【第五章】第九話~説得のプラン~
黒岩を涼香の代わりに芸能界入りさせる。それはみんな納得したが、次の問題が待っていた。
それは涼香の事務所と家をどう説得するか。
あれこれ考える中で、色んな問題点が出てくる。
それでも六人は必死に答えを求めるのだった……。
カラオケ店の一室で喜怒哀楽がジェットコースターのように駆け抜ける。けれどやがてそれが終点に着くように波が収まると、黒岩が静かに口を開いた。
「まぁ、俺が小泉から芸能界に入るよう推薦される流れはわかった。ただ、それで小泉の周りの人達を納得させられるものなのか?」
「その話は涼香とも少し話したんだけど、まだ良い案が出てこなかったんだよね。そもそも黒岩が受けてくれないと始まらなかったからさ」
これは難しくなるな。そうみんなが思いつつ、小さく唸りながら腕組みをし始めた。私はその様子に若干の申し訳無さを感じるけど、でも色んな意見を聞きたかったからこそ正直な意見を述べる。
「これはもう、みんなの知恵を貸してもらいたいの。どうすればそうなれるのか、どう黒岩を売り出していくのか。そしてそれを納得させられるのかを」
更にみんな唸る。画面からのCMが何度も流れる中、最初に口を開いたのはモカだった。
「黒岩には悪いんだけど、涼香の後釜ってのはちょっと無理があるよねー。片や知名度抜群で、片や無名の新人でしょ」
モカのいう事はもっともだった。そしてそれは黒岩も自覚しているから、最初納得しなかったというのもあるだろう。
「そこなんだよなー。だってまだ涼香の親や事務所にとっては収入の柱であって、いきなり辞めますなんて話は通らないもんな」
「まぁ、今すぐに辞められないとは私も思ってる。だからしばらくはバーターでやってもらったり、現場について行ってもらって顔を覚えてもらったりとかになるかな」
「それにしても、だよね」
そもそも涼香の事務所はそんなに大きくないとはいえ、何人かタレントを抱えているちゃんとした会社だ。涼香がその中でエース格だけど、他の人だってたまにテレビで見たりもする。そこにいきなり黒岩が入って仕事を手にするのは難しいだろう。
一つ息を吐き、私がみんなの顔を見回す。
「ちょっと整理するけど、要は涼香の家と事務所にお金が入ればいいんだよね。そして黒岩が仕事をし、涼香が徐々に仕事から離れていく」
「そうだね」
最初に凪がうなずいた。他の四人もそれに続く。
「涼香が辞める事によって、一番ダメージを受けるのって涼香の家だよね。だって事務所は涼香が辞めても他のタレントがいるけど、涼香の家は涼香が辞めたらそこの収入無くなるもんね」
「お父さんは公務員として働いてるけど、でも生活水準がかなり上ってるだろうからそれを全部捨てるのは厳しいかも。特にお母さんが……」
「じゃあまず、涼香の家が困らない仕組みを考えないとならないよね」
私の提案にみんな驚いたように注目してくる。
「夏希、なんか頭良さそうな事言ってる。すごーい」
「ひどいなぁ、モカ。でも結局のところ、涼香が辞められない原因って家の事だよね?」
私が涼香に水を向けると、涼香がうなずいた。
「そうだね、やっぱりそこが大きいよ。特にお母さんからは仕事を辞めたらみんな生きていけないんだからねって言われてるから。最近はそれでも部活とか学校生活に理解を示してくれてるけど、それも私の稼ぎがあってこそだから」
「……あのさ、正直涼香ってどんくらい稼いでるもんなの?」
和樹の質問にモカ、凪、黒岩がすぐに非難の目を強く向けた。和樹は慌てて首を振り手を振り、口を開く。
「待って、違うって。生活レベル落としたくないって話ならさ、一体どのくらい稼いでいれば安心できるのかなって思ったんだよ。月に二十万、三十万の話じゃきっとないんだろ?
