辞めた受付嬢
「……お世話に……なりました……」
ナミは小さく頭を下げ、ギルドを後にした。
引き止める声はなかった。
理由を聞かれることもなかった。
それが、何よりも答えだった。
◆
寮も引き払ったナミは実家へ戻る
実家は、ギルドのある街から少し離れた場所にある。
小さな家で、派手さはないが落ち着く場所だ。
「……ただいま……」
戸を開けると、すぐに声が返ってきた。
「おかえり。……って、その顔」
台所から出てきたのは、ナミの妹――エリーだった。
姉とは違い、背筋が伸び、目つきもしっかりしている。とてもしっかり者の妹である。
「……また、無理したでしょ」
ナミは視線を逸らし、もじもじと指を絡めた。
「……や、やめて……きちゃった……」
エリーは一瞬、ため息をつき――
何も言わず、椅子を引いた。
「座りな」 「……うん……」
◆
この世界には、「スキル」と呼ばれる力がある。
魔物を倒す剣技。
魔法を操る詠唱。
身体能力を強化する加護。
多くの人は、戦闘系スキルを持つ者こそが「価値ある存在」だと考えている。
そして――
スキルを持たない者は、前線には立たない。
裏方。
雑用。
商人や職人。
ナミも、そうだった。
「……私……スキル……ないから……」
ぽつりと呟くと、エリーは肩をすくめる。
「表に出てないだけでしょ」 「……え?」
「戦闘スキルが分かりやすいだけ。
それ以外のスキルだって、本当はある」
ナミはきょとんとする。
「……でも……誰も……」 「気づかない。自分でも、他人でも」
エリーは、まっすぐナミを見た。
「特に、戦闘に直接関係しないスキルはね」
◆
「ギルドでは……」
ナミは、少しずつ話し始めた。
依頼を回したこと。
怒られたこと。
評価されなかったこと。
エリーは黙って聞いていたが、
途中で一度、眉をひそめた。
「……それ、本当に“勘”?」 「……え……?」
「冒険者の性格、パーティの空気、依頼主の癖」 「……」
「全部、ちゃんと見てたんでしょ」
ナミは、小さく頷いた。
「……み、見ちゃう……んだよね……」 「で、結果は?」 「……誰も……死ななかった……」
エリーは、はっきりと言った。
「それ、能力だよ」 「……え……?」
「何かを成し遂げれば評価はされる
何も起きなかったことは評価されにくい」
◆
しばらく沈黙が流れる。
やがて、エリーが立ち上がった。
「この街、合ってなかったんだと思う」 「……え……?」
「見る目がない人間が多すぎる」
ナミは、思わず目を見開いた。
「……で、でも……」 「だからさ」
エリーは、少しだけ笑った。
「別の街で仕事探そう」 「……!」
「私も一緒に行く」 「……い、いいの……?」
「放っておいたら、また一人で潰れるでしょ」
ナミは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
「……ありがと……エリー……」
◆
その夜。
ナミは布団の中で、天井を見つめていた。
エリーの言葉が、頭の中で繰り返される。
――戦闘外のスキル。
――気づかれない能力。
「……もし……そうだったら……」
小さく、希望が芽生える。
こうして、
ドジっ子受付嬢ナミは、新しい街へ向かうことになる。
それがやがて、
この世界にとって“革命”と呼ばれる出来事の始まりだと――まだ誰も知らない




