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ミッシングリンク~忘却と目覚めの街の中で~  作者: 砂山 海


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【第四章】第六話~涼香の想い~

凪は相変わらず落ち込んだままだった。黒岩の言葉も届かなかったのだろう。

次第に離れ離れになる六人。夏希には世界の終焉が見え始めていた。

そんな中、涼香が部活終わったら一緒に帰ろうと声をかけてきた。

夏希は前回の事もあり、涼香を強く意識し始めるのだった……。

 黒岩は凪に対して何もできなかったのか、それとも言葉が届かなかったのか凪の様子が変わらないままだった。いやむしろ、日に日に落ち込んでいるようにも見える。

 黒岩でダメなら、もう無理なのだろう。

 事情を知ってる私はともかく、涼香やモカや和樹なんかも自然と凪に話しかける事が減った。それもそうだ、どんなに話しかけても励ましても明るく振舞っても、落ち込む一方なのだから。冷たい言い方をすれば、無限に無償の愛を注げるわけじゃない。

 ただ静かに、六人の幸せの終わりを感じさせる雰囲気が確かにあった。


「夏希、どうしたのこんなとこで」

「涼香……」

 昼休み、私は教室とは反対側にある廊下の片隅でぼうっとしていたら涼香に声をかけられた。こちら側の廊下は映像室とか調理室などがあり、必要が無ければ使わない教室が並んでいるので自然と人も少ない。

 ほんの少し見詰め合っていたが、私は視線を外すと小さな溜息をついた。

「凪の事?」

「まぁ、そうだね」

 それもあるけど、問題はこのままだとループしてしまうかもしれない。もう街が目覚めてしまうかもしれないからこそ、何とか良い未来へと進みたいのだが難しい。それにループしたところで、無数の分岐が待っている。道が見えない、光がどこにあるのかわからない。

「難しいよね、あんな風になったら。もう何を言っても話を聞く気が無いんだもん」

「そうなんだよね。黒岩にも頼んだんだけど、どうにもならなかったし」

「黒岩に? 何で?」

 そうか、この世界線では凪が黒岩好きだって言ってなかったか。

「いやほら、黒岩って凪の事を好きそうな雰囲気あるじゃない。凪も和樹よりは黒岩の方が結構色々言うから、好きなのかなーって思ってさ」

「あぁ、まぁ確かに。えー、でもそうだったんだ」

「だからまぁ、好きな人なら何とかなるかなって思ったんだけどさ」

「それでも駄目じゃ、いよいよもう駄目なのかなぁ」

 涼香も私に並んで、廊下の壁にもたれかかる。目の前の中庭は残暑の陽を浴びながら皮肉そうに輝いていた。

「涼香はさ、もし凪みたいになったとして好きな人からの言葉なら耳を傾けられそう?」

 あえて目を合わさなかった。涼香が私の事を好きかもしれないと言うのは知っているから。そうすると余計なプレッシャーを与えてしまうし、はぐらかされるかもしれない。私はここで涼香が失踪する前に私の言葉を聞けるかどうか、それを確かめたかった。

「どうかな。その時の気分と問題の大きさかもしれない。凪は多分、どっちも自分のキャパを越えてしまったんだろうね。それこそ夏休み明けはまだ話が出来た。でも今はもう無理だから、膨らみ続けたのかもね」

「そうだよね。親にも言われ、行く先々で酷い言葉言われたら嫌になるよね。涼香はそういう経験あるでしょ?」

 きっと天井を見上げたのだろう、ゴンと壁に涼香の頭がぶつかる音がした。

「当たり前でしょ。夏希だってよく知ってるじゃない。あの時、私の傍には夏希がいたから何とかなったんだよ。自分の努力を全否定され、でも進めと言われた絶望の中で夏希だけが寄り添ってくれた。真っ暗な中、唯一の明かりだったんだよ」

「それはだって、見ていてあんまりだったから。十歳くらいの時だったよね、色んなお仕事に挑戦させようとして演技とか色々やって、でも実を結ばなくて。周りから終わった扱いされてたし、でも過去に大成功したからあれこれ言われてさ。誰も涼香ほど成し遂げた人なんかいないくせにさ」

