九粒目
五時間目は理科の授業。
夜空が方角によってどういうふうに見えるかという内容だった。
そういえばこの町の夜空よりきれいな星空を見ることはなかった。
いつかの五月、テルとゆうかとまきと僕の四人で町外れの小川に蛍を見に行った。舞う蛍を捕まえようと虫取り網を振り回した先に見えた星空も僕らは捕まえられるんじゃないかと思った。
スピカ、アルフェッカ、プリケルマ、アルクトゥールス。その頃は名前も知らなかった星たちに僕らはお互いの名前をつけた。
この間、玩具屋で買った1万個の星が輝く家庭用プラネタリウムもかなわない。結局は僕の部屋は四角い箱でしかないのだから。それに見たことのない銀河だと思ってよく見たら、部屋の染みだったり、黒光りする宇宙船が横切るなんてこともある。
終了のチャイムが鳴った。スライドショーは北天の夜空を映して終わった。
お別れ会?
とても楽しかったよ。みんなの目差しは暖かくて。
中には泣いてくれた子もいた。
ありがとう。でも、僕はそんな価値のある人間じゃない。
涙と一緒に僕の僅かな記憶も流してくれていいよ。
そんなこと言うなよ。僕の心が丸見えならテルはそう言って本気で怒るだろう。
そうだな。
そういうふうに考えるのはやめようと決めたばかりじゃないか。
だから、
僕は出来るだけ笑うことにした。
もし、みんながこの僕を憶えていてくれるとしたら、笑顔がいいから。
そうやって僕はみんなから貰った寄せ書きを高々と掲げた。
みんなこと、忘れないさ。
放課後。僕が机の中の荷物を整理していると廊下の方からテルが呼ぶ声がする。
「何?」
「何? じゃないだろ。ひとがわざわざ絶好のしちゅえーしょんを用意してやったのに」
「シチュエーションなんて慣れない横文字使ってどうしたん?」
「うるさいな。今日じゃなかったらぶん殴ってるぞ」いいからよく聞けよ、と耳打ちする。
テルが遊具置き場で遊ぼうとゆうちゃんを誘ったらしい。そこで二人きりになってゆうちゃんに告白しろということだ。
ありがとう、という気持ちでいっぱいだったけれど僕はその時「うん」としか言えなかった。
僕は道具箱、絵の具セット、習字セットなどをランドセルに、ランドセルに入らないものは手提げ袋に入れた。
あまりの荷物の多さに日頃、荷物を持ち帰っていないことを悔やんだ。
遊具置き場へ歩いていくと、
「テルくんは? なんだか引っ越しみたい」とジャングルジムのてっ辺からゆうちゃんの笑い声がする。
「引っ越しだし。テルは先生に呼び出されてたよ」テルと打ち合わせどおりのウソをつく。
ジャングルジムの頂上を見上げる。夕日が眩しく逆光になってゆうちゃんの表情は見えないけど、なんだか澄んだ声が寂しげに聞こえた。