【第五章】第一話~本棚の謎~
ループが行われ、五周目の世界へと入った。
夏希はあのまま終わらなかった事に安堵し、今度こそ上手くいくように行動を整理する。
そして学校へ行く途中に涼香と会い、その思いをより強固にする。
地震の影響で学校が早く終わって帰ってきた夏希はいつもバイトに行ってたが、今回はやめる。
紗枝に話す事が特に無かったから。
代わりに紗枝の「注意深く」という言葉を思い出し、自分の部屋を改めて確認するのだった……。
起きているのか寝ているのかわからない生活をしていた最中、不意にぱっちりと目が覚めた。私は枕元のスマホを見てみると、四月七日の午前六時と表示されている。
ループは起こった。けれど何月何日まで過ごしていたのか定かではない。
でも今はそんな事はさして重要ではない。私はまたやり直せるのだ。そんな希望を抱きながら布団をどかしてベッドから降りようとした時、不意に頭が痛んだ。そして映像が脳裏に浮かぶ。
それは小さな子が数人いるどこかの部屋。児童会館だろうか。でもそんなに広くも無い。みんな本を読んだりしているみたいだが、ぼやけてよくわからない……。
耐えがたい頭痛に頭を押さえていたがやがて収まると、私はそれが何の記憶なのか思い出そうとしてみる事にした。曇りガラス越しに見ていたようだったので、ハッキリとはわからなかったけど確かに子供が数人いた。そして各々、静かに遊んでいたみたいだった。
子供の頃に通った児童会館か保育園の記憶なのだろうか。でもどうしてそれが今思い出されるのかわからない。ループが行われる度、関係の無い記憶が混ざり込む事が増えてきた。もしかしたらループ世界の終わりの予兆なのかもしれない。
とにかく私は今までの事を整理する必要がある。
まず私は四月の段階で選択教室を書道にしないとならない。これは後で凪が落ち込んだ時にきっと役に立つはずだ。今まで音楽を選択していたけど、それが何か未来に関わったかと言われたらそんな事は無い気がするから。
そしてやっぱり、モカとは逃げずにある程度の関係を持った方がいいのかもしれない。前回の私はやっぱりどこかぎこちなかった。無理して遠ざけようとしても叶わないから冷たくしていたけど、何と言うか性に合わない。『六人の幸せ』にも『私の幸せ』にもひずみが生じている気がしたからだ。
あとは黒岩を涼香と仲良くさせ、海に行き、涼香の気持ちを知ったらすぐに答えを出す。
ただ、これだけではどうしても弱いと言うか足りない気がする。それにまたミスに気付いてあの時あぁすればよかったなんて思いそうだ。そうしたらまたやり直すのか。一体何度やり直せばいいのだろうか……。
「夏希、朝だよ。ご飯食べに来なさい」
淀みそうになる思考は母親の声によってかき消された。
「おはよう夏希。一緒のクラスになれるといいね」
登校途中、いつもの分かれ道で涼香と会った。私を見るなり嬉しそうに笑いそう言う姿がこの上なく可愛い。そして同時に、私がちゃんとしなければ秋にはきっと死んでしまう怖ろしさが胸をよぎる。
「なれるよ、きっと。だって私達いつも一緒じゃない」
「夏希がそう言ってくれるなら、本当にそうなりそう。凪とかも一緒だといいな」
凪……今度こそ、あの重圧から解放してあげる。私が絶対何とかしてみせるから。
「そうだね。でもやっぱり私、涼香が一緒にいてくれればいいよ」
「えー、ちょっと恥ずかしいじゃない。そんな目をして言うの、照れ臭いよ」
しっかりと涼香の目を見て話せば、恥ずかしそうに小さく笑いながら視線を逸らされた。
「本当だよ。私、涼香が一緒にいてくれればいい」
「ちょっとどうしたの夏希、何か今日はグイグイ来るね」
「んー、新学期始まるからテンション高くなってるのかも」
私が笑えば、涼香も同じ顔になった。そうして私達は学校へと歩き出す。
「涼香。今年は凄く良い一年にしようね」
「もちろん」
それは私の決意でもあった。
いつも通り始業式は地震のせいで早めに終わった。家に帰った私はお昼ご飯にパンをかじっている。家には誰もいない。
これからバイトに行って紗枝さんに相談しようかなと思ったが、特に相談する事が見つからない。前回引きこもる前に色々相談したし、それにあの時もっと色んなものに注意してみろと言われた。
注意って、一体何に注意すればいいんだろうか。前回だって前々回だって、私は沢山の事に注意して物事を進めてきたつもりだけど、結局失敗した。前のループ世界での失敗を改善し、より良くしようと頑張った。でもまた新たな不幸が起こる。やり直しの繰り返しばかりだ。
……本当にそうなのかな?
