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29-2

「部長、私のせいで……」

――申し訳なさで埋まってしまいたい。


昨夜は部長も他の夜会に行っていた。

夜会の後、殿方は二次会としてその足で行きつけの紳士倶楽部に行く事が多い。

ルキウス様ともそこで会ったのだろう。


そのまま護衛官からの連絡を受けて技術部棟に来て、私達と話をして……まともに寝ないまま、動こうとされている。今回の件を外交問題にしないために。


どうしよう、どうしよう。

私が未熟なせいで、国が、技術部が、リュート様が国際的に非難されるようなことになったら……!

私の首にもっと価値があれば、この首一つでどうにか収まっただろうに。


震える私の肩をリュート様が軽く押し、ベッドに寝かしつけてくる。

「大丈夫、ゼフトは問題があると思えばキミ相手でも本気で叱りつける人だから。何もないなら大丈夫、ゼフトに任せて目を閉じて」

「でも、でも……っ」


「大丈夫だよ、ほら……ちょっと寝な」

ふわり、と急に頭が浮遊感に包まれる。

睡眠導入の術式――と思う頃には、私は深い眠りに落ちていた。



家に帰ってウェンに謝り倒し、タキシードを預けて技術部に舞い戻る。

商会の番頭に連絡を取ったら、朝イチで時間を取ってもらえるということだった。

すぐに棟を飛び出そうとしたら、入り口に赤茶色の頭が見える。


「何の用だ、リュート」

「ゼフト、良かった会えて。はいコレ」


リュートが俺に何かを渡してくる。

反射的に受け取った手の中を見て、軽く頭痛がした。



邸に赴いた俺の顔を見た瞬間、ルキウス殿の顔に失望の色が浮かぶ。

「結局、私の元に来たのは貴方ですか。部長殿」


我が国の様式で建てられているはずの邸がここまで異国のそれに感じるのは、この香木の香りとカーテンなどの布物に施された幾何学模様のせいだろうか。


溜息を吐きながら、彼人は言葉を続ける。

「夫殿は本気で彼女を守る気が無いらしい。話にならない、お引き取りを」

「その件なのですが……ストックリーから、これを預かっています」


リュートから託されたそれを、そっと卓に置く。

ルキウス殿が訝しげな顔でそれを見る。

「手袋?包みも何も無く、しかも片方だけですか?」


――ここで間違ったら、マジで国際問題だな……。

そう思いながら半ば投げやりな気持ちで口を開く。


「……『投げ付けたと思って頂いて結構ですので、受け取るかご判断ください』、と申しておりました」


「…………は」

ルキウス殿が目を見張る。

手袋を投げつける――それが意味するのは、決闘の申し込み。

言葉を重ねて大丈夫そうだと判断してさらに続ける。

「『僕の妻は慎み深いので発言に勘違いされたかもしれませんが、彼女を手放す気は一片たりともありません』、だそうです」


ルキウス殿の怒りは単なる感情の発露ではない。

リュートに夫としての矜持が一切見られないこと。形だけの結婚をして、書類上の妻を防波堤として利用しているのでは、という疑念と怒り。

そしてそれを軍が良しとしているならば……そんな国と信頼関係を結べると、商人である彼は思うだろうか。


話がデカくなりすぎだと思わないでもないが、これが『外交』だ。矢面に立つ人間の扱われ方が、その国の矜持を推し量る試料になる。

挙げ句の果てに、相手は政商として複数の国の政治にすら食い込む超大物。まぁ、だからこそ、ストックリーがここまでルキウス殿の義心を刺激したのは想定外だったわけだが。


――数秒の沈黙が、突如破られる。


「……ふは、はっはっはっは!」

ルキウス殿が愉快そうに笑い、卓の手袋を見る。

……が、それだけ。受け取ることも返すこともしない。

手袋を見下ろす金の瞳は、冷たい光を湛えたままだ。


「ああ、安心しました。夫殿にも甲斐性はあったらしい。さて……そちらのご要望は?」

それでも、どうやら交渉の余地を設ける気にはなってもらえたらしい。

ここからは俺の勝負だな、と思いながら言葉を返す。


「何もなかった、ということにしていただけませんか?」

「……ほう?」

金の瞳を眇め、ルキウス殿が嗤う。


当然だろう。既にこちらに非がある状態で、下手に出るべき立場が言うには中々強気な要望だ。

しかし、義心から来ている怒りであるならば……ここに付け入る隙がある。


「ウチの銀の花が取り乱しているんですよ。……貴方を怒らせた事を、泣いて詫びて震えていました。夫や俺がどれだけ宥めても、『自分の責だ』と言って聞かない」


――ルキウス殿の顔から表情が消える。


「実際問題、貴方がお怒りになったのは彼女の言葉がきっかけだ。経緯はどうであれ、このままではストックリーの処罰は免れない。夫のため献身を捧げている彼女に……どうかご温情を頂けませんか?」

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