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ミッシングリンク~忘却と目覚めの街の中で~  作者: 砂山 海


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【第一章】第十話~ループの方法~

全てを失ってしまった夏希は絶望のどん底にいた。もう誰も頼れる人がいない。

だがふと、紗枝の事を思い出す。居ても立ってもいられず、夏希は紗枝の元へ急ぐ。

バイト先の書店に着くと夏希は紗枝と一緒に奥の事務所へと入った。

そうして二人はループについて話すのだった……。

 その日は学校を休み、一日家で泣き暮らしていた。

 もう何をする気力も体力も無く、死んでしまいたかった。あの忌まわしい記憶の先は幾ら見ようとしても見えなかったけど、決して幸せな結末ではないとの確信があった。これが私の本来の人生なのだとしたら、一体どれほどの不幸を背負いこむのだろうか。これ以上もあるのだろうか。

 私が最も大切にしていた友達、それがもう見るも無残に消滅してしまった。

 私は誰にも知らない何かを知っていたはず。なのに何もできなかった。注意深く、何事も起こらないようにと気を配っていたはずなのに、どうにもできなかった。一体私に何の存在意義があるのか。

 何度も何度もループしているとして、私は結局いつも何もできていないんだろう。

 枕がひたすら濡れ続ける。もうどうする事もできないし、どうしようとも思えない。ただこのまま、消えてなくなりたかった。

 酷い悪夢だった、そう思いたくて目をつぶって寝ようとしても寝られない。夢に逃げる事も出来ず、ひたすら自己嫌悪に苛まれていくだけ。苦しみから逃げられず、気がおかしくなりそうだ。一体どうすればいいのか。誰にすがればいいのか。涼香もいない、凪もいない。黒岩もモカも和樹も頼れない。紗枝さんだって……。

 紗枝さん。そうだ、紗枝さんだ。まだいるじゃない。

 私はがばっと勢いよく起き上がると、どうしてその人を今まで忘れていたのか自分でもわからなかった。

 あぁそうだ、和樹にあんな事があってからバイトに行けなくなっていたんだ。事故があってから店長に事の次第を説明した時、落ち着いたらおいでと言われて甘えたままだった。それから色々ショックな事があり過ぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。

 このままこうしていても何もならない。私はそう考えるともう居ても立ってもいられなくて、着替えるとすぐに外へ飛び出した。顔は泣き腫らし、髪もぐちゃぐちゃ。酷い見た目だけど、そんなのもう構っていられなかった。

「夏希、どこに行くの?」

「会わないとならない人がいるの」

 玄関で母親に止められたが、私はその声を振り切って外に出ると自転車にまたがった。そうして一目散にバイト先へと自転車を走らせる。息が苦しく、何だか道もぐにゃぐにゃとうねっているかのよう。現実感が無く、奇妙な浮遊感が私を襲う。それでも止まらない。ただもう、希望はそこにしかないとばかりに。

 昼下がりの空はぶ厚い雲に太陽が隠されているため、吹く風が肌寒い。本当は好きな季節なのに、今は悲しさでいっぱい。もしもループが出来るとしたら、そうしたい。間違っていた所を全部直して、今度こそやり直したい。一秒でも早く、それを叶えたかった。


 バイト先の書店に着いたのは十五時過ぎだった。全力で漕いできたからもう汗だくで、ただでさえ酷い顔がもう見るも無残なのは鏡を見なくてもわかる。でも人目なんか些細なもの。私は自転車を定位置に止めると、駆け込むように書店に入った。

「紗枝さん」

 店に入るなり、私はレジの前に座って本を読んでいた紗枝さんに叫ぶよう声をかけた。さすがの紗枝さんも私の姿を見てギョッとした顔をする。

「夏希ちゃんどうしたの? 大丈夫?」

「紗枝さん、どうしても二人きりで話したいんです。お願いします」

 もう何度泣いたかわからない。でもまだ涙が溢れてきた。私はそれでも頭を下げてから紗枝さんを見詰めると、読みかけの本に栞を挟んだ紗枝さんが立ち上がった。

「わかった。じゃあ店長に代わってもらうね」

 紗枝さんが奥に行くと、間も無く店長が出てきた。店長は事件の事、私の親友である涼香の失踪の件も知っていたので相当心配してくれたけど、今はそれに心慰められている場合ではなかった。それでも丁寧にお礼を言うと、私は紗枝さんと一緒に奥の事務所に入った。

「夏希ちゃんに関して起こった幾つかの事は私も耳にしたよ」

 事務所で向かい合うように座ると、開口一番紗枝さんがそう言ってきた。この町ににおいてあの花火大会での事故は決して小さくなかったし、涼香に関しては全国ニュースだからなおさらだろう。

