【第三章】第二話~再び海へ~
慎重に大胆に、夏希は周囲との関係を良くしながら七月までやってきた。
三周目ともなれば色んな情報を知っているので、何事も無ければスムーズに行く。
そして夏休みに何かしたいとの提案が和樹から発せられた。
夏希は前回の反省を踏まえ、なお海に行きたいと言うのだった……。
注意深く私は観察し、行動を重ねてきた。
五月にモカが転校してきた時だって前回の行動を踏まえ、最初から距離感近めで接したし、黒岩とだってそれとなく話をして涼香から芸能関連のアドバイスを会話の中で与える事にも成功した。だから黒岩も、最近は涼香に突っかかったりしない。
言うなればループを繰り返すというのは攻略情報を知っているゲームをやっている間隔に近いのかもしれない。何も考えず進めばすぐにゲームオーバーになるけど、一歩ずつ慎重に見極めながら進んでいけば上手く行く。
ただゲームと違って一日の長さは変わらない。それが私を蝕む。
これで三周目。結局前回前々回と冬にすら到達していないのだが春先から同じような毎日を繰り返しているので、実質三年だ。三年同じような日々を繰り返していると正直感動も何も無い。
スキップの出来ない映像、読み飛ばせない小説、必ず見ないとならない映画のエンドロールのようにただただ退屈なのだ。
だから私は目的の日が来るまではひたすら苦痛でしかない。
「なぁなぁ、夏休み中にみんなでどっか行きたくない?」
七月に入った頃、そろそろかなと思っていたら案の定和樹がそう提案してきた。この提案は私じゃなく、他の人がしないといけないと思って誰かが言い出すまで黙っていた。なんでもかんでも私が誘導とか先導してしまうと、きっと上手く行かないような気がするからだ。
だからこの提案をしてくれた時、私は退屈な日々からの別れの様でホッとした。同時に今度こそ絶対に成功させてやると言う強い決意と慎重な観察眼を整える。
「いいねー。でも夏休み中は夏希も涼香も凪も部活でしょ」
「私はその他にも大きなオーディションがあるから、夏休みはちょっと」
「私も展覧会とかあって親の仕事とか色々手伝わないとならないから」
「全員参加は難しそうだな」
今回、黒岩には何も言っていない。だからまぁ、自然とみんなが行く流れになれば参加するはずだ。
「それじゃ、夏休み前にやればいいんじゃないかな。一日くらいなら部活休めるし、涼香や凪だってお仕事とかと絡まないでしょ」
「おっ、夏希冴えてるな。それいいかも」
和樹がパンと手を叩けば、モカも大きくうなずく。私が涼香や凪を見れば、彼女らは静かにうなずいていた。
「夏休み前ならみんな集まれそうだからいいよね。ちょっと時間もあるから予定も調整しやすいし」
「ワガママを言えば二十日だと仕事も一段落しているから参加しやすいかな」
「それでいいんじゃないか。小泉に合わせる方が都合付けやすいだろ」
「じゃあ日にちはそれで決定として、どこ行こうかー」
黒岩が涼香を気遣うなんて、あまり見られなかった気がする。それだけでもループを重ねて色々根回ししてきた甲斐があった。あとは場所だ。
「海とかいいんじゃないかな。海、みんなで行きたいな」
私がそう言うと、みんなの視線が集まった。
「いいね、海」
和樹がまたもパンと手を叩いて私を指さす。私は苦笑しながらその指をそっと下におろした。
「海かー、確かにしばらく行ってないかも。いいかもね、海。凄い思い出になりそう」
「私も小学生以来かな」
前回、海に行った事により悲惨な結末になった。ただ、色々考えるとやはり夏の思い出として残りそうなのは海か花火大会の二択にしかならなかった。
そして花火大会よりは海の方が改善点を実行できそうな気がする。
つまり前回の失敗は和樹と黒岩という男性陣を排除した事によるものが大きい。だからこそ、今回みんなで行けばそういうトラブルも起こらないだろう。また女子四人よりは男女六人の方が何かあっても対処できそうな気がした。
「しっかし海かー。涼香の水着姿はグラビアで見た事あるけど、夏希とかは無いから楽しみだなー」
「和樹、アンタそんなデリカシーの無い事言わないの。それに海で泳ぐなんてするつもり無いから、水着着ないよ」
「え、泳がないの?」
和樹が驚いて目を丸くするけど、女性陣はやっぱりどこか冷めた目をしている。
