幕間(27話後 リュート視点)
夜、ゼフトに呼ばれたので部長室に向かう。
入室すると、ゼフトとウェン、セリナさんとブノワさん――つまり、部長と部長補佐官全員が居た。
「おお、リュートも来たか。んじゃ始めるぞ。まずは皆、集まってくれてありがとうな」
ゼフトがゆっくりと口火を切る。
「ストックリーが威力偵察を受けた件と、護衛官の中庭での訓練および警護体制の変更可能性まで、さっきセリナとブノワにも説明した」
ちらりと二人に視線を向けると、首肯で返される。
「ストックリーとセリナには引き続き社交に出てもらう。政治的軍事的な判断が必要な案件は俺が前に出る。その方針は変えない……その上で、ハッキリ言うぞ」
ゼフトは大きく深呼吸してから、しっかりと僕を見据えて口を開く。
「リュート、お前は絶対に揺れるな。感情的になることも、業務に支障をきたすことも許さない」
「……は?つまり何?妻が襲撃されそうになろうが、知らない男から装飾品を贈られようが、気にせず仕事してろってこと?」
「そうだ」
「ゼフト!そんな言い方は……」
ウェンが口を挟もうとするが、ゼフトの視線で押し黙る。
それでも、自分より先にウェンが感情を出してくれたのでいくらか冷静になれた。
なんとか呼吸を整え、口を開く。
「ゼフト、理由を教えて」
「お前が揺れたら穏健派が揺れる、強硬派に口実を与える。端的に言うとそれが理由だ」
――思わず舌打ちしそうになる。
穏健派は僕を『幸せな箱庭』に閉じ込めて有効活用しようという、今の技術部環境を実現している派閥。
対して強硬派は、僕をより『徹底管理』して資源活用しようという派閥だ。
ゼフトの努力の甲斐あって今は穏健派が軍上層部の大半を占めているが、もし強硬派の勢力がそれを上回ったら……。
僕は恐らく技術部棟ですらないどこかに幽閉され、囚人のような環境で国の求める研究だけをやらされるだろう。
そしてカレンは、そんな僕を言いなりにするための人質として、別のどこかに幽閉される。
――僕とゼフト、ウェンが最も恐れている事態がそれだった。
「お前が感情的になって業務を疎かにしたり不安定になれば、強硬派は『やはり管理すべきだった』と声高に騒ぎ始める。絶対に外に見える形で揺れるな」
「………………すっごく不本意だけど、分かった。業務を優先する」
「すまん。よろしく頼む」
「リュート君ありがとう。カレンちゃんの精神衛生的にも、君には悪いけどドッシリ構えててほしかったから」
ゼフトの言葉を引き継ぐように、セリナさんが話し始める。
「お昼間も思ったんだけど、リュート君が揺れると最初に気付いて頑張っちゃうの、カレンちゃんなのよ。一番しんどいのカレンちゃんでしょう?頼らせてあげて」
「……うん、ごめん」
返す言葉もない。確かに、昼間は動揺した僕に対し、カレンは努めて明るく振る舞っていた。
あれを連日繰り返していたら、ただでさえ抱え込みがちなカレンは僕に頼るという選択肢を完全に無くすだろう。
直接守ってやれないという焦燥感と、自分と結婚したせいでこんな目に遭わせているという罪悪感でどうにかなりそうだったが、一番大切なのはカレンを支えることだ。
拳を握り込みなんとか感情を押し込めていたら、ブノワさんが口を開く。
「顧問が感情的にならないのも重要ですが……報復措置はどうするんです?仮にも顧問補佐官であり顧問の妻が襲撃を受ける、ということですよね?」
「基本的に護衛官が捕縛した場合、そいつらの処理は軍治安院の情報部に任せることにしている。問題あると思うか?」
「いえ、よろしいかと。皆さんは非戦闘員ですし、こういうことに関しては素人でしょうから」
淡々と言葉を放つブノワさんとは対称的に、セリナさんが苦笑する。
「技術部で生粋の軍人って、ブノワ君とカレンちゃんだけだもんねぇ」
線の細いブノワさんの姿からすると意外な印象を受けるが、実はブノワさんは元魔術師部隊。正真正銘戦闘部署からの転属組だ。
護衛官から転属したカレンと同様、軍に籍を置いている。そのため軍属の研究員である僕らとは細かい所属が異なっている。
「となると、襲撃タイミングは全て社交帰りになりそうですね。襲撃を受けたのが『顧問補佐官』なのか『男爵夫人』なのかで、軍側のとるべき内容が変わってきます。軍務中の襲撃は、軍に喧嘩を売るのと同義ですから」
「ああ、カイルにも同じことを言われたよ。ったく、同じ『カレン・ストックリー』なのにな」
「社交も軍務の一部みたいなもんなのにね~」
皆の会話に入れず床を睨んでばかりの僕を、ウェンが心配そうに見ている。
普段ならありがたく感じるはずのそれを煩わしく感じるくらいには、まだ胸中は荒れていた。
◇
「リュート。嫌な思いさせて悪かった」
「…………っ」
セリナさんとブノワが退室して早々、ゼフトが謝罪を口にする。
激情に任せそうになるが、歯を食いしばりなんとか堪えてゼフトを見据える。
呼吸が整わないまま、口から勝手に言葉が出ていく。
「カレンは僕の妻だ……僕のなんだよっ」
可愛い可愛い、僕のカレン。
誰にも脅かされてほしくない、僕の傍で甘やかされていてほしい。ずっと笑っていてほしい。
――僕の唯一。
「……どうして僕が手を出しちゃいけないの……っ」
でも、ゼフトやセリナさんが言っていることが正しいのも、痛いほどわかっている。
頭の中がぐちゃぐちゃで、立っていられなくてソファに座り込んで頭を抱えてしまう。
頭上から、ゼフトの静かな声が聞こえる。
「…………さっきはああ言ったがな。俺とウェンだけの時は、好きにしろ」
ぽんぽんと子どもをあやすように頭を撫でてくるゼフトの手を払いのけてやりたいのに、何故かそれ以上に安堵してしまった。




