SideA-1
ああ、輝かしき、くだらない日々。
五月雨は冷たく、僕を嘲笑うかのように打ち付けた。モノクロームに染められた空は何者も祝福しておらず、ただ、僕の薬指に嵌り込んだシルバーリングを鈍く光らせるだけだった。つい先日まで咲き誇っていた桜たちも、今の僕のように色彩を失っていた。路上に散る花弁の数は、僕が流した涙の数と同じくらいだろうか。数え切れない、数える気にもならない。
思えば、今まで過ごしてきた日々は、そして彼女は、ガラクタ以外の何物でもない、取るに足らぬ、些末なものだったのだろう。そこらに落ちている砂の粒一つの価値にも劣る。しかし、ガラクタは、間違いなく僕の宝物だった。それは変えることのできない事実であり、僕が認めることのできる唯一の事柄だ。
嘘で覆われた世界の真実なんて、真実ではない。それは嘘だ。
そう、彼女がいない、ということも真実ではないのだ。
大切に、大切に、硝子でできた球体を扱うかのように、羽毛で我が子を包み込むかのように、慎重に、それでいて、時には大地が怒りに震え、すべてを破壊するように扱ってきた。
解けかけた赤い糸に、何故僕は気づかなかったのだろうか。罅の入った彼女に、何故早く気づいてやれなかったのだろうか。繋ぎ止めようと思えば、きっとそうすることができた。失いたくなかったはずなのに、ガラクタを守りたかったはずなのに。今では、後悔するだけ無駄で、空から降下してくる雨粒をすべて拾い上げようとするほどに、馬鹿なことだ。
こうなってしまった後なのに、彼女を想い続けることが馬鹿馬鹿しいことだなんてことは分かりきっている。しかし『無駄』、『馬鹿らしい』という言葉だけで割り切れるほど、僕は単純ではない。縋り(すが)つくことのできるものが有り続ける限り、僕はずっと、永久にこのままだろう。
すっと感覚を研ぎ澄ませば、右手に彼女の柔らかい指が絡みつく感触が蘇るし、耳を澄ませば、彼女が好きだったクラシック音楽が、まるでコンサートホールで奏でられているかのように臨場感をもって聞こえてくる。けれども、今現実にあるものといえば、空と雨、それだけだ。
ざまあみろ。きっと、僕を知る人たちは口々にそうやって罵る(ののし)だろう。ひどく冷たい雨が、一粒、また一粒と、僕の空っぽの頭に、砂漠のように枯れ果てた肌に、もう彼女の手を握ってやることのできない無力な手に、そして二度と共に歩むことのできない両足に触れる度、僕はこれが嘘ではなく真実であることを認識する。雨は絶えることなく、僕に真実を見せ続ける。
彼女のエンドロールに、僕の名前はあるのだろうか。僕のことを、ガラクタと同価値の日々を、ずっと忘れないでおいてくれるだろうか。記憶というフィルムに刻みつけておいてくれるだろうか。
彼女に想いを伝えた時を、今でも鮮明に思い起こすことができる。あの時は、見るものすべてに色彩が宿っていて、世界は僕に今まで見せたことのない顔を見せてくれた。猛獣のように威嚇し、牙を剝いた顔ではなく、本当に、とても優しい笑顔だった。