「泳がないよ。砂まみれになるし、シャワーとかしてもやっぱ汚れそうじゃん」
「変な日焼け跡ついたら仕事に差し障るし」
「それに、さすがに恥ずかしいかな」
「あとはアンタに見せたくないの。別に砂浜ブラブラ歩いたりするだけでも楽しいと思うんだよね」
女性陣に散々言われしょんぼりした和樹は「わかったよ」と小さく呟いてうなずいた。その姿が何だか面白くて笑い出すと、和樹もまたふざけた感じで笑い出す。お互い、本音と冗談を上手くいり交ぜているからこそ、こういうやり取りができる。
だからこそ、みんなを幸せにしたい。
「まぁ、詳しい待ち合わせ時間はおいおい話そうか」
「そうだね。今から何でもかんでも決めても息苦しいもんね。あー、でも海。楽しみだな」
モカが晴れやかな笑顔でそう言う。みんなが笑うけど、私は内心あの二人組をどうやって避けようか、退けようかと考えるので精一杯だった。
「ねぇ夏希、海行くの楽しみだね」
部活からの帰り道、涼香がそう言ってきた。夕暮れに染まる街並み、私達もそれに染まりながらお互い顔を見合わせる。
「そうだね。で、今更だけど海で良かった? 仕事とかでも結構行ってるでしょ」
「仕事とプライベートは別だよ。それに、仕事場には夏希いないし」
最後の方はよく聞き取れなかったけど、とりあえず嫌がっていないんだとわかったので笑顔でうなずいておいた。
「でもまぁ、涼香と一緒になんて初めてだから私も嬉しいよ。こういうとこ、マスコミとかの目があるから行けないでしょ」
「それもそうだし、今はみんなスマホ持ってるからね。なるべく気にしないようにはしてるけど、そういう画像とか目に入るとやっぱり嫌な気持ちにはなるから行かなくなっちゃったもんね」
溜息交じりにそう言うのは偽らざる本音なのだろう。私だってどこで何を撮られているかわからないけど、涼香なんか比べようもないくらいそういう好奇の目にさらされて生きているんだから。
ループを実感できる前までは多分、わかっていたつもりでわかっていなかった。でもこうして何度か繰り返してじっくり内面を観察していると、それがどれだけ辛く大変なのかやっとわかるようになってきた。
「もうね、そんな変なやつから私、涼香を守るよ」
「えー、どうやって?」
「それはね、写真撮られそうになったらこうパッと前に出たり、サッと腕を伸ばしたりして隠すから」
私が動きを見せると、涼香は想像していなかったのか大きく笑った。それにつられて私も笑えば、相乗効果となって涼香も更に笑う。笑い声が辺りに響き、その一瞬嫌な事をなにもかも忘れさせる。
ループも、忌まわしい未来も、何もかも……。
帰宅し、晩ご飯を食べてから私は早々に自室へ入ると、ごろりとベッドに横になった。最近は外にいる時や誰かと会っている時には色々観察したり考えたりする事が多く、こうして一人になるとどっと疲れが出てしまう。だから正直、この時間はもう本当にクタクタで何もしたくない。
以前は勉強なんかをしていたけど、こうも何度も繰り返していれば嫌でも授業の事が頭に入る。だから家で勉強する必要は無くなった。それに、正直またどうせループするんだから真面目に勉強なんかやる気にもなれない。
「まぁでも、みんなで海に行く事になったからとりあえずは安心かな」
海に行ってどう動くか、どんな所に注意するかは以前の経験から今までぼんやりと考え続けている。とりあえず海の家に入る時は変な人がいないか確認し、もしそれらしいのが来たらすぐに帰る。周囲の人はあまりあてにならない……。
もし何かあったらどこに避難しようか。どんな人を頼ればいいのか。もう少しシミュレーションしておいた方がいいかもしれない。だってもう、そんなに日が無い。
その時、不意にスマホの通知音が鳴った。考えに集中していた私は思わず情けないほどビックリし、慌ててスマホを手元に寄せた。
それはモカからだった。
『今ヒマー?』
『大丈夫だよ。どうしたの?』
モカからメッセージが来るのはそんなに珍しい事じゃない。きっとどうせいつもの雑談だろう。
『海なんだけどさ、何かみんなで合わせる?』
『合わせるって、服とか小物とか?』
『そうそう。まぁあまりお金かからないもので』
すごい楽しみにしてるんだな、モカ。まぁでも、折角こうしてみんなで集まって何かをするのなら、そういうのもいいかもしれない。
