【第五章】第二話~未来への布石~
このループで未来を変える。夏希は強く願っていたからこそ、行動に出た。
まずは選択授業を書道にし、未来の凪を救うための一手を打つ。
涼香は少しすねていたものの、凪は喜ぶ。黒岩と三人で書道をする事になった。
モカが転校して来れば、忌まわしい記憶を抑えて積極的に絡む。
そうして涼香に対しても、夏希はちゃんとケアを忘れないのだった……。
「えー、じゃあ今年度の選択授業を書いた紙を今週末までに提出して下さいね」
朝のホームルームで担任の田中先生が全員にプリントを配り終えると、そう告げた。二年生の選択授業は音楽、書道、美術の三つだ。その時間は各々別れ、各先生に指導を受ける事になっている。
私はいつも音楽を選択していた。それは吹奏楽部でもあったし、涼香もいたから。別に音楽が物凄く上手なわけではなく、他が大した出来ないからという消極的な理由も入っていた。
「夏希ー。選択授業はもちろん音楽だよね?」
ホームルームが終わると、涼香と凪が私の所へやってきた。涼香はニコニコしながら求めている答えを訊き出そうとしているが、残念ながらそれを今回は叶えられそうにない。
「いやー、私は書道にしようと思うんだよね」
「え、何で? 吹部なのに?」
予想外の答えに涼香が驚く。隣にいた凪も思いがけなかった私の言葉に目を丸くしていた。
「いや私さ、字を上手くなりたいなって思ったの。今は何でもスマホとかパソコンで入力できるでしょ。でもいざとなれば字が綺麗な方が印象いいじゃない。ねぇ、凪」
「まぁ確かにすぐに全部の文字が入力されたものにはならないだろうから、どこかで手書きする場面は出るだろうね。字は上手いに越した事は無いよ。でも、書道と硬筆とかはちょっと違うから、夏希が思ってるほど上達するかどうかは……」
「凪がいるから大丈夫でしょ」
どこか嬉しそうにはにかむ凪とは対照的に、涼香はちょっとむくれていた。私はそんな涼香を見て、いたずらっぽく笑う。
「いいじゃない、涼香は部活でも会うんだから。週に何時間かは凪とデートさせてよ」
「デートって、何言ってるのよ夏希」
「いやまぁ、いいけどさ。確かに夏希、ちょっと癖字だもんね」
やっぱり拗ねたようにそう言う涼香。すると私の後ろから聞き慣れた笑い声が響いた。
「涼香、夏希にフラれたのかよー」
「何言ってるのよ和樹」
振り向けば和樹と黒岩がいた。和樹はニヤニヤしながら涼香を見ている。
「いやだってお前らいっつも一緒だからさ。てことは、書道派が一気に主流になったな。黒岩も書道だし」
「星野はてっきり吹奏楽部だから音楽だと思ってたよ」
「そういう和樹は何なのよ」
私がそう言えば、和樹が得意気に口角を上げた。
「俺は一年の時から引き続き、美術よ。俺の類まれなる芸術家としての魂が創作と向き合わせるんだよ」
「とか言って、造形で粘土に触れるのが好きだったりして」
「おい、なんでそんな事知ってるんだよ?」
焦る和樹に私を含めみんなが笑う。和樹もみんなの笑顔に負け、嬉しそうに笑った。
「黒岩君も書道なんだね。一年の時もそうだったもんね」
「まぁ、俺も星野と同じ理由かな。字、上手くなりたいから」
とか言って黒岩、凪と一緒にいたいから選んでいるくせに……。
「そっか、じゃあ黒岩もよろしくね」
「おう、よろしくな」
私が手をあげると、黒岩がその意図を汲み取ってパチンと叩いてくれた。
「一条モカです。今日からよろしくお願いしまーす」
五月に入ると、モカが転校生としてやってきた。私はやっぱりまだあの時の記憶がうっすらよみがえり心に冷たいものを感じるけど、いつまでも逃げていては何もならない。あの漫画の並びが正しいのならば、まずはモカの問題を解決するのが先決なのだろう。
「じゃあ、星野の隣が空いてるからそこに座って」
田中先生が私の隣に座るよう伝えると、モカが私の隣にやってきた。そうして相変わらず屈託の無い笑顔を見せてくる。
「よろしくねー。えぇと、名前を教えてもらってもいいかな」
「星野夏希だよ。よろしくね、モカ」
心の不安を必死に堪え、私は笑顔で挨拶をする。大丈夫、あんな事がある前はモカと上手くやっていたんだ。モカは基本的に見た目は怖そうだけど良い子で、盛り上げ上手。あの時はきっと、ループのせいで変な事になっていたに違いない。
