【第三章】第三話~告白~
海に着いた六人ははしゃぎながら、目一杯海を堪能する。
夏希は前回のループであったような不審な男がいないかと気を配るも、折角だからと遊ぶ。
そうして散策し、和樹が海の家に行こうと言い出す。
けれどそこは前回、あの事件の起こった海の家だった……。
午前中から海に行ってお昼をどこかで食べて夕方まで過ごそうと提案したものの、和樹からあまり良い返事を貰えなかったので、昼過ぎに集まる事になった。
でもまぁ、仕方ない。確か前々回で和樹の実家の事業が傾いたのだから、この時期からもう資金繰りが厳しかったのかもしれない。
かと言って奢る理由にはなれなかったし、きっとそんな提案をしたところで和樹は断っただろう。今もそうだけど和樹は極力そういう面を見せたがらないので、それをあからさまにするのは良くないだろう。
集合場所は前回と同じく、私の家の最寄り駅。私は涼香に迎えに来てもらい、一緒に家を出たのだった。
「日焼け対策バッチリだね。おまけに可愛い」
前回と同じつばの広い帽子に薄手のロングカーディガンは見た事があったものの、やはりこういうのは言っておかないとならないだろう。じゃないと、無言になってしまう。
「ありがと。まぁ仕事柄、日焼けできないからさ、こういうの結構気を遣わないとならないんだよね」
「大変だよねー。でもまぁ、そう言うの無い私もちょっとは気をつけないと」
「夏希は少し焼けてた方が似合うからいいんじゃないかな」
「そうかなぁ。私も涼香みたいに綺麗な肌になりたいんだけどなぁ」
笑い合いながら駅を目指す。今日は気持ち良い青空、絶好の外出日和だ。この後に待ち受ける未来が怖いけど、きっと大丈夫。そう、今回はみんないるから。
「あ、そういえば涼香、ちゃんと付けてくれたんだね」
「それはそうでしょ。夏希から連絡あったんだもん」
そう言いながら涼香は自分の頭につけているヘアピンに手を添えた。それはハイビスカスの花がついたやつで、モカがみんなでお揃いにしたいなと言ったもの。ネットで安く買えたのだが、花自体が結構大きくて目立つ。
「でもこれ、花大きいからちょっと恥ずかしいかも」
「まぁまぁ、いいじゃない。みんなでこういうのも記念になるよ」
「モカの提案だっけ。……まぁ、でもそうかも。目立たないようにって普段はしてるけど、そればかりじゃよくないよね。このくらいの方が思い出に残るかも」
小さく涼香が笑えば、やはり綺麗さに目を奪われる。立ち居振る舞いがやっぱりどこか洗練されていて、ふとした瞬間にあぁ大人達の世界で生きている人なんだなと思う。
「ねぇ夏希、少し急ごうか。きっともうみんないるよ」
「そうだね」
今度は無邪気に笑いかけてくれる涼香に、私も嬉しくなって小走りになる。きっとこの表情を見せてくれるのは私達だけだ。私の知らない世界ではきっと、あまり無いだろう。
だからこそ、この笑顔の涼香を守りたく思う。
「おい遅いぞー」
駅の改札口を抜けると、ホームにはもうみんな待っていた。カーキ色のハーフパンツにアロハシャツ姿の和樹は私達を見るなり大きく手を振って、私と涼香が近付くなりそう言ってきた。
「いやアンタ、いつから待ってたのよ。大体まだ約束の五分前だから遅刻じゃないよ」
「白上君は十五分前に来た私よりもっと早かったよ。黒岩君は白上君と一緒に来たの?」
「いや、乗る駅が違うから別だけど、俺はちょっと早く来過ぎたからニ十分前からいたよ。その時にはもういたぞ」
「和樹はりきり過ぎー。どんだけ楽しみにしてんのよ」
「いいじゃん、楽しみだったんだから」
どっと笑いが起きるけど、でも気持ちはわかる。確かにそうだろう、こうして六人でどこかに出かけるなんてなかなか無いのだ。ましてや最初からみんないるなんて、初めてかもしれないのだから。
「あ、そう言えば凪もちゃんと付けてくれたんだ」
私が凪の頭に目を向けると、照れながら凪がそっとヘアピンを触った。
「うん、こういうの初めてだから最初恥ずかしかったけど、なんかみんな付けてるの見て安心したよ」
「うんうん、夏希も涼香もいい感じ。やっぱ夏と言ったらハイビスカスだよね」
「モカはもうイメージ通りって感じだね。一番似合ってるかも」
私が褒めれば、モカが嬉しそうに下を向いた。でも実際、一番似合っているのだからしょうがない。
「なんだよー、女子でそういうの揃えてさ。お前らもメチャ気合入れてるんじゃんか」
「ん? 和樹も花付けたかったの?」
「バッカお前、俺が付けたら黒岩もやるんだぞ。なぁ黒岩」
和樹がそう振るが、黒岩は呆れたように溜息をついた。
「いや、やらないが」
「えー、そこはもしやるならみんな一緒でしょ。ねぇ凪」
「そうだね。みんなやるなら黒岩君のも見たいな」
