【第三章】第四話~不機嫌な帰り道~
和樹と一緒に戻ると、冷やかされる夏希。軽い仲間内のノリを上手くかわし、六人は帰る。
最寄り駅に着くと、夏希と涼香が降りた。気怠い体、それでも夏希は楽しかった。
けれど涼香がどうしてか不機嫌で……。
「なになに、二人でなんかイイ感じにでもなってきたの?」
海の家に戻るなり、モカがそう茶化してきた。正直ドキッとして盗み聞きでもされたのかなと思ったけど、多分冗談なのかもしれない。だから私は極力顔に出さないよう、やや呆れた感じの笑顔を作る。和樹ももちろんそうしていた。
「なんもねーよ。普通に散歩してただけだって」
「ホントかなぁ? その割には顔、赤い気がするけど」
「日焼けだよ、日焼け。モカこそ俺がいなかったからってそんなに拗ねなくてもいいじゃんか」
「何言ってるの、エロ猿。マジキモい、ほんと」
……冗談とかいつもの軽口だとわかっているし、恋人になるつもりもないけどこういうやり取りはさすがに冷めるなぁ。さっき告白してきたのは何だったのかと思っちゃう。
「予想はしてたけど、土手とか海の家の資材とかしか無かったよ。ねぇ、そろそろ帰ろうか。もう結構海、満喫したよね」
「そうだね。良い気分転換になったよ」
「私も涼香と同じ意見。なんかのんびり海を感じられて良かったな」
「確かに。たまにはこういうのもいいかもな」
まだ言い争ってる二人を尻目に、私達は互いに微笑み合いながらまた海を見る。まだ日は高いけど、もうこれで十分なのかもしれない。しっかり心には残ったし、みんな気晴らし出来たみたいで何よりだ。
それに、まだ気が抜けないとはいえ変な男にも絡まれなかった。
やっぱりみんなで来て正解だったのだろう。このループの解放条件の一つかもしれない「六人みんなが幸せ」という条件を満たせたのは大きいかもしれない。もしかしたらまだより良い選択があるのかもしれないけど、もしループが起こったとしても次回もこのルートを進めばいいとわかったのは大きい。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
私達は海の家を出ると、ゆっくりと駅へと歩き出した。
「いやー、楽しかったね。もうクタクタだよ」
電車に乗って空いてる席に座れば、やっと私は気が抜けた。もうこうなればさらわれる事も無いだろう。だから今日初めて気を抜き、力なく心から笑えば隣にいた涼香もうなずいてくれた。
「特に何をしたってわけじゃないんだけど、海に長くいたら疲れちゃうよね」
「わかるー。なんでなんだろうね、あれ?」
「普段と環境が違うから、とか?」
「それはあるかもな」
でもみんな満足気に笑っている。心地良い疲労感の中、それでも思い出が光っているかのように目を細めていた。だから私も胸の奥がむず痒くなる。
「なぁ、戻ったらなんかする?」
「もうちょっと遊びたい気持ちはあるんだけど、私シャワー浴びたいな。髪とか肌とかベタベタでさー」
「そうだね。なんか海にいる時はあまり気にならなかったけど、海から離れたらなんかすごい気になってきた」
確かに汗はかいたし、潮風もたくさん浴びた。でもあそこにいた時には気にならなかった。けれど自然から離れこうしてエアコンの風を浴びていると妙に身体がベタついているのが気になり、気持ち悪い。
「じゃあ、今日はこのまま解散だな。俺も腹減ったし、疲れたよ」
行きに比べ、帰りはそこまで会話も無く電車に揺られるがままだった。普段じゃ足りなかった分まで思う存分話したし、もう帰るだけだから特別話す事も無い。私達は心地良い揺れに身を任せ、静かに寄せる眠気に若干抗う。
けれどレールを進む音、抑揚のないアナウンス、そして何事も起きなかった事の安堵からか私のまぶたは次第に下がり、やがて心地良い闇に包まれた。
「夏希、夏希、もうそろそろ着くよ」
涼香に揺り起こされれば、見覚えのある町並みが車窓に流れていた。私はうんと伸びをすると、気怠さを深呼吸と共に吐き出す。
「ありがと涼香」
