【第一章】第七話~夏休み前の計画~
七月の頭、もう六人で一緒にいる事が普通になったある日、モカが夏休み中に何かしたいと提案する。
けれど涼香は合宿と仕事、凪も展覧会などみんな予定が合わない。そんな中、和樹が夏休み前にどこか行こうと提案する。
みんなあれこれ考えるが、突然の事なので決まらない。すると凪が来週花火大会があるから行こうと提案する。
女性陣は浴衣で揃えて行こうなどと、盛り上がるのだった……。
六人で過ごす時間も増えてきた七月の頭、涼香は教室の机に頬杖をつきながら、ぼうっと考え事をしているみたいだった。数日前からこんな様子で、最初は私も声をかけようかどうか迷っていたのだが、とうとう心配になったので思い切って訊いてみた。
「夏休み中にね、合宿に行かないとならないんだ。夏休みの終わり頃に大きなオーディションがあるから、それに向けた練習。事務所の人と親が色んな先生を呼んでやるって言っていてさ。ちょっと気が重いんだよね」
先日、舞台を終えたばかりの涼香はやっぱり疲れている様子だった。それもそうだろう、勉強も部活もやりつつ芸能界の仕事もこなしているのだ。小学生の時はもっとすごくて学校に来れない日の方が多かったし、たまに会っても死んだような眼をしていた。それに比べたら多少は楽なのかもしれない。
ただ比較的にというだけで、涼香にとって負担はかなり大きいのが私でもわかる。
それに涼香自身、もう二度とあの頃には戻りたくないと私に愚痴っていた。学校行事どころか普通の学校生活も満足に楽しめず、家で自習ばかりしていた日々。外から聞こえる同い年くらいの子が羨ましくて仕方なかったらしい。
「かなり熱が入ってるみたいだね」
「うちの親もそうなんだけど、事務所の方も大きい仕事を取りたいみたいでさ。結局私が子役で大当たりしたのなんて実力うんぬんじゃなくて、運の要素がかなり大きいのに」
がくりとうなだれる涼香に私はそっと肩に手を置いた。
「行かないって選択肢は無いんでしょ?」
うなだれたまま、小さく涼香がうなずいた。
「無いね。専属のトレーナーの予定も抑えているみたいだから、お金だってもう動いているだろうし。でもさ、それでオーディション駄目だったらどんな風に言われるのか考えたら、すごく気が重たいんだよね。逃げちゃいたい」
「贅沢な悩みだよな、いっつもよ」
いつの間にか黒岩が私の後ろに立っていた。その声に驚いて私達は彼の方へ目を向けると、苦々し気に涼香を睨んでいた。
「自分が恵まれている事にすら気付かないで、愚痴ったり逃げたようとしたりよ。世の中チャンスの無い人間だらけなのに」
「……責任感が無い立場の人は気楽でいいよね」
他の人にはあまりこういう事を言わない涼香も、黒岩には当たりが強い。それも仕方ない事で、黒岩は芸能界に入りたいみたいで自分なりに書類を送ったりオーディションを受けているみたい。でも、未だに一度も結果が出ていないみたいだった。
だから涼香が羨ましくて仕方がないらしい。普通の話をしている時はお互いに会話するのだが、こういう話になれば険悪になる。でもその発端はいつも黒岩からだ。
「立場がある癖にイヤイヤ言ってるのはどうなのかな。色々やってもらっているのならそれに応えるのがプロなんじゃねぇの?」
「私は先週末まで舞台に立ってたけど。そこまで言うなら結果出してから言いなよ」
私を挟んで険悪な雰囲気が流れる。もういい加減耐えられないと思った私は席を立って黒岩に一言言ってやろうかと椅子の背をつかんだ途端、横から現れた凪が黒岩の前に立った。
「いい加減にして黒岩君。どう見ても八つ当たりにしか見えないよ」
「間宮……」
凪に怒られ、黒岩のテンションが一気に下がる。私はそっと涼香の手を握った。
「涼香は頑張ってるんだよ。この年で学校行ってお仕事してなんて、なかなかできる事じゃないよ。黒岩君だって頑張ってるのは知ってるけど、でもそういうのは止めた方がいいよ。そういう態度、お仕事する時にも出ちゃうよ」
