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同じ空の下で(1)


 「今知っている事より、これから知る事の方が多いのですから」


 エルフの里は高く深い山の頂上にあった。登るのに数ヶ月かかり、降りるのにももちろん数ヶ月かかる。今はまだ中腹辺りになる。

 エルフとゴブリンのハーフという女とは、丁度その辺りで出会った。私達が降りていたのに対して、女は山を登ってきた。聞くと、用件はエルフの里ではなく別の所にあり、それはすでに終わっているという。そのため、私達三人は揃って山道を降り始めた。

 初めに口火を切ったのは勇者だ。

 「先生の病院は何処にあるんだい?」

 人間の基準で考えると、医者は病院という建物を構えて病人を迎え入れる。私を見た先生も病院という白い建物で、白衣という白い衣服を纏い、多くの不調を抱えた人間を診ていた。

 他の種族の医者がどうかは知らない。病院という建物は人間の文化に寄るもので、医者であれば当然病院に勤めているというのは人間の先入観だ。勇者も所詮は人間なので、そこに疑問はないようだった。当然あるものとして話を進めていく。思い込みというものは恐ろしい。

 先生と呼ばれた女は、少しばつ悪そうに口を結んだ。うーん、とわざとらしく眉間に皺を寄せる。

 「先生と呼ぶのは少し早いかもしれない。医者とは言いましたが、厳密には嘘です」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした勇者。この女は勇者の珍しい表情を引き出すのが上手い。

 驚き、困惑、悲嘆そんな感情を孕んだ声で、何度か『嘘』という言葉を繰り返し呟いた勇者は、その人生の中で人から騙される事が少なかったのだろう。魔族にとっては騙し合いなど日常茶飯事なので、基本的な認識として他人は疑う事となっている。自分ではない生物に全幅の信頼をおけるほど、我々はまだこの世界を理解していない。

 そして、その勇者の落胆具合に女は焦っていた。

 「嘘というのも厳密には違います。私はまだ医者ではなく、医者見習いなのです」

 医者見習い。

 魔族の私には何を持ってしてプロフェッショナルとするのか分からない。魔族は根本的に個人主義のため、団体における個の役割というものがなく、何かしらの肩書きを得るためには己の力を誇示して他を屈服させるしかない。私もそうして長らく魔王という立場についていた。

 もちろん、魔族とエルフ族は違う。魔族とゴブリン族もまた全く違う。

 団体を形成する種族において、彼女が自身を見習いというのならば、おそらく何らか基準値が満たないのだろう。

 「長から聞いていたというように、エルフには医者がいません。必要がないからです。ゴブリン族にも医者はほとんどいません。そもそも医者というものの定義がまだないのです。私の種族において、医学はまだ未開拓の領域なのです」

 女は慎重に言葉を選びながら言った。

 その様子に感心したように、勇者は笑顔になった。ころころと表情の変わる生物だ。

 「貴方はハーフで、なおさら険しい道のりでしょうに。エルフ族とゴブリン族のどちらの事もよく知っているのですね。そして、誠実だ。どちらの種族に対しても、とても真摯に向き合っているように見える」

 「それは少し違います。私の知っている事など、どちらの種族としても浅いものですから。

 私はエルフとゴブリンのハーフですが、幼少期は父の生まれ故郷であるゴブリン族の村の中で生活していました。そのため基本的な生活スタイルはゴブリン族のものです。エルフ族と違い、ゴブリン族は洞窟のような場所で集団生活を行います。他人との関わり方はここで培ったものでしょう。

 その一方で、エルフとの関わりは非常に希薄です。エルフ族の母は一緒に生活していましたが、母もエルフ族の生活を捨てて父と添い遂げようとしていましたから。そもそもエルフ族はコミュニティを築きません。遺伝子に刻まれたエルフの自然の流れを読む力のおかげで、少しはその性質を理解していますが、所詮は上辺だけのことです。

 能力や容姿はエルフに近く、文化や思考はゴブリンのもの。私を表現すると、良く言えば二人分の知見がある、悪く言えばどちらとも中途半端。

 私にはまだ経験も知識も足りないのです」

 困ったように眉を下げ、足元の石を蹴った。

 ゴブリン族の中で生活していたということは、少なくともエルフからもゴブリンからも爪弾きにされていたという訳ではなさそうだ。しかし、見た目がエルフに近いためゴブリン族の中ではかなり浮いた存在だったことは、想像にかたくない。

 私の思考を察してか遇々か、女は自分を指さして言った。

 「母も父も、親戚も友人も、みな私を平等に愛してくれました。これまで何不自由なく幸せに生きてきました。しかし、それでも私はハーフです。

 ゴブリン族の中でいると明らかに別の生物です。私の見た目はエルフのそれに近い。線が細く、戦いには不向き、何よりも上背がある。それでも、やはりゴブリンの血も入っていますので、ほらこの通り。エルフであれば成熟した女性の見た目になっていて然るべき年齢ですが、ゴブリンの小柄な見た目妨げになってこれ以上成長しません。私はおそらくどちらの村で生まれていても異分子です。

 それに、私の顔は醜いでしょう?」

 困ったように笑った。

 下がった眉には、今までの純粋な笑顔とは違う複雑な感情があった。しかし、魔族の私にはその感情の意味が分からない。

 ただ、私が何かを思考するよりも早く、勇者が女に向けて「いいえ」と言った。私には女の感情も言葉の意図も分からないが、勇者の言ったことがとどのつまり正解なのだろうと思った。この男は優しい嘘でも、厳しい真実でもなく、優しい真実を見つけ出す男だ。この短い一言も、きっとそれなのだろう。

 そして、それ以上には語らぬ勇者と女に、気まぐれに声を掛ける。

 「私には美醜は分からぬ。魔族にとって容姿は力を誇示するものであり、可愛らしさや美しさなどはあっても利用価値がないものだ。そのため、それを判断基準にはしない」

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