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ミッシングリンク~忘却と目覚めの街の中で~  作者: 砂山 海


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【第一章】第五話~五月の転校生~

ゴールデンウィークが終わり、日常が戻ってきた。

朝のホームルームが始まると、教室がざわめく。見た事の無い制服姿の女生徒がいたから。茶髪でスカートが短く、ダボッとしたカーディガンを羽織るその子は一条モカと名乗った。

モカは非常に気さくで、ずかずかと夏希たちと距離を縮めていくのだった……。

 ゴールデンウィークが終わり、寂しかった学校にもいつも通りの日常が戻ってきた。とは言っても私も涼香も部活でほとんど毎日来ていたため、帰宅部のようにたくさん休んだって意識は無い。むしろ部活で散々走らされたり筋トレさせられていたので、疲れが残っているくらいだ。

「おはとう夏希、涼香」

 教室に入ろうとすると凪に声をかけられた。久々に会う凪の姿に私は嬉しくなり、思わず笑顔になる。

「会いたかったよ、凪。書道部って連休も来てた? 見なかったんだよね」

「ずっと休みだったよ。まぁ私はお母さんの仕事の関係で書家の泰道先生って人の所に行ってたけど」

 凪の両親は揃って書道家で、そのため凪も幼い頃から書道を厳しく叩きこまれているらしい。周囲の期待も大きく、またコネも伝手もあるので休みとなれば色んな人の所へ行く事が多いらしい。涼香とはまた違った親の期待を背負わされている。

「大変だったね」

「まぁ、もう慣れたよ。涼香も同じようなものでしょ」

「私は連休中、結構部活してたから楽しかったくらい」

「へぇ、小泉はもうすっかり一般人か。舞台とかやめたのか?」

 いつの間にか黒岩が私達の後ろに立っていて、その言葉に涼香がすぐに反応する。

「土日は舞台だったけど。部活が終わってからは演劇のレッスンにも通っていたし。それに私、自分がそんなに特別な人間だとも思っていませんけど」

「世間は違うだろ」

 黒岩が涼香につっかかるのはこれが初めてじゃない。芸能界に入りたい黒岩にとって、それを捨てようとしている涼香が許せないみたいなのだ。ただ涼香自身、親の七光りのようなものはなく、自力で這い上がっていったのを私は知っている。だからこういう雰囲気になる黒岩が好きになれなかった。

「やめなよ、黒岩君」

 私が口を開こうとした時、凪がそれより先に注意していた。黒岩は凪の言葉にバツが悪そうにその場を立ち去ると、どことなく気まずい雰囲気が流れる。

「涼香、ごめんなさい。黒岩君も悪い人じゃないんだけど」

「大丈夫、もう慣れてるから」

 そう言うけど、涼香の顔が無理して笑っているのが私にはわかる。私はそっと涼香に寄り添い、元気付けるように背中を軽く叩いた。

「慣れてても痛いのは嫌だよね。まぁ、そろそろホームルーム始まるだろうから席に着こうよ」

「そうだね」

 そう言って別れ間際、涼香が私の手に少し触れたような気がした。


 チャイムが鳴って少しした後、教室に田中先生が入ってくるなり教室がざわめいた。先生と一緒に違う制服の女の子が入ってきたからだ。スカートを短くし、ダボッとしたカーディガンを羽織っている茶髪の子。カバンには色んなキーホルダーやぬいぐるみがぶら下がっている。

「えー、今日は転校生を紹介します。じゃあ、自己紹介をどうぞ」

「一条モカです。今日からよろしくお願いしまーす」

 やや甲高い声とテンションは見た目通りだった。ただまぁ、私達の学校ではかなり派手めな人であることは間違いない。こういう人、ちょっと苦手なんだよなぁ。

「えー、じゃあとりあえず後ろの……あぁ、星野の隣に机置けるな。そこにしようか」

 うわ、マジかぁ……。

 先生の掛け声で男子が机と椅子を運んでくると、私の席に隣に置かれた。たまたま空きスペースになっていたのでラッキーだと思っていたのに、まさかこういう事が起こるなんて。

