【第五章】第十一話~真っ白で永遠なるクリスマスイブ~
あれから涼香は仕事方面で今まで以上に頑張った。それは黒岩や和樹にも教えるため。
そして仕事のプレッシャーが減ったからか、涼香が楽しそうに仕事をするようになった。
時はクリスマスイブ。夏希と涼香は繁華街へデートしに行く。
二人の甘く特別な時間が雪に彩られ、始まったのだった……。
あれから涼香は各所に奔走した。
まずは事務所との話し合いで五年以内に辞める予定である事を告げ、同時に小泉マネジメントという会社を立ち上げる事を告げた。事務所は最初難渋していたみたいだったが、あの企画書を見せると最終的には納得してくれたらしい。やはり関健一の名前は大きい。
そして専属契約から業務提携契約へと変更し、涼香の人脈を使って事務所のタレントの育成や売り出しも兼ねる事になった。これはまぁ、来年以降の動きになっていくらしい。ちなみに事務所の後輩は涼香がマネージャーになる事をとても喜んでいたみたい。涼香の言う通り、事務所のマネージャーに対しての不満がかなりあったらしい。
そして涼香は休日の仕事となると、黒岩と和樹を現場へと連れて行った。売り出そうとしてる俳優見習いと、マネージャー見習いと言う形で。涼香は十七歳だけど、芸歴で言えば十年以上ある。おまけに仕事ぶりもおごらず丁寧だと知られているので、それは好意的に受け入れられているみたいだ。
もっとも、黒岩と和樹は月曜日に会うとぐったりしている。改めて涼香の仕事がいかに大変かを身をもって知らされたらしい。
それでも二人とも、目は輝きを増していた。先輩俳優やマネージャー達に色々教えてもらい、丁寧にメモして勉強しているみたいだ。黒岩も涼香に散々言われたのか、愛想良く接しているらしい。おかげで何だか最近、黒岩の雰囲気が柔らかくなってきている。
元々格好良く、ファンもいた黒岩だったがここに来て更に増えている。だからか最近は凪がやたら彼女アピールなのか黒岩との距離が近い。大変そうだなと思いつつ、微笑ましくもある。
ちなみに会社はまだ正式に立ち上がっていないので私と凪、モカはそんなに忙しく無い。それでもその時のため、そして誰かが困った時のために色んな勉強をしている最中だ。誰か一人倒れたら回らなくなるなんて、会社じゃあり得ないだろうから。
そんな日々を送っていると秋が過ぎ、冬へと季節は移ろう。
二学期も終わり、私達は冬休みへと突入する。私の中でハッキリと冬に入るのはループ世界において初めてかもしれない。いや、前回は引きこもっている間にあったのかもしれないけど、こんなにもみんなが輝いてる世界線じゃなかった。
けれど私はどこかで警戒を解けずにいた……。
「夏希、お待たせ。もう出れる?」
「もちろん。じゃあ行こうか」
それはクリスマスイブの朝、涼香が満面の笑みで私の家に来た。私も今日の予定を確実に空けていたし、この日をずっと待ち望んでいたから同じような顔をしてうなずいた。
「それにしても、よくクリスマスイブに休み作れたね」
玄関を出てすぐ、私は涼香に素直な疑問をぶつけた。例年この時期は忙しそうにしていたから、今年も無理かなと思っていたのだ。
「今日ライブ出演する番組に出られるのは今を時めく人達だからね。私はどちらかと言うと過去の人に近いからさ。それに毎年この時期に忙しかったのは年明けの収録なんかをしていたからなんだ。今年はもう全部お休みにさせてもらったよ」
涼香はそう言うけど、ひいき目無しに今も人気がそれなりにあるのは知っている。ローカルとはいえCMにも出ているし、テレビの仕事だってちゃんとある。舞台、果ては朗読会なんかも。
「それにさ、イブは恋人同士で過ごしたいじゃない」
顔を赤くしているのは寒さだけのせいじゃない。言いながら赤くなってうつむく涼香に、私も胸がむず痒くなって思わず涼香の肩を軽く叩いた。