 ついあの頃を思い出して熱が入ってしまったのだろう。熱く語る私に涼香が苦笑した。

「芸能界の人でもいたんだ、擁護してくれる人。嬉しかったけど、でもそれはどこか遠くて実感が無かったの。学校に行けば周囲から腫物扱い。一緒にいる夏希にも酷い事を言われてるのを知ってた。でも私、夏希に甘えてた。そこしか居場所が無かったから」

「そんなのいつも言ってるけど、気にしなくていいんだよ。私はただ、涼香が普通に面白くて物知りで素敵だったから一緒にいたかっただけ。まぁ途中、あれこれ言う人達にこんな声に負けるもんかって思った事はあったけどさ」

「うん。だから私は救われた。今もずっと救われてる」

 涼香は一歩前に出る。その表情を見せないように。

「凪はそう言う人、いなかったんだろうね。だから凪を見ていて、他人事じゃないって思うんだよ。今の凪は夏希がいなかった時の私だって。黒岩がそうだとしても、きっとまだ関係が浅いのかもね」

「そうかもしれない。このままだと可哀想だけど、でも私達が今すべき事は色々やったと思う。あとは凪が自分で気付いて立ち上がってくれるしかないんだけど」

 中庭の先にある教室を見る。自分のクラスが見え、その中で凪は相変わらず落ち込んでいるのかもしれない。きっともうどうにもできない位置にまで行ってしまっているのだろう。自分が駄目だとまるで呪いをかけ続けるかのように。

「夏希はさ、もし自分が凪みたいになった時に誰の言葉なら聞ける?」

 そんなもの、考えるまでも無い。

「涼香だろうね」

 即決した私に涼香が驚いて振り返った。私は小さく笑って見せる。

「もしも自分に恋人がいたとしても、涼香だろうね。親よりも、他の友達よりも優先すべきなのは涼香の言葉なんだから」

「なにそれ、さすがに言い過ぎなんじゃないの?」

「そうかな、足りないくらいだと思ってたけど」

 ニヤリと私が笑えば、呆れたように涼香も笑った。そう、これでいい。二人の間にどんな気持ちがあるにせよ、私に対してどんな気持ちがあるにせよ、いつものようにこうして笑っていたい。

 変に格好つけず、ありのままで。面白さに寄せてでも、楽し気に。


 結局凪の事はどうにもできないまま九月も中旬に差し掛かろうとしていた。

 最近は六人そろってお昼ご飯を食べる事も無くなってきた。凪自身が加わろうとしなかったし、誰も何もできないから五人で集まっても仲間外れみたいだからというのが暗黙の了解となっていたから。

 それに伴いモカや和樹、黒岩と話す事も減ってきた。何となくみんなが離れていくような感覚に、私は焦りと言うよりもどこか諦めに近かった。けれどここで何もかも諦めてしまうと、もし次があった時に何もいかされないまま。

 そしてもし、今回でループが終わってしまうのだとしたら少しでも幸せになる道を見つけたかったから。

「ねぇ夏希、部活終わったら一緒に帰ろうね」

 放課後、私は涼香と音楽室に向かう最中そう言われた。別にそれは特別な事でも何でも無く、いつも部活が終わったらそうしている。ただ、そう念押しすると言う事は前回のように私に何かを伝えようとしたいのだろう。

「もちろんいいよ」

 色んな事を訊いてしまいたい。でも涼香には涼香のタイミングと言うものがある。私は余計な事を言わず、ただ笑ってうなずいた。

「ありがと」

 短い感謝の言葉を述べた涼香の目はどこか憂いを帯びている。やはりオーディションのプレッシャーもあるのだろう。私には解決してあげられない苦悩の中で涼香は孤独に苛まれているのかもしれない。

 そんな涼香を私は少しでも支えてあげたい。

 と、その時だった。不意に記憶が差し込まれる。


 大勢の人が強い口調で何か言っている。表情は見えない。でも慌ただしそう……。


 記憶はそこで終わった。何人いたのか、場所はどこなのか、どんな服装をしているのか私にはサッパリわからない。ただ……どこか私はその場所を知っている気がする。もしかしたらループの解決に必要な場所なんだろうか?