「よろしくねー。えぇと、名前を教えてもらってもいいかな」

 隣に座るなりさっそく一条さんが人懐っこい笑みを浮かべながら私を見詰めてきた。つけまつげをしているのか、やけに目が大きく見える。

「星野夏希です。よろしく、一条さん」

「モカでいいよ。一条さんって固いから、やめよ。同い年なんだしさ。それに可愛くないもん。ね」

 ね、と言われても慣れないし、こういうノリも苦手だ。でもここで頑なに一条さん呼びをすると、初日からこじれそうだ。

「じゃあ、モカ。よろしく」

「うん、よろしくね夏希」

 嬉しそうに笑ったその顔を見た途端、私の頭の中で急に色んな映像がフラッシュバックした。涼香の失踪のニュース、和樹の交通事故、そんな記憶の中にモカがいた。

 そうだ、私は何で忘れていたんだろう。この子も私の思い出の中にいる。そして……泣きながら私を刺すのだ。

 季節はよくわからない。ただ、泣きながら何か言って私に包丁を突き立てる姿が見えたので思わず眉をしかめる。恐ろしく、怖い未来。お腹の上あたりがゾクッとした。

「ん、どうかしたの?」

 すると不安げなモカが私を覗き込んでいた。私は我に返ると慌てて笑顔を作る。

「ううん、何でもない。ちょっと朝から頭痛してたから、そのせいかも」

「そうなんだ。痛み止めあるよ。いる?」

「大丈夫、もう治まったから。ありがとう、優しいんだね」

 モカがその言葉に嬉しそうに顔を崩す。それを見て、悪い子じゃないんだろうと思うのと同時に、一体何をしたらこんな子に刺されるんだろうかと不思議で仕方なかった。


 ホームルームが終わるとクラスのみんなが集まってきた。その中には涼香達もいる。けれどモカはまったく気後れするような素振りはなく、むしろどこか嬉しそうにしていた。逆に何だか私の方がちょっと緊張してくる。

「一条さんってどこから来たの?」

「東京の品川から。親の都合でこっち来る事になったんだ」

「何か部活とか入ってたの?」

「別に何もしてなかったよ。遊ぶ時間欲しいし」

「一条さんってどういうとこで遊んだりするの?」

「んー、別にどこでも。カラオケでもゲーセンでも、そこら辺で友達と喋るのも楽しいよ。あ、それとね、私の事は一条さんじゃなくて、モカって言って。夏希にもそう言ったから、みんなもそうしてくれると嬉しいな」

 不意に話題を振られ、私は曖昧に笑いながら頷く。

「それとね、みんなごめん。夏希にちょっと色々案内してもらおうと思ってたから、またね。行こう、夏希」

 そんな約束はした覚えが無いけど、このままみんなに囲まれたままなのは居心地が悪かったから丁度良かった。モカは私を連れて廊下へ出る。が、私の後ろには涼香もついてきていた。

「あれ、初めましてなのにどっかで見たような……」

 モカは涼香の顔を不躾にじっと見ていたが、すぐに大きく目を開けた。

「あ、テレビの人だ。えっと、なんだっけ、あのドラマの」

「小泉涼香です。どうぞよろしく」

 涼香は慣れた様子で挨拶をすると、モカがあーっと大きな声をあげた。その声は廊下にいた生徒達が私達の方へ視線を集めるのに十分だった。

「あ、そうそう、小泉涼香だ。えー、本物? すごい」

「私も一緒に行っていいかな。夏希だけだと心配だから」

 モカのテンションにも眉一つ動かさず、微笑んでいる涼香はやっぱり普通の人じゃないと改めて思い知る。こういうの、何度も何度もあったんだろうな。

「え、是非是非。あ、じゃあ涼香って呼んでもいいよね?」

「もちろん。よろしく、モカ。ところでどこに案内しようかな、授業の合間だとそこまで遠くには行けないし」

 授業と授業の合間は十分間。しかし先程質問攻めにあっていたから、もう三分くらいしかない。

「んー、案内は後でいいよ。とりあえず夏希もそうだけど涼香とも仲良くなれたし、とりあえず満足」

 仲良くなれた……の?

