【第一章】第八話~花火大会~
花火大会の日が訪れた。女性陣は浴衣で揃え、みんな約束の時間前に集まった。
出店で色んなものを買って食べる夏希達。こうして夕方集まって何かをするのが初めてだったので、心が躍る。
花火が上がる少し前、夏希の手を涼香が握った。夏希も握り返す。
そして花火が上がる。その最中、不意に夏希にある記憶が差し込まれて……。
まだかなり明るい午後五時少し前の空。本当にこの二時間後に花火が上がるのか、上っても綺麗に見られるのかと若干不安になりつつも、私と涼香は約束のコンビニ前に向かっていた。
「夏希の浴衣、ほんとに可愛いよね。いい感じ」
「でもこれ、そんなに高くないやつなんだよ」
「えー、でも似合ってるよ。白地に赤いハイビスカスが夏希っぽいもん。明るくて元気な感じ。帯だって濃い緑なのが凄く引き締まって見えるし
さすがは芸能人。私が狙ったポイントを的確に褒めてくれる。それに評価がすごく的確で、ちゃんと言語化できているのはそういう仕事をしてきたからなのだろう。
「でも涼香には敵わないよ。青と白の菊みたいな柄がすっごく綺麗。グラデーションも効いていて、可愛いし格好良い。凄く涼し気だよね。淡いピンクの帯も綺麗だし、それに小物。もうさ、フルセットなんだもん」
「これはまぁ、うちの親が誰に見られてもいいようにしろって言うから。髪の毛だって美容院にわざわざ連れていかれたんだよ」
涼香はもう、さすがだった。髪の毛も綺麗にアップにし、上から下までほぼ完璧なコーディネート。長年一緒にいる私ですら、思わず見惚れてしまうくらい。だからきっと、かなりの人目を引いているかもしれない。
「もうみんないるかな?」
「十分前だからね、いるんじゃないかな。……あ、ほらなんかこっち見て飛び跳ねてるのがいるよ」
涼香が笑いながら顎で示せば、目的のコンビニで大きく手を振ったり飛び跳ねている男の子がいた。和樹だ。まったく、小学生みたいにはしゃいじゃって恥ずかしい。でもそのまま無視するのも可哀想だからと、私も大きく手を振った。
「おせぇよ二人とも」
到着するなり和樹がそう言ってきた。約束の十分前なのに、みんなもういたからそう言われるのも仕方ないけど、普段よく遅刻する和樹には言われたくない。
「女の子は準備に時間かかるの」
「でも凪は三十分前、モカだって十五分前には来てたぞ」
「……アンタ、一体どれくらい前からいたのよ」
「ねー、ちょっと。モカだってってのは酷くない?」
そう言うモカは白地に赤い金魚の柄が派手な浴衣を着ていた。ちょっと黒い金魚も混ざっており。それがアクセントになって可愛い。
「悪い悪い。ちょっとこの日を楽しみにし過ぎててさ。なぁ」
そう言いながらアロハシャツにハーフパンツ姿の和樹が隣の黒岩に目を向けた。黒岩は甚兵衛か作務衣だろうか、何だか和風の涼し気な黒い衣装に身を包んでいた。
「まぁ、楽しみではあったけどそれとこれとは別だろ。星野達だってこうして十分前には来たんだし」
「そうそう。幾ら楽しみ過ぎて待っていたからって、一時間も前に来た人には言われたくないよね」
「おい凪、バラすなよ」
そんな凪は黒地に白い藤の柄をあしらったモノトーンの浴衣だった。長い髪もちゃんとアップでまとめているから、すごく大人びている。私の中では今日この中で一番変わったのは凪かもしれない。
「うっわ和樹、一時間も前に来てたんだ。偉すぎでしょ。そんなに私達の浴衣姿が楽しみだったの? エロいなぁ」
「おいモカ、違うってば。いやまぁ、でも違わないな。やっぱ花火大会とか夏祭りってのは普段見られない浴衣姿とかを見る数少ない機会だからな。そりゃあ楽しみにしていたさ」
「正直すぎてキモい。でもまぁ、和樹らしいけど」
私がそう言うとみんな笑ってくれた。私だって無反応よりは多少でも関心を持ってくれた方が嬉しいし、きっとみんなもそうだろう。だから女性陣も和樹のキャラとあいまって仕方ないなと笑っている。
「とりあえず何か食べようよ。折角のお祭りだもん、楽しみにしてたんだよね」
私がそう言うと、みんな笑顔で頷きながら歩き出した。
この花火大会は川向こうの遠くの空き地が打ち上げ場所らしく、この河川敷で見るのが一番のスポットだ。だからこそ人も多く、そのため出店もずらりと並んでいる。定番のやきそば、フランクフルト、わたあめにタコ焼きなどの見慣れた文字が心躍らせる。
もちろん値段は高い。フランクフルトなんて一本七百円もする。コンビニで買えばもっと安い。でもこういう非日常の体験時にこそ私はお金を使うべきだと思っているので、出店でフランクフルトを買い、食べ終えると焼きそばを購入。そうして次にたこ焼きを売ってる出店に目を奪われてしまう。
