プロローグ
東京近くの葉守市は落ち着いた場所。そんな街も四月の学生たちはどこか期待と不安を胸に登校する。
風が吹き、その風は街を巡る。
やがて風はとある書店へと辿り着き、また去った……。
騒がしい雀のさえずりが響き渡る。街がゆっくりと目覚めていき、交通量と共に学生達もぞろぞろと登校していた。
桜の花びらの祝福を受けながら、新しい生活に期待と不安をみなのぞかせている。少し背の大きくなった者、大人びた顔つきになってきた者、あどけなく笑い合う者など様々だけど、学生にとって四月と言うものは全てをリスタートさせる。
東京の近くにある葉守市。そこは繫華ではなく、どちらかと言えば閑散とした場所だ。新興住宅地として開発されてからの二世代目という事もあって全体的に古ぼけた感じがそこら中にあるけれど、街並みのせいか住人達は温和で世話好き。そのため治安は周辺地域よりは良かった。
ただ若者からすれば少々物足りなく、ほとんどが卒業したら東京へ行きたがっている。
葉守市でも有名な進学校の一つである梓川高校の生徒達は特にその思いが強い。それはこの街で生きていくには刺激的な職業が少ないせいもある。
誰しも可能性に賭け、若さと勢いだけでなく知能と技能でもって自分達の花を咲かせたい。そう思っているからだ。
春休みを終えて新年度が始まる今日、学生達は今後一年が刺激的で成功するよう祈りながらぞろぞろと梓川高校の門を潜り抜けていく。学校はまるで両手を広げ、抱え込むように彼らを受け入れる。雄々しく、どこか不敵に笑っているかのように。
風が吹いた。
軽い砂ぼこりを巻き上げながら空へ吹き上がり、そうして街を舐め回すように通り過ぎていく。それはいずこかへと消え、また別の風を生む。
「この本も見飽きちゃったな」
街の片隅にある小さな書店で、ショートヘアの女性店員がポツリと呟くと本を閉じた。そうして彼女が入口から外を見遣ると、街路樹がさあっと揺れる。しかしそれはすぐに落ち着き、また時計の音だけが響く静かな空間に戻っていく。
彼女が閉じた本、それは新品そのものだった。




