始まりとはじまり
__くちゃり、
乾いた音が夜の空に溶けていった。
緋に染まる彼女を見て何と声が漏れたのだろうか。堅く閉じられた瞳にもう写してくれる君はもういない。鈴の鳴るような声で自らの名を呼んでくれることももうない。朱に染まった彼女の頬を優しくなでて抱き起こす。ポタリポタリと音が響いて広がる。側近が息をのみそれでもなお、ゆっくりとテラスへと繋がる扉を開ける。
2人に笑い返して満月の照らす場所で彼女を寝かせる。
「フィジー……愛している……」
既に冷たくなってしまった彼女の頬に口付けをするとふわりと風が吹いた。意図的なものにふと上を見上げると満月が茜に染まっていた。奇妙な出来事に後ろに控えていた側近も何事かと空を仰ぐ。その瞬間、彼女の体が光を放つ。そして___
「まてっ!…フィジーッ!!」
蒸気のように淡く消えてしまった__
亡骸すら手元に残らず愛しく想った人を守れず。その場で一つの雫が落ちた。悲しみに暮れる自分に側近の一人がこう言った。
「もしかしたら、彼女の魂は違う人へいったのかもしれません。」
だから、遺体が光のように消えたのではないかと__。
魔術に長けていた彼の言葉を信じすぐさま彼女の魂を探した。
幾ら夜が明け、昼が沈んでも彼女の魂は見つからなかった。
そして魔術に長けていた側近はある考えを巡らす。
「もしかしたら、彼女の魂はこの世界ではなく他の、異世界と呼ばれる世界に転生をしてしまったかもしれません。」
異世界というものが確認されて、そうではという希望も高まったがこの国の技術ではおいそれと簡単に行けるようなものではなくそれに加えて異世界というものは幾つもあるらしく彼女の魂がどこにあるのかは見当もつかないらしい。
果てしなく遠い道に迷い、新しい妻を娶り子を成した。妻にも子にも愛情は注いだが彼女を愛する気持ちは色褪せることはなかった。
そして長年の月日がたちやっと、彼女の魂をもつ生まれ変わりを見つけることが出来たのだ。
そして、彼は転生した姿を一目でも見たいと懇願しながら病に伏せってしまった。
***
「 」
「__え?」
幼なじみとの帰り道、呼ばれたような気がして振り返ると隣から声をかけられる。茜に染まった太陽が当たりを橙に染めて温かなオレンジ色が街を彩る。見慣れた風景に違和感を覚えつつ前を向く。横から小突いてくる幼なじみに何でもないと笑って歩き出したその瞬間。
「__見つけた。」
目の前に金髪碧眼の子供が自分の丈と同じくらいありそうな杖を持ち笑っていた。先ほどと同じ違和感を覚えて頭がぐらぐらする。
__ほら、…… おいで ?
既視感が選挙する。前にもこんなこと……え、前っていつ。
混乱する頭を抱えてしゃがみこむ。幼なじみが焦ったように私の肩に触れる。優しくさするように安堵しつつも幼なじみは私を庇うようにして立ちはだかった。
「……お前は誰だ」
何時もなら決して聞かない彼の低い声。こちらまで身がすくんでしまうような低く相手を威嚇するような声。そんな彼に金髪碧眼のひとは首をひねって悩む素振りをしてこちらに問いかける。
「ねぇ、君は彼女の何?」
「んなもん、お前に関係ないだろっ!」
「え、もしかしてもうシちゃったの!あっちゃー……」
「なっ!!!変なこと言うなっ!」
「あ、その反応はまだか。よかったー、うん、ならどいてくれる?」
にこり、そう笑っていたはずなのに笑っていない。むしろ恐怖すら感じるその笑みに息をのむ。そして金髪碧眼のひとは私に向かってこう問うた。
「君をね、待っている人がいるんだよ。だから一緒に来てくれる?」
「なにをっ!………っく」
「浩貴っ……!」
いきなり崩れ落ちた浩貴に慌てて駆け寄る。苦しそうに息を吐きながらそれでもなお、金髪碧眼のひとを睨んでいる。あの人が何かしたなんてすぐわかること。だから涙で滲んでくる視界も震える体も全部全部叱喝して叫ぶ。
「浩貴に何もしないでっ!」
あの人は口元に笑みを浮かべながら私を見て満足げに頷く。肩で大きく苦しそうに息を吐く浩貴が次は私を睨む。声にならない息を吐いて微かにもれる音に否が応でもすがりつきたくなる。
「なら、こっちにおいで。彼を助けたいのならね」
立ち上がろうとした私の服の袖を引っ張って、いくな。と音にならない声で必死に私を守ろうとしてくれる彼の手を握ってごめん、と謝る。体の震えは収まって立ち上がれる。彼が必死に手を伸ばしてくれるけれど何も応えられずに歩き出す。そんな私を見て笑みを深くする目の前のひとを睨む。
「彼を、あの人を助けて。」
「うん、いいよ」
差し出された手に自分のそれを重ねて。私の胸の当たり前しかない背を大きく使って杖を一振りした瞬間ガクンと落ちていく。
「ひ、ゃ……っ!」
思わず手を伸ばした先にはすでに立ち上がって此方へ駆けていた浩貴がいて悲しくなる。十分な説明を受けずともわかる。私は違う“場所”へと行くのだと。そして、帰ってこられるかすらわからないと。
「……美海―――――っ!」
最後に叫ばれた私の名前。ポロリと限界まで零れなかった涙が落ちた。
最後に見えたのは苦しそうに悲しそうに悔しそうに歪められた浩貴の顔。
私の手を握っているひとはそんな私をみて微笑む。
「おかえり、フィジー」
ドクン、と心臓が高鳴って頭がぐらぐらする。
ただいま
意識が微笑む。そして、微睡む記憶が。
私を包み込むようにして。
意識は闇の中に。