涼香は小さくうなずき、ふっと窓の外を見た。私は忘れ物が無いか確認すると、みんなを見る。凪は寝ていて、自然と黒岩に寄りかかっていた。そんな黒岩はどうすればいいのかやや困っているみたいだ。和樹は腕組みして寝ており、モカは重そうなまぶたを堪えながらスマホを見ている。
「それじゃ、またね」
「うん、また遊ぼうねー」
「気をつけてな」
みんなに別れを告げると、私と涼香は目的の駅に着いたので降りる。駅舎の時計に目をやれば時刻は夕方五時。あんなに楽しくて仕方がなかったのに、地元に着けばもう足が鉛のように重くなっている。
「疲れたけど楽しかったねー」
「うん」
駅から出るといつもの風が私達の間を通り過ぎた。まだ蒸し暑さを感じるものの、いつもの日常の匂いが乗っており、帰ってきたんだなと実感する。そんな嬉しさを感じつつ涼香を見れば、どこか元気無さそうにしていた。
「疲れちゃった?」
「あー、まぁ、そうだね」
「だよね。普段行かない所にみんなで行って、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも」
頑張って笑って見せるけど、涼香は力なくうなずいて歩くだけ。
「ねぇ、どこか休んでいく?」
「いや大丈夫、平気だから」
疲れているにしても、普段こんなに機嫌が悪いと言うか素っ気ない事は無い。
……何かあったのだろうか? 私の知らない所で涼香に何かあったんだろうか? でも涼香とはずっと一緒にいた。今日家に迎えに来てくれた時は機嫌良かったし、その途中も離れる事は無かった。
あれか、和樹と一緒に出た時。あの時なにかあったんだろうか?
「ねぇ涼香、何かあったの? 何か嫌な事でもあった?」
けれど涼香は無言で歩くだけ。歩く速度はいつも通りだけど、ややうつむきがちに視線を落としている。
「もしかしてまた黒岩に何か言われたの? 私が和樹と離れてる間、何かあったりしたの?」
すると涼香がこちらを向いた。やや困ったように眉根を寄せ、何か言いにくそうにしている。これは本当に何かあったのだろうか。ループに関わるような大きな出来事なのだろうか。海に六人で行くのが正解だと思っていたのに、やはり間違っていたのだろうか?
「私達の仲でしょ、何でも言ってよ」
頑張ってにこやかに話しかけると、涼香がやや歩く速度を落とした。
「あのさ、海にいた時に和樹と二人で出かけたでしょ。あの時、何かあった?」
思ってもいなかった事を言われ、私は立ち止まってしまった。どうして涼香がその事を知りたがるのだろう。まさか和樹の事が好きなの? いやでも、そんなの一度も聞いた事が無い。というか、涼香から恋バナなんて聞いた事も無いからその線は無いだろう。
「あー、あの時ね。散歩してただけだよ」
どうしてだろう、恥ずかしさからか正直に言い出せなかった。つい誤魔化そうとしてみたのだが、涼香もよく私をわかっているからか疑いの眼差しを向けたまま。
「ほんとに? 何も変わった事無かったの?」
その視線、言葉が妙に刺さる。私はつい視線を下げた。
「……実は和樹に告白された」
これ以上誤魔化したり隠したりしらを切ったり、ましてや強情になっても仕方ない。私は観念して正直に話せば、涼香が大きな溜息をついた。
「夏希、それ受けたの?」
「いや、まさか。だってそんな素振りも今まで無かったし、知らなかったから私もビックリしちゃってさ。だから受けてはいない。それより涼香、どうしてそう思ったの?」
私はなるべく態度に出さなかった。和樹もそれには注意していたようだった。冷やかされはしたものの、あんなもの仲間内でのノリの良い冗談みたいなものだ。だからわからなかった、涼香が疑念をどこで抱いたのかを。
「和樹がね、あれから夏希と話さなかったんだ。いつもなら率先して夏希に話しかけるのにね」
凄いと思うのと同時に、恐ろしくもあった。そんな所で気付くなんて、やはり大人の世界で色んなものを見てきたから洞察力や観察眼も磨かれてきたのだろうか。
