前のギルドにはもういない受付嬢
この世界は、常に魔獣の脅威にさらされている。
王都には騎士団があり、
巨大な城壁と正規軍によって守られている。
だが、それ以外の街は違う。
地方都市や交易の街、辺境の集落――
それらの安全を支えているのは、
冒険者による魔獣討伐と、
それを統括する冒険者ギルドだった。
冒険者が機能しなければ、
街は守れない。
ギルドが機能しなければ、
冒険者もまた機能しない。
◆
その街の冒険者ギルドで、
最初の異変が起きたのは、
一人の受付嬢がいなくなってからだった。
「……依頼、重なりすぎじゃない?」
受付職員の一人が、
帳簿を見て眉をひそめる。
「同じ時間帯に、同じ方面」 「しかも、討伐難度が高いものばかり……」
「調整は?」 「……した、はずです」
◆
以前なら、
こうした配置にはならなかった。
誰かが声を上げていたわけではない。
だが、結果として
最悪の組み合わせだけは避けられていた。
◆
数日後。
「支援物資が届いていません」
「倉庫番号が違います」
「依頼書の情報が古い」 「更新されていない」
小さなミスが、
次々と表に出始める。
◆
会議室。
ギルドマスターと職員たちは、
重たい空気の中で帳簿を囲んでいた。
「失敗率が上がっている」 「冒険者からの不満も増えている」
「原因は?」
誰も、即答できなかった。
◆
「……前は」
古株の職員が、
慎重に言葉を選ぶ。
「ここまで確認に追われなかった」 「書類も、自然と整理されていた」
◆
「そういえば……」
別の職員が、
視線を落としたまま言う。
「前に、いたじゃないですか」 「ドジで……」
「独り言ぶつぶつ言ってて」 「よく謝ってた――」
「あのドジっ子」
◆
「関係ない」
即座に、グラハムの声が被さる。
「仕事は遅かった」 「ミスも多かった」
「能力があったわけじゃない」 「偶然だ」
◆
だが。
「偶然にしては……」
その先は、
誰も言葉にしなかった。
認めた瞬間、自分たちの判断が間違いだったと認めることになるから。
◆
やがて、冒険者たちにも異変は伝わる。
「最近、依頼が噛み合わない」 「討伐が後手に回ってる」
「ここ、ちょっと危ないな」
◆
一組、また一組と、
冒険者は静かにギルドを離れていった。
「他の街で登録し直す」 「ここは信用できない」
引き止める理由は、
もう、どこにもなかった。
◆
冒険者が減る。
討伐が遅れる。
街の外れで、
魔獣の目撃情報が増えていく。
それでもギルドは、
崩れゆく歯車を止められなかった。




