【第五章】第四話~男同士の友情~
七月の頭、モカがみんなでどこかに出かけたいと提案してきた。
夏希が海に行こうと言うと、みんな賛成する。夏希としてはどうしてもこの選択は外せなかった。
駅のホームで待ち合わせている最中、和樹とモカがじゃれ合う。夏希は血相を変えて止めた。
このループ世界は死が近いのだから……。
「ねぇ、みんなで夏休みにどこか出かけない?」
七月頭、いつものようにみんなでお昼ご飯を食べていると、モカがそう提案してきた。その興味深げな提案に、みんな一斉にモカの方を見る。私がやや遅れてモカの方を向くと、モカはにこりと笑い返してきた。
あれからモカとは多少ぎこちない日があったものの、すぐに戻った。それはモカの持ち前の社交性と優しさのおかげ。あの告白は涼香にも言っていない、二人だけの秘密。だから今では私もモカに何の気負いもなく振舞えている。
「夏休みは涼香、大きなオーディションのための合宿があるって言ってたよね?」
私が涼香の方を向けば、申し訳無さそうに涼香がうなずいた。
「うん、そうなんだ。だから夏休みの前半はこっちにいないんだよね」
「私は展覧会が夏休みの中頃からあって、両親のお仕事の手伝いがあるから難しいかも」
「俺も東京の方へオーディションの予定が何個かあるんだよな」
三人がそう言うと、モカの肩が落ちていく。ちらりと和樹の方を見れば、困ったように眉根を寄せていた。ここはもう、助け舟を出すしかない。
「じゃあさ、夏休み前ならどうかな? それならまだみんな忙しくないかもしれないし、都合付けやすいんじゃないかな」
「おっ、夏希良い事言うな。なぁみんな、それならどうだ?」
和樹がみんなを見回せば、涼香と凪が小さく笑いながら頷いた。
「私はそっちの方が嬉しいかな。夏休み前なら仕事もまだそんなに忙しくないし。希望を言えば二十日だと嬉しいな」
「そうだね、私も夏希の案に賛成。書道部は基本土日はやってないからね」
「黒岩はどうよ?」
「俺もその方が嬉しいな。それに日にちは小泉に合わせた方がいいだろ」
するとモカと和樹が大きな笑顔を見せ、ハイタッチを交わす。
「やったー、みんなで遊びに行ける!」
「うぉー、楽しみだな。なぁなぁ、どこ行こうか?」
ここで私はすぐに手を上げた。この選択肢だけは間違えられないから。
「海行きたい。みんなで海とか、絶対思い出になるんじゃないかな」
ぐるりと真剣な眼差しでみんなを見回せば、もうみんな嬉しそうにしていた。
「いいね、海。楽しそう」
「小学生以来だけど、面白そうだね」
「なぁなぁ、じゃあ海入るの? 水着持ってく?」
「そこまでは面倒かな。気持ち良さそうだけど汚れるし、何よりエロい事考えそうだから和樹には見せたくない」
「おいモカ、よりにもよって学年一の紳士になんつー事を」
「ワーストだろ、お前は」
笑い声が響き合う。あぁ、これだ、この六人の笑顔だ。みんないつまでもこうならばいいのに。自然と胸がむず痒く、手足から力が抜けるような幸福感に包まれる。私が一番幸せを感じた時の感覚。
でもそれは私の選択次第だ。これからもこうなのか、胸をえぐられるほどの悲しみに突き落とされるのかは。
「じゃーん、可愛いでしょ女子のお揃いアクセ」
「なんかモカだけアホっぽく見えるな」
約束の日。待ち合わせ場所である私の最寄り駅のホームでみんなと会った時、モカが私達の頭についてる花を紹介した。これは事前にモカが思い出になりそうだから何か一緒の物を着けようと言い出したのだった。涼香も凪も賛成したものの、前日にモカからこっそり渡されたハイビスカスの花がついたヘアピンを見て苦笑していた。
「なんでよー。そりゃ夏希や涼香、凪ほどは可愛くないけどさ」
「涼香や凪は別格だろ。何つけても似合うだろうよ。夏希もまぁ、うん、似合ってるかな」
もしかして和樹、それで精一杯褒めてるつもりなんだろうか……。
「何よそれ。アンタ、突き落とすよ」
「わかった、悪かったってば」
モカがじゃれ合うように和樹につかみかかり、揺する。私はそれを見て、もし本当に落ちてしまったらと考えると慌てて二人をつかんだ。
「ちょっと、やめて。冗談でも本気で落ちたら洒落にならないから」
血相変えた私に思わず場の空気が凍る。雰囲気を壊してしまったかなと思うけど、でもこのループ世界では何がどうなるかわからない。死が近いのだ。だからもう、ノリとかそんなものはどうでもよかった。
ただ、生きていて欲しいから軽はずみな事をしないで欲しいだけ。
「星野の言う通りだな。海行ってからはしゃげばいい」
重苦しくなりかけた空気を破ったのは黒岩の肯定だった。そして凪もうなずく。
「そうだね。こういう場所でそういうのはやめとこ」
