エピローグ
そしてまた朝がやってくる。「私」はいつものように学校へと向かうのだった。
スマホのアラームが朝を告げる。私は寝ぼけ眼で充電ケーブルを引き抜いて手元に寄せ、アラームを解除した。時刻は四月七日の午前五時五十分。
布団から出てうんと伸びをする。春先だからかまだ少し肌寒い。私は窓辺に近付くと、カーテンを開けた。朝日が町を照らし、今日もいい日になるといいなと願う。
私はこの景色が好き。朝一番晴れていると、一日良い気分になるだろうと昔から願掛けに近いものを抱いている。なかなかそうはならない事の方が多いけど、起きた時くらいはそうであって欲しいから。
「いってきます」
そう言って家を出ると、春風が急に正面から吹いてきて私は思わず目を閉じた。そうしてセットしたばかりの髪を直し、歩き出す。冬の寒さが終わり、色んな家の庭や街路の桜が咲いている。
ただそれだけで、嬉しくなる。雀のさえずりも、好き。
周囲を見回すと、色んな人達が歩いている。私達と同じような高校生、ランドセルを背負った小学生、まだ眠そうなサラリーマンに日課だろう散歩をしているお婆さん。なんだかそれら全てが街の目覚めのようで、面白い。
一人歩く通学路、もう慣れた道のり。もう少しすればみんなと合流できるけど、一人歩くこの時間が好き。でも、ちょっと悲しい事が起きた時は誰かと一緒に歩きたいなと思ってしまう。
また温かな風が吹いた。そっと背中を押されたかのよう。
学校へ行く途中、背後からポンと肩を叩かれた。振り返れば友達の凪がそこに立っていた。私は思わず口元を緩め、おはようと挨拶をする。
「おはよう、涼香。今日から二年生だけど、一緒のクラスになれるといいね」
「そうだね。凪と離れちゃったら悲しいかも」
凪とは一年生からの友達。物静かで落ち着きがあり、一緒にいて安心する。私は少し背の高い凪を見上げながら小さく笑うと、凪も同じような顔でうなずいてくれた。
「新しい友達ができるのは嬉しいけど、でもやっぱりクラス替えって緊張するよね」
「わかる。あまり仲良くなれなかったらどうしようって考えちゃうよね」
そんな風に歩いていると、私達は学校に着いた。みんな玄関に張り出されている新しいクラス表を確認しているからか、すごい混雑だ。私と凪は何とかその中に入り、名前を探す。
「あ、あった。二組だ。凪とも一緒だ」
自分の名前を見つけ、そのクラスに誰がいるのか女子の欄を探すと凪の名前もあった。私達は小さく手を叩いて喜び合う。
「お、涼香と凪も同じなんだな」
後ろから聞こえてきた馴染みのある声に振り向けば、同じく一年の時から友達の和樹と黒岩が立っていた。和樹は満面の笑みを、黒岩は小さく微笑みながら軽く手を上げている。
「二人も二組なんだ。よかったー、一緒になれて」
「あぁ、よろしくな」
私達は微笑み合うと、互いに手を軽く合わせた。
四人で教室に入り、それぞれの席にカバンを置くと私は凪の傍に行こうとした。
「あ、小泉涼香も一緒なんだ。マジかー、嬉しいな」
名前を呼ばれたので思わず振り返れば、髪を茶色くしてダボッとしたカーディガンを羽織っている子に声をかけられた。私が思わず不審気に目を向けると、その子はニカッと明るく笑った。
「私ね、一条モカ。モカって呼んで。ね、同じクラスになったんだから仲良くしよ」
「あ、うん、よろしく」
なんかちょっと怖いな、こういう子。
「私ね、こう見えて結構見てるんだよね。ドラマも舞台も。あ、ごめん、押し付けがましいか。でもマジで、同い年ですごい活躍してるの見てて、スゲーって思ってたの。でもさ、こうして同じクラスになったんだから友達になってもいい?」
「それはかまわないけど」
なんかこの子、変わってるけど嫌な気がしないな。
「マジで? やったー、嬉しい」
ぴょんぴょん跳ねる仕草が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。するとすぐモカが可愛いと言いながら大笑いする。二人でそうして笑い合っていると、凪や和樹、黒岩が近付いてくるのが見えた。
「はい、これから二組を担当する田中です。よろしくお願いします」
学年主任の田中先生はそう言うと、突き出たお腹を苦しそうに丸めながらお辞儀した。一年の時から生物を担当していたけど、あまり好きになれそうにない人なので担任の先生がこの人だという事にがっかりする。
「みなさんはこれから二年生という、高校時代でも大事な一年を過ごしていきます」
お定まりの文句、だから真剣に聞いているふりをしながら心の中ではちょっとうんざり。どうにも昔から、こういう挨拶を聞くのが苦手だ。
「そして、その仲間として転校生を紹介します」
その言葉にクラスがどよめいた。まさかこのタイミングで転校生を紹介されるとは思わなかったからだ。私も落ちかけていたまぶたを大きく開け、入口のドアに注目する。
「じゃあ、どうぞ入ってきて下さい」
黒板側のドアが開く。中に入ってきたのは肩までの髪の毛の、やや緊張気味の女の子。でも目に力があり、元気そうだなというのは一目見てわかった。
「星野夏希です、よろしくお願いします」
元気な挨拶が教室に響き渡った。
その子とは初対面。けれど何故だか、どうしてかわからないけど不思議な懐かしさがあった。胸の奥が震え、締め付けられる。
頬を伝う涙。その意味がわからなかったけど、とにかく熱かった。