この辺は滅多に雪の降らない地域だけど、寒波の影響か今日は雪がしんしんと降っている。珍しい雪に私達はテンションも自然と上がり、足元に気をつけながらも降る雪を掌で受け止めたり行儀が悪いと知りつつも舌先に乗せようとしていた。
「ホワイトクリスマスなんて素敵だよね」
「うん、凄く素敵。北国出身の谷山さんとか藤原さんはこの時期になるとよく現場で文句言ってたけど、でもここはあまり降らないから綺麗な思い出だけだもんね」
「あっちの方はヤバいくらい降るみたいだもんね。日常的に降られたら確かにうんざりするかも」
まだ駅までは少しある。だから私達はそっと手を恋人繋ぎにした。
「でも、綺麗だよね。こんなに綺麗なのを一緒に見られて、幸せだよ涼香」
「うん、私も。夏希……私ね、凄く幸せだよ」
そっと耳元に顔を近付け、涼香がそう言えば私は思わずうつむき、このだらしない顔を隠すしかなかった。
手袋越しだけど涼香を感じられる、それがもう嬉しい。ただ歩いているだけなのに、特別な二人が更に特別になれている気がする。今まではわからなかったけど、これがクリスマスの魔法なのかもしれない。
「そろそろ手、離そうか」
表通りに差し掛かると涼香がそう言って手の力を緩めた。さすがにここからは人の目もあるし、誰かに見られたりするかもしれない。知り合いとか、マスコミ関係の人とか。
「……もう少し、このままで」
でも、まだ離れたくなかった。ワガママだと思われてもいい、もう少しだけこうして手を繋いでいたい。
「夏希……」
そっと涼香が目を細める。それは愛おしさが詰まった視線。私はつい照れて、足元へと目をやってしまう。
「ほら、女の子同士ならこういうのもあるから不思議に思われないよ。それにくっついて歩いていれば、目立たないし」
「そうだね」
大きな笑い声など無い、ただそっとこの雪のような小さな微笑みを向け合うだけ。少し積もった雪を踏む音が響き、白い吐息が揺れて消える。こっそり繋いだ手の意味は二人だけの秘密。
それも雪が上手く隠してくれるだろう。
最寄り駅の時点でわかっていたけど、繁華街は物凄い混雑だった。
さすがにもう手を離した私達はその人混みで離れ離れにならないようにしながら、何とか少し開けたスペースへと逃げる。見渡すまでも無くカップルが多い。もちろん働いているであろうスーツ姿の人達もいるけど、主役は彼らではない。
「みんな浮かれてるねぇ」
「人の事言えないでしょ」
涼香にそう言われ、苦笑しか出なかった。でも実際、クリスマスムードに彩られた街中に出るのは初めてかもしれない。今まではそれこそ無縁だったので、ちょっと羨ましいけどこんなに騒ぐものなのかと懐疑的だった。
でも実際、涼香と一緒に来てみればこんなにも心躍るとは思っていなかった。特別な雰囲気とみんな自分達の世界に入り込んでいるという安心感が恥ずかしさを多少消し、楽しいと言う気持ちが強く出てきている。
それはきっと、みんな笑顔だからなのかもしれない。
このループを繰り返している中で、私は笑顔を忘れつつあった。自分なりに頑張っても不幸になる結末、仲の良い人が悲惨な目に遭い、私自身も壊れていった。繰り返される日々に新鮮さはなく、あったと思えば新たな不幸。気を張るばかりで、心から笑うなんてできなくなっていた。
だけど今、私は笑えている。心の奥底から滲み出る嬉しい、楽しいで満たされている。
きっとみんな、同年代では意識すらしない当たり前の行動と感情。だけど私は今、やっと取り戻した。十七歳としての感情を。青春の鼓動を。
「とりあえず映画館に行こう」
涼香がいつもの調子で話しかける。私は笑顔でうなずくと、歩き出す前に涼香の頭の雪を払った。