「……ごめん、間宮」
「謝るのは私じゃないよ、涼香にだよ」
不思議と黒岩は凪の言う事を素直に聞く。どうしてか凪には頭が上がらないらしい。だから今も黒岩はまだ少し不服そうな顔をしていたが、涼香に向かって軽く頭を下げた。
「悪かったよ、小泉。ちょっと上手くいかなくて、むしゃくしゃしてたのかもしれない」
「別に、もういいよ」
ただ涼香も怒りがまだ収まらないのか、頬杖をついて溜息交じりにそう言い捨てた。
「なになに、ケンカ? もー、仲良くしようよ」
すると今度はモカが後ろからやってきた。この場の雰囲気を一切無視したような明るい声に、私を含めた四人が毒気を抜かれたような感じだった。
「何でもねぇよ」
「あぁ、じゃあ私の勘違いか。あー、じゃあさ、折角こうして集まってるから夏休みの計画でも話そうよ」
パンと胸の前で大きく手を叩いたモカが飛び切りの笑顔で笑うと、私達はポカンとした顔で彼女を見るよりほかなかった。
「モカ、ごめん。私は夏休みに入ったら割とすぐに合宿とか色々あるから無理かも」
「私も書道の展覧会があるから、それに向けた準備とかで忙しくて……」
「俺もまぁ、忙しいから」
涼香はもちろん、凪も半分仕事のようなものだと知っている。黒岩だって涼香を見返してやりたくて、色々頑張るのかもしれない。夏休みとは言え、みんな大事な時期だ。
「えー、なにそれ。夏休みに会えないの?」
「私は最初の方は合宿で、後半はオーディションとか仕事とかあるから八月の十日前後なら空いてるかも」
「私は丁度その頃、盛岡の展覧会に行かないとならないから」
色々みんな予定を言い合う中で、私はどうにか記憶の扉をこじあけようとしていた。ハッキリとは見えないけど、夏休みに何かあったはずだから。みんなでどこかに出かけたのはおぼろげに見えるけど、それがどこかわからない。でも何かあったのは間違いない。
「んじゃさぁ、夏休みに入る前に遊びに行かない?」
いつの間にか和樹が黒岩の横に立っていて、そう提案してきた。するとすぐにモカが大きく目を開き、またもパンと手を叩く。
「いいね、それ。そうしよ。みんなもいいでしょ。一日くらい空けようよ」
「まぁ、夏休みに入ってみんなバラバラになるよりかはその方がいいのかもね」
涼香がそう言うと、凪も黒岩もみんなうなずいた。私も曖昧にうなずきながら、どこでどんな嫌な記憶があったのか必死に探る。
「じゃあさ、どこか行きたいとかって提案ある人?」
モカが元気よくそう言うが、すぐに意見を言う人はいない。みんなうぅんと唸りながらどこに行こうか考えているみたいだった。
「モカはどこか行きたいとこあるの?」
たまらず私がそう言うが、モカもまた難しい顔をしながら小首をひねる。
「んー、どこなんだろ。楽しくて、思い出に残るような……夏希は?」
「どこがいいんだろう」
たまらず私が天井を見上げると、「あの」と小さな声が聞こえた。
「今週末に花火大会があるんだけど、そこに行かない?」
どこか遠慮がちに凪がそう言うと、みんな答えはそれだったとばかりにおぉっと言いながら凪に注目する。
「いいね、花火」
「最高でしょ、凪。メッチャいいよそれ」
「俺は間宮の案で賛成だ」
「俺も俺も。うわー、楽しみ」
みんなの盛り上がりを恥ずかしそうに嬉しそうに凪がややうつむきながら笑顔で応える。でも確かにみんなで花火なんて最高の思い出になりそうだ。上手くいけば仲の良さも強まり、不幸な未来なんか起こらないだろう。
「あ、じゃあ女子は浴衣で集まらない?」
私がそう提案すれば、すぐに涼香が反応した。
「いいね、そうしよう」
「着物はあるけど、浴衣はあったかなぁ」
けれど一番それに乗り気になりそうなモカが唇を真一文字に結んだままちょっと黙り込んだのを私は見逃さなかった。
「モカ、どうかしたの?」
「あー……私、浴衣持ってないんだよね。買おうにも、ちょっと金欠でさ」
安いのであれば五千円くらいで買えるけど、でもそこはいろんな事情があるだろう。私も一着しか持っていないからどうしようかなと思っていると、涼香がモカに視線を向けた。
