自分こそが勇者だと暴れる馬鹿を調教してみた
弟子の式典で拾いモノをした師匠
魔王が出現したと緊急連絡が広がって、すぐさま陛下は勇者の剣を引き抜ける者を招集した。
年齢、性別。身分問わず。
我こそは勇者だという気概を見せた者たちが次々に王都の勇者の剣のある場所を目指した。そして、つい先日騎士見習いの青年が引き抜いて、勇者に選ばれた。
その出立の前日。騎士見習いだった勇者が剣技のすべてを叩きこまれて無事戦えるとお墨付きをもらったので勇者とその勇者と共に旅に出る一行を送別する式典が開催された。
だが、そんな送別会で、
「そいつが勇者なのは間違っている!! 俺が先に勇者の剣の元に行っていたら俺が成るはずだった!!」
怒鳴りちらし勇者に向かって殴りかかってくる青年が現れた。
避けようと思えば勇者は避けれた。だけど、勇者の傍には勇者の無事を願っている知人が集まっていて、避けることも反撃をしようと動いても周囲の人たちに影響が出ると判断した勇者はあえて攻撃を受けると判断したようだ。
「――ちょっと借りるわ」
そんな勇者を褒めたいと思いつつ、周りに影響が出ない防御法を教えてこなかったなと猛省して、近くの侍女が片付けようとしていたお盆をそっともらい受けて、その攻撃を防ぐ。
「なっ⁉」
「――間に合わなかったから先越された? 自分が本当の勇者だ? 勇者がやみくもに暴力を振るうとでもいうのかしら」
お盆で攻撃を受けたまま驚愕しているその馬鹿に冷たく諭すように告げると、
「師匠……」
「セキレイ嬢………」
勇者と周りの貴族たちが次々とわたくしを呼ぶ。
「なっ、何だっ⁉ こんな小娘っ⁉」
「――あら、見た目で相手を判断すると」
お盆を動かして、男の顔に思いっきり叩き付ける。
「後悔なさいますよ」
気絶させないように力を加減して、気絶させたらこんな邪魔なモノを運ばないといけない人たちが大変だから。そっと、周りに視線を向けて離れるように伝えるとすぐに勇者一行と会場を警備していた騎士たちが誘導してくれる。
「――申し遅れました。わたくし。セキレイ・フィールドワークと申します」
「フィールドワーク……? 辺境伯の名字じゃねえか……」
「そうですね。これでも辺境伯令嬢ですわね」
まあ、令嬢扱いよりも辺境騎士団の団長としての立場が有名だが、勇者が選ばれた時に勇者を最速で一人前の騎士に育てる必要性があるので教育係に任命されてこの地に来ていたのだ。
どんな人物が勇者になるか分からないが、見た目で相手を判断したりする輩でも一瞬で目を覚まさせるのにうってつけだと言われたが、幸いにも弟子になった勇者は人を見た目で判断しないで師を師として敬える人物だった。
『魔物がか弱い姿に擬態しても師匠のおかげで見抜けると思います!!』
といささか気になることを言ったくらいか。
「で、これは何でしょうか?」
男の首根っこを乱暴に掴んで会場に響く声で尋ねると、ざわざわと会場の貴族たちは近くの人と顔を合わせて知っているかと尋ね合っているがしばらく誰も何も答えない。
「誰も知らないのですか?」
じっと首根っこを掴んだまま会場全体に見えるように振り回す。
「ああ、確か、ロバート伯爵のご子息だったような……」
誰かの呟き声が聞こえたのでロバート伯爵の方に視線を向けると、騒ぎに気付いたロバート伯爵が慌ててこちらに向かってくる様だった。
「この馬鹿息子っ!!」
ロバート伯爵は暴れた馬鹿の頭を思いっきり殴る。
「息子が申し訳ないっ!!」
殴って頭を下げてくるロバート伯爵には面識があった。確か、魔獣の大量発生がロバート領で起きた時に援軍で駆け付けたことがあった。
「この馬……いえ、この方がロバート伯爵のお子さまですか」
馬鹿と言いかけたのを言い直す。
「はい。息子のシェパードです。……自分は勇者になると喚いてよく問題を起こしていたので領地で幽閉していたのですが……」
「勇者になるのなら幽閉も監禁も脱出できないとまずいだろう!!」
「………………自力で脱走したようで」
ロバート伯爵が一気に老け込んだ気がする。
「ならば、このご子息。預かりましょうか」
弟子になった勇者が結構いい教え子だったので、若干物足りなかったのだ。
「鍛えがいありそうなので」
この問題児の牙に本来の使い方を教えてやれば即戦力になるだろう。
「何勝手なことをっ!!」
「どうぞ。お願いします!!」
「おいっ、親父っ!!」
必死に暴れるのを抑え込んで引き摺って会場を後にする。
