【第三章】第五話~モカの気持ち~
涼香とは明確な仲直りがないまま、夏休みに突入した。
涼香は合宿で、凪は展覧会で地元を離れていたため夏希は部活とバイトの日々だけど寂しくなる。
そんな折、モカから遊びの誘いが入ったのだった……。
結局涼香とは明確な仲直りが無いまま徐々にいつもの日常へと戻りつつあったのだが、夏休みが訪れた。家が近いし幼馴染ではあるものの、小学生のように遊びに行ったり来たりする間柄ではもう無い。
おまけに大きなオーディションに備えて合宿があると言っていた通り、部活でも全く顔を合わさなかった。吹奏楽部は夏休み中でもほぼ毎日練習があり、私は可能な限り出席しているのだが、涼香の顔は一度も見ないまま。
さすがに五日目になるとどうしているのかなと思ってメッセージを送ってみた。
『涼香、元気にしてる? 合宿大変? 部活は秋のコンクールに向けてやっているんだけど、オーボエの未亜ちゃんが退部する事になったから演目変更するみたいだよ』
『合宿は忙しくて、正直部活が恋しい。で、未亜辞めるの? じゃあ白鳥の湖できないじゃない』
三十分ほどしてから返ってきたメッセージに私は嬉しくなり、ついスマホを握る手に力が入った。
『二番手が吉井ちゃんだけど、さすがにレギュラーの実力はまだ無いから楽曲変更になるみたい。どうなるのかは私もわからない』
『そうなんだ。私はまだしばらく合宿で練習に参加できないから、次は補欠かな』
『復帰すればすぐだよ、すぐ』
『早く戻りたいな』
とりあえず普通にメッセージのやり取りが出来た事は大きな前進だと感じたけど、しばらく戻れなさそうなのと、凄まじく大変そうなのは伝わった。
何だかんだ言っても涼香が近くにいないと淋しいし、楽しくない。部活だって一人で行って、一人で帰る日々。暇な日を確認して遊びに行く事もできない。
それは凪も同じだった。
凪も夏休み中は展覧会やその準備のためといない事が多く、メッセージを送っても地元から離れているみたいだった。
友達は他にもいる。でも、良く遊ぶのはこの二人が圧倒的に多い。おまけにループに関わる二人なのだから、他の友達はどうでもいいと言ったら語弊があるかもしれないけど、まぁ正直に言えばそういう事だった。
部活、部活、たまにバイト。そんな日にちょっとウンザリしていた時、不意にモカからメッセージが飛んできた。
『夏希、暇? もしよかったら二人で遊ばない?』
モカを今まで遊ぶ候補に入れていなかったのは大きな理由があったわけじゃない。一緒にいれば楽しい子だけど二人きりになると会話が持つのかわからなかったのと、バイトが忙しそうだから誘いにくかったというのがある。
『いいよ。じゃあいつ会おうか』
それでも誘われれば乗る。それは他のみんなが会えない中で誘ってくれた嬉しさというのもあるし、夏休みも十日を過ぎればいつものメンバーを人恋しく思ってしまう。何だかんだ言っても、モカと一緒にいれば時間が経つのが早いだろう。
『早かったら明後日の日曜日。駄目なら来週の火曜日か金曜日でどうかな』
『じゃあ明後日にしよう』
本当は部活があるのだが、オーボエ担当の離脱によって多分数日はまともに練習できないだろう。だから部活も今なら休みやすい。
『え、いいの? やったー。じゃあ明後日の午後一時半にヨシオの前で』
ヨシオというのは繁華街のある駅前にそびえ立っている石像の事だった。誰が言い出したのかわからないけど、いつの間にか私達の学校に通う人達にはヨシオという謎の呼び方が定着してしまっている。
モカと話せばいつだって話が早い。こういうのは他の誰も出来ない。だからか余計な事を考えるより先に動ける。今の私のはそれがどれだけ嬉しい事か、きっと誰に言っても通じないだろう。
「あ、夏希ー。久し振りー」
待ち合わせ場所に五分前に着くと、もう既にモカが待っていた。駅前は割と人通りが多かったし、ヨシオの前にも色んな人が待ち合わせに使っていたけどモカが私を見るなり大きく手を振ってくれたのですぐにわかった。
「ごめん待った?」
「ううん、ついさっき来たとこだよ。いやー、でもなんか嬉しい。他の子とも遊んでいたんだけどさ、やっぱ夏希に会えないのが淋しくて」
「わかるー。私もそう」
実際仲の良い友達とこうして会えば、思っていたより嬉しい。相変わらずモカはこの夏の太陽にも負けないくらい眩しい笑顔をしているし、リアクションも大きいので話していて楽しい。話題があるのだろうかと心配していた私が馬鹿みたい。
「じゃあ早速だけど、どこ行こうか」
「じゃあさ、見たい映画あるんだけど一緒に見ない?」