「それだけじゃないんです。一緒にいた友達もみんなバラバラになってしまって。学校に来なくなったり、連絡が取れなくなったりした人もいます。私もう、どうしたらいいか」

「で、私にどうして欲しいの?」

 どうして、と言われて私は答えに詰まった。紗枝さんなら何か知ってる、どうにかしてくれると思ってここまで来たけど、具体的にどうして欲しいとかまでは考えていなかった。確かに私、どうして欲しいんだろうか。

「ただ慰めてとか話を聞いて欲しいって感じじゃないよね」

「そう、ですね」

 徐々に視線が下がり、テーブルと向かい合う。怒られたり責められているわけじゃないんだけど、何だか自分の甘さや計画性の無さを指摘されたみたいだった。

「以前、この世界がループしているかもしれないって言ってたよね?」

「……はい。変な未来が見えて、でも確証が無くて。ただ、今回花火大会で友達が車に轢かれたんですけど、その映像は以前からありました。涼香の失踪だってもそうです」

「なるほどね。つまり以前予知していた事が現実に起こった、と。そしてその記憶は何度か体験してきたかのようなものだから、この世界がループしているんじゃないかって事ね」

 私が静かにうなずくと、なるほどねと小さな呟きが聞こえた。

「で、実際にループはあると思う?」

「わからないです。私はあるんじゃないかって思っていたけど、確信は無いです。だから失踪したってニュースの少し前に涼香の家に行った時、窓ガラスを割ってでも中に入ろうとしたんです。でもできなかった」

「それはどうして?」

 私は顔を上げ、紗枝さんを見る。きっとまた泣きそうな顔になっているとわかっていながら。

「だってもしループなんか無くて全て現実だとしたら、それこそ不法侵入で捕まっちゃうから。親にも迷惑かかるし、私の将来だって終わっちゃう。この悪夢みたいな出来事が逃れられない現実だとしたら、そんな事できない。それにもしループが今まであったとしても、次に起こるかどうかなんかわからないから」

「現実……確かにそうだね。人によっては面白いくらい成功する人もいれば、目も覆いたくなるような不幸に見舞われ続ける人も多い。例えそれが非現実的なほどであったとしても。最愛の人が交通事故に遭う、山登りしていた両親が噴火の被害に遭う、もっと言えばある日突然戦争に巻き込まれてミサイルが街を破壊するかもしれない。それだって現実なのかもしれない」

 紗枝さんの言葉に私は同意するようにうなずく。ニュースを見ていても、心痛める事故や事件は多い。でも当事者は現実として受け入れられない人も多いだろう。だからきっと自殺する。まるでそれが悪夢のリセットだと信じて。

「まぁでもね」

 紗枝さんは腕組みをし、じっと私を見詰めてきた。

「ループはあるよ」

 さも当然と言わんばかりの口調に私は驚き、身体を前のめりにさせる。

「え、そ、そんな」

「何を驚いてるの、夏希ちゃんが気付いたんでしょう。確証が無かったとはいえ、世界がループしている事に気付いた。それだけで今回の夏希ちゃんは相当優秀じゃないかな」

「……今回の、私?」

 紗枝さんの言葉に強烈な引っ掛かりを覚えた私は訊き返すと、彼女が深く静かにうなずいた。

「私ね、この世界がループしているのにもっと前から気付いているの。始まりがどこかはわからないけど、気付いてからは二十七回ループしているかな」

「二十、七回……?」

 という事は少なくとも私は二十七回以上はこの一年をやり直しているんだ。そしてそのどれ一つすら、幸せになれていないのだろう。

「遅くとも、夏希ちゃんの高校で終業式を迎える日には世界が巻き戻るの。だから何もしなくても、三月二十三日には巻き戻る。二十四日を迎えた事は無いかな」

「紗枝さん、だったらどうして私にそれを教えてくれなかったんですか? どうして今に至るまで、隠していたんです?」

 怒りが湧き上がっていた。もしも春先にでもこの世界がループしていると教えてくれていれば、私はもっと何かできたはずだ。不確定な予測が躊躇を生み、私は全てを逃してしまった。少なくとも、涼香の家の窓は割れたかもしれない。

「意地悪じゃないの。今の夏希ちゃんは自力で辿り着いただろうから教えるけど、私も最初の方……三周目か四周目くらいの時に夏希ちゃんにこの世界はループしているってアドバイスしたの。そうしたらどうなったと思う?」

 自分の事だからすぐに答えられるかなと思ったが、全く想像できなかった。そんな困惑を紗枝さんが見抜いたかのように、力なく微笑んだ。

「例外なくおかしくなったの」

「おかしくなった?」

 静かに、どこか哀しみをたたえた目を細め紗枝さんがまたうなずく。

「みんな信じてくれなかった。そして何かしらの事件が起こった時、解決への糸口を見つけようとはせずに『この世界はループしている。ならやり直す』と言って飛び降りたり電車に飛び込んだり……。だからもう、言わなくなったの。それがまぁ、十回目くらいまで続いたかな」