「私ので良ければ貸すけど」
「え、でも」
いつもなら嬉々として提案を受け入れるだろうモカが珍しく言い淀んでいると、涼香が大きな笑顔で包み込んだ。
「私、舞台挨拶とか色んな事があるから何着か持っているの。帰ったら貸せるやつを撮って送るから、選んでくれたら明日持ってくるよ」
「涼香、ありがと。マジで助かる」
「もし着付けとかできないなら、教えて。簡単なやつもあるから」
「……できないかも。着た事ないから」
そうなんだ、意外。言っちゃなんだけど、モカなら毎年そういう姿で出かけているものだと勝手に思っていた。ここに来るまでは恋人がいたみたいだし、てっきり浴衣デート経験済みなのだとばかり。
「なら、そういうのを選んで送るね」
「ありがとー。ほんとマジでなんか嬉しい。こういうの初めてだから」
モカが体をくねらせ喜びを表現すると、思わず笑ってしまった。でもこれで女子は全員浴衣で合わせられる。何だかんだ言っても、こういうのは大事だ。
「あ、花火大会ってこれだろ。楠川花火大会ってやつ」
和樹がそう言いながらスマホを見せると、凪が大きくうなずいた。
「うん、そうこれ。花火が十九時からだから、十八時……夕方六時に現地集合しようよ」
「もっと前の方がいいんじゃない? 色々見て回ったり、何だったら出店のやつ買ったりしたいから」
花火だけ見て解散、というのはさすがに寂しい。例え割高だとしても、私はお祭りで焼きそばなどの出店飯を食べるのが好きなのだ。普段使いじゃないからこそ、そういうのでも思い出にしたかった。
「じゃあ、十七時にここのコンビニ前で会おうよ」
「うん、いいね」
流れるように計画が決まると、私達はみんな笑顔だった。
「ねぇ涼香、ちょっと訊いてもいいかな」
部活終わりの帰り道、私はいつものように涼香と一緒に帰っている途中でずっと思っていた疑問を聞いてみる事にした。それは些細な事で、何と言うかちょっとした雑談のような感じ。別に聞かなくても良かったのだけど、気になったのだ。
「ん、なぁに?」
「モカに浴衣を貸したのはなんで?」
「え、それちょっと酷くない?」
からかうように涼香が笑う。私は自分で言ってから酷く意地悪い事を言ったのだと気付き、慌てて首を横に振った。
「いや違う、そういう意味じゃない。ただ、涼香とモカってそこまで仲良しには見えなかったからさ。何でって言われても……んー、ちょっとわからないんだけどさ」
「単純に一人だけ仲間外れって、可哀想じゃない」
「まぁそうなんだけどさ」
そうか、単に涼香の優しさか。
「でもまぁ、そう思われるのも別に変じゃないけどね。モカは明るくて社交性があって人気者でしょ。でもどんな人でも、何となく合わないなってのがあるじゃない。私だって別にモカが嫌いってわけじゃないよ。でも、そういう事かもね」
「あー、そういうのはあるよね」
「あとはまぁ……敵に塩を送るってこういう事なのかもね」
いたずらっぽく涼香が小さく笑うが、私はその真意がわからなかった。
「敵に塩? どういう事? 嫌いじゃないのに敵扱いなの?」
「なんでもない」
そう言いながら涼香が私の背を叩いた。それが思ってたよりも強い力だったので、その衝撃に私はびっくりしてしまう。
「何よ、急に」
「いいじゃない。とにかく、これでみんな浴衣で揃えられるんだし、楽しい思い出になるよ。一年の時だってこういうの無かったじゃない。モカのおかげかもね」
「まぁ、確かに。多分みんな何かやりたいなって思っていたんだろうけど、モカみたいに積極的に言い出す人がいなかったからかも」
「そうそう。だからまぁ、感謝の印に浴衣を貸すくらい何でも無いわけ」
晴れやかな顔で夕暮れの空を見る涼香の髪がたなびく。夏の匂いがする風が通り抜けていった。それが思ったよりも気持ち良くて爽やかだったため、私もみんなで楽しめるのならなんでもいいかと思い、大きく笑った。




