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ミッシングリンク~忘却と目覚めの街の中で~  作者: 砂山 海


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【第六章】ミッシングリンク

夏希はループ世界の真実を知る……。

 初めてなのに長いキスになっちゃったな。


 そう思った時、ふと涼香の感触が無い事に気付いた。それどころか、あんなにざわついていた街の音も無い。不思議に思った私はそっと目を開く。最初は何だか眩しくて何も見えなかったが、次第に視界が開けていく。


 ……どこ、ここ? 涼香は?


 目の前には涼香の姿が無いどころか、何も無かった。誇張無しに何も無い。あの大きなクリスマスツリーも溢れかえるほどの人混みも、いやショッピングモール自体も何も無い。ただ私は上も下も無い真っ白な空間にぽつんといた。

「おめでとう、夏希ちゃん。ループを終わらせたんだね」

 聞き覚えのあるその声にすがるよう振り向けば、紗枝さんがいた。いつもの書店でのエプロン姿がここでは妙な感じを受ける。

「紗枝さん……ここは一体?」

 私の質問に紗枝さんがふっと嬉しそうに笑う。

「ここは現世と幽世の狭間の世界。あの世とこの世のつなぎ目とも言うかな」

「あの世とこの世……え、どういう事なんですか? ループが終わったんじゃないんですか? 私また、ループの世界で死んでるんですか?」

 もう何が何だかわからない。涼香とキスしたあの瞬間、実は何かが起こって死んでしまい、またループでも始まったのだろうか?

 すると紗枝さんはゆっくり首を横に振ってから、私を見詰めてきた。

「ループはもう終わったの。ここはそうね、言うなれば葉守市だったところ、かな」

「え……何を言ってるんです? 紗枝さん、あなたは一体何者なんですか?」

 何も無いこの空間に葉守市があったとはどういう事だろうか。あぁ、もしかしたら明晰夢みたいなもので、もう夢から覚めかけているからこういう奇妙な世界で紗枝さんと話しているのかもしれない。

「私はそうね、言うなれば魂の運び屋なのかな。亡くなった魂をあの世に運ぶ存在。この姿は馴染みあるようにしているだけ」

「死神って事、ですか?」

 クスクスと紗枝さんが笑い、手を横に振った。

「私は直接魂を奪うとかしないよ。ただ連れて行くだけ。ただ、夏希ちゃんは例外だったのよ」

「例外?」

「現世への未練が強すぎて、私の存在ごと引っ張られちゃったのよ」

 現世への未練? 何を言ってるの?

「夏希ちゃん、思い出して。貴女はもう、とっくに亡くなっているんだって事を」

 紗枝さんの言葉を耳にした途端、私の脳裏に物凄い勢いで記憶が復元されていく。あの時折思い出していた記憶の断片、全部が意味を持っていく。あれも、これも何もかも。

 記憶の渦に飲まれながら、私は一つの光りの中へ収束していく……。



 私、星野夏希は小樽市に生まれて、十四歳までの生涯をずっとそこで過ごしていた。


 幼い頃から病弱だった私は家族旅行なんかも行けず、自宅か病院ばかりの日々。幼稚園ですらほとんど通えなかったし、小学校も六年間のうち二年分くらいしか通えていない。だから学校での友達は誰もいなかった。

 入院生活が人生の大半を占めていたから、必然と顔見知りになるのは病院内での子供ばかり。骨折などの外科で入院してきた子は比較的元気で流行りもよく知っていたけど、私には合わなかった。そういう子との付き合い方が分からず、怖かったのだ。

 どちらかと言えば静かに本を読んだり、お絵描きをしたりなどする方が楽しかった。

 少し体調が良ければ退院し、体力をつけるためにと学校にも足を向けたが、やはり友達がいないのと、先生から色々聞かされて気を遣われていたのか、距離を感じてしまいがち。それに私自身、友達の作り方がわからなかった。

 耐えられなくなると保健室に逃げ、そこで勉強をした。けれどそれすらまともに学校に通えていなかったし、入院している時も体力が無さ過ぎて勉強できていなかったから他の子よりもずっとできなかった。

 ただ本ばかり読んでいたから、国語だけは何とかなっていた。


 十一歳になる前、私に小児がんが見つかった。

 

 小さい頃から私は長く生きられないんだとわかっていたけど、それを知った時にはまるで最後通告を聞かされたみたいだった。希望は一切無くなり、心に暗い闇ばかり。両親はきっと治ると言っていたけど、私にはどうしてもそうは思えなかった。


 もう治らないと言う絶望は私に強い憧れを生み出していった。言い換えるなら未練だった。


 友達、恋人、みんなでのお出かけ。オシャレに恋バナ、バイトみたいな事もやってみたい。花火を観に行ったり、海に行ったり、青春と言うものを体験してみたい。

 けれど現実の私は虚しく、点滴を受けながら病院の天井にその夢を描く事しかできない。見たい恐竜映画があっても、病室から出られないから天井に思い描く。理想の青春も、恋人との出会いも……。