凪が言えば黒岩が困ったように頭をかく。
「……まぁ、今度な」
「今度ぉ? ねぇ黒岩、もし私が二つ予備持ってるって言ったら?」
「な……? おいモカ、お前」
モカがニヤニヤしながらバッグに手を入れた。それを見て黒岩が露骨に焦り、一歩引いた。その顔を見て、モカが大笑いする。
「うっそー。いや、残念。でも今度は用意しておくからね」
「いやいいから、しなくて」
笑い合っていると、電車が到着するアナウンスが流れた。
目的となる海水浴場の最寄り駅で降りると、すぐに潮の匂いがした。それが否応なく私達のテンションを上げ、笑顔にさせる。海鳥の鳴き声もそれに拍車をかけ、波音がそれを更に後押ししてくれた。
「うぉー、海だ。テンション上がる」
「わっかるー。いいよね海、晴れてて良かったマジで」
和樹が両手を広げてそう言えば、モカもハイタッチを交わす。こうしてみれば二人ともお似合いなのだが、モカは男の人に興味が無いみたいなので不思議な感じだ。でもまぁ、恋愛なんてわからないものだ。そもそも凪だって、黒岩の事が好きなのだから。
「とりあえず色々見て回ろうよ」
涼香の提案に私達はゆっくりと歩き出す。海に近付くにつれ出店も多く、浜でとれた海産物を売っているお店、ジュースやアイスを売ってるお店、焼きそばや焼きトウモロコシなどを売ってるお店など多種多様。
それに負けないくらい、いや出店が足りないくらい海水浴客がいた。その様子は半ばお祭りの様で、外国人を含めて色んな人達が溢れてる。
……だけどこの人達、私達が助けを呼んでも無反応だったんだよなぁ。
思い出される前回の記憶。例の男達に私達がさらわれそうになった時に涼香が大声で助けを求めたのだが、みんなスマホを向けるだけで誰も割って入ろうとはしなかった。こんなにもいるのに、相手がたった二人なのに何もしてくれなかったのだ。
その時の記憶がよみがえり、思わず震えてしまいそうになる。
いや、今回は違う。大丈夫だ。他の誰もが助けてくれなくても、何とかしてみせる。前回は怖くて何も動けなかった。だけど今回はそういうのがあるかもしれないと知っているだけで、動く覚悟ができる。
「夏希、どうかした?」
涼香に少し心配そうな視線を向けられた私は「なんでもない」と言うと、頑張って笑顔を向けた。涼香はそれでも心配そうだったけど、やがて何事も無いと悟ったのか諦めたのか何も言わず前を向いた。
海はもうすぐそこだった。
「うわ、あっちぃ。砂やべぇ」
海水浴場に着くと和樹がすぐにクロックスのまま駆け出したのだが、すぐに飛び跳ねながら戻ってきた。私達は笑いながらもしゃがみ込んでそれぞれ砂を触ってみる。真夏の太陽に熱された砂は思っていたよりも熱く、海に入っていれば気持ち良いのかもしれないけどそうしない人にとっては凶器のようだった。
「確かにこれは熱いわ」
「うかつに歩けないよね」
女性陣がそう話していると和樹が熱い熱いと言いながら海へ駆け出し、波打ち際に足を入れた。
「うっわー、気持ち良い。おーい、みんなヤバいぞ、気持ち良いぞー」
「おい和樹、お前そんな事したら後で大変だぞ。っておい、星野?」
黒岩の言う事ももっともだった。でも私も和樹の気持ち良さそうな姿に我慢できず、駆け出していた。どうせ私もサンダル、時間が経てば乾くからどうでもいい。
「うわー、気持ちいい。楽しい。ねぇ、みんなもおいでよ」
「夏希ったら、しょうがないなぁ」
「今行くよー」
「ね、黒岩君も行こうよ」
「まぁ、間宮が行くなら行こうかな」
結局みんな波打ち際に来て、海の心地良さを知る。あれだけ熱かった砂もほどよく冷たく、波が引けば足裏をくすぐる感覚に笑いがこぼれる。でもそれ以上に、みんなで海に入ったという事実が私の心をむず痒くさせるほど嬉しかった。
それから私達はしばらく波打ち際で遊んだ後、飲み物を買ってこの海岸を散策し始めた。暑いね、日焼けしちゃうと言いながらも会話は弾み、じゃれ合いながら反対側まで行く。
「ここで終わりかぁ。んじゃ、戻りがてら海の家にでも入ってみようぜ」
海の家……その言葉を聞けば否応なしに前回の記憶がよみがえる。
でもさすがにここから元の場所に戻って駅近くのどこかに立ち寄るまで休憩しないというのは辛い。現に凪は平気そうに振舞っているけど、やはり少し歩きにくそうにしている。これはやっぱりどこかで休まないといけないかもしれない。
戻る途中でさっそく海の家を見つけたが、あれは前回入った所だ。
「お、あそこでいいんじゃね」
和樹がそう提案したけど、私はさすがに首を横に振った。
「あそこは何か嫌だから、別のとこにしようよ」
「でも星野、間宮も疲れてそうだから」
「私は大丈夫、まだ歩けるから。それに夏希がそう言うなら別の場所の方がいいんじゃないかな」