 そう言われてみると、確かにそういう行動をとったかもしれないと理解できた。受け止められない悲しみを抱いた時、もしやり直しができるのならば怖くないだろう。死が怖いのはその先がわからないからだ。痛いのか苦しいのかその先はあるのか、あれば今よりも辛いのかそうでないのかわからないからこそ、絶対的な恐れがある。

 でも次があって、またやり直せるという確証があればきっといとも簡単に命を手放すかもしれない。死が怖いから、みんな辛い現実を嫌でも受け止め生きている。それが怖くなくなれば、絶対に命の価値そのものが変わってくる。

 以前の私はそれを選択した。でもそれは否定できない。だって今の私も、何もかも無くなってしまえばいいと思っていたから。未来なんてもう一切見えず、消える事だけを考えていた。どうにもならなくなって困り果てた先に紗枝さんに会うと言う選択肢が出たけど、最初からやり直せるとわかっていたらそうはならなかっただろう。

「だから私は言ってしまえば観測するだけになった。ただ、こうして何か聞かれたら婉曲的にアドバイスしようと思っただけ。だから今までそうしていたの」

「わかります。もし私が紗枝さんの立場でもそうしたでしょうから」

 とりあえず紗枝さんの言葉に納得はした。けれど疑問はまだ晴れていない。訊きたい事はまだあるのだ。

「あの、その自殺した時ってすぐに世界がループしたりしたんですか?」

「その時々によるかな。そう宣言した翌日にループした事もあったし、冬が来る前にループした事もあった。逆に姿を見なくなってから三月二十三日まで続いた事もあった。私は目の前で死んだのを見ていないから確認できていないけど、その辺のトリガーとでも言うのかな、途中でループがどう始まるのかまではわからない。でも仮説はある」

 どういう事だろう。私が中心となってこの世界はループしているのだとしたら、私が死んだ時点でそれが起こるんじゃないだろうか。死ぬと宣言したのにループが起こらなかった理由とは……。

 ハッと私は一つの仮説に辿り着いた。紗枝さんはそんな私を見て、一つうなずく。

「多分、夏希ちゃんが考えたそれが正解」

「私は死んでいなかった。いや、死ねなかった?」

「それが正確な答えなのかどうかわからない。ただ、例えば飛び降り自殺でもなんでも、確実に死が訪れるわけじゃない。偶然、奇跡的に一命をとりとめたのかもしれない。ただそれが単に生きているだけの状態で、ベッドの上でチューブに繋がれていたのかもしれないけどね」

 思わず私はぶるりと震えた。でも、そうなのかもしれない。そういう事だって十分に可能性としてはある。身体を動かせず、ただぼうっと天井を見詰めるだけの生活が何ヶ月も続くなんて、それこそ嫌だ。

 でも、だとしたらどうすればいいんだろうか。

「紗枝さんはもし仮にループが起こるとしたら、それはどんなキッカケだと思います?」

 腕組みをした紗枝さんはしばらく上を向いて考え込んだ。それもそうだ、そんな事誰がわかるというのだろう。紗枝さんにだって知らない事はある。でももう、そこにしかすがれない。

「そうねぇ、やっぱりタイムリミットである三月二十三日を迎えるか、中心である夏希ちゃんの物理的な死の他にあるとするなら……この世界の解決が無理だと判断された時じゃないかな」

「判断? 一体誰が?」

 前のめりになる私を紗枝さんが落ち着くようにと手で制してきた。

「それはわからない。でも話を聞いている限り、もう色んなものを失ってしまったんでしょう。だったらもう解決できないから、案外終わりは近いのかもしれないね」


 力なく自転車を漕いで、やっと帰宅した私は心配する母親の声も無視して自分の部屋のベッドに寝転がった。ひどく疲れていて、まるで何往復もしたかのよう。だけどもう汗はかいていなかった。

 結局、途中でループを起こす方法は何もわからなかった。まぁそうかもしれない。気持ち一つで簡単に起こってしまうのなら、思いがけないタイミングで簡単にループしてしまうだろう。

 でももう、どうする事も出来ない。問題を解決させるためにループが起こっているのだとしたら、私はもうその条件を満たせないのだ。みんないなくなったし、おかしくなった。和樹なんか何をどうしてもきっと、元には戻らないだろう。

 だからできるなら、こんな世界途中で止めてしまいたい。こんなのもう、あと半年近くなんか耐えられない。私一人、学校に半年通い続けてどうなるというのか。とても楽しむ気になれない学校生活で、次に何を活かせばいいというのか。

 ただただ地獄が続くばかり。少し考えるだけでもうんざりする。

 私は枕を顔に押し当て、身体を丸めた。もう何も見たくないし、何もしたくない。何も考えたくないし、どうもしたくない。このまま三月二十三日まで耐えるなんて考えたくないが、自殺なんてもっとしたくない。だってやっぱり怖い。

 あぁ嫌だ、本当にもう嫌だ。

 何もできなかった。どうにもできなかった。

 でももし、この記憶がしっかりあれば次こそ上手くいくのに。

 次こそ、絶対に……。

 絶対……。

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