう言ってしまってさしつかえない騒がしさだった)、場の空気はうやむやになったのだった。



 ◇ ◆ ◇



『おいで、おいで、こちらへおいで。お前の目には、とても素敵なものが見えているだろう?』


 うさぎは囁くように言葉(まほう)を紡ぎ、風に乗せる。口にしているのは、エルフが魔法詠唱に用いる魔法言語だ。

 狩場に、うさぎたち四人の前方に色の付いた(もや)がかかり、


 とん。と、音がしたように思えた。


 前方のウサギ(・・・)が、矢を受けてぱたりと倒れる。


「お見事」


 湖畔の侯爵が、ゆったりと手を叩いく。


「なに、ウサギ狩りは得意な方でね。……うさぎ、お前のことではないのだよ」


 曖昧な笑顔を浮かべていたうさぎに、今しがた矢を放った馬上の主人が苦笑しながら声をかける。


 薔薇侯爵家の奴隷は「ならわし」として動物の名前をつけられる。よって、「こういうこと」が少なくない。

 慣れてしまえばいいとは先輩奴隷たちの弁だが、うさぎはまだそこまでの境地に至っていない。


「いえ、ウサギの肉は好物ですので、お気になさらずに……」

「へんなことを言うやつだな、お前」


 巨木に馬を引かせた坊ちゃまが、すれ違いざまに怪訝な視線を投げかけてくる。うさぎは微妙な笑顔を浮かべたまま、何も言えない。

 坊ちゃまと反対側から、湖畔の侯爵もうさぎに馬を寄せた。


「見事な幻術だった。ウサギ……失礼、獲物が吸い寄せられるように我々の前に現れた。フリージアからの教えかな、これは」

「はい。私が使えるのはまだ、ほんの短い間ですが」

「良い、良い。吾輩としても鼻が高い」


 湖畔の侯爵は、先をくるりと整えた口髭を撫でて、満足そうに頷いている。


「さて、庭園の友よ。今日はなかなかの成果だったとは思わないか」

「ああ、その通りだ、湖畔の友よ。ウサギ十羽にカモが六羽。逃してしまったキツネが惜しいが、贅沢は言うまい」

「はっはっは、欲がないな。しかしまあ、これだけあれば十分かね。血抜きは我が巨木が済ませてくれたしな」

「はっ、この巨木、しっかりと仕事をこなしましたとも」


 巨木は、縄でまとめた獲物たちを高く掲げる。

 今夜は豪華なディナーになることだろう。お嬢様もきっと、喜ぶはずだ。

 うさぎがそう考えていると、


「父上、薔薇侯爵様。お帰りになるまえに、あたりをさんさくしてもいいでしょうか」


 坊ちゃまが、談笑する侯爵ふたりに馬を寄せる。


「どうした、ミハエル。もう少し狩りたいのか?」

「いえ、僕にしてはウサギ二羽はじょうできです」

「このあたりは何かあるのかね?」

「はい、石の原、というものが。ほかのエルフに見せてやりたいと、いぜんフリージアが言っていたので」

「ほう」


 急に貴族三人の視線が集まり、うさぎは少したじろいでしまった。


「というわけだ。うさぎ、ついてこい。魔法はまだ使えるな?」

「はい。いざというときは、目くらましにも」

「ふん、じゅうぶんだ」

「何かありましたら、この巨木めをお呼びください、坊ちゃま!」


 坊ちゃまは、片手をあげて返事とした。



 湖畔にほど近く、針葉樹に囲まれて外からは見えず。

 目に優しい緑が広がる、自然のままの花畑。

 小さな花の合間をこれまた小さな妖精や精が遊んでいて、そしてときおり光るものが目に入る。

 うさぎが魔法()を使うようになってから、いちばんにぎやかな光景だ。魔力が満ちている場所でもあるのだろう。


「石の原だ。見てのとおり、原石がころがっている。僕ら貴族が身に着けられるようなものも、ときどき見つかる」


 草花の間に、いくつかの石が見える。宝石の原石だ。

 だいたいは小さく色も良くないが、


「こういうものとかな」


 馬から下りた坊ちゃまが、親指の先くらいの石を拾い上げる。

 青い原石だ。


「この原石(いし)……なにか見おぼえがある気がするんだが」


 それは青い蒼い、サファイアの原石だった。


「あいつの……エスカの目か、この色は」


 坊ちゃまがぽつりと呟くのを、


「たしかに。澄んだ青が美しいですね」


 うさぎは拾ってしまった。うっかりと。

 坊ちゃまがすごい勢いで顔を上げる。うさぎはびくりと身体を震わせた。


「お前っ、聞いていたのかうさぎ!? いや、ちがうよな、お前の聞きちがいだな!?」

「え、ええ」

「ならいい。お前はなにも聞いていない。いいな!」

「はい、その通りです」

「まあいい……これはお前にやる!」


 坊ちゃまはうさぎの返事も待たず、原石を放ってよこした。

 うさぎはとっさに両手を出し、何度かてのひらの上で跳ねさせながらもそれを受け取る。


「よろしいのですか?」

「よく見るとクラックがある。フェザーと言えなくもないが、貴族(ぼくたち)が身に着けるものとしては、びみょうなところだ」


 それを引き立たせる細工ができるやつがいれば話は別だけどな。と、坊ちゃまはさして興味もなさそうに言う。


「まあ、湖畔(ぼくたち)の領内にあるというだけで、ぜんぶがぜんぶ、(ぼくたち)のものではないわけだしな」と、そう付け加えて。


 坊ちゃまの言うとおり、原石には、白く反射する羽根(フェザー)のような、大きな(クラック)が見て取れた。だけれど、特筆すべきはその澄んだ青――蒼の美しさ。むしろ原石のまま、フェザーが入った状態でこそ。


「翼を広げる蒼い(そら)……。お嬢様は、空色の目をお持ちなのですね」


 その青は、大地に住まう者たちを惹きつけよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