するとモカも和樹も顔を見合わせてから、私に軽く頭を下げた。
「ごめん夏希」
「あぁ、悪かった」
二人の姿に私は慌てて首を横に振り、笑いかける。
「怒ってるとかじゃないんだよ。ただ、もしもが本当になったら嫌だからさ。これからみんなで思いっきり楽しむんだから、その時まで少し抑えよう」
そして私はにこやかに和樹にデコピンをかました。
「そもそもアンタが女子のファッションをけなすのが悪い」
「痛って。悪かったってば」
「一回目はまぁ見逃してあげる。二回目は重罪だよ、みんなにかき氷おごりだからね」
「もうしねぇって」
私達が笑い合っていると、電車の到着アナウンスがホームに響いた。
海に着くと私達は靴を脱いで波打ち際に駆け込んだ。暑い日差しによる焼けた砂が私達に手荒な歓迎をしてくれたけど、それすらも思い出のスパイス。熱い熱い言いながらも私達は笑顔で海に向かった。
靴の番は黒岩が最初やっていたものの、凪の呼びかけによって和樹と交代した。凪に関してはやっぱり黒岩と上手くいって欲しい。それはループの成否ももちろんあるけど、友達としての願いでもある。
凪と黒岩か、お似合いだろうな。凪も女子にしてはちょっと背が高いし、黒岩は男子にしても結構高いから見栄えもいい。美男美女だし。それに二人だと物静かな凪が結構黒岩に物を言うし、黒岩も黙って優しく従う。いつもとは別の面を見せ合っているのはお互いを信頼しているからこそだろう。
しかもお互い両想い。こうなったら何とか二人をくっつけたいけど、それはやっぱり余計なお世話ってやつなのだろうか……?
「夏希ー、何ぼうっとしてるのよ」
不意に涼香が私の頬を軽くつまんだ。海水に触っていたからか、ちょっぴり冷たい。
「何でもないよ。というか涼香、よくもやったね」
私が涼香の両頬をつまむと、涼香が笑いながら上を向いた。いたいよーと言いながらも涼香は嬉しそうだ。
「おいおい、きっと小泉にあんな事できるのって星野だけだよな」
「だろうね」
「さすがに私も無理かなー」
ふとそんな声が聞こえてきたので、私は涼香の頬から手を離す。
「涼香だけじゃないよ。みんなにもできるんだよぉ」
私はそう言うと、凪にも同じ事をした。凪は笑いながらやめてと私の手を軽く抑える。
「おーいお前ら、俺を忘れてないか? 誰かこっち来てくれよー」
そんな風にじゃれ合っていると、砂浜の方から和樹の声が聞こえてきた。あまりに大きな声だったので私達は思わず和樹の方へと視線を向ける。けれど誰もすぐには返事しなかった。
だって和樹には悪いけど、この場が楽しいから。
「……私、代わってこようかな」
最初にそう呟いたのは凪だった。きっとこの中で誰よりも気を遣う凪だからこそだ。
「まだいいんじゃないかな」
そう黒岩が言いながら、小さく凪の服をつまんでいるのに気付いた。涼香とモカは和樹に手を振っているから、多分気付いていない。そうだ、もうここで恋の芽生えがあるのだから私が行くべきだ。
そう、私が行かなくちゃならない。和樹との決着はここだろうから。
「私行ってくるよ」
手を上げそう伝えると、涼香とモカが驚いて私を見てきた。
「まだいいんじゃないかな?」
「そうだよ。和樹が靴の番して十分も経ってないじゃない。ねぇ涼香」
「うん。もうちょっと遊んでからにしようよ」
確かにここは楽しい。でも、それを外から一人で見ている者の辛さは知っているつもりだ。
「ううん、行くよ」
私はそう言って和樹の方へと近付いた。
「お、来てくれたんだ」
「アンタが呼んだんでしょう」
波打ち際から熱砂に足を踏み入れても、先程までの熱さは感じられなかった。それどころかちょっと気持ち良い。私は和樹の隣に座ると、まだ波打ち際で遊んでいるみんなへと目を向ける。もうすっかりみんなは私を忘れ、はしゃいでいた。
「優しいよな、夏希って」
「当たり前でしょ。まぁ、一人になる寂しさはわかってるからね」
何度も何度も私は人知れず一人になってきた。誰にも相談できないこの状況だって、ある意味孤独だ。
「いやいや、そんな重い話なの? まぁでも、確かにこうして一人でみんながはしゃいでる姿を見てるだけってのは寂しいもんだよな」
潮風が通り抜ける。少し大きな波がきたせいで四人が大きな声を上げてきゃあきゃあと騒いでいるのを見ていると、確かにここに黙って座っているのは寂しい。
「でもさ……こうして二人きりになれるなんて無いもんな」
私はゆっくりと和樹の顔を見る。和樹はわずかに憂いを帯びた目を砂浜に落とし、微笑んでいた。この後どうなるか想像はつく。そして私はその答えをここに来る前からずっと胸に抱いてきていた。
「そうだね」
隣で大きく息を吸う音が聞こえた。私の心も身構える。