どのくらいの金額目標があればいいのかなって」
確かにそれはデリケートだけど、重要な問題だ。
「子役としてブレイクしていた時はわからないし、今も正確な金額はわからないけど」
涼香が口を開くと、みんな一斉に静まり返った。
「ざっと年収で三千万くらいかな」
誰も何も言えなかった。私だって初めて聞いた。そりゃあ芸能人だし一時代を子役として築いたと知っていたけど、今もそんなに稼いでいるとは思わなかった。本当に桁が違う世界で、想像もつかない。
「……黒岩、夢があるよな」
「馬鹿かお前。なんつーか、俺はそんなレベルにつっかかってたのかって今更ながらに恥ずかしくなってきたよ」
「いやこれちょっと、ヤバい額だね」
「なんかもう、すごいね」
漏れるみんなの感想に涼香が苦笑する。
「もちろん全部手元に入るわけじゃないよ。税金もあるし、宣伝費や今回みたいな合宿費とか諸々経費として使うから、手元に入るお金はもっと少ないよ」
そうは言っても、高校生の私達からすれば桁外れな金額だ。私は改めて何気なく接して付き合っている涼香が、実は雲の上のような人なんだと思い知らされた。
「……つまり、その金額くらい稼げるだろうってアピールしないとならないんだよね」
私の言葉にみんな静まり返る。なんかもう、高校生の頑張りや努力などでは埋まらないような話になってきたからだろう。
「涼香がいずれ辞めるまでの間に、涼香の家にそれだけの稼ぎを入れないとならないんだよね。ぶっちゃけ涼香は今すぐ辞めたいんだろうけど、できるならいつまで続けられそうなの?」
モカの質問に涼香が腕組みし、悩む。そして後ろで流れているカラオケのCMが四周した後、やっと口を開いた。
「私にそんなに期待が集まらないようになれば、五年かなぁ。もしかしたらもう少しかもしれないけど、今この状況が辛いから何とも言えない」
つまり数年の間にお金を稼げるシステムを涼香の両親に提示し、納得してもらわないとならないのだろう。そんな事、可能なのだろうか?
「あー、俺にはわからねぇ。そんな何千万も稼げる方法あるなら、俺の実家立て直してるわ」
和樹が頭を抱え、そう叫んだ。私もそうだけど、きっとみんな同じ気持ちだろう。
「なに、和樹の実家ってヤバいの?」
モカが目を向ければ、和樹はうなずく。
「こんな場で話す事じゃないのかもしれないけどさ、うちは町工場やってるんだけど厳しいんだよ。このままだと高校卒業まで一緒にいられないかもしれないくらいでさ」
別の角度から放たれた悲痛な矢にみんな沈痛な顔をしてうなだれる。問題が二つになってしまった事に私も考えがまとまらなくなってきた。
「なぁ、小泉」
沈黙を破ったのは黒岩だった。その呼びかけに涼香も黒岩を見る。
「もし、もしも俺が仕事を取ってきてマネージャーとかがいた場合、その給料は好きにできるものなのかな?」
「それが黒岩自身が雇ったマネージャーとかならもちろん好きに出来るよ」
「なるほどな」
「何かあるの、黒岩?」
私がそう訊けば、黒岩は難しい顔をしながら静かに口を開いた。
「俺もぼんやりとしか浮かんでないんだけど、小泉の家をマネジメント会社にしたらどうかなって思ったんだよ。つまり俺はしばらくの間、何でも屋になる。小泉はそれで少し仕事量を減らす。事務所とのパイプ役を小泉の家がやるってのはどうなのかなって」
「いいんじゃないかな、それ」
涼香の目がきらりと光ったような気がした。
「つまり私の事務所との契約を専属から業務提携という形にし、私の経験を生かしてマネジメントしていく。私も多少は業界に顔が利くから読者モデルなんかの仕事をまずは紹介していく。それが上手くいけば私の事務所の後輩をマネジメントしていく流れになれば、両親も納得するかも」
「あぁ、なるほど。元有名タレントが指導を含めたマネジメントという形にしたら説得力はあるかもね。色々知ってるわけだし、今の事務所は仕事量も減るから色々できるかもしれないし」
凪の言葉に涼香と黒岩が満足気にうなずく。確かにその方向ならいけそうな気がしてきた。
「ネームバリューがあると強いよね」
「そうね。だから最初は私が黒岩のマネージャーとしてついて、紹介しつつ現場の指導もしていく感じになると思う。黒岩もそうなれば不安も減るでしょ」
「そうだな。でも一つ、ワガママかもしれないけどやりたい事ってか、お願いがあるんだ」
黒岩が真剣な顔をして涼香を見詰める。
「俺のマネージャーには和樹をつけたい」
その提案にはみんな驚いた。いや、一番驚いたのは和樹だろう。目を丸くし、身体を前のめりにさせながら黒岩を見ている。
「え、なんで俺? どういう事?」
黒岩はでも和樹の方を見ず、涼香を見詰めたままだ。
「もちろん最初は小泉がマネージャーというのに異論は無い。ただ、見習いって形で和樹もいて欲しいんだ。もちろん給料は俺と半々で」
「それはまぁ、かまわない。現場にもそう言う風に説明しておけばいいだけだし。でも何でなの?」
