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希望のお話

 薄暗い通路を独り、彼は歩く。


 そこはどれだけ上へ進んでも出口の見えない巨大な居住施設。

 彼はここで生まれた。彼以外の人間も皆ここで生まれ、怯えながら生活をしている。


 彼は自分の家があった場所から、もう数百、数千階は先まで上がってきた。

 それは最上階にきっと出口があり、“外”があると信じているからだ。



 母から何度も聞かされた話がある。


 もう二百年以上昔の話。人間は“外”で何不自由なく生活をしていたという。

 それは、ここで生まれ育った彼には想像もつかないことだった。


 人間達は“外”で機械を創り出した。技術は瞬く間に進歩し、機械も徐々に進化していった。

 しかしそのうち機械は人間を超えてしまった。そして機械はまだ進化を続けた。


 やがて機械は地中深くに空間を造り人間達を閉じ込めた。


 機械が人間を管理し始めたのだ。その後も更に進化をし続ける機械に、人間は絶望した。


 機械はそれが楽しくて仕方なかった。既に機械は感情を持っていた。


 機械はあるウイルスを作り出し、遊び心でそれを人間の住む地中にばら撒いた。


 ウイルスに感染した人間はやがて人の形を失って異形の存在になり始めた。

 それは記憶も自我も失くして暴れまわる怪物だ。


 ウイルスは住居全域に蔓延し、住む者生まれてくる者、やがてその全てが感染してしまうようになった。


 



 人間は皆いつか怪物になる。しかし個人差はあるのだ。


 怪物となった父と母はもう居ない。だが彼は人間のままで、まだ生きていた。


 どうせ怪物になるか、機械に見つかって暇つぶしに殺されるか。

 彼には、そして人間にはもう選択肢などなかった。


 だから彼は“外”を目指すことにした。

 途中で怪物になってもいい。機械に殺されてもいい。

 何千階上っても出口がなくても“外”などただの空想だったとしても、それでかまわない。


 ただ彼は目的がほしかったのだ。






 しかし彼は、彼女を見つけてしまった。


 薄暗い通路の先、彼がひとつの住居を見つけ、食料を分けてもらおうと足を踏み入れた時だった。


 家の中には三人家族と、一人の旅人が座っていた。その旅人こそが彼女だった。


 彼女は風変わりな服装をしていた。本で読んだ、宇宙服のような格好だ。

 彼は彼女と上を目指すことになった。








 彼女と話すうち、ある事実が見えてきた。


 彼女は、感染していなかったのだ。


 唯一、抗体をもって生まれてきたのだという。


 彼女はウイルスが効かない身体で“外”へ行き、

 マザーコンピューターを断ち切り機械を強制停止させるつもりのようだった。


 勿論ウイルスが効かなくても、機械に直接殺されたら彼女も終わりだ。しかし彼女の意思は固かった。


 彼女は無事に機械を停止させたら、“外”の技術を使って自分の身体からワクチンを作り、

 それを地中に散布するという。もし成功したならば人間はみんな救われる。

 そしてできるのが自分しかいないのなら、迷わず私が出口を目指す。そう強く言い放ったのだ。


 彼は生まれて初めて「希望」を知った。


 彼女と二人で出口へ辿りつくと心に決めたのだ。








 それから半年。なんとか機械から逃れて上がり続けた結果、二人は漸く辿り着いた。


 二人の目の前に見えているのは、間違いなく出口へ繋がる最後の扉だった。


 後ろから大きな音がいくつも近づいてくる。大型の機械の群れだ。


 しかし出口の扉以外は行き止まりで、困った事に逃げる場所はもうなかった。


 彼は彼女に“外”へ出るよう伝えた。


 彼女が出るための隙を、自分が殺されることで作るつもりだ。

 それを悟った彼女は悲しそうな表情で呟いた。


 ありがとう。


 彼は機械の群れへと身を投げ出した。機械は容赦なく、彼の身体を引き裂いていった。

 薄れゆく意識の中、急いで扉を抜けていく彼女の姿を見た彼は安堵した。


 もはや口もきけなかったが、心の中で彼は彼女が死なないように、人類が助かるようにと叫んだ。


 ごめんね。


 最後に彼女の声で、そう聞こえたような気がした。



 そして彼は希望を“外”へ送り出し、満足そうに死んでいった。




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