【第四章】第四話~逃れられない告白~
夏休みのある日、モカから会えないかとメッセージが入った。
夏希は会えばモカから告白されるかもしれないと考えて「忙しいから難しい」と答える。
けれどモカはすぐに電話をかけてきて、カミングアウトした後に告白してきた。
素っ気なく接してきたはずなのにと絶望する夏希。
そしてそれから数日後、夏希は涼香と会うのだった……。
夏休みに入ると私は部活とバイトで一日をほぼ埋めていた。
涼香は前々から言っていた大型オーディションのための合宿、凪は展覧会のためにここを離れているみたい。他の子と遊ぶ気になれず、私はただひたすらその二つに打ち込む。それは言ってしまえば時間潰しのようなものだった。
結局幾ら楽器の練習をした所で何の成果も得られないし、お金だって稼いだところで使い道も無い。だからと言って家に居ても一日が長すぎる。だったら何かして過ごした方が心の健康にも良い。
私は会話に飢えていたのだから。
「今は順調なの?」
バイト先の書店でお客さんが誰もいない時、ふと紗枝さんがそう訊いてきた。私は少し考えてからうなずく。
「まぁ、そうですね。今のところは選択を間違えたとか失敗しそうってのがあまり無いから、順調と言えば順調かもしれません」
「それはいいね。で、前回刺してきた子はどうなの?」
モカの事を言っているんだとすぐに察した私は苦笑いを浮かべる。
「正直、積極的には絡んでいませんね。ただ運命が収束するのか、私が素っ気ない態度をとっても相変わらず同じグループにいるし、他の友達とは仲が良くて」
「運命の収束、ねぇ」
紗枝さんが苦笑いしながら小首を傾げた。
「その運命ってのは一体誰が決めてるのかな」
「んー、神様? いやでも、そんなのいないですもんね。あ、いや、宗教を否定しているわけじゃなくて」
「うんうん、大丈夫だよ。夏希ちゃんの言う神様ってのは私達よりも上位の存在だったり、形容できない流れのようなものだもんね」
私が苦笑しながらうなずけば、紗枝さんもいたずらっぽく笑った。
「まぁでもここは便宜上、神様って事にしておこうか。で、もしその神様がいるのだとすれば、何で夏希ちゃんにこんな過酷な運命を辿らせるんだろうね?」
「神様には人間が定義する善も悪も無いからですかね?」
「きっとそれはある種の正解なのかもね。ただ私が思うに」
紗枝さんはふっと天井を見上げた。私も自然とそれにならう。
「その神様はわからないんじゃないかな」
「わからない? 神様なのに?」
思いがけない言葉に驚いた私に、紗枝さんは一つうなずいた。
「そう、わからないんだと思う。人の幸せが何なのか、どうするのが望んでいる未来なのか、そしてその未来のためにどうすればいいのか。まぁ、こんなものは幾らでも想像の余地があり、だからこそ宗教によって派閥が出来たんだろうけどね」
紗枝さんの言ってる事は正直良くわからなかった。でも、もし神様がいたとしても全人類一人一人を気にかける事なんて不可能なのかもしれない。だからきっと、私みたいに平凡な人間にはどうでもよい未来しか用意していないのだろう。
本来私に用意されていた未来は酷く不幸で目も当てられないものなのだろう。だからこそ、私は自分の力で切り拓いてみせる。選択と覚悟をもって。
夏休みも十日が過ぎたある日、自室でゴロゴロしていたら不意に私のスマホに通知が入った。
『夏希、もしよかったら遊ぼうよ』
それはモカからだった。私は一瞬ためらったものの、静かに文字をタップしていく。
『部活とかバイトとかあるから難しいかも』
実際そうだし、何より今のモカとは二人きりになりたくなかった。
『そうだよね、夏希も忙しいよね。折角だから二人きりで話したい事もあったんだけど』
明らかに落ち込んでいる文面を見ていると、胸が痛む。
『誘ってくれるのは嬉しいけど、本当にちょっと難しくて。ごめん』
メッセージを送信し、次に『わかった、ごめんね』というのを想像していると不意にスマホに着信のアラームが鳴り響いた。相手はモカ。私は渋々通話をタップすると、スマホを耳に持って行った。そうしてベッドに座り直す。
「もしもし」
「もしもし。ごめん夏希、急に電話して。でも夏休み会えないって言うから、どうしても伝えたい事があってさ」
不意によぎる嫌な予感。けれど出てしまった以上、ここで通話を切るわけにはいかない。
「伝えたい事って、何?」
「実は私ね、レズなんだ。女の子の事を恋愛対象として見ちゃうの」
嫌な予感は当たった。どうして今回は仲良くしてないのに、急にこんなカミングアウトが行われるのだろうか。
「そうなんだ。えっと、どうしてそれを私に伝えようとしたの?」
「ごめんね、突然過ぎて意味わかんないよね。変だよね、私。ただ、何て言うか我慢できなくなっちゃってさ」
カミングアウトが行われた。そしてその次に続くのも予想できる。これを防ごうとしていたのに……。
「私ね、夏希の事が好きなの。何て言うか、一目惚れだったんだ。普段の振る舞いとかも好きだし、声も好き。だからこの気持ち、どうしても伝えたくて」
どこか震える声で一生懸命に伝えるモカ、私はそれを聞いてただ血の気が引いていくのを感じていた。前回も告白された。だから刺された。今回ももしかしたらそうなってしまうのだろうか。
あれはもう嫌だ、怖い。
「そう、なんだ」
「夏希が涼香と仲良しなのはわかってる。そしてきっと、涼香も私と同じように夏希が好きだってのがわかるの。二人の関係が長くて特別なのはわかるけど、でも諦められなくて」
やはりこのモカも涼香が私に気があると言う。あまり仲良くしてこなかったモカなのに、同じ事を言うって事はやっぱりそうなのだろうか。涼香はやっぱり私に気があり、それは運命に組み込まれているという事なんだろうか?
