【第二章】第一話~二周目~
目覚めれば夏希は四月七日の午前六時だった。
ループは行われた。けれど自分は自殺もしていなければ三月末まで過ごした記憶がない。
とにかく学校へ行き、もう一度やり直すために頑張ろうと夏希は決意するのだった。
目が覚めると、びっしょりと汗をかいていた。枕も、パジャマもシーツもだ。私は猛烈に早く叩く鼓動を抑えるようにそっと手をあて、寝ながら深呼吸を繰り返す。まるでついさっき全力疾走でもしていたかのような汗と鼓動。酷い疲労感。
そして、浮かび上がる忌まわしい記憶。
ここは自分の部屋、見慣れた天井。ゆっくりと周囲を見回せば、何の代わり映えも無い。しいて言うなら、少し布団が厚くなっている。
スマホに手を伸ばし画面を見れば、四月七日の午前六時。
「戻って、る……?」
ゆっくりと起き上がると、もう一度スマホに目を移す。確かに四月七日になっているし、少しカーテンを開けてみれば春の景色。でも、確かに私は秋にいた。花火大会での和樹の事故からみんなおかしくなり、遂には涼香が失踪したのが全国ニュースになってしまった。そして紗枝さんに相談し、家に帰って絶望して寝込んだはずだ。
そこまでは覚えている。ほんのついさっき体験したからだ。記憶もハッキリと覚えているし、前のようにおぼろげな感じではない。ただ、それ以降の記憶は無い。
ループは起こった。でも、どうして起こったのかがわからない。
私は果たして三月まであれから過ごしていたのだろうか、それともあれからすぐに死んでしまったのだろうか。わからない。ただ、私の記憶は秋に紗枝さんに会って紗枝さんもループを自覚しているという話を聞いた所まで。
あれこれ考えても、答えなんか出ない。それより汗で濡れたパジャマが気持ち悪く、私は全部着替えた。
ただ一つわかっているのが、ループが起こったという事実。これはもう間違いない。
だから私は今度こそ、前回の反省を踏まえた行動をしてみせる。おぼろげな記憶を持っていた前回が一周目だと仮定するなら、今は二周目。よりよくできるはずだ。ただ、できるならばこれで終わりにしたい。
同じ毎日を、知っている出来事が起こるのをあらかじめわかっているというのは結構退屈で苦痛だから……。
「おはよう夏希。今日から二年生だけど、一緒のクラスになれるといいね」
学校へ行く途中、小走り気味に駆け寄ってきた涼香に声をかけられた。もちろん私はこれから一緒のクラスになるのを知っているのでワクワクもドキドキもないけど、一応笑顔でうなずき返す。
「そうだね。一緒になれたらいいね」
まだ少し寒さの残る春先はそれでも世界の芽吹きを感じる。こんな日がずっと続けばいいのだが、私が何もしないときっとまた不幸な未来が訪れるだろう。でも、前回と違って私はハッキリとした記憶を持っている。
だからきっと、大丈夫。
「どうかしたの、何か悩み事?」
私の顔を覗き込み、涼香がどこか心配そうに訊いてきた。
「え、何でそう思ったの?」
「いや、何となく。まぁでも仕方ないよね、クラス別れちゃったら淋しいよね」
「そうなの。涼香もそうだけど、凪とかも一緒になれたらいいなって」
「わかるー。凪はいて欲しいよね」
そんな事を話していると、学校に到着した。私達は人だかりのある玄関前に一緒に行き、掲示物を見る。もちろん二組に名前が載っているのだが、何でもかんでも私が先に動くのは良くない気がする。涼香が私に教える感動のようなものを消してしまうと、未来に影響を与えそうな気がするから。
「あー、やったぁ。夏希と一緒のクラスだ。嬉しい」
そう言いながら私の肩を叩き、嬉しそうに飛び跳ねる涼香。私も頑張って同じようなテンションで喜びを分かち合い、涼香と顔を見合わせ笑う。
「よかったー、これで一安心だよ」
笑顔の裏で、ふと思う。知っている未来で同じように喜ぶなんて結構難しいって事を。だってそれはもう知っているから驚きも無いし、刺激が薄れているから若干つまらない。かと言って冷めた態度でいれば周囲のテンションも落ちるだろう。
人生をやり直したいと思った事はあったけど、こうして実際にやり直してみると初めてのリアクションというのが難しいんだなぁ。虚しいし、疲れる。