私がループに気付いてからもうこれで五周目だけど、その前の私はぼんやりと繰り返していたのだろうか。もしかしたら私はかなり良い所まで行っていたけど、忘れているだけなんじゃないだろうか。
大いにあり得る考えだ。今初めて記憶を引き継いでいると思っているだけかもしれないけど、例えばもっと周回していた私がいるかもしれない。それこそ紗枝さんがそれまでは記憶を引き継いでいる私はいないと言っていたけど、それだって紗枝さんが全部正しいわけじゃない。バイト先で見せなかっただけなのかもしれない。
じゃあもし私なら、どうする? 何かに気付いて、ループが起こるかもしれないと思ったら何をする?
リビングで食べていたパンを置き、私はすぐに自分の部屋に駆け込んだ。
私がもし記憶が引き継がれないけど何かを残したいと考えたら、きっとメモを残すだろう。そしてそれは他人に見えるような場所にではなく、自分なりの隠し場所に。だったらやっぱり机の中だろう。
私は机の引き出しにあるものを全て引っ張り出す。そしてノートやプリントを片っ端から確認し、果ては何か紙のようなものが挟まっていないかとパラパラめくったり逆さにしてみたりする。
けれど目ぼしいものは見当たらない。だったら次はベッドの下、机の裏、クローゼットの中にある小物入れの中などを探してみるけど、何も無い。
「やっぱりそんなもの無いのかな」
よく考えてみればループするのだから、メモを書いた所で失われてしまうのかもしれない。
三時間ほど熱中していたからもう疲れ果ててしまい、私はそのまま床に寝転ぶ。辺りには散らかしてしまったものが散乱していて、これからこれを片付けないとならないのかと考えると憂鬱だった。
それに加え徒労感、空虚感が去来する。私はすぐ動き出す気力もなく、ただぼうっと部屋を見回していると、不意に本棚が目に入った。そこにはお気に入りの漫画が五巻、二巻、四巻、一巻、三巻とバラバラになっている。
あぁ、これも私らしくない違和感だったな。ちゃんと順番通りにしないと気が済まないはずなのに、どうしてこんな風になっているんだろう。誰か来た時にこんな風に戻したのかな。でもこれ、しばらく読んでいないはずだけど。
……いや、もしかしてこれ私が意図的にやった事だとしたら?
この並びに意味があるのかもしれない。私はまず端にあった五巻から手に取った。
それは私の大好きな漫画家さんの作品で、一巻完結型の少女漫画だった。オムニバス形式で他の巻との繋がりはない。線が細く描き込みも緻密なため、久し振りに開いたけどやっぱり目を引く。そしてすぐに話の内容を思い出す。もう何度も何度も見たからだ。
五巻は同性愛者の女の子に告白され、悩みながらも断って新たな関係を築く話。明るく悩みの無さそうな女の子が主人公の女の子に好意を寄せるけど、主人公は友達と恋愛の天秤に悩む。様々な葛藤と過ごし方を経て、告白を断り新たな道を歩む話だ。
この同性との恋愛に私は最初ドキッとしたし、ラストで告白を受けないと言うのもなんだか斬新でリアルな感じがした。
パラパラと流し見をしながら見終えると、次に二巻を手に取った。
二巻は仲の良い男の子に告白されるけど、他に好きな人がいたから断って自分の新たな気持ちに正直に生きる話。クラスのムードメーカ―とも言える男の子が主人公に突然告白するところから始まり、困惑する主人公は最初断る。男の子はそれからも熱心なアプローチを重ねるが、主人公には他に好きな人がいた。結局それを越えられず、告白を断るのだ。
この話は流されない主人公の強さと、それでも明るく前向きな男の子が好感を持てた。私もこうして流されない強さを身につけたいなとしみじみ思えた素敵な話。
久々に見ても面白い。私はその次に四巻を引き寄せた。
四巻は静かな天才がスランプに陥り挫折するのを手助けて輝かしいステージに返り咲く話。周囲も将来を嘱望する天才ピアニストが重圧に負け、次第に成績を落としていく。ヒロインの女の子が寄り添い励まし、やがて復活する。恋の相談も受け、初々しそうに恥ずかしがるのが天才とのギャップにハマった作品だ。
読み進めるうちに次第に引っ掛かりを覚えてきた、私はそれでも続きとばかりに一巻を手にした。