「夏希、どうしたのボーっとして」

「あ、いや、何でもない。ただちょっと、六時間目が古文だったからまだ眠いのかも」

 涼香からの呼びかけに私は笑って誤魔化すと、涼香も同調するように笑った。

「安田先生、どうしてあんなに眠くなりそうな喋り方なんだろうね。抑揚なくゆっくり喋るから、私もつい寝ちゃいそうになる時あるんだよね」

「半分は寝てるよね、いつも」

「不眠症の人には効果絶大だと思うよ、きっと」

 クスクスと笑いながら私達はいつの間にか音楽室の前に着いていた。


 部活が終わったのは夕方五時半だった。私達はカバンを取りに教室へと向かう。夕暮れの日差しが教室に差し込み、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出す。普段ならお腹も空いてるから早く帰りたいのだが、今日はこれから大きな出来事があるだろう。

 前回私は間違えた。何も知らなかったし、知ろうとしなかったから。どこか逃げていたのかもしれない。

「涼香、オーディションはどうなの?」

 カバンを手にしようとした涼香がふと止まり、ゆっくりと私の方へ向き直る。

「二次までは通ってるよ。でもそこからが本番みたいなものだから」

「大きなオーディションとか言ってたよね。やっぱり他の事務所からも有名な人とか来てるわけ?」

「そりゃあもちろん。夏希にだけ言うけど、村部隼太監督がカンヌに出すって噂の映画オーディションなんだよね。だから他の事務所から物凄い有名な人も来てるよ。私やうちの事務所なんかじゃ、とても太刀打ちできないくらいのね」

 涼香が苦笑しながら、カバンを手にした。

「遠藤環とかも出てるの?」

「出てる出てる。あと姫野未来さんでしょ、佐伯桂里奈さんも。日本を代表する若手女優の中に混じってのオーディションだよ、無理だってば」

「何と言うか……厳しそうだね」

 ここ一年か二年、この三人で日本映画やドラマのヒロイン枠を争っている。涼香を応援したいけど、さすがにちょっとレベルが違う。それは演技力ではなく、知名度という点で。

 確かに涼香は子役として社会現象にまでなった。けれど今やその三人の知名度の前では涼香は過去の人に近い。

「厳しいって言うか、話にならないよ。もう上の方ではその三人のうちの誰かに決めてるんじゃないのかな。あまりこういう事を言いたくないんだけど、お金や人が絡むとどうしても知名度のある人を持ってこようとする。売れるためにね。宣伝だってしやすいでしょ。だから私みたいなのがもし受かったとしても、視聴者からは今更感が強いしインパクトにも欠けるでしょ」

「確かに同じ俳優ばっかり使うよね」

「うちの親も事務所の社長も一花咲かせようとしてくれてるみたいだけど、相当無理してるのがわかるんだよね。私には言わないけど、かなりお金かけてるみたい。合宿の先生達って、その道の一流だったんだよ。それでも……」

 下を向いた涼香が我に返り、私に向かって笑いかけた。

「ごめん、長々と。帰ろう」

 涼香が歩き出したので、私も慌ててついていった。


 茜色の夕日を浴び、私達は無言で下校する。風も穏やかで昼間の熱気も霧散しつつある中、私は涼香が何かを言い出すのを待っていた。

 ここで私が会話を主導してしまうと、涼香が言いたい事を逃してしまいそうな気がした。だから無言で歩く。時折涼香の顔をチラ見するけど、相変わらず綺麗だ。

 芸能人になるくらいだから、容姿も整っている。髪も艶がありそよ風に背中辺りの毛先が揺れていた。スタイルも良いし、いつも一緒にいる私もつい羨ましく見惚れてしまう。

 本当に涼香、私の事が好きなんだろか……。

 今もまだ信じられない。でも涼香が私の事を好きだと周囲の情報や状況証拠などから判断すれば、私も気になってしまう。どうしたって意識してしまう。

 いつもの分かれ道が遠目に見えてきた。あそこでいつも、涼香と別れる。どうしてか胸が高鳴り、変な期待をしてしまっている自分に気付く。そんなのはおかしい、だって女の子同士なのだからという常識が薄れつつある。でもそれだって、今日そのまま帰ればきっと無かったことになるだろう。