「世界を頼んだわよ」
弟子に餞別を言い忘れたと振り返ってそれだけは伝えておく。
それからの日々は楽しかった。
何度も抵抗して逃げようとするのをあえて、百数えてから追いかけて捕獲。捕獲終了したら近くの丈夫な木の枝にぶら下げて、魔獣の手が届かないぎりぎりの場所にぶら下げて一晩過ごしてもらう。ちなみに最悪の場合もあるだろうから少し離れた木の枝でわたくしも待機している。
悲鳴を上げて、気力が尽きたかと思ったのにしばらくしたらまた脱走するのだ。本当に反応が面白い。一回二回ならやらかす輩もいるのにそれが二桁行く者がいるなんて驚いたから今度は魔獣の巣の近くに放置した。
流石に恐ろしかったのかそれ以後は牙はすっかり抜けていたが、ここで魔獣を恐れる足手まといになったら困るので魔獣と同じ檻に入れて食べ物を巡って戦わせて闘争本能を呼び戻させた。
魔獣を恐れなくなったらまた脱走しようとしたので魔獣に囲まれた状態にして目の前で魔獣を叩きのめす光景を見せて上下関係を教え込んだ。
「セキレイさま。どうかなさりましたか?」
それですっかり従順な犬になった元駄犬のシェパードは執事のようにずっと傍に控えて仕えるようになった。
「王都から手紙が着いたので」
愛弟子が魔王を倒して近いうちに凱旋するという内容な手紙だった。
ちょうどよかったから調教済みのこの元駄犬をロバート伯爵に会わせないと。
「シェパード。王都に行きますよ」
命じると不安そうに視線を揺らしたが、
「はい。セキレイさま」
と頭を下げる。
「シェパードの服を用意して」
侍女に命じて、自分もまた準備をする。
シェパードは王都に戻ったら自分は家に戻されるのではないかと不安そうだ。まあ、一度家に戻さないといけないと思っていたからいい機会なのだが、それ以上にしたいこともあった。
「師匠」
勇者は一段と逞しくなって自信と風格を備えた一人前の男性になっていた。
「おかえりなさい。お疲れさま。――よく頑張りましたね」
魔王を無事に討伐できた弟子を褒めるとシェパードは不満げにしているが手を出さないで我慢している。
「師匠に褒めてもらえると感無量ですね。……後ろの青年はもしかして……」
「ええ。あの時殴ろうとした駄犬よ」
視線を向けるとシェパードが反応して、
「あの節は申し訳ありませんでした」
すぐさま謝罪をする。
「……だいぶ変わりましたね」
「調教のし甲斐があったわ」
それから少し世間話をしていてもシェパードはずっと【待て】を実行している。周りの貴族らも勇者とわたくしの会話を聞いてシェパードがあの時暴れていた駄犬だと気付いてその様変わりぶりに驚いている。
勇者と話を終えて、他の貴族とも談笑。みな話をしつつも視線はシェパードの方に向いている。
「シェパード……」
「お……父上……」
親父と言おうとしたのだろうが、すぐに改めて父上と言い直すシェパードを見て、感慨深そうに目を潤ませるロバート伯爵。
「立派になったんだな……。セキレイ嬢から手紙をもらっても信じられなかったが」
嬉しそうに今にも泣きだしそうなロバート伯爵の様子にシェパードは動揺している。
「父上……」
こんなに小さい方だったのか。小さく呟く声が聞こえる。
反抗ばかりしていたから気付かなかった父の姿に戸惑っているのだろう。
「ロバート伯爵。書面でもお願いしましたが改めてお願いします。――貴方のご子息をわたくしの婿としていただきたい」
「セキレイさま?」
信じられないとシェパードの声。おそらくシェパードは王都に来た時に家に帰されると思っていただろう。実際帰すつもりだが。
「…………以前のような息子ならお断りしていました。だけど、こんな逞しくなっていたのなら……セキレイ嬢ありがとうございます!!」
感謝の言葉と同時に強く手を握られる。
「セキレイさま……」
「お父さまには話を通してあるわ。辺境伯を守れるような男を婿にするまで爵位を譲らないと言われていたから喜ばれたのよ」
そっと後ろに控えていたシェパードに前に来なさいと合図をして、
「婿入りの用意を実家でしてから戻ってきなさい」
「はいっ!!」
わたくしの命令を嬉しそうに尻尾を振る調教済みの犬を見て、
「主役を奪わないでください」
困ったように勇者が苦情を言うが、
「目立つのが嫌な弟子のために目立ってあげたのよ」
と本当は勇者を婿候補にしていたことだけは黙っておくのであった。
駄犬を理想の夫に育てる醍醐味