「よく食うなぁ、夏希。黒岩と同じくらい食ってるんじゃない?」
「お腹空いてたんだもん。てか和樹は食べないの?」
私と黒岩はほとんど同じものを同じペースで食べていた。
「あー、俺は家で食ってきちゃったからな。あんまり腹減ってないんだ」
「そうなんだ。涼香、そのチョコバナナ美味しい?」
「うん、美味しいよ」
涼香と凪はチョコバナナを買って、それを食べている。元々この二人は少食で、お弁当だっていつも小さい。
「モカのりんご飴、食べるの大変そうだね。でも大きくて美味しそう」
「甘くておいしいよ。これ一個でお腹いっぱいになるし。てか夏希、すごい食べるね」
「このためにバイトしてるようなもんだから。普段使わないから、こういう時にパーって使いたいタイプなんだよね」
へぇとモカが小さく笑うと、りんご飴を舐めた。
「でもさ、意外だよね。和樹ってお祭りの出店ではしゃぎそうなタイプだとばっかり思ってたのに。当たらないクジとかひたすら引きそうなイメージあったよ」
「あのなぁ、こんな当たるわけの無いものに金なんか使ってられねぇよ。もったいないじゃん。こう見えて俺は倹約家なの」
みんなが和樹の方を見る。その視線の一つに傍にあったクジ屋の人のもあったので、私達はそそくさと離れた。みんなで小声で和樹に注意しながら離れるが、でもどこかそれすら楽しい。
「この辺にしない? まだここなら空いてるし」
凪の提案に私達は足を止めた。出店の切れ目、ちょっと木が邪魔な位置にあるけど確かに人はそこまでいない。まぁ河川敷だから、人だって大いに分散される。これがきっと東京とか有名な場所の花火大会なら、どこも人混みですごいのだろう。ここが葉守市だからそうならないのかもしれないと思うと、ちょっとだけこの町を好きになれた。
「花火まであとニ十分くらいか」
黒岩がスマホで確認すると、私達はなんとなくに花火が上がる方を見た。まだ明るいけど、でも薄暗くなってきている。今日は晴れているからか、黒っぽい藍色の空に散らばる雲が綺麗。きっと花火上がる時間になれば、丁度良いキャンバスになるのだろう。
「なんかいいよね」
涼香がぽつりとつぶやけば、私と凪が静かにうなずいた。
みんなでカラオケに行った事もあるし、ご飯を食べに行った事もある。部活が無い日には一緒に帰って笑い合ったりもした。でも、今日は違う。こんなに遅くにみんなが集まり、一つの空を見上げるなんてなかなか無い事だ。きっとこれは大切な思い出になるだろう。
「私、前にいたとこでも花火大会とか行った事はあったけど、こんな気分になったのは初めて。いいのかな、私がここにいても」
「当たり前でしょ。今更何をしんみりして不安になってるのよ。らしくないよ」
私がそう言いながらモカを見れば、何だか泣きそうな顔をしていた。けれどすぐ、モカが私に抱き着いてくる。制服と違って、浴衣だから何だか感触が近い。
「わぁ、夏希ありがとう。みんなもありがとうね」
ふわりと漂う甘いモカの匂い。そして柔らかく温かい感触に、私はちょっと戸惑ってしまう。でもまぁ、これも思い出の一コマ。今日くらいはいいのかもしれない。
空いていたと思っていたこの場所も、打ち上げ時間が近付くにつれ人が増えてきた。私達は自然と距離を縮め、その時に備える。開始予定時刻まであと五分。花火師達の計算通りなのか、空は藍色と黒の狭間のような色になりつつあった。
ふと私の左手が、いや指が握られた。人差し指、中指、薬指の三本をきゅっと握る温かな手。私は気付かれないようにそれを見、辿っていく。
いたずらの主は涼香だった。私の視線に気付いた涼香は一瞬視線を合わせたかと思うとまた打ち上る方へと視線を移す。でも口元は堪え切れなかったのか、むず痒そうに微笑んでいた。
私は誰にも気付かれないよう、そっとその手を握った。大丈夫、みんな花火が打ち上る方を今か今かと見ている。誰だってこんな細やかな繋がりなんて気付かない。だからこそ私はきゅっきゅっと軽く意思を込めて握る。
横目で涼香を見れば、夜空を見上げながら笑っていた。
やがて間もなく、空に大輪の花が咲く。菊や牡丹、柳が彩を変え空を目覚めさせる。響く轟音、眩しくも彩り豊かな花火。大玉が炸裂する度に歓声が上がり、小さな連打が舞えばどよめく。私も、いや私達もそれは例外ではなかった。
「綺麗」
そんな私の声は歓声と轟音にかき消える。でもそれでよかった。
