ミュセ・デ・モア レ・ドレス・ゼロ
最初の出会い、そして、はじめての祈りとハッピーエンドを書いてみました。なお、ミュセ・デ・モア レ・ドレス・ゼロ(サブタイトル)の意味は、フランス語で「月の館、0番地」です。
月の明るい夜だった。
公園の花壇に月見草、宵待草が咲いていたの。
わたしは、急いで帰りたかった。
通学路から外れ、公園を近道に選んだの。
お母さんが、危ないから夜の公園はダメっていっていた。
でも、早く帰りたい。
お母さんにお願いしていた
今晩のおかずは大好きなハンバーグ
ゴーダ・チーズをのせて焼いてほしいって。
甘いキャロットを外して、嫌いなの。
きっと、おいしいよ。
楽しみ。
早く帰ろう。
常夜灯、水銀の灯り。月も明るいし、いいでしょう。
公園の花壇は、まるでカラーパレット。
白、黄、金、黄肌、桜、雪、象牙……、色があふれていた。
きれい。とっても、きれい。
月見草、宵待草だけじゃない、ダリアやユリの花も咲いている。
花が揺らいで、月のあかりに浮かんでいる。
わたし、ちょっとだけ、立ち止まって見とれていた。
すぐ横を、お姉さんが、駆けていくのが見えた。
黒い髪、ダークネイビージャケットの制服。プリーツのスカート。
長い棒をかかえている。
泣いている。
そんなに急いで。どこにいくのかしら。
「……待って……戻してやる……」
何を、戻してほしいのかしら?
何で、泣いているのでしょう?
急いで、どこにいくの?
花壇の中央をとおり、林の中へ。
お姉さんは駆けていく。
わたしも、小走りで追いかけた。
カバンにつけた、さやかちゃんが楽しげに跳ねている。
林の中に入ると、闇だった。
一瞬、体が浮いているように感じた。
足元がわからない。
土の地面があるはず。
怖くて、停まった。
足元を見た。地面はある。
顔を上げると、木々の間に常夜灯が見える。
お姉さん、どこに行ったの。
常夜灯に、近づくと……
花壇に戻った。
白、黄、金、黄肌、桜、雪、象牙の彩り、宵待草、月見草が咲いている。
紅のダリア、白紫の山百合、夏の香りがする。
カラーパレット。きれいな絵の具がオンパレード。
その真ん中に、お姉さんがいた。
お姉さん、あいさつするように、花に指先で触れている。
黒い髪、白い肌、細い顔、黒目……きれいな……お姉さん。
「あら、また? こんばんは」
「あ……、こんばんは」
「花に誘われたの? それとも香り、かな?」
「え、あの、お姉さん……に……」
「そう? 誘ったのかしら? 覚えてないわ」
「お姉さん……、泣いて、走っていたから……」
「ああ、そう……。かわいいわね、あなた。中学?」
「2年です」
「私は、花守。優華っていうの。すぐれたハナって書くのよ。高校二年。あなたは?」
「あ、わたし、名西中学の千元沙良っていいます。数字の千に元気の元でセンゲン。サンズイに少ないって書く沙に、良い悪いの良いって書いて、サラって読みます」
「サラちゃん? いい名前だわ」
「ありがとうございます」
「サラちゃんは、ラッキーガールね。ちょうど花々の宴で、パレードが始まるところなの」
「パレード?」
「ええ、かわいい、すてきなパレードよ。……こちらに、いらっしゃい。一緒に見ましょう」
優華さんが右となりに手招きしてくれた。なんか、うれしい。おずおず
優華お姉さんの横に立った。
花壇の真ん中、夏の花々の香りで、蒸せるようだわ。
ちょっと、すこし、きついかな。立ち眩みしそう。
「大丈夫?」
優華お姉さんが、肩を抱いてくれた。
「ほら、サラちゃん。右見て。宵待ち草と月見草がやってくるわ。天竺牡丹、山百合と夾竹桃も一緒だわ。猫ちゃんたちが遊びに来ている……」
あああ、くらくらする。胸もドキドキ、高鳴っている。
優華お姉さんが手をおいた肩のところが、熱い。熱いよ。
音。
太鼓の音。お腹を震わすような太鼓の音。ずんずんと歩いてくる。
笛。フルートかな、ピッコロかな。笛の音が跳ね回る。
ギターかな。ピアノかな。低い音で地面を揺らしている。
聞いたことないのに、けど、ちょっと懐かしいような音楽。
地を叩くリズムに、肩を揺らすような調べ。
右手の闇が裂けた。
夜の中から、小さな子供たちと薄黄色の綿毛が現れた。
いえ、人よ。小さな大人たちだわ。
綿毛はネコだわ。レモンイエローのネコが、1、2、……8匹。
ネコの背中にのって、小さな人が、小さな楽器を鳴らしている。