 そんな日々ばかりが過ぎていった。


 十三歳になる頃、私はホスピスへと移された。終末期の患者だけがいる場所で、いよいよ私も終わりなんだろうと思わずにはいられなかった。

 この頃にはもう歩く事も精一杯で、髪の毛だって抗がん剤の影響でほとんど無かった。私はそれでも同じくらいの年代が集まる子供用のスペースに行き、本をひたすら読んでいた。私にはもうそこでしか自分の夢を叶えられなかったから。

 一人になるのは怖かった。でも誰とも交われない。だから他の子達の話し声を聞きながら、好きな物語の世界に入り込もうとするだけ。

 私も人並に生きたかった。友達を作って学校に行き、笑い合いながら過ごしたかった。そう本の世界に入れば入るほど、この人生が憎くなっていった。だって私の世界はこの病院の狭いエリアだけ。同じ窓から四季の移ろいを感じるだけなのだから。

 次第に私は物語のハッピーエンドですら憎たらしくなり、本すら読まなくなっていった。


 痛みや苦しみは薬で緩和していたが、十四歳の時に限界が訪れた。


 もう夢うつつの状態で私の周りには大人達が集まり、何やら大声で話している。慌ただしく動くのを朦朧とした意識のままぼんやりと見ているばかり。手足が動かせず、まるで曇りガラス越しに見える世界に私はどこか他人事のように感じていた。

 やがて大きな声で何かを叫んでいる大人達に囲まれ、私は強い衝撃を受ける。あの時はわからなかったけど、電気ショックだろう。世界が揺れ、大きな地震が来たかの様。二度三度と私の身体が跳ねるけど、意識が遠のくばかり。

 最後の最後、私が願ったのはずうっと空想してきた事。


 つまりはなれなかった高校生になり、青春の中で生きてみたかったという未練。



「……私、死んでいたの?」

 不意に意識が戻ると、私は紗枝さんを呆然と見ていた。おかしなことに冷や汗も出ず、血の気が引く感覚が無い。でも、気分はそう感じている。

「ようやく全てを思い出したのね。そう、夏希ちゃんは十四で亡くなった。十七の今は夏希ちゃんが作り出した空想の自分。人はね、亡くなる直前は穏やかになるものなの。けれど夏希ちゃんは違っていた。最後の最後まで強烈に憧れを求め続けていた」

 紗枝さんは苦笑しながら私を見詰める。

「それが本来あるはずの無い世界を創り出した。そして自分をそこに閉じ込めたの。夏希ちゃんが生きてきた現実、そして本来あるべき死後の未来の間に存在するはずのない世界を生きる事になった。それは現実の世界にもある程度の干渉を及ぼすほどに」

 紗枝さんの言葉が耳ではなく、身体に染み入る。そしてそれは私の意識を全て集めてしまうほどに魅力的で強烈だった。

「まるでミッシングリンク。存在したはずなのに、現世からは失われた世界。この世とあの世の間に生まれたあるはずの無い世界。それが夏希ちゃんが体験していたループ世界なの」

「つまり、私の願いが生み出したけど幸せになる方法がわからないから失敗を繰り返してループしていた?」

 紗枝さんが微笑みながらうなずいた。私は足が震えるような思いだったけど、その感覚が伝わってこない。

「私は何とかして夏希ちゃんの魂を救済しようとしたの。でも、できなかった。強烈過ぎるその想いは私にとって何重もの牢獄のようだった。実際は何十週、何百週したのかわからない。だってここは時間の概念が無いのだから」

 紗枝さんの言葉を聞きながら、私は別の事に意識を奪われていた。つまりは涼香、凪、モカ、和樹、黒岩の事。私達六人は私の妄想だったのか? でも私は確かに六人で生きていた。悩みも喜びも、ちゃんと感じて生きていたんだ。

「今だから言うけど、夏希ちゃんの部屋の漫画を設定したのは私。あれは何度も繰り返す夏希ちゃんの行動パターンからこうじゃないかと見つけたもの。だけどなかなかそれに気付いてくれなかったんだよね」

「じゃあどうしてもっと具体的な行動を示さなかったんですか? あれは何周も意識が継続したからわかったけど、そうじゃなければ……」

 苦笑する紗枝さんに私は一つ浮かんだ疑問を投げかける。

「あれが精一杯だったの、夏希ちゃんの世界に干渉できるのが」

 苦笑いをしながら紗枝さんが天を見上げる。

「なんとか私は夏希ちゃんを自分が作り出した世界から引っ張り出そうとしたの。でも無理だった。だから私は最後の力でそれを作った。いつか夏希ちゃんが自分で気付き、自分でこの世界を満足させるようにと」