「和樹の家、経営が苦しいって前から知っていたんだ。そのため和樹も中学までやってた柔道を辞めて一年の時から色んなバイトをしているけど、実際厳しいのは知ってる。だから勝手だとわかってるけど、一緒に稼ぎたいんだ」
「いや、黒岩。気持ちは嬉しいけど、それはそれ、これはこれだろ」
すると黒岩が和樹の方へ向き直り、頭を下げた。
「何か別の夢があるならいいんだ。ただ、さっきの小泉の年収の話を聞いただろ。あんなには稼げないにせよ、夢がある。バイトでせいぜい数万、卒業して就職したって二十万三十万そこらだ。だったらどうか、一緒にやってくれないか?」
「俺を思う気持ちは嬉しいよ。でも、何で?」
黒岩は顔を上げ、困惑する和樹を見詰めた。
「俺さ、今までこんな性格だから他では馴染めなかったんだ。きっとお前がここにいなければこんな話にもならなかったし、そもそもこのグループにもいられなかった。お前がいてくれたからこそ、ここにいられるんだ。和樹のおかげで俺、すげぇ助けられたんだよ。だから」
それを聞いた和樹が苦笑した。そして頭をかく。
「ったくよー、女にはモテねぇのに何でお前にそんなにモテるんだか俺は。まぁ、どうせやる事も無いし一緒にやってやるよ」
思わず場が沸き立つ。二人のやり取りが熱狂を生み、私達は思わず互いに顔を見合わせて手を叩き、喜び合う。私もまさかこんなにも二人の仲が良く、黒岩が和樹の事をそんな風に思っていたなんてわからなかった。
もしかしたら、海で和樹を振った時にもっと距離が近付いたのかな。
考えすぎかもしれない、でもそうであって欲しい。私のあの時の選択がここに繋がっていたのだとしたら、あの切なさは無駄じゃなかった。だって今、六人で考え、六人で輝かしい未来へと進もうとしているのだから。
「じゃあ、マネージャーに関してはそんな感じで。でも最初は本当に稼げないから、そのつもりでいてね。私も宣伝や紹介はするけど、後は黒岩の頑張り次第なんだから」
「あぁ、わかってる」
力強くうなずく黒岩に涼香も満足気に笑った。
それから私達は授業の合間、お昼休みの時、そして出来るだけ放課後の時間を使って涼香の両親に提出するための企画書を練っていった。
当たり前だけど涼香の芸能人としての価値はまだ高い。それを損失した穴をどうやって埋めるのか、ゆくゆくはどう稼いでいくのか目に見える形で提示しなければ所詮は子供の戯言として終わるからだ。
この辺は涼香が主導でやっていたが、ビックリしたのは和樹の働きだった。実家で経理もやっているからか、意外と数字には強い。涼香が概要を作って、和樹が数字で補完する。そして凪も企画書のレイアウトを作るのに非常に頑張ってくれた。これも親の仕事で色々やってたからだと言っていたが、私にはこんなにも心強い友達がいたんだと嬉しくなる。
ちなみに私とモカはこの辺には疎いので、余計な口を挟まなかった。けれど涼香から役割を言い渡されると、驚いてそれらの勉強をしたのだった。
今回の計画は六人全員が動く、そうじゃなきゃ失敗するから。
そして最後はやっぱり涼香の人脈が物を言った。
大方できた企画書を孫のように可愛がってくれていると言う大御所俳優の関健一に見せ、そこから専門家に修正してもらったらしい。もちろん引退は大ニュースになるから、秘密裏に行ってくれたみたいだ。この辺はやはり涼香の強みだろう。
「涼香、よく関健一に相談出来るね」
「子役時代から仲良くさせてもらってるんだ。ブレイクしたドラマで、お爺ちゃん役やっていたからね。それにテレビじゃちょっと怖そうだけど、すごく優しい人なんだよ」
学校からの帰り道、私は涼香がそんなルートを使って完成させた事を知り驚いていた。
「何か言ってた、涼香の事?」
「そうだね。最初は冗談だと思ってたみたいだけど、企画書を見せて私の決意をハッキリ伝えたら寂しそうだけど背中を押してくれたよ。まぁ、私もしばらくはマネージャーとして現場に出入りするし、今年来年には辞めないって伝えたら安心してたけどね」
軽やかな涼香の声に私も笑顔になる。夕日が涼香の頬を染め、それが妙に可愛らしい。
「でもさ、関健一のお墨付きがあれば仕事なんかも回してくれそうだね」
「そうだね、出来る限りの事はするって言ってくれたよ。でも、上手くいくかは黒岩次第。まずはもう少し愛想を身につけてもらわないとね」
「あはは、言えてる」
色んな人が応援してくれる。それは涼香が泣きながら頑張った結果で、あの涙は無駄じゃなかった。幼い時、二人で辛さに負けそうになって泣いた私達だったけど、負けなくて良かった。ちゃんと未来に繋がっていたんだ。
私はそっと涼香の手を握った。温かく、柔らかい手。少し驚いていたみたいだったけど、そっと握り返してくれた時に心が蕩けそうになる。確かな幸せがここにはあったから。
そうして出来た企画書を携え、私達六人で涼香の家に向かった。それは九月十八日、涼香のオーディションの結果が出る日……。