「うん、よろしく。って、名前呼びしてくれるの嬉しいなー。私ね、モカって呼んでもらいたかったんだ。ねぇねぇ、夏希って呼んでもいい?」
「いいよ。転校してきて不安だろうけどよろしくね」
「うわー、夏希優しい」
ダボッとしたカーディガンの裾から覗く手を合わせ、モカが喜ぶ。その反応を見ていると、私も自然と嬉しくなる。そうだ、これでいいんだ。前回はなるべく距離を置こうとして無理していた。だからか、どうしても心が窮屈だった。
今の方が私、素直でいられる。
ホームルームが終わるとみんなからの質問攻めにあっていたモカが立ち上がり、私が色々案内してくれるからまた後でねと言って一緒にクラスを出た。その後ろから涼香がついてきているのに気付いた私はモカに涼香を紹介する。
「え、もしかしてテレビとか出てる?」
驚くモカに涼香が慣れた様子で笑顔を見せた。
「お仕事でたまにね」
「うわー、すごい。メッチャ有名だもんね。えー、芸能人とこうして話したの初めてかも」
「別にここにいる時は普通の子だよ、涼香は。面白いし色んな事知ってるけど、ちょっと天然入ってる時もあるし」
すると涼香が唇をとがらせて私の方を見てくる。
「ちょっともう夏希、最初から印象悪くしないでよ」
「えー、だってこの前も涼香ってば三時間目終わったばかりなのにお弁当食べよーって言ってきたじゃない。一時間早いよって」
「待って待って、そんなの言わなくていいから」
「二人とも凄い仲良しなんだねー。いいなー、私もそういう友達欲しいなー」
涼香とじゃれ合っていると、モカが感心したようにそう言ってきた。だから私も涼香もほとんど同じタイミングでモカに笑いかける。
「これからそうなろうよ。ね、涼香」
「そうだね。私達は幼馴染だからなおさらだけど、でも他にも仲が良い子がいるから同じグループでとりあえず過ごしてみようよ。お昼も一人じゃ寂しいでしょ。みんなで食べよう」
「うわー、二人ともマジで優しい。泣けるわ」
モカが大袈裟に喜んだり泣き真似をするのが面白くて、私も涼香も同じように笑った。
それから凪、和樹、黒岩を紹介した私はお昼も一緒に食べ、盛り上がった。元々社交的なモカはすぐに溶け込み、まるで去年からいるかのように振舞う。基本的に人たらしなのだろう。
そして私は思い出す。モカが私の事を好きだと告白してきた時、一目惚れだったと。
という事はもうこの時点で、私の事を好きになりつつあるのだろう。当たり前だけど、モカはそんな素振りを見せない。もしかしたらまだ自分の気持ちに気付いていないのかもしれないからこそ、未来への布石が打てる。
そのためにはもっともっと仲良くなり、好かれないとならない。中途半端にしていたら失敗してしまう。そしてそれは夏休み前に海へ行くまでに終わらせないとならない。
「で、ここが多目的室。放課後は書道部が使ってるんだ。凪もほら、いるよ」
放課後、私と涼香は部活を休んでモカに校舎案内していた。そうして案内していると、丁度凪が部活をしているのが見えたので立ち止まった。凪は相変わらず美しい姿勢で真剣に半紙と向き合い、筆を走らせている。その姿を見てモカが自然と溜息を漏らす。
「凪、カッコイイ……」
思わずつぶやくモカに私と涼香はほぼ同時にうなずいた。そして私は小声でモカに話しかける。
「カッコイイよね、凪。親も書道家で自身も全国大会常連なんだ。プレッシャーも半端じゃないだろうけど、それを跳ねのける力があるんだ」
「私も凪は尊敬してるんだ。あの集中力と重圧に勝つ精神力は凄いよ」
静かにうなずく涼香にモカが眉根を寄せながら見ている。
「涼香だって超凄いじゃない。子役で大ブレイクして、今もテレビに出てるんでしょ。メチャ凄いしょ。私なんか全国放送で何か言ってとか言われても、ヤバイ事しか言えないよ。もしくは何も言えないってば」
「いやぁ、私のは運だからさぁ。たまたまなんだよね、ほんとに」
「普通は運があろうが無かろうが、国民的子役になんかなれないんだよ涼香」
皮肉交じりに笑うと、モカが大きくうなずいた。
「そうだよ、夏希の言う通りだよ。運じゃないよね」
「当たり前でしょ。ねー、モカ」