『いいね。やろうよ』
『やった。まずは夏希の許可が欲しかったんだよね』
『何で私?』
『だってほら、グループのリーダーみたいなもんじゃない』
そんなのは意識した事無かったけど、モカから見たらそうなのか。まぁでも、海の提案者は少なくとも私なわけだから、そういう話が出たのかな。
『じゃあ私からみんなに言っておくね。女の子だけでいいでしょ』
『うん、それでいいよー』
あぁ、これがループとか不幸な未来が起こる世界じゃなければきっと純粋に楽しんで、もっともっと心が躍ったのかもしれない。
いや、そうなるように頑張らないとならないんだ。
『あのさー、電話してもいい?』
『いいけど』
いつもならメッセージだけのやり取りなのだが、今日はテンションでも上がっているのだろうか。まぁモカならその声を聞いたら元気になるかも。
「もしもし」
するとすぐコール音が鳴ったので私は通話に切り替えた。
「もしもし、どうしたのモカ。珍しいね、電話なんて」
「あー、まぁね。なんかみんなで海行くとか、お揃いのしようとか思ってたら嬉しくなっちゃって。あと、夏希の声聞きたかったし」
「なにそれ」
モカの軽口に笑っていると、不意に前回の記憶が浮かんできた。
『私さー、レズなんだよね』
『だからまぁ、タイプ的には夏希みたいな人が好きなんだよねー』
……もしかして本当に私の事が好きだったり?
「いいじゃない。夏希の声、私好きなんだからさ」
嬉しそうなモカの声に私も追従笑いをするが、すぐに空気を変えるような口調で話し始めた。
「あのさ、モカ。変な事訊くけどいいかな?」
「ん、どしたの?」
訊くべきか訊かないべきか。多分今回男子含めてみんなで行けば、前回のような恋バナにはならないだろう。カミングアウトなんか起こらないかもしれない。それは良い方向の世界線なんだろうか。
いや、前回あぁしてさらけ出したのが良い方向だったんじゃないだろうか。
「モカってさ、もしかして女の子好きだったり、する?」
さすがに私の事を好きかとは訊けなかった。
けれど思いがけなかった質問だったからか、モカは少し言葉を詰まらせているかのように無言が続いた。
「ごめん、変な事言って。ただ、なんか」
「ううん、合ってる。夏希にだけ話すけど、私レズなんだよね」
知ってはいたけど、やはりこう衝撃的な告白と言うものはやっぱり胸がキュッとなる。
「実は前に付き合ってたって人も女の子でね。あ、だからと言って男の子が物凄く嫌いとか苦手ってわけじゃないの。和樹も黒岩も一緒にいて楽しいし。ただその、恋愛って考えたら女の子なんだよね、私」
「そうなんだ」
ここまでは前回の記憶でも言ってたから知っている。ともあれこれでモカからのカミングアウトも得られたから、関係性としては一歩前進したのだろう。
「でも、どうしてわかったの? 自分じゃまぁまぁ上手く隠してるつもりだったんだけどなー」
今度は私が言葉に詰まる番だった。どうしよう、何て言って誤魔化そうか。さすがに前回のカミングアウトを受けるまで、モカがそうだなんてわからなかった。だから不審がられてもおかしくない。どうしよう、どうすればいい……。
「それはほら、モカの事を良く見てたらわかるよ」
「……そっか。夏希には何も隠せないなぁ」
その声のトーン、言い方などを受けて私はもしかして変な事を言ってしまったんじゃないかと焦る。好感度を上げてみんなと仲良くなるというのは大きな方向性だけど、恋愛対象として思われるのは違う気がする。
いやそもそも、そんな風に思われても困る。
「まぁ、とりあえず何かお揃いのをしようってのは私から伝えておくね」
「あ、あぁ、うん、お願い。ごめんね、急に電話しちゃって」
「ううん、いいよ。じゃあまた明日」
「うん、おやすみー」
互いにちょっと気まずくなり、急いで会話を畳むようにして通話を終えた。そうして私は背中に汗を書いているのに気付き、大きな溜息をつく。
ちょっと踏み込み過ぎたかな……。
ポイっとスマホを布団の上に投げると、私は大の字になって天井を見上げた。何かしらの記憶が見えないかと白い天井を見てイメージを描こうとしたけど、何も浮かばない。
あぁもう少し自由に見る事ができれば不幸な道筋も早々に消せるのになぁ。




