【第二章】第三話~分岐の洗い出し~
前回何を間違ったのか、どうすればよかったのかと夏希は考える。
花火大会で和樹が事故に遭わないようにするにはどうしたらいいか色々考えるけど、良案が出ない。
そんな中、和樹がどこかに行きたいなと言い出し……。
モカが転校してきて半月が経った。その人柄をある程度把握しているのと、モカ本来の性格もあって私達のグループはもちろんクラスに馴染むのも早かった。そして私は前回と比べて特に積極的に仲良くなろうと心掛けているから、グループの距離も縮まっているのを感じている。
それに伴い、私も頑張って積極的に動いている。例えば涼香とのハグ。今までは涼香のファンに何かされるかもしれないと思って拒否していたけど、そんな未来は見えないので今では割と私からしている。
だからか、涼香の機嫌も最近かなり良さそうだ。
凪、和樹、黒岩は特に変わりない。けれど、黒岩の事は少し気をつけないとならないだろう。事あるごとに涼香につっかかってくるし、それが原因で前回和樹が交通事故に遭ってしまったのだから。
ただ、私が黒岩にできる事はあまりない。同じグループにいるものの、そこまで仲が良くないからだ。
それは黒岩の性格によるものが大きい。クールで、普段そこまで感情を前面に表さないタイプでありながら、芸能関連になれば気難しい。黒岩のその辺の性格を改善するなんてちょっとどうすればいいかわからない。だからまぁ、別の方法を考えないとならないだろう。
とりあえず、前回の反省点はあの花火大会での口論だ。
花火大会そのものはみんな賛成していたし、問題無かったはずだ。ただ、終わってから黒岩が涼香に絡み、仲裁に入った和樹が突き飛ばされてしまい全てが変わってしまった。
では何が分岐点だったのか?
直前の事柄からさかのぼれば、まず黒岩が和樹を突き飛ばした。直接的な原因はこれだ。じゃあ和樹を守るように私が後ろにこっそり回るとか、そもそも口論になりかけた時に黒岩を引き剥がした方がいいのだろうか。
いやでも、後ろに回って私も一緒に吹っ飛ばされたら終わりだ。それに黒岩を引き剥がすってどうすればいいのか。物理的になんか無理だし、二人きりで話そうとしてもそもそも二人で話した事が無いからちょっと無理がある。
じゃあ涼香を引き剥がすべきか。例えば花火大会が終わった後、すぐに涼香を連れて帰るとかどうだろう。
でもあの時、終わった直後の涼香の感想が発端だった。涼香が悪くないにせよ、黒岩が勝手にキレてしまったのだ。となると花火が終わって余韻も無く一緒に帰るべきなのか。それとも黒岩をそもそもを呼ばないべきか。
まだその時までは時間がある。もう少し、しっかり考えないと……。
「夏希ー、また難しい顔してるよ」
授業が終わってからもその日に向けてどうしようか考えていると、急にモカに抱きつかれた。スキンシップが多い子だとはいえ、こんなにも他の子にしているものなのだろうか。ただまぁ、これでモカが機嫌良く過ごしてくれるのならばそれでいいんだけど。
「ちょっとモカ、夏希が嫌そうにしてるでしょ。離れた方がいいよ」
そう言って涼香がモカの傍に立つ。いつもこうだ。
「えー、でも悩みある人はこうしてスキンシップとった方がいいってネットに書いてたよ」
「頻度ってのがあるでしょう」
私は涼香ともモカとも仲良くしているつもりなのだが、どうも三人仲良くとはいかない。確か前回、涼香はモカの事が嫌いじゃないけど合わない人と言ってた気がする。だから涼香もモカにあまり関わらなければいいのにと思いつつ、こういう状況がそうさせないんだろうなとどこか他人事のように考えてしまう。
「ねぇ夏希、夏希からも言ってあげて」
「あー、わかった。涼香、私に夏希をとられたと思って悔しいんでしょー。大丈夫だよ、夏希は優しいもん。ねー」
……正直、このままにしておくと秋を迎える前に何か起こってしまいそうだ。まさかこの二人の間のトラブルで終わるとは思えないけど、でも用心に越した事は無い。