それから私達はクラスに行き、見知った顔と会う。凪、和樹、そして黒岩。当然ながらモカはまだいない。それでもみんな元気そうで明るいその様子は私が知った地獄のような現実とは違っていて、何だか涙が出そうだった。
「お、夏希どうしたの? なんか随分感動した顔してない?」
和樹。ちゃんと目を見て喋ってくれている。それがもう嬉しい。
「でも私、気持ちわかるよ。だって離れたら嫌だよね、一年の時にあれだけ一緒にいたんだからさ」
凪。恐ろしいほど痩せて別人のようになってしまった時と違い、血色の良い顔で笑ってくれる。もうあんな凪、見たくない。
「なんにせよ、また一年間よろしくだな」
黒岩。また顔を見れて安心したよ。穏かに話していると頼り甲斐あるんだから。
「色々あるだろうけど、二年生が一番学生生活を満喫できる気がするからね」
そして涼香。もうどこにも行かせない。今度こそ私が守ってみせる。
「楽しい一年にしたいよね、こうしてまた一緒になれたんだからさ」
そうこうしているうちにチャイムが鳴った。
それからの事は全て前回と同じように進んだ。
ホームルームで自己紹介の時に地震が起こり、窓ガラスが割れた。それによって涼香が怪我しない事を知っていても、危ないと叫ばずにはいられなかった。そして学校が早く終わり、帰宅。
そして私は確か前回、店の片付けのためにバイトに行った事を思い出したので店長に今日出勤できるからと電話をかけた。店長は無理しないでと言ってくれたけど、私はどうしてもバイト先に行かないとならなかった。
紗枝さんと話がしたかったから。
ループの事を知っていて、私よりも先にループに気付いた人物。ならば今回のループだってもちろん知っているし、その事についてもう少しちゃんと話をしたい。だから私は急いで小腹を満たすと、すぐにバイト先へと自転車を走らせた。
自転車を走らせていると、少し小高い所に出て町を一望できる場所がある。私はそこが好きだ。生まれ育ったこの町は当たり前だけど年々変化してきた。でも、それはここで止まっている。まるで全てを忘れて眠ってしまったかのように。
それはきっと私のせい。
私がループを起こし、未来を止めてしまっている。目覚めてはまた眠るを繰り返す街。どこにも行けず、いつかは淀みになってしまうだろう。そんなの嫌だ。私も、私が育った町も、涼香達も先に行かないとならないんだ。
変わり映えのしない景色はいつでも懐かしいけど、何も変わらないのはちょっと違う。
私は決意を込めて、ペダルを踏む足に力を入れる。まるでこの眠れる街を起こすかのように。自分の人生を切り開くかのように。そして明日に向かって進むために。そのため、私は一刻も早く紗枝さんと話したい。
幾ら繰り返そうが、時間は有限でありたいから。
「星野さんありがとう、来てくれて。怪我とかはしてない?」
バイト先の書店に着くなり、店の前を清掃していた店長に会った。この店長はすごく優しくて、いつも私の事を気にかけてくれる。だから私もいつも気持ち良く働けるので、笑顔が自然と生まれた。
「はい、大丈夫です。家も案外何ともなくて。じゃあさっそく着替えてから片付けしますね」
にこやかに笑う店長にもう一度頭を下げてから、私は店の中に入る。そしていつもはレジ前に座って本を読んでいる紗枝さんも仕方なしに散乱した本を片付けている姿を見て、私はそっと近付いた。
「毎回こうして直しているんですか?」
「……大変なのよ、いつもこうだから」
溜息をつきながら紗枝さんが床に落ちた本を拾い、手で汚れを払う。
「今、何回目ですか?」
この質問、何も知らなければ意味不明だろう。だからこそ、わかる事がある。
「二十八回目。で、夏希ちゃんは?」
「私はまぁ、二回目といったとこです。ハッキリ覚えているのが前回の記憶からなので」
紗枝さんはふうっと溜息をつくと、じっと私の目を見る。そうして事務所の方へ歩き出したので、私もそれにならった。
「確かに今までの夏希ちゃんとは違う。こんなにも早くにループについて話し始めた事は無かったから」
事務所のドアを閉めるなり、紗枝さんが私に向き直ってそう言ってきた、私はもう自分に起きた出来事が夢や勘違いだと思わないので、自信を持ってうなずく。
「前回、紗枝さんと話した時に紗枝さんが何度もループしていたって聞きました。私は断片的に記憶があったものの、それがいつのなのかわからないままでした。でも、今は違います。私は前回起こった出来事を細かく覚えている。だから訊きたいんです」