 まだ特に何もしていないのにそう言われると何だか不思議な感じがしたけど、まぁ悪い気はしない。多分、友達認定のハードルがすごく低いのかもしれない。おまけに転校して間もないのだ、話せる人ができただけでも十分なのかもしれない。

「まぁ、お昼休みにでもゆっくり案内するよ。とりあえずそろそろ教室戻ろうか。次は数学だけど、教科書ってもうあるの?」

「まだ届いてないんだよね。だから見せて」

「いいよ。まぁ、しばらくは机くっつけて見せ合いになるだろうけど」

「えー、ありがと。優しいんだね」

 すると突然モカが抱きついてきた。私は驚き、固まってしまう。でも、すぐにモカはこういう人なんだと思った。スキンシップが身近で、感情を表に出す人なのだろう。それでもまだほとんど面識が無いからさすがに照れ臭く、涼香に助け舟を求めようと視線を向けると何故だか不機嫌そうに教室へと先に入っていった。


 午前中の授業が終わり、待ちに待ったお弁当の時間がやってきた。このチャイムが鳴る頃はもうお腹が空き過ぎていつも辛い。私はカバンからお弁当箱を取り出そうとすると、モカが見詰めているのに気付いた。

「ねぇ、ご飯ってどこで食べてもいいの? 学食とかってあるの、ここ?」

「学食は無いかな。ご飯は割と好きなとこで食べてもいいけど、よかったらみんなと食べる?」

「みんな?」

 すると涼香や凪、和樹に黒岩といったいつものメンバーが集まってきた。

「あ、モカも一緒に食べる? 俺は白上和樹。和樹でいいよ」

「間宮凪です。よろしくね」

「黒岩だ。よろしく」

 みんなが挨拶するとモカが嬉しそうに笑った。

「えー、この輪の中で食べてもいいの? 私も友達でいいの?」

「いいんじゃないかな。あー、お腹空いたから食べよ」

 私がそう号令をかけると、みんな適当に机を寄せて座る。モカもカバンの中からコンビニの袋に入った菓子パン二個とジュースを取り出す。

「あ、それ見た事無い。最近販売したやつ?」

 和樹が前のめりになると、モカが笑いながら食べようとしていた菓子パンを和樹に見せた。

「そう。私も今日初めて食べるんだ。いちごの桜フォカッチャ。見た目も可愛いよね」

「いいね。なぁ、黒岩。仲間が出来たな」

「……何が?」

「コンビニ飯仲間」

 和樹がケラケラ笑うと、凪がジト目で和樹を見る。

「白上君、そういうのは良くないよ」

 けれどモカは一切気にしないどころか豪快に笑い飛ばした。

「あー、いいよ別に。私、コンビニのパン好きなんだよね。お弁当は料理下手だから苦手でさ。母親も朝からいないからこれでいいんだ」

「うちは母親が料理苦手だからな」

 黒岩がぼそりとつぶやくと、和樹が笑いながらその肩を叩いた。

「それでもそんなに背が高いんだから、羨ましいよな。俺なんて母ちゃんが栄養考えて作ってるとか言っても、百七十から伸びないし」

「背なんか遺伝だよ、遺伝」

 なごやかに笑い合う中、モカが皆の顔をどこか真顔で見回す。

「どうかした?」

「いや、ここの誰かと誰かが付き合ってるのかなって」

 その言葉にみんなが固まる。もちろん、私も。

「いや、そういうのは無いけど」

「そうなの? え、じゃあ恋人とかいる人?」

 その無邪気な質問に応える人はいない。するとモカは驚いたように目を丸くした。

「え、ほんとに? 涼香は芸能人だからあれだけど、夏希とか凪とか可愛いし、黒岩も背高くてかっこいいから絶対いると思ったんだよねー」

「おい、俺は?」

 和樹が思わず声を出すが、モカはニヤニヤと笑うばかり。そんな様子に私達は思わず笑ってしまった。

「じゃあ、そういうモカはどうなんだよ」

「私? ここに来るまではいたけど、転校で別れたんだよね。だから今はフリー」

「どんな人だったの?」

「んー、まぁ可愛い系だったよ。真面目でね。あーぁ、私もまた恋人見つけないとなぁ」

 そう言って笑い飛ばすモカに、私は妙な嬉しさがあった。だって今までだったらこうして集まっても、そんな恋バナとかあまり無かったから。もしかしたら隠しているだけなのかもしれないけど、それでも年相応に興味はある。

 楽しい会話の中、私はふと我に返る。それはこんなにも楽しいはずの時間なのに、秋になれば崩壊してしまうという事実。こんなに人懐っこいモカもどうしておかしくなってしまうんだろうか。

 モカも私に大きく関わる人なんだ。もっとよく彼女の事を観察しないと。

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