ネコの横で、女性たちが踊っている。
踊り子たち
薄絹のサリーのような衣装。
サファイアのビーズをちりばめて
西洋李の群青で染め上げたような、瑠璃色の衣を揺らしているわ。
青いシューズの先につけた鈴の音が、きらりと鳴るのが、きれい。
ルビーのイヤリング、オレンジの頬紅、笑いながら、うたいながら舞っている。
小さな手を直角に傾けて、豊かな腰を揺り動かして、
青い鳥のよう。
そう、これは翡翠よ。
瑠璃色の翡翠が舞う、そんな踊り。
ネコちゃんの音楽隊も、サリーのような装いをまとい、奏でる。
顔をふりふり、猫たちもリズムを刻んでいる。
真ん中で、太ったお坊さんがシンバルを打ち鳴らす。
踊り子の手から舞い上がる光の粉が、わたしと優華お姉さんに降りかかる。
ゴールドやシルバー、プラチナ……、光の粉が降りかかる。
わたしの掌に落ちた光の粒が、テディベアになった。
― こんばんは、お嬢さん ―
指先に駆け上がると、手を振りながら、テディベアが舞い上がった。
戦士の姿、褐色の男たち
左の闇を割って、入ってくる。
紫の大きな土蜘蛛を伴って現れる。
腰巻に赤と紺の格子ベルト、腕にはつる草の盾とバラの棘でできた剣を持っている。
金糸と銀糸のヘアバンドとベルト、シューズが、動きにあわせて瞬いている。
太鼓の音にあわせて、大地を足で打つ。
剣と盾を打ち鳴らす。
褐色の肌から、光の汗が立ち上っている。
わたしと優華お姉さんの前で 五十人を越える群舞になる。
ネコちゃんが、スフィンクスのように座り、
頭上で楽団が奏でる。
紫の土蜘蛛が整列して尾を振っている。
シンバルが大きな音を立て、一曲のオワリを告げた。
ダンサーたちが踊りをやめた。
片膝を付いて待っている。
笛の音が、静かな曲を奏でている。
優華お姉さんの手がわたしの肩を撫でた。
「どうだった。すてきでしょう」
優華お姉さんが、わたしの顔をのぞきこんだ。
すごい。すごかった。
わたし、言いかけた。
その時、わたしのお腹がなった。
優華お姉さんの前で、お腹が泣いた。
わたし、びっくりした。
真っ赤になって、下を向いた。
なんて、お腹なの!
真っ赤になった顔、自分でも分かるほど。
恐る恐る、見上げると、お姉さん、笑っていた。
「ごめんなさい」
恥ずかしいよぉ。
「あやまるのは、私の方ね。ごめんなさい。お腹がすいていたの、ね」
夕飯までの帰り道、戻り道。その途中だと、話した。
お腹がすいていたの。
でも、ネコの楽団は、もう一曲って感じ。
見たい。帰りたい。見たい。お腹が空いた。
見たい。帰りたくない。でも、お母さんとの約束がある。
どうしよう。ああ、どうしたらいいのかしら。
「今日は、お帰りなさい。もう、やめておきましよう」
優華お姉さんがわたしの頬を撫でた。
「でも、もう少し、いいですか? きっと、電話すれば……」
優華お姉さんが、首を横に振った。大きな黒い目が、ダメっていっている。
「ここは、電話が通じないところ。もう、お帰りなさい。お母さんも心配するし……。ハンバーグが待っているわ、サラちゃん。……命を生み出すこの宴の先は、まだ、あなたには早すぎるかもね……」
そういわれると、いたくなる、
どうしても、見てみたい。
お願い、優華お姉さん。
優華お姉さん、困った。
そんな顔になった。
「そうだ、サラちゃん。あなた、恋のおまじない、ほしくないかしら」
「おまじない?」
「私、恋のおまじない、得意なのよ。アナタの恋のお願い、ひとつだけかなえてあげる。今晩、途中で帰ってもらう、オ・ワ・ビ。好きな男の子、いる?」
「え、あの」
わたし、彼の顔を想い出した。
彼の名前を想い返す。
とってもドキドキする。目じりが熱くなる。
「お名前を教えて。それと、ご住所か。学校の学年、クラス、番号でもいいわ」
お姉さんが近くの宵待草の花弁に触れた。
「さあ、お名前をちょうだい」
わたしが、名前とクラスの番号を告げた。
お姉さんが、右手で宵待草の花を揺する。
「そう、そんなに好きなのね。サラちゃん。毎晩、お祈りしているでしょ。日記に彼の名前を書いているの。昨日の夜、紫のペンで書いて、ピンクのマーカーで……」お姉さんがわたしを見ながら、話し出した。「……体験学習で、一緒のグループになれたのね。嬉しかった……。そう。明日、なのね。それでは、その体験学習で、もっと仲良くなれたら……、いいかしら?」
「は、はい」
お姉さんが右手で宵待草の花を揺する。