「夏希にも積もってるよ。風邪ひいたら困るもんね」
柔らかな手が頭を撫でるように雪を払う。ただそんな行為だけで。私の胸の奥は熱く甘く疼いていた。
私たち二人が一緒に出掛ける時、映画館に行く事が多い。それは映画館に入れば他人の目を気にする事が無いし、何よりお互い好きな事に二時間弱没入できるから。
混み合う事が予想されていたから、あらかじめ前売りを買っていたのですんなりと入れた。観るのは今日が公開初日の洋画の大作アクション映画。恋人同士と言ってもことさら甘ったるい世界を作らず、だからこそ肩肘張らずに好きな物をお互いに観たかった。
そしてその二時間の間、私達は自分達を取り巻く環境全部忘れて没入していた。
ちょっと小難しい会話のパートになった時、そっと手を伸ばすと繋いでくれた。時折涼香の方を見れば、目を輝かせながらスクリーンを注視していた。でも私の視線に気付くと照れ臭そうに微笑み、前を見るように促される。
そこには私が映画館でやりたい事が全部詰め込まれていた。
だから映画が終わった後、これまでに無いくらい私達は充実していた。
お昼には以前一緒に行ったオムライス専門店に行き、今度はお互いに前回相手が頼んだものを食べた。私がキノコたっぷりホワイトチーズソース、涼香が明太クリーム。相変わらずとても美味しいし、これを一人で食べたいと思っていたのだが、食べている最中私達は顔を見合わせ苦笑した。
「多分さ、同じ事思ってるよね」
「きっとね。ねぇ、私から言っていいかな?」
口元を面白そうに歪ませながら涼香が私の方へ少し顔を寄せる。
「夏希が食べてるの美味しそうだから、一口ちょうだい」
「私も。なんかさー、涼香が食べてると美味しそうに見えてさぁ」
「わかる。前に食べたはずなのに、夏希が食べてると凄い美味しそうに見えてくるの」
口付けていない所をお互い一口分交換する。友達だった時も涼香とならよくしていたけど、恋人としてやるのは気持ち的にちょっと違う。相手が喜ぶところを見ていると、素直に愛おしさを実感できる。
友達同士だとどうしてもブレーキのかかっていた気持ち。だから今、何のブレーキも無く百パーセントの気持ちが私の中で渦巻く。美味しそうに食べている姿が好き、自分のオススメをくれる優しさが好き、そして私が美味しいと思ったものを嬉しそうに食べてくれる笑顔が大好き。
そしてそれを涼香も想ってくれているのがわかるのから、私をより甘く痺れさせる。
食事を終えると私達は腹ごなしを兼ねてショッピングモールの中を歩いていた。特に見たいものは無いけれど、ただ歩くだけで楽しい。相変わらずカップルや親子連れが多く、みんな幸せそう。
「そう言えばさ、仕事の方はどうなの最近」
「まぁ、良い感じだよ。辞めるってのはまだ知られてないからね。ただ肩の力を抜いて仕事ができるようになったせいか、何か前よりもちょっと楽しくなってきたかも。これなら続けられそうかなーって思っちゃうよ」
あの日、涼香のお母さんを説得しに行ってから涼香の表情が柔らかくなった。それは私達六人が強い一撃を与えたからか、家族の関係も少し変わったみたい。涼香の親も事務所も過度な期待をかける事がなくなり、仕事をある程度選ぶようになったらしい。
ストレスから解放された涼香は演技の幅も伸びたと舞台演出家にも褒められたらしい。たまにテレビ越しに涼香を見ても、前より柔らかく感じる。だから私ももっと活躍する涼香を見ていたいのだが……。
「でも、決めてるんだよね」
「まぁね。でも、黒岩達が頼りなかったらわからないかもね」
いたずらっぽく笑う涼香に胸が疼くのを感じつつ、私はゆっくりと歩を進める。
「実際、黒岩とか和樹はどう?」