「いいけど、どんなやつ?」
モカから映画に誘われるなんてあまり考えていなかった。てっきりカラオケとかゲーセンとかそういうところかなと勝手に思っていたからだ。
「『夕凪に抱かれて君の夢を見る』ってやつなんだけど、なんか評判いいらしいんだ。恋愛映画みたいだよ」
「へー、そう言えば映画館で恋愛物は見た事無いかも。モカってそういうの好きなの?」
するとモカは照れ笑いを浮かべた。
「いやぁ、実はあんまり興味無かったんだよね。でも見に行った友達がすごい良かったって勧めるんだ。でも一人で行くのもなんだから、夏希と行こうかなって思ったの」
「まぁ確かに私も一人じゃ見ないから、そういうのいいかも」
映画と言えば私は洋画ばかり見る。洋画の方がアクションは激しいし、スカッとするから大画面に映える。一方邦画は大画面でも台詞の聞き取れないとこが多く、暗い場面が多いからあまり好きになれない。
でも一人じゃしない体験を友達とならできるだろう。おまけにそんなに評判だというのなら、ちょっと見てみたい。
「やったー、さすが夏希。そういうと思ってさ、もう実はチケット前売りで買ってたんだよね」
「準備いいね。じゃあお金渡すよ」
私がバッグに手をかけようとしたところで、モカがそれを制した。
「いいよ、チケット代は。無理に私が誘ったんだから。その代わり、観終わったら喉とか乾くと思うからそれおごって」
映画のチケットの方が高くつくだろうにと思ったが、確かに人通りの多い所でお金のやり取りは危ないかもしれない。私はそう言う心遣いが嬉しくなりモカに笑顔でうなずくと、映画館へと歩き出した。
「ごめん夏希、ちょっと待って」
上映が終わり室内に照明がつくとぞろぞろとみんな帰り始める。けれどモカは未だ座ったままで、ティッシュで目元を押し付けていた。
「いいけど、モカそんなに感動したんだ」
「したよぉ、すっごい良かったもん。もう途中からボロ泣きで良く見えなかったんだから」
確かに評判通り映画は面白く、感動さえした。ヒロインが病気になり死の宣告を受けてなお自分らしくあろうとした姿、辛いはずなのに主人公の彼氏に気丈に振舞う姿、そしてそれを全て知っていながらも彼女の望む姿を演じている彼氏に涙が溢れた。
でもモカほどじゃない。もうすでに上映室内には私達しかおらず、清掃の人達があちらこちらで活動し始めている。
「モカ、行こう。邪魔になっちゃう」
だから私は半ば強引にモカを立ち上がらせるととりあえず外へ出た。
モカは崩れた化粧を直すからとあの後すぐにトイレに駆け込んだ。とりあえずトイレの前で待つのも何なのでグッズ売り場の近くで私は時間を潰している。私も涙ぐみはしたけど、そこまででは無かったのでこうして色んなグッズを見て時間を潰していた。
そう言えば最近、映画館にあまり来ていなかったかもしれない。単純に見たい映画が無かったし、配信で結構色々見れるからわざわざ行こうとも思えなかった。おまけにお金かかるし。
でも久々に映画館に来てみると、とても面白い。いつもそうなんだけど、どうしてこの素晴らしさを忘れていたんだろうと思ってしまう。とにかく連れてきてくれたモカには感謝しかない。
化粧直しを済ませたモカが現れると、恥ずかしそうに髪を弄りながら笑っていた。何だかそれが可愛らしく、私はポンとモカの肩を叩く。
「いやー、ほんと恥ずかしい」
「モカ、涙もろいんだね」
「そうなの。結構涙もろくてさ、かっこ悪いよね」
恥ずかしそうに気まずそうにそう言うが、私はハッキリと首を横に振った。
「全然。むしろ良い事だと思うよ。モカのように素直に感情を表に出せるのって素敵な事だと思うし、むしろ羨ましい。私もすごく楽しかったけど、モカの方がずっとずっと楽しめたんだからいいじゃない」
「夏希……」
「そう言う意味じゃ、得したんじゃないの?」
「あはは、そうかも」
一度吹っ切れるとモカがまた大きく笑い、私もそれにつられた。どうしても見た目から怖がられるモカだけど、中身はこうして純粋で優しい子なのだ。
「喉乾いたね。どっか行く?」
「あー……じゃあさ、カラオケ行く? そこでドリンク飲もうよ。高くついたら私も出すからさ」
「いいね、行こうか」
折角夏休み中に会えたんだ、まだまだ堪能したい。私達は同じ思いを抱きながら映画館を出るとすぐ近くにあるカラオケ屋が入っているビルに向かった。
「いやー、やっぱ夏希上手いね。歌声カッコイイもん」
「モカだって上手いじゃない。可愛くて羨ましいよ。私、あぁいう曲歌えなくてさ」