「別に隠すつもりは無かったんだ。ただちょっと、そういうの初めてだったからなんか恥ずかしくなって言い出せなくて……ごめん」
「いや、私も……ごめん」
お互い目を伏せ、言葉が詰まる。そうして沈黙が訪れた事により、ふとした疑問が私の頭に浮かぶ。
「あのさ、もしかして涼香、和樹の事が気になってたりした?」
すると涼香は明らかに不機嫌そうな顔つきになり、わざとらしく大きな溜息をついた。
「あるわけないでしょ、何言ってるの」
「そうだよね、ごめん変な事言った」
謝ったが涼香は機嫌を直さず、歩き出す。少し置いて行かれた私は慌ててついていく。
「私もさ、急だったからわからなくて。それに、まさか和樹から告白されるなんて思っていなかったんだもん」
「夏希は可愛いし、人付き合いもちゃんと出来るからそりゃモテるよ」
「でも今までそういうの無かったの、涼香知ってるでしょ」
「夏希が知らないだけで、夏希の事好きだって言う男子の噂は聞いた事あるけど」
「え、そんなの初耳なんだけど」
「聞かれてなかったから言わなかっただけだし」
あぁ、どうして楽しかった一日の終わりがこんなにも不機嫌な涼香と帰る羽目になってしまったんだろうか。私が何をしたと言うのか。そもそもこの時まで二人きりになれる時間なんか無かったから報告もできなければ、相談もできなかったというのに。
なのに急に怪しまれ、正直に話せば不機嫌になられるなんて理不尽だ。
次第にむかむかしてきたので、私ももうそれ以上口をききたくなくなった。いつもの帰り道、気怠く二人無言で歩く。こういうのは年に何度かあるけれど、いつだって慣れないし嫌な気分だ。
ただ今回ほど訳がわからないのも珍しい。
家への分岐点に着いたけど、別れの挨拶も無いまま別々の方向へ歩き出す。私が少しでも悪いと思えば、とりあえず謝る準備はする。でも今回に関してはこれっぽっちも私が謝るべき理由が無いから謝れないし、頭も下げられない。
薄暗い帰り道は見慣れた道。もちろん一人で帰る事に何の違和感も無い。本当なら気分良く歩いて、どこからか漂う夕飯の匂いにも微笑んでいたのだろう。この疲労感ごと素敵な思い出にしようとしていたに違いない。
でも、そんなのはぶち壊された。いや何もかも無くなったわけじゃないけど、少なくとも今もまだ渦巻く小さな怒りと訳のわからなさに苛立っている。
足元の小石を蹴った。転がった小石は側溝の穴の中に落ちる。ほんのわずかに気分が上向きになったけど、すぐにまた溜息が漏れた。
「ただいまー」
家に帰ると私はすぐにシャワーを浴びた。潮風にやられたのか肌がやや痛むし、髪も変な感じだ。丁寧に汚れを洗い流すと、いつもの感じに戻る。夕飯のカレーライスを食べると私は疲れたからとすぐに部屋に入った。
ベッドに寝転がると、充電していたスマホに幾つものメッセージが入ってるのに気付いた。それは凪、モカ、和樹からだった。黒岩が送ってこないのはいつもの事だけど、そこに涼香の名前が無かったのに落胆する。
『楽しかったねー、また遊ぼう』
『日焼けして痛ぇ。でも最高だった』
『私も日焼け止め塗ったのに焼けちゃった』
そんなメッセージが溢れており、私も楽しかったと伝えながらそこに名前の無い涼香に思いを馳せる。
涼香は一体どうしたと言うんだろうか。もしかしてこれ、失敗の予兆なんだろうか。私は何か選択肢を大きく間違えてしまったのだろうか。いやでも、どこにそんな要素があったのだろう。
和樹に告白されたのだって、突然の事だった。涼香にすぐに話せるタイミングなんて最寄り駅に降りてからだろうけど、割とすぐに涼香から指摘が入ったから言い出すタイミングなんてほとんど無かった。
でも涼香は明らかにそれがキッカケで不機嫌になっていたと思う。
一体どうして私が和樹に告白されたら、涼香が不機嫌になるのだろうか。わからない。ただ、これがすぐに失敗へと続く未来だと悲観せず、もう少し観察するしかないだろう。私は選択肢を明らかに間違ったとも思っていないのだから。