 だけど涼香はいつもの分かれ道に差し掛かってもそこで別れず、歩き続ける。

 変だとわかっている。もし勘違いなら相当気持ち悪いだろう。けれど私はこれから何かが起こるのかを知っている。あの時は驚いて何もできなかった。

 けれど今なら、もう少し何かわかるはずだ。

 やがて私達はしばらく歩き続け、寂しげな公園に着いた。そこは前回の世界線以外では来た事のない場所。ブランコと滑り台、小さなシーソーしかない。住宅街の中にあり、人気も無い。そんな公園の滑り台の傍に涼香が立つと、すっとうつむいた。

 あぁ、前回はきっとここで大きな間違いを犯した。きっとこのループの中で、涼香との関係というのは相当に大きな問題なのだろう。だからと言って、初見でどうこうできる問題じゃない。何度もループを繰り返し、秘めた思いを引き出し考察したからこその結論がある。

 そうこうしていると涼香が抱き着いてきた。私は驚きつつも、そっと抱き締め返す。前回はわからなかったけど、涼香は少し震えていた。力強く抱きしめ、私の胸に顔を埋めた涼香が震えている。

 それはもう、私の中の答え合わせのようなものだった。

「夏希」

 ギュッと更に力強く涼香が抱き締めてきた。私はそっとその頭に手を置いた。

「涼香……もしかして私の事、好き?」

 ビクリと涼香が震えた。そうして私の背をつかむ手に力が入る。

「友達としてではなく、幼馴染としてではなく、恋人としての好きなの?」

 数秒の沈黙。だけどゆっくり涼香がうなずく。

 やっぱりそう言う気持ちがあったんだ。

 ある程度予想はしていたものの、私はもう雷に打たれたかのように驚いた。明確な気持ちがわかったからなのか、私自身も涼香に抱く思いが変わっていくのを感じる。親友としての信頼が、恋人としてありなんじゃないかというものに。幼馴染としての絆が約束された関係の礎のように。

 いつも思っていた綺麗可愛いが、特別な感情を伴う。

 胸が甘く疼く。こんなの初めての感覚。和樹やモカに告白された時とは全く違う、打ち震えるような衝動。ゾクゾクとするほどの嬉しさが私を襲い、夕暮れ模様も明るくなる。こんな風になるなんて、私もきっと涼香の事を……。

「ごめん、忘れて。変だよね、友達にこんな。ずっと一緒だったから、つい……忘れて」

 バッと涼香が離れると早口でそう言い、サッと踵を返すと駆け出した。それはもうどこか温かな幸福の湯に浸かっていた私に雷が落ちたかのように驚かせ、目覚めさせるには十分だった。

「待って涼香、待ってよ」

 私はすぐに追いかける。けれど同時ではなく数秒のラグがあったから、そして涼香は私よりもずっと足が速いのでなかなか追いつけない。むしろ離される一方。

「待ってよ涼香、お願いだから」

 涼香が走り去っていく。私は必死に息を切らしながら追いかけていたが、やがて信号で足止めを食らった。無視しようにも車が行き交い、渡れない。私はある程度まで追っかけたが、もう姿も見えなくなったので踵を返しトボトボと家路につく。

 これが正解なのかはわからない。親友と恋人になるのが正解なのかわからないけど、涼香にそう言う目で見られて好かれているのは決して悪い気分じゃなかった。ただ、こうして涼香が逃げてしまうのならば、これが正解だとは断定できない。

 揺れる気持ちは嵐のよう。私は不意に涼香の家の方へと目を向ける。けれど秋晴れの綺麗な夕暮れ模様が一転、重たい雲が顔をのぞかせていた。

 それを見て、私の心に不安が差し込んでいく……。

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