「頑張っているとは思うよ。でも、どんなに頑張っていても成果に結びつかないと意味が無いし評価されないのが社会だと思うんだよね。だからそう言う意味じゃ、まだまだかな。でも黒岩は読モの仕事を二つもらったし、和樹も私が付きっ切りじゃなくても何だかんだ上手くやってるみたいだよ」
「そっか、それは良かった」
上手くやれているなら何よりだ。黒岩は夢が現実になりつつあるし、和樹だってお金を稼げたら実家だって立て直せるだろう。
「ま、仕事の話はこれくらいにしよう。折角のイブなんだからさ」
「そうだね、ごめん」
嫉妬かな。なんて思ったけど顔にも言葉にも出さず、私は笑いながら謝った。
この時期は夕方五時にもなればもう暗い。だからその時間まで私達は適当に時間を潰し、遊び歩いていた。
お目当てはショッピングモールにあった巨大クリスマスツリー。五時からライトアップされると告知で見ていたので、私達はその時を楽しみに有意義な時間潰しをしていた。
そして五分前、私達はそのクリスマスツリーの近くまで来ていた。ローカルテレビ局の中継も入っていたため、私達は少し離れるようにしてそれを眺める。ツリー周辺には物凄いたくさんの人がいて、その輪に入るのをためらわれる。
だってもし涼香がいるって知られたら、ちょっと混乱が起きそうだったから。
「この辺、見やすいね」
だから私達は三階の連絡通路に来ていた。少し遠いけど、ここからでも十分ツリーは見えるし、何より人がほとんどいない。時折一人か二人通る程度。そんな隠しスポットの手すりに身体を預け、私達は並んでライトアップの瞬間を待っている。
「いいね、ここ。下からじゃなくて上から見下ろすのって新鮮かも」
「あ、カウントダウン始まったよ」
眼下から群衆が大きな声で五、四、三とカウントダウンし始めた。だから私も涼香もそっと手を繋ぎ、二、一と小さな声を出す。
そしてゼロになった途端、巨大クリスマスツリーがライトアップされた。白、青、オレンジに赤が交互に光り、周囲の景色をも変える勢いが確かにあった。大きな歓声が下から押し寄せる。それにつられ、私達もおぉと笑顔で歓声を漏らした。
「綺麗だね」
うっとりと涼香が呟くと、私はそっと顔を向ける。艶のある髪が雪のせいで少し乱れているけど、それがなお愛おしい。
「うん、でも例年は興味無かったかな。今年は特別」
「もぉ……恥ずかしがらせないでよ」
軽く涼香が私の肩を叩く。思えばこういうスキンシップも最近はあまり無かった。だからもうこういうのでも特別になったんだと思い、含み笑いをしながら涼香の方へ顔を寄せた。
「ねぇ、ツリー見ようよ」
どこか困ったように言う涼香に私の胸が疼く。
「うん、見るよ後で。でも今は涼香を見ていたい」
それは甘い疼き。手足場痺れるほどの高揚感で脳が焼かれそう。
「ねぇ……ここでなの? 誰か見てるかもしれないよ」
「初めてはこの日だって思ってたんだ」
ゆっくりと顔を近付ける。吐息の触れ合う距離で涼香がたじろぐと、私がその背を左手で抱き寄せた。
「え、あの、夏希……?」
たじろぐ涼香もやがて覚悟したように目を閉じる。長いまつげがハッキリわかり、少し震えている唇も綺麗。そっと私は最後に周囲を見回し、誰も来ていない事を確認する。
「涼香、愛してる」
私はそのまま顔を寄せ、唇を重ねた。
唇が触れた途端、その柔らかさに胸が高鳴った。甘く痺れるような感覚と近くで感じる涼香の匂いに私もそっと目を閉じる。少し漏れる涼香の吐息。その熱が私をより昂らせていく。
外はきっとまだ雪。ずっと降っているから真っ白だろう。
目を閉じているのに私も真っ白な幸せの中にいるかのよう。世界が幸せな白で埋め尽くされていく。
あぁ涼香、ずっと一緒にいようね。ずっと、ずっと……。
世界の音が遠ざかり、私と涼香だけの世界になっていく。唇に宿る熱だけが、確かな証だった……。




