第2話 恵子さんの恋*****
向かいの扉から、お姉様と恵子さんが戻ってきた。
優華お姉様が恵子さんの脇を抱いている。
恵子さん、すごく疲れた顔をしている。
頬がこけて、目の周りに青黒いふちができている。歩けないほどに……。
「おかえりなさい。お姉様、恵子さん」
「もどりました。お待たせしたわね、ユリさん」
優華お姉様が、微笑みながらあいさつを返してくれた。
「ありがとう、ございました」
恵子さん、息、絶え絶え。
顔は満足そうだけど、崩れそうな感じ。
ふにゃあって、つぶれそう。膝に力が入らない感じに見えた。
ユリは、お姉様にお願いされていたとおりに、毛布をもってきて、簡易ベッドを整えておいた。そこに恵子さんが倒れるように横になった。
「あの。恵子さん、大丈夫……でしょうか」
「そうね、大丈夫だと思うわ。初めて、向こう側にいった人って、ほとんど疲れきっているから。でも、元気になるわ。若いし……」
「すぐに、保健室に……」
「心配ないのよ。保険医の山尾先生もご存知なの、こうなるのは。……連れて行くと、怖いわよ~。『この場合、寝かしておくって言っていただろう。ばかもの~』って、ロングヘア逆立てて怒るわ」声真似して、笑った。
ユリは、ほっとして独り言のように、質問した。
お姉様の返事が分かっていても、でも聞いてみたい。
そんな当たり前のこと。
「彼、懋さんに会えたのでしょうか?」
「もちろん、会えたわ。でも、彼は旅立つ寸前だったの。会えたのは奇跡だわ」
恵子さんの肩口に椅子をおくと、恵子さんの額をなでながら、
「少し寝るといいのよ」と声をかけてから、優華お姉様がユリに話しかけた。
「すこしだけ、だけど、レコーディングできたのよ。でも、まもなく記録のみ残して、イメージはディレートされるから……。恵子さん、見てみます?」
「見たい、見たいです」
「じゃ、モニターするわね」
お姉様が、プロジェクターを作動させ、ウィンドを開く。
壁面に異音と共に、二人の姿が映し出された。
「あ、恵子さんと懋さん……」
林の中の広場かしら。
木の根元に、薄い影のように見え隠れしている懋さんと、その影に添って座る恵子さんの姿が見えた。
「ええ、左が懋さんね。もう、影になりつつあったから」
「恵子さん、うれしそう」
「ええ」
「はい。でも、懋さんが肩を抱いてくれて……」
「ユリさんも、泣いているのね」
「だって、だって」
「嬉しいときも、哀しいときも、素直に涙が出る……。あなたのチカラね」
鳥の鳴き声、水の流れる音、それだけが流れている。
「お姉様、声、ないんですか?」
「ふたりの間の言葉は、ふたりの蜜な約束。他の人には、いらないことよ」
「でも、こんな感じよ。忘れないで、ぼくはいつもそばにいるから……」
鳥や水の流れるような音がして、声がほとんど聞こえないけど、二人が長座して話している。
彼の左側に座り、見上げるようにしている恵子さん。
「あ、キス」
「最後のキス、ね。もう、二度とないキスだわ」
涙が出て、素敵と言いたかったけど、声にならなかった。
ウィンドがブラックアウトして閉じた。
「お姉様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「お姉様。あの、あの世界は、どんな場所なのでしょう」
「あれは、ね。異界よ。古代の神々が生存をかけて、人のこころを喰い散らかしてきた異界。人のこころを惑わす。遷ろう神々のなげきがあるわ」
ユリには、優華お姉様のお話が分からなかった。
「花守のわたしがもともともっていたギフト。草木とのお話を許されていた。その草木から、賜ったギフトのひとつなの。あの異界に人を連れて行けるギフト、香りと共に異界への扉を開くことができるの。このギフトをあなたに渡しておきたくて、ユリさんに来ていただいたのよ」
「この異界への扉の向こうに人の最後のパラダイスをつくっているのよ」
ユリは聞いたことがあった。
末期医療と脳医学、AI技術を組み合わせた効果的な介護システムの存在……。
新自由学園の、それが……。
「もう……、帰ります……。ありがとう……、ユリさん」
恵子さんが起き上がった。やつれている。生気のない顔。
でも、とても美しい顔をしていた。
ユリは、できるようになりたいと、強く思った。
一端、このお話をエンディングします。
二週間ですが、毎日数時間書き続けてみました。意外とという部分と、まだまだ、という部分。もっと、もっと、なんて感じた部分。いろいろあります。読んでいただいた200以上のユニークユーザーの方々、ありがとう!!
もっと書きたいこと。もっと、もっと、あります。現在の書いている三つのお話を閉じて、2つのお話に再構築。そして違う形式で、さらに面白く読んでいただけるようにしたいと思います。
週末を使って、再スタート。お楽しみに。