七粒目
給食が終わって昼休みの始まるチャイムが鳴ると
「かずーっ、サッカーしようぜ」と大将のテルが僕を呼ぶ。
鋼鉄の胃袋を持つこの漢にはさすがのひじきも通じなかったらしい。カレーの入った給食鍋が空っぽになっているのがなによりの証拠だ。
「今、行くよ」と手を振って見せる。
この学校には昼休みに高学年はサッカーをするという不文律みたいなものがある。テルは5,6年生相手でも当り負けしない強さがあった。中田英寿のドリブル。と言ったら大げさだけど。伊達に一年中、半袖短パンではないのだ。
「お待たせ」とグラウンドの隅でリフティングしているテルに声をかけると、リフティングしていたボールをツヨシに預けて、あっちいこうぜと遊具置き場を指差す。
「サッカーやんないの?」と訊くと、何も言わず、背中を僕に向けたまま「いいから来いよ」と手招く。僕は、なんだよって思いながら、駆け足でテルに付いていく。
「座れよ」とぶっきら棒にブランコを指すから、僕は少し乱暴にブランコに腰掛けた。
しばしの沈黙を誤魔化すように二人はブランコを漕ぐ。ちょっと離れた鉄棒で二年生が逆上がりの練習している以外は遊具置き場にはひとはいなかった。
「おまえさ、今日でこの学校、最後だろ?」テルが切り出す。
「ああ」と地面を少し蹴る
「気づいてんだろ?」
「何を?」
「俺に言わせんなよ」
「言ってくんないとわかんねーよ」
「ああ、めんどくせぇ」
「おまえが誘ったんじゃん」肉弾戦では万に一つも勝ち目は無いけど、口げんかではちょっとやそこらじゃ負けない自負のある僕の言葉はきつくなってゆく。
テルは諦めたように「ゆうかさぁ、おまえのこと好きなんだよ。気づいてんだろ?」僕以外に聞こえないように低く話す。
「そんなことないだろ」
「いいーや。ゆうかはおまえのこと好きなんだ」
「そんなのなんでわかるんだよ」
「わかるんだよ」
「だから、なんでだよ」
「わかるったら、わかるんだよ」
「だーかーら、なんでかって聞いてんの」
テルはちぇっと舌打ちして「俺がゆうかに告ったら。フラれたんだよ。玉砕でーす」と外人みたいなリアクションで恥ずかしさを隠すようにおどけてみせる。
「フラれたのと、俺のこと好きなのはまた別だろ」
テルはみなまで言わせるなって顔をして「なんで俺じゃダメなのかって聞いたんだよ」
……「そしたらカズのこと好きだってさ」
「まじ?」
「大まじ」
「命賭ける?」
「ああ、命かけるよ」
「出べそのお前のかーちゃんに誓って?」
「ああ、かーちゃんにだってちかえる。出べそはよけいだ」と僕を小突く。
……二人は黙り込んだ。一人は敗北のため。一人はその事実を初めて知ったために。
聞こえるのはサッカーの掛け声とブランコの錆付いた音だけだった。