様々な色をもって打ち上る花火を見ていると、ふと脳裏に記憶が差し込まれる。それは以前もこの光景を見たような記憶。しかも一度や二度なんかじゃない、かなりの回数この花火を見ている。
その証拠に、あの花火が終われば間髪入れずに低空で小さな花火を連打するから。そうして時間が少し空いてから、今度は大玉が何発も連続で打ち上る。
差し込まれた記憶、突然見えた未来の光景、そして遠くで聞こえた自分の声。私は戸惑いながらもそれに疑問を挟まず受け止めていると、その通りになった。
……やっぱり私はこの花火大会を何度か経験している。ただ、その先の記憶が見えない。まるで黒く塗り潰されているかのように、全く。一切のシャットアウト。どんなに意識を集中しても、断片さえ見えてこない。
でも、何かが起こるはずだ。こんな非日常的な出来事で、気持ちも絆も一つになろうとしているこのイベントで、何も起こらないはずはないだろう。
けれど私の不安とはよそに、花火大会は無事終了した。終わりを告げる号砲が二発三発と鳴り響く。河川敷に集まったみんなはそれでも五分くらいは見ていたいけど、やがてぞろぞろと帰り始めた。
「はー、綺麗だったね」
「そうだね。日常の嫌な事、全部忘れちゃうくらいに綺麗だったよね」
晴れやかな涼香の横顔は凄く素敵で、心からそう思っているのだとわかった。
「嫌な事って、仕事の事か?」
ただ、その笑顔をぶち壊すように黒岩がまたつっかかってくる。
「どうしていつも、そう悪意あるように受け取るの? 関係無いでしょ」
じろりと涼香が黒岩を睨む。黒岩は口角を歪ませながら嫌な笑いを浮かべている。
「ただ訊いただけだろ。そう思ってるのは小泉の方なんじゃないのか?」
「人のせいにして。仕事だってなんだって、嫌なことくらいあるでしょう。そんな事もわからないなんて、よほど社会経験が無いか無責任なのね」
「あぁ?」
涼香もいつもならこんな風には言わない。余程溜まっていたのか、それともこの素敵な時間をぶち壊しにされたからなのか。多分両方なのだろう。そして私達は揃って黒岩に非難の目を向ける。
「黒岩君、やめなよ。どうしてこんなに素敵な時にそんな事を言うの?」
「俺は訊いただけだろ。なんなら小泉が勝手に勘違いして、俺に酷い事を言ってきたんだろうが」
「いや、さすがに無理ありすぎ。空気読んでよね、ちょっとは」
モカも溜息をつながらそう吐き捨てる。さすがにこの流れで涼香が悪いなんて思う人はいない。それもこれも、黒岩の普段の行いからきているのだから。
「まぁほら黒岩、花火凄すぎてテンション上がっちゃんだろ。コイツさー、こういうとこあるよな。てか黒岩、お前もしかして涼香が好きだからそういうちょっかいかけてるのか? お前確か、凪の事が好きじゃなかたっけ?」
「うるせぇよ、お前はいつもよぉ」
苛立った黒岩が間に入ってきた和樹を突き飛ばした。
それは怒りからか、それとも花火の前にたくさん食事をしたからなのか、または凪の名前を出されたからなのか、いつもよりもずっと強かった。払うように強く押し出された和樹は思いがけない力に驚いた様子で、後ろへとよろけていく。
その瞬間、私の脳裏にまるで閃光のように強烈な記憶が浮かんだ。
見た事がある。いや、何度も体験している。この後、確か……。
「和樹」
私はその絵がぼんやりと浮かんできたので、慌てて前に踏み出してよろけた和樹の手をつかもうとする。けれど距離があり、私の手は空を切った。和樹はそのまま後ろに数歩バランスを崩しながら下がり、縁石の部分を踏んで更にバランスを崩した。
耳障りなブレーキ音が鼓膜をつんざく。ぶつかる鈍い音、ガラスの割れる音、そして跳ね飛ばされて地面に落ちる嫌な音。そのどれもが私の脳をかき乱し、同時にパズルのピースが高速ではまっていくかのごとく記憶が復元されていく。
でももう遅い、これは終わってしまった物語なのかもしれない。
ガラス玉のような眼で私が映したのは、フロント部分がへこんだ黒く大きな車と、血まみれになって手足が変に折れ曲がって倒れている和樹の姿だった。虚ろな半目で何を見ているのかわからない和樹の顔は酷く怖く、つい先程までの色んな感情を全て消し去ってしまった。
「いやあああああああぁ」
凪の絶叫が響く。涼香もモカも、それに続いて叫んだ。黒岩はあまりの事に声も出せず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
私はついに起こってしまった忌まわしい記憶が目の前の光景と重なり、恐ろしくて視界が一気に歪んでいった……。




