【第四章】第二話~収束する関係~
モカが転校生としてやってきた。
夏希は前回刺された事もあり、今回は仲良くならないようにとモカに冷たい態度をとる。
けれど涼香や凪が積極的にモカに関わり、結局同じグループに入る。
夏希はやはり「六人」が一緒にいるのがスタートラインなのかと考えるのだが……。
五月のある日、どこか浮足立ったクラスの中で私は一人浮かない顔をしていた。和樹なんかは朝からあれこれ予想を立てて盛り上がっているけど、気が重い。涼香も凪も珍しく和樹と一緒に盛り上がっている。黒岩はいつも通りだ。
「一条モカです。今日からよろしくお願いしまーす」
ホームルームの時にモカが転校生として紹介されると、クラスは拍手で迎えた。そして例によって私の隣に机が置かれ、モカがそこに座る。
「よろしくねー。えぇっと、名前教えてもらってもいい?」
「……星野夏希。よろしく」
笑顔のモカに話しかけられ、私は頬杖をつきながら答える。いかにも拒絶しているかのように。いや、いかにもじゃなく本気で。だって私、この天真爛漫な笑顔を向けている子に刺し殺されたのだから。
「あ、うん、よろしく。私の事、モカって呼んでいいから」
それでもめげないモカが笑顔で続ける。私は若干心が痛んだけど、小さくうなずくだけ。するとモカはしゅんとした顔になり、前を向いた。
正直こういう事はあまりやりたくない。でも今、こうするしかない。モカと近くなり過ぎたら告白され。逆恨みされて刺されるのだ。花火大会があった時は告白されなかったからか、モカから離脱してそういう事も無かった。だからこれでいいのだろう。
ホームルームが終わるとクラスのみんなが集まってきた、私はそそくさと立ち上がり、トイレへと向かう。この場にいるとまたモカの方から絡まれるかもしれない。そういう可能性は極力潰しておきたかった。
トイレの個室に入り、スマホを確認する。休み時間はあと七分。これでモカを案内すると言うフラグも無くなっただろう。もしかしたら別の、私達とは違うグループの子もモカに興味を示していたからそっちと仲良くなるかもしれない。
とりあえず初日は距離を置き、程々の関係でいよう。あまり離れすぎると「六人」の関係が壊れるけど、モカの事だから何だかんだと接触してくるかもしれない。
休み時間が残り三分になった時にトイレから出る。教室に入ってすぐに席につき、気の無い素振りで過ごそう。そう考えて席に向かっていると、涼香と凪がモカと一緒に私の席の近くで話し込んでいた。
「あー、来た来た。モカ、この子が私の親友の夏希だよ」
パッと顔を明るくさせ、涼香がモカに私を紹介する。私はちょっと面食らい、足を止めた。
「あぁ、涼香の親友なんだね」
モカが小さく笑えば、涼香と凪が満面の笑みを浮かべた。
「夏希はね、明るくてみんなに優しいんだ。私も何度もそういうのに救われたんだよ」
「遠目から見てさっきは不愛想だったかもしれないけど、夏希も緊張していたんだと思うよ。ね、夏希」
……どうして、どうしてこんなに仲が良いの?
「あ、うん、まぁ」
どう答えればいいのかわからず言い淀んでいると、モカがパッと明るい笑顔を咲かせた。
「そっかー。そうだよね。私見た目がこんなんだから、しょうがないもんね」
「モカって見た目は誤解を与えそうだけど、話したらすごく良い子なんだよ」
「そうそう。お昼も一緒に食べようねって約束したんだ」
こんなの、今まで見た事が無い。いやもしかしたら、モカは私達のグループに入る運命なのだろうか。
今までは私がモカに関する記憶を断片的にでも持っていたから、仲良くした方がいいだろうと私から歩み寄った。でも今回はモカと距離を置こうとしたのに、涼香や凪が先に仲良くなってグループの輪に入れている。
やはり「六人」という条件が絡むからなのだろうか?
