擬似温度 × 缶コーヒー
寒い夜。
飲みたかったからとか、そんな理由ではなくて、ただカイロ代わりになるものが欲しくて缶コーヒーを一本買った。
痺れるような熱さ。
かじかむ両手でしっかりと包み込んで、残りまだ長い家路を急いだ。
目深に被ったニット帽からはみ出した耳が、寒風にさらされて痛い。
空っ風ばかりが抜けるこの町では、年の末を待たずとも師走の強い冬風が吹く。
あと家まで10分もしない辺りで、ようやく手が温まってきた。
逆に、120円で自販機から外へ放り出された缶コーヒーは、随分と冷めてきていた。
冷え切ってしまう前に、とプルタブを起こす。
一口飲んだら、思ったよりも冷めていて不味かった。
そのまま一気に飲み干す。
空っぽの缶を持て余しつつ、また急ぎ歩く。
手が温まったことの安心感と、カイロ代わりを飲み切ってしまった僅かな喪失感が、頭の片隅から何かを引っ張り出してきた。
『手を繋ぐ』
あぁ、寒いというのに手袋もしないで、互いに温め合っていた頃もあったっけ?
今では、手袋をしないで外に出るなんて考えられない。
隣に僕の手の冷たさを気にかけてくれる人もいない。
ほんの1・2分で、缶は氷みたく冷たくなってしまった。
持っているのはつらいが、案外人目もあるので投げ捨ててしまうわけにもいかない。
モラルに外れたことをする時に、人目をはばからずにいられるほど若くはないので、こそこそするのがいいところだ。
じゃあモラルに適った人道的な行動を起こす場合は?
同じだ。善いことも悪いことも、こっそりやるような歳になったのだと思う。自嘲するように、そう思う。
缶はひどく冷たくて、温めてくれたはずのそれは、今度は僕の温度を奪っていく。
親指と人差し指で落ちない程度に摘んで、家まで持ち帰った。
靴を脱いですぐ、不燃ごみの袋に缶を投げ捨てた。
淡い思い出も、どっかに捨てた気がした。
あの子は今も、この缶みたいに簡単に捨てられたと思っているだろう。
あの子以外を…尽きないあの子の心配を切り捨てて、面倒だと、うざったいと遠ざけた僕。
今はこんな擬似温度でしか、ぬくもりを感じられない。
~Fin~
ねむねむ……奈々月 郁です。
ファンタジー大好きなので、あまり数は多くないですが、恋愛もので、短編です。
幽霊とか魔法とか異世界とかが出てこない、ごくごく普通の方のお話です。
シリーズで載せたいな~! と目論んでますので、他ももし掲載致しましたら、読んでみてもらえると嬉しいです。
それでは……おやすみなさいませ。