「結局、私は紗枝さんの掌で踊らされていたってわけですか?」

 眉根を寄せるも感覚が無い。けれど怒りのようなものはまだわずかにあった。

「それは違う。むしろ夏希ちゃんの想いが強すぎて、それしかできなかったの。だって夏希ちゃんは死の間際に欲した願望全てを余すことなくこの葉守市という世界に投影した。それがあまりにも強くて、本来もっと動けるはずの私が完全に封じ込められてしまっていたの」

 泣きそうな、それでいて慈しみのある眼差しに私は言葉を紡げなかった。

「夏希ちゃんはこの世界で自分が叶えたかった未来を色々体験していった。もちろん最期まで成功はしない事ばかりだったけど、それでも憧れた高校生になって友達とどうこうしたって報告を聞く度に、嬉しくなったの。私と仕事の話をするのも嬉しかった。私はいつしか案内人だと言う事も忘れ、夏希ちゃんの人生の一部として動くのを楽しいとさえ感じるようになっていたんだよ」

 涙目になる紗枝さんは初めて見た。それは思っていたよりも私の心を動かす。けれど涙は出ない。一滴も出る感覚が無い。

 それどころか紗枝さんから真実を知るほどに、心が穏やかになっていくような感覚があった。もしかしたら、ここはそう言う場所なのかもしれない。

「……紗枝さん、私どうしたらいいの?」

 ここまで歩いてきた私だけど、ここからはわからなかった。ぼんやりとしか見えない道筋につい私は紗枝さんにすがってしまう。けれど紗枝さんはただ静かに微笑みを向けるばかり。

「夏希ちゃんはどうしたいの? まだこの甘い夢を繰り返す? それとも」

 その先の言葉は非常に重いものだとわかった。甘美なる幸せの夢。私の憧れと願望。きっと望めばまだ手に入る。あの六人で青春をし、涼香と恋をする事だって。

 だからこそ、私は呆れたように小さく笑ったつもりだった。

「いえ、もういいです。もう、満足しましたから」

 涼香の顔が浮かぶ。髪の艶があり綺麗だけど可愛い私の彼女。頑張り屋で泣き虫で、恥ずかしがり屋で強い人。

 そして凪、モカ、和樹、黒岩の顔が浮かんでは消える。みんなとの思い出はかけがえが無く、この上なく楽しい記憶、何度も失敗したからこそ得られた喜び。これからもう会えないのは寂しいけど、でも私はみんなを忘れる事は無いだろう。

 例え次に進んだとしても。

「そっか、もう満足したんだね」

「はい。私はだって、ループを抜け出すためにがんばってきたんです。ループが繰り返される度、楽しい思い出も色褪せてつまらなくなるのが辛かった。新しい明日を求めて、ずっと歩いてきたんです、だから」

 きっともう一度見る夢はもうそこまでワクワクしない。いつかは味の無いガムのようになってしまう。それは私がさっき叶えた六人の夢に泥を塗ってしまうのと同じだ。

「だからもう、いいんです」

 私の言葉を聞くと紗枝さんは深く一つうなずき、そうして慈しむ眼差しを向けてきた。

「それじゃあ転生へと歩き出そうか」

 ふわりと紗枝さんが右手で円を描く。するとふわりとこの真っ白な空間に青白い空間が開いた。

「これがあの世への道。中に入れば魂は浄化され、また新たな生へと歩き出していく。ただどんな風に生まれ変わるのか、それはわからない。何年先になるのかも、わからない。ただ、不安は無い。温かな光に包まれているみたいになるの」

 確かにこの空間に私が来てから、不思議と不安や恐怖は無かった。きっとそういう場所なのだろう。もしこれが現実世界だとしたら、きっと私は自分がとっく死んだという事実に恐怖していたし、この星野夏希という私自身が単なる願望だったと知ったら気が狂っていたかもしれない。

「ただね、どんな体験も魂の奥深くには刻み込まれ、新たに歩む時の糧になる。夏希ちゃんが味わった苦難や挫折、そして乗り越える力や喜びの感情は記憶されているの」

「まっさらになるのに、記憶されてるんですか?」

 すると紗枝さんは小さく笑った。

「想いは繋がるの。それだけはきっと、失われないのよ」

「……私は無駄じゃなかった。そうなんですね」

 ふと私は自分の手を見ようとしたが、視線を下げられない事に気付く。そして手も見えない。

 そうか、もう私は魂の姿になっているのか……。

「無駄じゃない、何一つ無駄じゃない。全てはどこかで繋がっているの。だから、行ってらっしゃい」

「ありがとう紗枝さん、いつも傍にいてくれて嬉しかったよ」

 私はゆっくりと青白い空間へと向かう。

「私も楽しかったよ、夏希ちゃんとの日々は」

 あぁ、嬉しい。ずっと見守っていてくれたんだな。


 青白い空間がもう目前に迫る。私はもう、何一つ後悔なんか無かった。


 何もかも、ちゃんとやれた。願望だとしても、幻だとしても、みんなでやり切った。


 涼香、愛してる……。


 あぁ、光が温かいなぁ……。

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