「ま、いいんじゃないかな」
だけどまだ、私はモカに深入りしない世界を見たかった。もうこうして一緒になるのは諦めたけど、前までのように積極的には絡まない。気も持たせない。
きっとモカとの関係は大きなターニングポイントだろうから。
「ねぇ夏希、放課後にモカを学校案内してあげようよ」
五時間目が終わると涼香がやってきて、そう提案してきた。私は正直深入りしたくないし、好感度を高めたくも無いので断ろうと思ったのだが、ふとある事に気付いた。
涼香とモカ、何か随分仲が良いな……。
元々涼香はモカの事を何となく合わない人だと評していた事もあった。モカも涼香が私の事を好きだからとライバル視していた。そんな二人が仲良くなっている。でもきっと、すぐに話が合わなくなるかもしれないと思っていたのだが、私は大事な共通点を見落としている事に気付く。
涼香はハッキリわからないけど、二人とも私を好きかもしれない。
私を好き、イコール女の子を好きという事だ。モカに関しては本人も言っていたし、告白も実際にされた。そんなモカが涼香が私の事を好きなはずだと言っていた。もしかしてここで私が関わらないでいると、二人が付き合う未来があるかもしれない。
よくわからないけど、それは嫌だった。
「いいよ。じゃあ部活の方にもそう言って休み申請しないとね」
私がうなずくと、モカが嬉しそうに笑顔を弾けさせる。
「えー、二人とも忙しいのにありがとう。メッチャ嬉しい」
私は内心、溜息をついた。
「ここが多目的教室。放課後はこうして書道部が使ってる事が多いね」
放課後、涼香と一緒にモカを案内していると多目的室の前を通りがかった。丁度今時間は書道部が使用しており、その中には凪の姿もあった。凪は真剣な眼差しで筆を動かし、集中している。ドア越しだけど、その姿はいつ見ても格好良い。
「凪、カッコイイ……」
モカが足を止め、その姿をじっと見る。私達も自然とそうすると、ただ静かで穏やかな時間が流れる。凛とした書道部の姿はどこか心を打つ。
「凄い集中力」
「うん。凪は両親も書道家で、全国大会常連なんだよ」
私がどこか傍観を決め込んでいると、涼香がそっと解説してくれた。
「えー、そうなんだ。親のプレッシャーに負けないで努力するって、半端無さそうだね。凪ヤバイ、かっこよすぎる」
「凪は凄いよ。尊敬できるんだよね」
「涼香がそう言うってよっぽどなんだね。涼香だって十分凄いじゃん」
「私はまぁ、運が良かっただけだから。でも凪はちゃんと実力を示せる力があるから」
すると凪がすっと立ち上がった。何か書きあげたから別の行動を起こすのかなと見ていると、静かに私達の方へ近付いてきた。そうしてそっとドアを開ける。
「あ、凪。ごめん、邪魔してたね」
「そんな大きな声であれこれ言ってたら、嫌でも聞こえるよ。もー、恥ずかしいなぁ」
後ろ手で静かにドアを閉め、凪が呆れたように笑う。するとモカが気まずそうに愛想笑いを浮かべた。
「ごめん、邪魔して。けど、すごくかっこよくて、それでその……」
「ううん、そう思ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
パッとモカの顔に笑顔の花が咲く。
「で、夏希と涼香は部活どうしたの?」
「先生にモカを案内するからって休みにさせてもらったの」
「涼香も夏希も優しいんだよー。私のために忙しい部活休んでくれたんだ」
モカが嬉しそうに私達の顔を見ると、凪が柔らかく微笑んだ。
「二人とも優しいからね。それでモカ、どこか部活入ろうとか考えてるならうちはどう? しっかり丁寧に教えるよ」
「あー、その誘いは凄い嬉しいんだけど、放課後はバイト入れる予定なんだよね」
「そうなんだ、残念」
残念がる凪にモカが頭を下げる。
「ごめんねー。うちシンママ家庭でさ、家計的にちょーっとだけ厳しいんだ。だからまぁ、遊ぶお金も欲しいからバイトしないとならないんだよね」
「バイトと言えば、夏希もやってるよね」
涼香に水を向けられると仕方なくうなずいた。
「書店のバイトね。月に一日か二日、部活の無い日に行ってるんだ」
「えー、それで良く雇ってくれたね」
「私もそう思う。まぁだから、のんびりやらせてもらってるんだよね」
「いいなー。私もちょっと何か早く見つけよ。そうじゃなきゃ、この四人で遊びにも行けないからさ」