「訊きたい? 何を?」
「今回、いつループが起こったのかをです」
腕組みし、紗枝さんが唇を真一文字に結んでやや考え込む。けれどすぐ、視線を私の方へと移した。
「夏希ちゃんが最後に覚えている記憶はいつ?」
「九月の……二十日だったはず。涼香が失踪し、紗枝さんに相談しに行ったのがその日だったから。で、結局どうにもできなくて家に帰って何もかもに絶望してたら、ふと目が覚めて今日になっていたんです」
ずいっと私は一歩前へと出る。
「だから教えて欲しいんです。私は九月二十日にループしたのか、それとも記憶が無いだけで三月末まで過ごしてからループしたのかを」
「なるほど。仮定として私が言ったのは三月末まで過ごすか、死ぬかがループの条件だったね。だから夏希ちゃんがそういう質問をしてきたと」
神妙に私がうなずけば、紗枝さんも同じような顔でそうした。
「結論から言えば、九月二十日の夜を待たずにループした。夏希ちゃんが前回私と会った後、すぐにループが始まって今の世界がスタートしたの。だから私はてっきり夏希ちゃんが自殺したのかと思っていたんだけど、どうも違うみたいだね」
「そうした覚えは無いです。私はただ布団に入り、もう嫌だと願っていた。そして目覚めたら今日になっていたんです」
「なるほどね。その話を信じるなら、ループの起因はタイムリミットや自殺の他に何かあるのかもしれないね」
ループはどうして起こるのか。自分で意識的に起こせるのだろうか。もしも自分である程度自由にできるのならば、少しつまずいたらすぐにやり直しができるはずだ。
だって幾らやり直せるからといっても、一日の長さは変わらない。例えば五月に失敗したとして、翌年の三月までなんて無意味過ぎる。だったら意図的にループを起こせた方がいいのだが、それはどうすればいいのだろう?
「夏希ちゃん、今回のループが起こる前に何をしたの? 覚えている限りの事を教えて」
「紗枝さんと別れてから真っ直ぐ家に帰って、ベッドに寝転んでもう嫌だってひたすら思っていただけです。枕に顔を押し付け、もう消えたいと願っていたらいつの間にか」
「……それだけじゃ、ちょっとわからないかも。もし願うだけで起こってしまうのなら、ループが起こるキッカケとしてはあまりにも弱すぎるから」
「弱すぎる?」
「強く思っただけでループが起こるとしたら、夏希ちゃんが正しい道を進んでいたとしてもループが起こってしまうって事。例えば勉強や部活、バイトなんかでふと大きくやらかした時にそんな事を考えてループが起こってしまうじゃない」
紗枝さんの言ってる事はもっともだった。確かに一年生きている中で嫌な事や失敗する事は幾らでもある。あぁ失敗しちゃったと軽く済ませる事が出来ない事だってあるだろう。
「となると、強く思う以外に何か条件があるのかも」
「もしそれがあるとするなら、夏希ちゃんが大切に思っているみんなが駄目になってしまった時なのかもね」
「それはありえそうですね」
だとすると、何故みんなが駄目になるとループするのかがよくわからなくなってくる。私を中心にループしているのだろうけど、どうしてみんなが関わるんだろうか。
「時間というのは常に一定方向に向かっているはずなのに、ループはその法則を捻じ曲げたイレギュラーなもの。つまり、大きな力がかかっているはずなの。単に巻き戻されるだけなのか、それとも新しく同じ世界を生成しているのかわからないけど、簡単に何度も何度も起これば歪みが出るはず。それこそ、意図しない未来とか。そうなれば本来あるべきゴールがずれていくかもしれない。だから簡単には起きにくいと思うんだけど」
難しくなっていく紗枝さんの話についていくのが精一杯で、理解しようとまとめていると意見を出せない。そんな私に気付いたのか、紗枝さんが肩の力を抜くように微笑んだ。
「まぁ、わからないよね。私も色々調べてみる。夏希ちゃんは前回の反省をいかして不幸にならないように立ち振る舞いなさい。多分、今目指すべきなのはそれだけなんだから」
「わかりました。ありがとうございます」
そうだ、紗枝さんの言う通り私にはそれしかないんだ。考えても理外の法則が動いている以上、答えなんか出るわけない。結局、やるべき事をやるしかないのだから。