「だから、勝負にならないかもしれないけど、ただ諦めるのは嫌だったの」
「モカ……」
ここで私はどうすればいいのだろうか。仲良くしてもしなくても、告白されてしまった。
花火大会が行われた世界線ではモカが告白せず、私から離れていった。涼香が失踪する秋まで一緒にいたにもかかわらずだ。前回今回と共通するのは海に行ったから。つまりそれがキッカケになっているのかもしれない。
果たしてこれは失敗のトリガーなのだろうか。それとも上手くこなして成功への過程にしないとならないのだろうか。
「だからお願い、返事を聞かせて欲しいの」
下手に断れば刺される日が早まるかもしれない。けれど受けてしまう選択肢は無かった。それは和樹同様モカが嫌いだと言うわけではなく、モカと付き合う自分が想像できないから。
それにもしも仮にモカと付き合えば、涼香との間に決定的な亀裂が入るだろう。
「気持ちはわかったよ。でも私、そういう事よくわからないし、それに急だから何て言ったらいいのかわからなくて」
「そう、だよね」
モカの声が沈む。同時に私はあの私を刺した時のモカの顔を思い出し、冷や汗が出る。
「あ、いや、モカが嫌いだとかそういうわけじゃないの。ただ、女の子同士で恋愛とかよくわからないし、想像もした事無かったからさ。だから軽々しく答えられないと言うか、簡単に決められないと言うか……」
私が選んだ答えは前回同様、曖昧だった。
「真面目だね、夏希は。それに優しい。だから好きになって良かったと思うよ」
緊張で鼓動が早くなる、息をするのも極力音が出ないようにしているから苦しい。右耳から伝わるモカの言葉を逃さないよう、私はスマホを握る手に汗をかいていた。
「うん、わかったよ。ごめんね急に、突然告白なんかしちゃってさ。ただずっと会えなかったから、切なくて」
一生懸命な告白を聞いているとやはり元々嫌いな人間ではない以上、罪悪感に胸を締め付けられる。気丈に明るく振舞うモカと接していると、どうしても情が揺さぶられてしまう。どうすればいいのか、本当にわからなくなってしまう。
「いいよ、気にしないで」
だから私はそう言うのが精一杯だった。
「ありがと。ごめんね忙しいのに。また新学期会おうね」
モカが通話を終えると、私はばたりとベッドに倒れ込んだ。もう何とも言えない疲労が怒涛の如く襲い掛かり、熱くなったスマホを自然と手放す。そうして真っ白な天井をぼんやりと見詰め、大きな溜息をついた。
でもその溜息にどんな感情が乗ったのか、自分でもわからないままだった……。
『合宿終わったー。夏希、もしよかったら会いたいから暇な日教えて』
それから数日後、涼香からメッセージが飛んできた。私はすぐにOKの返事を送り、明日にでも大丈夫だと伝えると涼香が喜びながら「じゃあ明日会おう」と返してくれた。私にそんなに会いたいのか最速最短の日時を示してくれた涼香が嬉しくて、私は顔をほころばせながら返信していた。
そして翌日、朝の九時から涼香がやってきた。それは疲れが残っているが嬉しそうな顔をしていて、私も半月くらい会っていなかったから思わず抱き着いた。
「涼香ぁー、会いたかったよー」
「え、えぇー……うん、私も。会いたかった」
一瞬戸惑ったものの、涼香は優しく抱き締め返してきた。その感触、香る匂い、じんわり伝わる熱に何とも言えないむず痒さを感じる。幸福、感動、どんな言葉で表しても足りないくらいに。
「合宿お疲れ様。今日はいっぱい遊ぼう」
「うん、私も楽しみにしてた。夏希と遊びたかったんだ」
私達は自然と離れると、互いの顔を見て柔らかな笑顔を交換した。
それから二人で繁華街に出かけ服や小物を見て回り、お昼は二人とも好きなファミレスで。それから流行りの映画を観て、感想を言い合うためにカフェへ。いつもの日常、前回のループでも同じような事をしていたと思うけど、いつだって涼香となら楽しい。