モカの宣言に私以外は笑みを浮かべた。
「夏希、モカって良い子だね」
途中まで三人で帰っていたがモカが私達の降りる手前の駅で別れると、私と涼香の二人きりになった。最寄り駅で降りると涼香が改札を抜けるなりそう言ってくる。モカの内面をよく知っているものの、私は今回深く関わらないと決めているのだ。
「そうだね。まぁ、明るくて見た目よりは良い子そうじゃないかな」
「ねー。最初見た時は怖そうだなって思ったけど、人当たりもいいしさ」
「まぁでも、怖そうな外見をしてるって事はそう言う要素もあるかもしれないよね」
「確かに」
涼香はモカを持ち上げようとするが、私がそれに乗らないからか話も盛り上がらない。でも私はそれでいい。だって刺されたんだから。少し思い返せば、あの衝撃と苦しみが生々しく思い出される。
「でも折角転校生として来たんだから、仲良くなりたいな。きっとモカも不安だろうから」
ふっと涼香が遠い目をした。その眼、私は見覚えがある。以前嫌というほど見ていた眼差し。それは涼香が小学生の頃、仲間外れにされて大きな寂しさを抱えていた時の目だ。きっと優しい涼香はあの時の自分と転校初日のモカを重ね合わせているのかもしれない。
「だから夏希、明日も一緒にお弁当食べたりしてあげようよ。同じグループに入ってもらってさ。そうしたら色々楽しめると思うんだ」
今まで涼香がこんなにもモカを気遣った事は無かったかもしれない。だから私は戸惑いと同時に、ある仮説が思い浮かんだ。
この六人になるよう、運命が収束されているのかもしれない。
大きな分岐が始まる前、つまりは出だしこそ六人でのスタートになるよう運命に義務付けられているのかもしれない。そうじゃなきゃモカを避けようとしているのに、涼香や凪がモカと一緒になるようこんなに働きかけてこないだろう。
つまりきっと、スタートラインはここなのだ。
すると別の疑問が浮かび上がる。
じゃあどうして、スタートが四月七日の始業式からなのだろう。五月にモカが転校生として紹介された時からでもいいんじゃないだろうか。その前の一ヶ月は何のために存在しているのだろうか?
その時、不意に記憶が差し込まれた。
それは一面真っ白なキャンバス。私は線を引き、彩りを加え、図形を当てはめる。何でもないそれが見る角度によって顔に見えたり恐竜に見えたり……。
「ねぇ、夏希? 聞いてる? モカ、一緒にいてもいいよね?」
「あ、あぁ、うん」
涼香の声に我に返ると、私は慌ててうなずいた。どうせモカを排除しようとしたところで、一緒になるようになっているんだ。もしくは早々にループのトリガー、つまりは私が死ぬ運命がすぐ訪れるのかもしれない。それはさすがに嫌だった。
「ありがと夏希。何だかんだ言っても優しいんだから」
笑顔を向けた涼香に私は急に切ないほどの愛おしさを覚える。それはモカに刺された記憶を思い出したからか、涼香が失踪する未来を強く思い出してしまったため。そして私はあの時の涼香も救えなかった。こんなにも素敵な笑顔の持ち主を。
私の特別な人を。
「え、夏希?」
私は自然と涼香に抱き着いていた。ずっと一緒にいると約束したのに果たせなかった、何があっても分かち合おうと言ったのに果たせなかった、いなくなってしまったあの時の涼香をもう二度と離さないように。このぬくもり、手放さないように。
「え、ど、どうしたの? いっつも駄目って言ってたのに」
戸惑う涼香は振り払う素振りもない。ただ立ち尽くし、困惑しているだけ。そんな姿がまた、私の琴線に触れる。
「ねぇ涼香、隠し事はお互いやめよう。何言ってるかわからないだろうけど、これは約束の再確認だから」
「うん、それはもちろん。私、夏希には全部素直でいるよ」
次第に涼香のぬくもりが伝わってくる。小さく涼香がうなずけば、ふわりと良い匂いが漂った。
「あとね、辛いことたくさんあるだろうけど教えてよ。何でも話して。私、涼香の事なら受け止められるから。私に遠慮なんかしなくていいから。お願い」
「……当たり前じゃない。夏希は私の特別なんだから」
優しい涼香の声、心落ち着かせるぬくもり。春風がさっと通り過ぎるけど、私達の間は通り抜けられなかった。
少し早い夏の足音が聞こえそうな温かな風だった。




