SideA-4
そうこうしているうちに、雨は小降りになってきていた。結局、傘は見つけられなかった。こんな簡単なこと一つもできない僕を、彼女はどう思うだろうか。馬鹿野郎と罵るだろうか、それとも、頑張ったね、と優しい声をかけてくれるだろうか。
肩を落とし、頭を垂れて歩を進めていくと、彼女の待つバス停が見えてきた。彼女は、相も変わらず無表情で前方を眺め、雲間から微かに射し込む光に、少し目を細めている。僕に気づくと、軽くほほ笑んで大きく手を振ってくれた。遠目からでも分かる、彼女の温かい優しさだった。
僕はさっき見た死骸を思い起こしながら、彼女の方へとゆっくり、一歩一歩着実に歩を進めていった。早く、震える体を彼女の熱で暖めたかった。彼が味わうことのできない熱を、彼が味わうことのできない幸せを噛みしめたかった。
彼女まで、後ほんの数十メートルに迫った時。彼女の表情が急変した。女神の如きほほ笑みは、驚愕に歪んだ。僕は何が起ったのか理解できなかった。いや、理解する間もなかったのだ。
突然鋭い光が射しこんだかと思うと、バス停のベンチを吹き飛ばし、鉄の塊が突っ込んできたのだ。薄暗い空は茜色に染まり、雨がそれを脱色していった。僕は、信じられなかった。今まで形を為していたものが崩壊し、手に入れかけていたものも儚く散っていく様が。
次に僕が見たものは、瓦礫に埋もれた僕の体を探そうと必死に手を動かし、あの五月雨のような涙を流していた彼女の姿だった。声にもならぬ声を上げ、僕の体から滴る血に手を赤く染め、半ば狂ったかのように僕を探していた。
そうだ、僕はあの時、死んだのだ。
掴みかけた幸せは、するりと手から抜け出し、今は飛び立てない、彼が憧れた大空へと飛び立っていった。永遠の愛を守りきることができなかった。誓いとは、かくも儚いものであることを知った。
僕がもっと早くに想いを伝えていれば、あるいは――あの時、あの雨さえ降らなければ、僕は生きていたのかもしれない。そして、彼女と共に、小さな幸せを噛みしめ続けていられたのかもしれない。あの小鳥も、きっと雨さえ降らなければ、今頃大空を飛び回っていたことだろう。