一時間ほど交互に歌うと、小休憩とばかりに一旦頼んだフライドポテトに手をつけた。二人しかいないので、何となく相手が歌ってる最中に別の事をするのはどうかと思っていたのだが、モカも同じように思っていたみたいだった。
画面から同じようなCMが流れる。それがちょっとウザいけど、モカと話しているとそれも段々と気にならなくなってきた。
「私さ、カッコイイ系の曲歌えないんだよね。好きなんだけど」
「私はその逆。モカみたいに声が綺麗じゃないから、どうしても可愛いの歌えない。似合わないなぁって思っちゃう」
「え、夏希って私の声綺麗って思ってくれてるの?」
モカが嬉しそうに私に顔を寄せる。実際にモカの声は前々から綺麗だと思っていたし、カラオケだってこれが初めてじゃない。でも歌っているのを聞けば、いい声だなぁと毎回感心してしまう。
「うん、いい声だなっていつも思ってるよ」
「えー、嬉しい。声褒められるの、凄く嬉しい。だってほら、声って一緒にいたら絶対に耳にするじゃない。それが嫌な声だったら、もうなんか毎回ストレスになるでしょ」
「確かにそうだね。でも私達のグループ、そういうのいないよね。涼香は透き通ってるし、凪は落ち着いてる。私なんかほら、声低めだから知らない人からすればすぐ怒ってるのとか不機嫌なのとか思われるし」
「なにそれ。私、夏希の声好きだよ。大好きだよ」
モカが怒ったかと思えばじっと私の目を見てきた。その眼差しを見ていると、心無い言葉に怒ってくれたんだなとわかり、何だか嬉しくなる。
「ありがと、モカ。そう言ってくれるだけですごく嬉しいよ」
にこりと笑いかけると、今度はモカが少しうつむいた。何かを考えているかのような表情と沈黙に、私の発言のどこにそんな要素があったのかと不安になる。
「ねぇ夏希……私、夏希の事が好きなんだ」
見上げるような眼差しでそう言われ、私は思わずドキッとした。それは普段のモカとは違い、どこか儚げだったから。
「うん、私も好きだよモカの事。なんかもう、親友って感じだよね」
一瞬よぎったものはきっと勘違い。きっとこの状況、雰囲気がモカをそう見せているのかもしれない。私だってモカが好きだ。いつも元気にさせてくれるムードメーカー。友達としてかけがえのない一人だ。
「夏希、違うの。夏希が思ってる好きと、私の思ってる好きは違う」
するとモカがゆっくりと二度三度首を横に振った。私はその言葉を聞き、改めてモカがレズだと言うのを思い出した。
「私は夏希の事が好き。恋人になりたい好きなの」
正面からそう告白され、私はどう反応すれば良いのかわからず固まってしまった。
「急にこんな事言われてもキモいよね。でも、二人きりになれた今しかないって思ったの。だってそうじゃないと……夏希の事、涼香に取られちゃいそうで」
「え、何で?」
私は耳を疑い、モカの方へ身を乗り出した。だって今モカから告白を受けていたと思っていたのに、突然涼香の名前が出てきたから。私はもう意味や繫がりなど何もかもわからず、ただただ頭が混乱するばかり。
「だって涼香、絶対に夏希の事が好きなんだよ。わかるんだよね、私。二人に会ってすぐ、気付いたんだ。あぁ、涼香って夏希の事が好きでそういう目で見ているって」
「涼香が、私を……?」
正直涼香をそう言う目で見た事が無いし、見られているなんて思ってもいなかった。でも他の誰でもない、同性愛者のモカが言うのならそうなのかもしれないという説得力は一応あった。
「ずっと仲が良くて、かけがえのない関係だってのは知ってる。でも、それでも私は夏希を好きになっちゃったの。だから……この告白だけでも知って欲しい」
「モカ……」
もしも人がこうして告白をされた時、即断して受け入れるのは両想いだった時だけだろう。考える間もなく拒否するのは何の脈も無かった時だけだ。
モカの告白だって女同士だからキモいと切って捨てる事だってできる。でも、できなかった。
最早親友とも思えるモカが真剣に、想像も出来ないような恐怖に耐えて想いを真正面から伝えてくれたのだ。だから簡単な言葉で断れなかったし、茶化そうなんて気にもなれなかった。
「……私さ、こんなんでしょ。おまけに前の学校でレズだってバレてみんなに広まってさ、色々あったんだよね。それでもう、好きだってマジにはならないようにしてたんだけど、夏希が好き過ぎてもうどうにもできなくて、それで」
「大丈夫、私はそう言うのしないから」
するとモカがぽろりと右目から涙をこぼれ落した。
「わかってる。夏希はそんなのしない。わかってる。でも……ありがとう」
やがてモカは両目から涙をこぼしながら、それでも大きく笑ってうなずいた。