「モカ、そうしてくれるのは嬉しいけど、もう少し控えてくれた方がいいかな。恥ずかしいし」
「えー……わかった、夏希がそう言うなら」
不服そうなモカに涼香はどこか嬉しそうな顔をしていた。いやまぁ、単純に涼香との方が付き合い長いし、涼香の心が離れないようにしておかないと失踪してしまう。一番怖いのがそこなのだから、そのために動こうと考えると自然とこうなった。
「でもさモカ、他の人にはあまりやらないような気がするんだけど何で?」
私の知っている限り、モカは色んな人と仲良くしているけど抱きついたりしているのは私だけだ。
「それはあれだよ、ほら、最初に優しくしてくれたから」
「インプリンティングじゃあるまいし」
「イン……なにそれ?」
モカが小首を捻ると、涼香が軽い溜息をつきながら口を開く。
「インプリンティング、つまり刷り込み。見た事無い? 生まれて間もない動物が最初に見たものを親だと思ってついていくってやつ」
「あー、知ってる。あれね。まぁでも、そうかもね。誰だって最初に優しくしてくれた人はすごく良い人だって思うじゃない。だって涼香もわかるでしょ、夏希が良い人だって」
「それはまぁ、そうだけど」
「だからいいじゃん。ねぇ、ママ―」
またそう言って抱き着いてきたので、私はそれをゆっくり引き剥がす。
「もぉ、駄目だってば。そういうのは涼香にもやればいいじゃない」
そう言われたモカが涼香の方へ視線を向けた。が、すぐにまた私の方へ戻してきた。
「涼香はほら、簡単にそういうのしたらいけないじゃない。でしょ?」
「まぁ、そうね」
意味深な視線を交わしているような気がしたけど、私には良くわからなかった。
四時間目は体育の授業だった。私達はジャージに着替えて体育館に集合すると、前回の体育と同じでバスケットボールだった。運動はそれなりに好きだし、こうして身体を動かしていると気晴らしにもなる。
コートに立って味方からパスを受け、ドリブルを始める。一人抜き、二人目を抜こうとしたところ「危ない」って声が聞こえた。
何事かと一瞬動きが止まった所へ、すさまじい衝撃を感じ……。
「大丈夫? 気持ち悪いとかない?」
気付けば私は保健室のベッドに寝ていた。心配そうに保険医の田沢先生が覗き込んでいて、私はわけがわからずも素直にうなずいてしまう。
「星野さん、体育の授業中に頭にボールが当たったみたいなのよ。もし具合悪いとかあったら教えて。とりあえず、この時間は寝ていきなさい」
「わかりました」
そう言われれば、確かに頭の辺りが痛い事に気付く。隣のコートでは男子がバレーをやっていたから、多分それがぶつかったのかもしれない。ついてないなと思ったけど、最近気疲れと言うか色んな事に気を付けているから疲れているので、こうして少し横になる時間も必要かもしれない。
真っ白な天井をぼんやりと見上げる。前回は不安とストレスで倒れてしまった。今だって未来がどうなるか不安はあるし、巻き戻ってまた同じ毎日を繰り返す辛さというものはある。
だから私はどこか、別の意見や賛同を欲しかったのかもしれない。
「あの、先生」
カーテン越しに話しかけると、田沢先生がそっと近づいてカーテンを開けてくれた。
「どうかした、星野さん?」
「あの……先生は過去に戻りたいとかって考えた事あります?」
キョトンとした顔をされたが、すぐに小さな笑みを浮かべられた。
「どうしたの、急に? 何か悩みでもあるの? ってまぁ、その年なら色々考えちゃうよね。ま、今は誰もいないから少しだけなら聞いてあげる」
田沢先生は椅子を持ってきて、私の傍に座った。
「ちなみに質問の答えは無い、かな」
「そうなんですか? 嫌な事とかあっても? 悲しい別れとかあっても?」
「うん、無い。だってもう一度同じことをやるの、面倒だもの」
清々しいまでキッパリと言い切った田沢先生に私は驚きを隠せなかった。
「どうして?」