「あのさ夏希……俺、お前の事が好きなんだよね」
いつものおどけた和樹ではない。真剣な眼差しで私を見詰めてくる。覚悟と恐怖が同居した目。だから私も真剣に見詰め返した。
「そうなんだ」
「案外驚かないんだな?」
そう言う和樹の方が驚いたように少し目を大きくする。私は視線を外し、砂を手につかんで指の間からこぼす。熱さが逃げていくような感覚、それは夏が始まったばかりなのに終わりを感じさせた。
「ビックリしてるよ。だって和樹、そういう素振り無かったからさ」
「あー……そうか」
和樹の視線が下がっていく。きっともう負けを意識してしまったのかもしれない。
ここで以前、私は情にほだされたのと和樹がいなくなる事によって六人から五人に変わるのを恐れた。もしそうなると、あの時のように変な男達に絡まれるかもしれないからと。そうなると黒岩一人じゃどうにもならず、また拉致されるかもしれないとの恐怖が私に曖昧を選択させた。
だけど、私の本棚にあったあの漫画ではハッキリと断っている。和樹と似通う男の子との恋愛話。今更漫画を頼りにするなんてどうかしてるけど、もう藁にもすがる思いなのだから仕方ない。
それに、私は今回信じるって決めた。和樹の強さを。
「だからごめん和樹、気持ちは嬉しいけど付き合えない」
和樹の方を向きながら、思わず右手で砂握る。その熱さがまるで真剣な告白を断る罰のよう。でも、このまま曖昧にはしたくなかった。そんなのはやっぱり真剣に告白してくれた相手に対して残酷だし、それにハッキリ断らなかったらモカの耳に入った時に大変だ。また何かあるかもしれない。
「そうか。うん、ありがとな。ちゃんと答えを言ってくれて」
強がって笑顔を見せる和樹は小さくうなずき、両手を地面について立ち上がろうとした。まさかこのまま帰ってしまうのだろうか。私は少し焦りを覚えながら、すがるような目で和樹を見ていた。
「ねぇ、図々しいお願いだってのはわかっているんだけど、これからもみんなで一緒にいようよ。恋人にはなれないけど、でもこのメンバーって和樹がいないとまとまらないからさ」
和樹はちらっと私を見たけど、すぐに視線を外して立ち上がった。もしかして帰ってしまうんだろうか。このままいなくなってしまうのだろうか。でも、フラれたのならそうなってもおかしくない。
私は慌てて立ち上がると、その顔を見た和樹が笑った。
「なんつー顔してるんだよ、泣きたいのはこっちなのにさ。わかってるって、俺がいないとどうにもならないってのはよ。立ったのは別の理由だって」
私がその発言の真意を計りかねていると、和樹が波打ち際の四人に向かって大声出した。
「おーい、もうそろそろいいだろ。喉乾いたし、暑いから何か飲もうぜー」
するとみんな遊ぶのを止め、こちらにやってきた。その顔は誰もが満足気で、きっと私と和樹の間の会話なんてわからないだろう。
「あー、楽しかったね」
「気持ち良かったね、海。もうサイコー」
「まだ遊び足りないけど、でも確かに何か飲みたいよね」
涼香達が足元を拭きながら笑い合っていると、和樹が一歩前に出て黒岩の背を軽く叩いた。驚いた黒岩は和樹の方を見ると、和樹が大きく笑う。
「俺らで飲み物買ってきてやろうぜ。みんなコーラでいいよな」
「え、和樹のおごりなの?」
モカが冗談交じりでそう言うと、和樹は笑顔でうなずいた。
「しょーがねーな。いいよ、俺のおごりだ。だから付き合え、黒岩」
「わかったよ」
何かを察した黒岩が和樹と一緒に自販機のある方へと歩き出した。私達はその背を見送っていると、モカが驚いたように目を丸くしているのに気付いた。
「和樹が気前良くおごるなんて、どうしたんだろ?」
「何か悪いよね。あとで払おうか」
「夏希、何かあったの?」
涼香がそう訊いてきたけど、さっきの事は言うつもりなんかなかった。告白なんてのは完全に秘密にするべきもので、例え涼香にだって話すべきじゃない。もし涼香が何かに勘付いたとしても、言わない方が良い事だってある。
「いや、別に。ただ暑いねって話してただけ。まぁ、和樹も海に来てテンション上がって浮かれてるんじゃないかな」
それはみんなを納得させるには十分だった。
ほどなくして、和樹が両手にペットボトルのコーラを四つ持ちながら帰ってきた。黒岩は二本持っている。きっと凪と自分の分かもしれない。
まだ何か話してる二人の会話は聞こえない。けれど、何だかいつも以上に仲良くじゃれ合いながらこちらへと向かってきていた。時折蹴る素振りを見せたり、そうかと思えば大笑いしていたり。
私はその姿を見て、何だかじんわりと胸が熱くなるのを感じていた。男の子同士の友情って、ちょっと羨ましいなと思いつつ。