「いやまさか、あそこで副船長が裏切るとは思わなかったね」
「まぁ、メタい話をすればあの声優さんって悪役多いからね。悪そうな声してたもんね」
「もぉー、涼香。そういう風に見たら面白くないよ」
「ごめんごめん、ただ職業病なのかオタク気質なのか、気になっちゃうんだよねー」
やっぱり他の誰かと話すよりも涼香と話す方がよっぽど楽しい。気を抜くとこは抜けるし、深く話そうと思えばどこまでも話せる。もちろんお互い何もかも同じ趣味ってわけじゃないけど、長年付き合っているからかどんな事に対しても適切な距離感で付き合えるのが嬉しい。
「あー、やっぱり夏希と話してると楽しい。もうね、ずーっと特訓の日々だったから血の通った人と話したくてしょうがなかったんだ」
「え、そんなにヤバいとこだったの?」
怯えながら訊けば、涼香が苦笑しながらうなずいた。
「ヤバいよ、マジで。スマホは就寝前まで取り上げられ、起きている間はずっと稽古。色んな先生がひっきりなしにやって来て、メチャクチャ厳しいの。それにすごく冷たくてさ。ただただ辛かったよ、楽しかった思い出なんか何一つ無いよ」
「それはキツイ。だから返信がいつも夜九時半過ぎだったんだね」
「ごめんね。スマホ返してくれるのがそのくらいの時間帯だったからさ」
「でもよく耐えたよ。凄いよ涼香は。お疲れ様、ほんと頑張ったね」
どこか照れ臭そうにに涼香が微笑みながらうなずく。そうして飲み物を一口飲んだ涼香が静かに私を見詰めてきた。
「ねぇ夏希、夏希はこの夏休みに誰かと遊びに行ったりした?」
やっぱりきたか。私は今日会った時からいつか訊かれるだろうと思っていた質問が来た事に胸が締め付けられ、怖さに似たようなものを感じる。先程飲み物を飲んだばかりなのに喉が渇く。私はそれでも何気なさを装いながら飲み物に口をつける。
「会ってはいないかな。ただ、モカから告白された」
「え、告白? 告白ってどういう事? 何の告白?」
当然涼香が驚き、身を乗り出す。
「愛の告白ってやつかな」
思わず立ち上がった涼香の顔が驚きで固まる。私は目立つことを恐れ、座るよう促した。
「これはもう涼香だから話すけど、先週の土曜の夜にモカからメッセージのやり取りがあったんだよね。会って話したいって。でもちょっと忙しかったから断ったら通話になって、自分はレズで私の事が好きだって」
「え、ちょっと待って、なにそれ。それで夏希、返事はしたの?」
「わからないって答えたよ」
すると涼香の眉間にしわが寄る。怒りなのか何なのかわからないけど、あからさまに不機嫌だ。
「わからないってどういう事? 断ってないの?」
「正直、その時は驚いて答えを出せる感じじゃなかったんだよ。モカは同じグループの友達だし、当たり前だけどそんな風に意識なんかした事無かったからさ。ただただ驚いて、でもいなくなるのも何か嫌だったから」
「……で、何でまたモカが夏希に告白してきたの? 理由とか言ってた?」
理由……言ってもいいのだろうか?
私はそっと飲み物に口をつける。その短い間に覚悟を固め、涼香の顔を見詰めた。
「涼香に先を越されたくないからだって」
「な……」
絶句した涼香は目を泳がせ、視点が定まらない。これもしかして、本当に涼香は私の事を好きなのだろうか? こんなに動揺した涼香、見た事無い。
「私と涼香の関係が特別だから割り込めないって思ってたけど、それじゃいけないって思ったみたいだよ。確かに私達、他の誰よりも強い絆だと思ってる。でも他の人からすればそういう恋愛関係にも見えるのかなぁ」
「どうだろうね……」
一気に涼香のトーンが落ち、伏し目がちにそう答えた。
「でも女の子同士の恋愛かぁ。考えた事も無かったよ。実際そういう事になったら、こうして友達と遊ぶのと何が違うんだろうね」
「もうやめよう。この話題、やめよう」
強い口調で涼香がそう言うと、私は静かにうなずいた。