私がにっこりと笑いかけ両手を出せば、それを求めているんだとわかったモカが両手を合わせてきた。パンと小気味よい音が鳴ると、多目的室の凪がこちらを見てくる。私達は苦笑いしながら頭を下げると、そそくさとその場を離れた。
「今日はありがとう。凄く楽しかったし、嬉しかった。また明日、よろしくね」
のんびりとした校舎案内を終えたのは午後四時だった。モカがそう言って笑顔で別れると、私はもう部活に出てもしょうがないと思って帰り支度を始める。教室にはもう自習組しかおらず、私と涼香を含めて四人しかいない。
「じゃあ、私達も帰ろうか」
私がカバンを持ちながらそう言うが、涼香は黙ったまま私を不満気に見ている。
「どうかしたの?」
「夏希さぁ、モカの緊張をほぐすためなんだろうけど、初対面の人に恥ずかしい事とか言わなくてもよくない?」
不満気に涼香がちょっと私を睨んでいた。涼香がそう思うのはわかる。だって意図してやっていたのだから。
兎にも角にもモカと仲良くなるのがまず第一だ。そしてモカとは一緒にいられる時間や場所が限られている。逆に涼香とはいつだって繋がれる。秋、九月の中旬までは大丈夫なのだから、少しくらいモカに比重を置いても平気だろう。
それに涼香は今だって楽しく話せる。
「ごめん、つい。ただ何て言うのかな、涼香ってやっぱり第一印象が芸能人って感じじゃない。そういうの壁に思うだろうから、涼香は普通の子だよーって思わせたくて」
「だとしてもさぁ」
涼香もカバンを持つと、まだちょっと怒っているのかスタスタと教室の外へと歩き出す。私も遅れないようについていく。廊下は閑散としているが、どこからか運動部の声が聞こえてきていた。
「コーヒー牛乳おごるから」
階段に差し掛かった時、私はそう涼香に提案した。涼香が私の方を見ず、小さな溜息を漏らす。
「……フルーツオレがいい」
「わかった、それで私の誠意ある謝罪って事にしてよ」
「しょうがないなぁ」
いつだって私達の通貨は紙パックのジュース。だから真っ直ぐ玄関へと向かわず、購買の方へと足を向ける。途中、卓球部の生徒が廊下で練習していたのをよけながら購買に行くと、私はフルーツオレを二本買った。
「ねぇ夏希、モカって不思議な子だよね」
ストローから口を離すと涼香がそうこぼした。
「どういう事?」
「いやさ、こんな事言ったらあれだけど見た目ちょっとギャル入ってるじゃない。髪も茶髪でちょっと怖そうなのにさ、話したらすごく明るくて真面目なんだもん。大抵ああいう容姿だとオラつく人が多いじゃない」
その疑問は何も知らなければ当然だった。ただ私は知っている。モカがあぁなったのは前の学校でレズだとばらされ、居辛くなったから。きっと敵意から身を守るために強く見せているのだろうというのは過去のモカから容易に想像できた。
「多分だけどさ、単なるファッションなんじゃないかな。単純にあぁいうのが好きで、結果そう見られるんじゃないかな」
「あー、そういうやつなのか……」
涼香は納得したようにうなずき、またストローを口にくわえた。
「まぁ、仲良くなれそうなら何でもいいんじゃないかな」
「そうだね」
やがて飲み終えたらしく、涼香が紙パックをゴミ箱に捨てた。私もそれにならうと、自然と玄関の方を向いた。
「あのさ涼香」
私は足を止め、涼香の方を見る。不思議そうな顔をしてこちらを向く涼香に、私は抱きついた。
「私、一番は涼香なんだからね。それ忘れないでよ」
「え、ちょっと、夏希……いつも駄目って……えぇ?」
あぁ、そう言えば本来涼香とはまだハグをした事が無かったんだった。芸能人である涼香が変な目で見られないようにと、したがっていたのをいつも私が拒否していたんだった。でももう、そんなのはどうでもいい。
「わかった?」
「わかった……」
驚き、抱きつき返す事もせず涼香が棒立ちで呆然としている。そんな初々しい涼香が可愛らしく、私はもっとイタズラしたい気持ちを抑えつつ、そっと離れた。
「じゃ、帰ろうか」
「うん……帰ろう」
私達はまた卓球部の練習をよけつつ、玄関へと歩き出した。ふと外を見ればもう夕焼け空。何度見ても美しく、郷愁を抱かせる。それは去年までよく二人でこの景色を見ながら帰っていたからなのだろうか。
今年はもっと良い景色だと印象付けたいな。