「どうしてって、例えば星野さんくらいの時に戻ったとしたらまた受験勉強しないとならないし、お金だって満足に無いから遊びに行けないもの。悲しい事はまぁ、それなりにあるよ私だって。去年、父親を亡くしたし」
けれど田沢先生の顔は悲しみに暮れていなかった。
「でもそれって、いつか起こる事だもの。友達と上手くいかなかったり、大きな失敗にへこんで泣いたりした事もあったよ。でもそれだって、今の私を作っている一部だもの。辛く悲しい事から逃げていたら、強く優しくなれないって私は思うんだよね」
「先生は強いんですね」
「そんな事無いよ。いつだって迷ったり悩んでばかり。失敗もまだまだ多い。それでも、昨日よりちょっとはマシな自分になりたいなって思っているだけ」
受け入れる強さ、かぁ……。
確かにそういうのは大事だと思う。普通はループなんか起こらないのだから。ただもし、その不幸が避けられるものであるならば、大切な人を傷付けない事になるのならば、私は受け入れるよりも動きたい。
そうだ、やっぱり私はこの奇妙な運命の中でどうにか笑える道を作りたいんだ。
昼休みに教室に戻ると、すぐに涼香や凪、モカが心配して駆け寄ってきてくれた。その後ろには和樹や黒岩もいるけど、黒岩がややうつむいていたのが気になった。
「大丈夫、夏希? 私よりバカになってない?」
「大丈夫だよ、多分。まぁゆっくり寝れたからもう平気」
「いやでも、すげぇ音したもんな。バチーンって。黒岩が打ったボールが逸れて、運悪く夏希に当たっちゃったんだもんな」
和樹の言葉に黒岩を見れば、申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「悪かった、本当に。何ともないといいけど」
「あぁ、多分大丈夫だから別にいいよ。でもすごいね、意識飛んじゃったよ」
「本当に悪かった」
「だからもう気にしてないってば。さぁ、もうお腹空いたからご飯食べよ」
私は黒岩に笑顔を向けるとお弁当箱を取り出し、そう促した。
正直言えば、まだ痛い。でもここで黒岩にあまり負い目を感じさせたら逆に追い込む事になってしまう。もしかしたら、思っている以上に繊細なのかもしれない。だから色々追い込まれたり上手くいかないと、ついかぁっと熱くなるのかもしれない。
ただ、それでも涼香にあたりが強くなるのは擁護できないけど。
「なんかさー、遊びに行きたいよな」
和樹がおにぎりを食べながらそう言ったので、私は思わずドキッとした。
「あー、いーね。でも夏希とか涼香、凪は部活あるでしょ。正直難しいよね。前はどうしてたの?」
「前は休みの日に行ってたよ。書道部はそこまで忙しくないんだけど、吹奏楽部は休みの日もやってるからね。休みじゃなかったとしても、涼香が仕事でいなかったりとかするから、みんな揃ってってのは難しいんだよね」
「別に私の事は気にしなくていいよ。行ければ行くって感じだからさ」
大丈夫、まだあの日ではない。花火大会にはまだ日がある。
「そっかー。でも折角だからみんなでゲーセンとか行きたかったな。その後カラオケとか」
「大丈夫、俺ならいつでも付き合うよモカ」
「嬉しいけど、和樹と二人きりはなぁ。変な噂立たないとは思うけど、万が一って事は……無いか」
ケラケラとからかうようにモカが笑うと、和樹が軽く机を叩いた。
「おい、それはねぇじゃん。まぁでも、二人きりはなぁ。なら黒岩とかもどうよ。カラオケすげぇ上手なんだぜ」
「えー、マジで? でもなんか上手そうだよね。雰囲気がもう上手そうだもん」
「普通だよ、普通。でもまぁ、俺はみんなでいた方が楽しいかな。星野とか、間宮とかも。小泉はまぁ、時間が合えばだな」
結局この日は何も決まらず、お流れになった。
ただ、もうすぐ五月も終わってしまう。七月の終わり頃には花火大会がある。なんとかそれまでに良い案を考えないとならない。ぼんやりしていると、あっと言う間にその日が来てしまうのだから……。