「はい。サラちゃんのお願いをかなえた。恋のおまじない。楽しみにしていて」
お姉さんが右手を宵待草から離した。
「あの……、え、なんで。なんで、分かるんですか」
「何が?」
「日記のこと。書いていること。お祈りのこと。それに、明日の体験学習で一緒のグループだと……」
優華お姉さんが微笑むと、手を前で組んだ、
「あなたが大切に育てているサボテンが話してくれたわ」
優華お姉さんが、わたしの肩に手をまわした。
そして、わたしの耳にささやいた。
「まっすぐ歩いて。花壇を出れば、帰れるわ」
もう、ネコも土蜘蛛も、ダンサーたちもいなくなっていた。
「また、来てもいいですか」
優華お姉さんが、一緒に歩き出した。
「ええ、いいわよ」
「どうしたら、会えますか?」
「さあ……」
ふたり、歩いていく。
「お花に誘われたら、会えるわ。または……」
「また、は?」
「もっと、恋をしてきたら」
優華さん、私の顔をのぞきこんで、笑っている。
私、ちょっと答えられない。胸が高鳴っている。
「沙良ちゃんが、笑えないエピソードをたくさん抱えて、とろけるような恋をして、ここにいらっしゃい。すべてが欲しくなるような恋に落ちたのなら、会えるわ」
花壇のふちまで来た。
「サラちゃん。会えて楽しかった。あなたの恋、かなうから、楽しみにしていてね」
お姉さんがわたしの肩を押した。
思わず、踏み出した足元を見た。
そして、振り返ると、お姉さんはいなくなっていた。
白、黄、金、黄肌、桜、雪、象牙、紅、紫……、
公園の花壇はまるでカラーパレット。
わたし、ひとりぼっち。
見渡す限り、ひとりぼっち。
もう、帰るしかない。
不思議と、夜道が怖いっていう気持ちにはならなかった。
その夜は眠れなかった。
白、黄、金、黄肌、桜、雪、象牙……、花壇の中で、漆黒の長い髪のお姉さんと出会った。大きな黒い瞳、笑う口元、恋のおまじない。小さな人と動物のパレード。金や銀のテディベア。誰に話しても、信じてもらえない出来事。分かってもらえない夢の物語。笑われても、本当なの。
机の上のサボテンに声をかけてみる。
でも、答えはないの。
当たり前。でも……
眠れない夜、遠くで雨が降り出す音が、鳴っていた。
翌日、雨になった。
折角の郊外学習なのに。
神様、ずるい。
スカイツリーは目の前。それなのに。それなのに。
暗い空から降るのは、銀の雫。
入り口は、階段の上ですよ。
先生の声が聞こえた。
階段を登ると、スカイツリーの入り口がある。
わたし、傘を肩に、見上げてみた。
グレーの空に、スカイツリーの尖塔が隠れて、見えない。
「これじゃ、見えないね」
隣で、班で仲良しのえっちゃんが答える。
みんな、口々にいっている。
楽しみにしていた。どんな空と町の風景が見えるのかしら?
雨じゃ……ねぇ。
見上げながら、階段三段目に足をかけた。
見上げた空から、風が降りてきた。
傘が背中に飛んだ。
足が滑った。
見上げながら、爪先立ちになった。
後ろに、わたしが倒れ出した。
倒れる。
「おっと」
背中で誰かに停められた。
彼の顔が、目の前にあった。
「大丈夫か?」
透きとおった眼だった。
ブラウンの優しさが、奥のほうで光っている。
きれい。思わず、彼の頬に手を当ててしまった。
「あ、ありがとう」
「いや、別に」
なぜか、彼が真っ赤になった。
「おー、カッケー」
「うるせえ」
囃子立てられる。
「千元。お前、足、ひねったみたいだけど、痛くないか?」
「ちょっと、痛いかな」
「すべったのか……、危ねえ。葉っぱが落ちてらぁ」
葉っぱ?
偶然、それとも……。
おまじない。……これって、おまじない?
彼が葉っぱを拾い、
投げて捨てようとする。
わたし、彼の手を、抱き止めた。
思わず、彼の手を握っちゃった。
「あ、あの、捨てないで。この葉っぱ、大切なものなの」
「落としたのか?」
「う……うん……、うん」
わたし、ポケットから、ハンカチーフを出すと、包んだ。
バッグにしまう。
不思議そうに、彼は見ていた。
「ねえ、足が痛い。お願い、荷物を持ってほしいの」
「いいよ」
彼が、わたしのバッグをもって、手を引いてくれた。
とろけるような恋の始まり、なのかな。
でも、信じられる。信じてみる。
あの公園の花壇に行ってみたら
花のパレットの中に、扉が開いて……。
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