凪に申し訳なさを感じつつ、私達はもう少し離れた海の家に入った。その頃にはもう凪もモカも疲れ切っていて、椅子に座るなりテーブルに突っ伏していた。
「大丈夫?」
「あー……まー、何とか」
「私も。とりあえず冷たいもの食べたいよね」
「ならかき氷食べようぜ」
それぞれかき氷を頼むと、私達は頭を抑えながらもその冷たさと甘味に笑顔が戻ってきた。私はそれとなく周囲を観察するけど、今のところはそれらしい人がいない。もしかしたら和樹や黒岩がいるから、近寄ってこないのかもしれないがまだ油断はできないだろう。
それでも疲れた事には変わらず、私はかき氷を食べてながらぼうっと海を眺めた。
海風が優しく頬を撫で、通り過ぎていく。潮騒の音が心地良い。何も考えず心から楽しめるならば、こんなに良い時間は無い。素晴らしく穏やかで、平和な一時。ずっとこうだったらいいのに。
「なんかもうちょい俺、あっち側見てきたいな」
和樹がふと海の家の裏の方へ視線を向けた。少し距離は離れているが、裏側は確か私達が連れ去られた車のあった場所だ。
「私パスー。ちょっと疲れちゃった」
「間宮も小泉も疲れてるみたいだし、お前一人で見てきたらどうだ。待ってるから」
「夏希はどうする? 行く?」
疲れてはいたけど、あの場所に車があるのかどうかが気になった。もしあれば、無理にでもここからみんなを連れて離れたかったから。無ければ無いで、もう少し休みたい。
「行こうかな」
私が立ち上がると、和樹はすっと裏手の方へ視線を向けた。
「特には何にもないね。海の家の裏だから人もほとんどいないし」
和樹に付き合って海の家の裏手を少し散歩したが、特にそれらしい車は無かった。その様子に少し安堵するけど、でもやっぱりこんな場所にはあまりいたくない。草の生えた土手があるだけで、見るべき景色も特にないから。おまけに人気も少ない。
「なぁ、夏希」
ふと和樹が足を止め、私の方へと向き直った。
「ん、どしたの?」
「俺さ、実は夏希の事が……好きなんだ」
それは本当に突然で、一瞬何を言われたのか意味がわからなかった。
正直、冗談かと思った。いつもの悪ふざけなのかな、とも。けれどその眼は恥ずかしそうに、でもちゃんとした決意を込めた真剣そのものだった。だから私は茶化そうとした言葉をすぐに飲み込み、真面目に見詰め返す。
「えっと、そんな風に見てたなんて全然思ってなかったから、ちょっと頭が追いつかない……あの、何で私を好きになったの?」
「夏希さ、割とひいき目無しで見てくれるから。俺、黒岩ほど格好良くも無ければ背も高くないのに、変わらず接してくれて」
それは友達だから当たり前じゃない。
「それにいつもノリが良くて元気で、あと……可愛いし」
「あ……うん、ありがと」
どうしよう、物凄く気まずい。正直告白なんかされたの初めてだし、おまけにまさか和樹から言われるなんて思っていなかった。そんな素振りも何も無かっただけに、意識した事すら無かったから。
「それでその、もし彼氏とかいなければ俺と付き合って欲しいんだ」
ここでもしハッキリと断ったら和樹一人で帰ってしまうかもしれない。そうなれば、六人で何かをするという事が達成できなくなり、不幸な未来が襲ってくるだろう。そんなのは嫌だ。
しかし和樹と恋人になるというのも、どうかと思う。悪い人じゃないし、一緒にいれば面白いんだけど、私の中ではそこまでだ。心が動かない。それに前触れもなく告白されても、ちょっとキツイ。
「えっとその、急に言われて混乱してるってのが今の正直な感想かな」
途端に和樹が申し訳無さそうな顔になり、目を伏せる。
「いや、その、気持ちはわかったよ。でも、付き合うとかそういうのは正直、よくわからなくて」
あぁもうどうすればいいんだろう。何を言うのが正解なんだろう。
「だから……もう少し様子見させて。私、そう言う目で見られてるなんて思ってなかったし、正直意識した事も無かったから。キープとかそういうんじゃなくて、ただ……今すぐはちょっと難しいかなって事」
しどろもどろに現状維持をそれとなく伝えると、和樹が何かに気付いたみたいに頭を下げた。
「あ、あー、そうだよな。突然だったもんな。その、ごめん。なんか海に来てつい抑えられなくてさ。その、嫌いにならないでくれてありがとうな。とりあえず、今まで通りって事でいいかな?」
「そうしてくれると私も助かる、かな」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
私達はぎこちない笑みを浮かべると、そそくさとみんなの元へと戻った。どうするのが正解なのかわからないけど、とりあえず今の所不穏な様子は無いし、変な記憶も浮かばない。
だからきっと、大丈夫なのだろう。