一巻は親友だと思っていた人と特別な感情が生まれて恋に落ちる話。幼馴染の二人は恋愛感情なんか無いと思っていたけど、高校で色んな人と出会ううちにお互いの事が一番理解し合えているんだと改めて気付く。恋に傾けば今までの友情が崩れると葛藤する姿はすごく共感を呼び、ラストで結ばれる二人を見て私はこの漫画家さんを神のように
思ったものだ。
男女の恋愛の話だけど、心の中でひっかかるものがある。これってもしかして……いや、まだ先がある。それを見ないと。
そして遂に一番右側にある三巻を手に取った。私はドキドキしながらページをめくる。
三巻は家庭の事情で引き裂かれる二人を周りの助けもあって結ばれる話。好き合っていた二人だけどヒロインが家庭の事情で親から別れるように仕向けられる。主人公は他の友人の助けもあって無事ヒロインと再び結ばれるお話で、大きな困難に知恵とチームワークで乗り切るのが見ていて爽快だった。
何度も見て感動し、胸躍った作品たち。しかし私はこの並びと話の内容にあるこじつけを抱いてしまう。それはもう妄想レベルだとわかっているけど、でも藁にもすがる思いで信じたい。
これもしかして、私がやるべき事の順番になっているんじゃないかな?
五巻はモカ、二巻は和樹、四巻は凪、一巻は涼香、三巻もきっと涼香だろうけど周りの助けがいるから全員かな。
正しいかどうかわからない。こじつけだと言ってしまえばそれまでだ。だけど今までの流れの中で、一番最初に動くのはモカだ。モカが私と会った時からすぐにアプローチをかけてきていた。
ただ、モカとはあんな事があった。私は果たして漫画のように動けるのかな……。
次に和樹だけど、和樹が明確に私に気持ちを示したのは海に出かけた日。そうなるとモカが夏休み中に告白してきたから、もうこれで巻の並びに破綻が生じてしまう。ただ視点を変えれば、今までモカに対する返事やモカからアクションを起こされるのが遅すぎたのかもしれない。
本来、海に行く前にモカとの関係についてハッキリさせないとならないのかもしれない。そこからして私は間違っていたのだろう。五月にモカと出会い、七月末に和樹から告白されるまでの間に私はモカの気持ちと決着をつけないとならないのかもしれない。
そして凪。順番的には和樹の告白の後で涼香の気持ちを確認する前だから夏休み明けすぐなのだろう。ここはもう選択教室で書道を選び、その時になったら一気に寄り添って解決するんだろうな。いや、きっとそうだ。
ただそれで、果たしてあんなに人間不信になっていた凪が盛り返すのだろうか……。
そして涼香の気持ちに答えを出す。これはもう、私の覚悟次第だろう。
このループを繰り返し、より濃密に涼香の本心と接して向き合ってきた。涼香が恋愛感情を私に持っているとわかった時、最初は見て見ぬ振りをした。でも徐々にその気持ちに触れていると、私も影響され始めてきた。
だからきっと、今なら答えを出せる。
最後のはでも一体何だろう? 漫画では全員のチームワークで家庭の事情を解決するとある。家庭の事情はリアルに置き換えると、涼香の仕事の問題だ。いや、涼香を仕事で稼がせようとする家庭の事情かもしれない。
それをみんなで解決するとは一体どういう事だろうか?
これに関してはまだハッキリわからない。でもきっと今まで出てこなかった黒岩が関わってくるはずだ。
なるほど、確かにこう見ればこの漫画と私の世界は繋がっているようにも見える。そして今までの経験が無ければきっと、このヒントが意味を成さない。一周目の時に確かこの本棚の並びに気付いていたかもしれないけど、正しく理解するにはここまでの経験が必要なんだ。
ループは決して無駄じゃなかった。答えと言うか大きなヒントが常にそこにあったのに活かせなかったのは私の経験不足。そして覚悟が足りなかった。自分の気持ちにも気付いていなかった。
でも今だからこそできる。
六人でワイワイ楽しい時を過ごすのはいつだって幸せだ。けれどいつも同じ景色を見ていれば飽きてしまい、感動も薄れる。この六人で新しい場所へ行きたい。
そのためには私がみんなをしっかり信じないとならないのだろう。
ただ、私にそれができるのだろうか……。




