まだ受付嬢ではない元受付嬢
ギルド酒場は、昼間から賑わっていた。
依頼帰りの冒険者。
これから向かう者。
情報を集める者。
ナミは、その片隅で小さなテーブルに座っていた。
「……お、おいしい……」
湯気の立つハーブティーを、両手で包み込む。
向かいにはエリー。
「この街、学舎は多いけど……」 「……うん……」
「図書館は少なそうね」 「……そ、そう……」
エリーは地図と本を広げていた。
ナミは、なんとなく周囲を眺めている。
◆
(……あの人……焦ってる……) (……あの人……ケガしてるの……隠してる……) (……あの人たち……相性……悪い……)
ぶつぶつ。
無意識に、いつもの癖が出る。
「……あ……」
ナミの視線が、酒場の奥へ向いた。
ロイドがいた。
一人で、地図を睨んでいる。
(……洞窟……) (……一人……無理……) (……でも……止まらない……)
「……あの依頼……」
ぽつり。
エリーが顔を上げる。
「どの?」 「……洞窟……魔獣……」
「姉、声」
「……あ……」
◆
その瞬間。
「おい」 「ん?」
隣の席の冒険者が、ロイドを見た。
「その洞窟の依頼、俺たちも狙ってる」 「……え?」
「ちょうど人手探してたんだ」
ロイドは驚いた顔をした。
「……いや、俺は……」
「三人いれば安定だ」 「報酬も割れるしな」
(……え……)
ロイドが迷っている、その時。
「……あの洞窟……」 「……最近……」
ナミの小さな声が、
不思議なほど、周囲に通った。
「……魔獣……増えてる……」 「……?」
「……でも……」 「……?」
「……午前中なら……安全……」
ざわっ。
酒場の空気が、変わった。
「それ、誰情報だ?」 「昨日の噂と一致してるぞ」
「……え……?」
ナミは、びくっとした。
「……ち、違います……」 「誰だ今の?」
エリーが即座に言う。
「独り言です」 「独り言?」
「聞き流してください」
◆
だが、世界はもう動いていた。
「午前中か」 「じゃあ今から行けば――」
「待て」 別の冒険者が立ち上がる。
「洞窟近く、崩れかけてるって話もある」 「午後は危ないな」
「じゃあ全員で行くか」 「人数多い方がいい」
ロイドは、完全に流されていた。
「……え、え……?」
結局大人数でパーティが結成された
◆
――洞窟。
午前。
本来なら最悪のはずだった戦場。
だが。
「……な、なんだこれ……」
魔獣は少ない。
動きは鈍い。
まるで、都合よく弱体化しているかのよう。
「当たり日か?」 「こんな楽な依頼、久しぶりだぞ!」
戦闘は、圧倒的だった。
その最中。
ドンッ!!
天井が崩れた。
「伏せろ!!」
だが崩落は、
魔獣の真上だけ。
「……嘘だろ……」
魔獣は下敷きになり、動かなくなった。
「……勝った……?」
◆
ギルド酒場。
「……生きて……帰ってきた……」
ロイドは、呆然としていた。
「……よかった……」
ナミは、ほっと息をつく。
「……運……よかった……ですね……」 「……ああ……」
エリーは、ロイドを見てから、ナミを見る。
(……運で片付けるには……)
「姉」 「……な、なに……?」
「もう一杯、飲む?」 「……の、飲む……」
◆
酒場では、もう噂が始まっていた。
「今日の洞窟、奇跡だろ」 「魔獣の真上だけ崩れるとか」
「午前中が安全って話、誰だ?」 「さあ……」
誰も、ナミを見ていない。
ナミは、ただお茶を飲んでいるだけ。
だが。
偶然にしては出来すぎた幸運が、
確かに、命を救った。
本人は、何も知らない。
周囲も、気づかない。
――だが今後
この街で起きる「ラッキー」は、
すべてこのドジっ子から、
静かに溢れ出すということを
今はまだ誰も知らない




