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ルークからカードを受け取っていたら、更に大量の視線を引き連れて、お姉様がやってくる。
「カレン、久しぶりね。ああ、そのドレスとっても似合ってる!流石私が見立てただけのことはあるわ」
「クルーゼお姉様……」
クルーゼお姉様の、少しわざとらしいくらいの声量と内容に周囲がざわつき、空気の質が変わる。
当然だ。この国公認の聖女であるお姉様が、私のドレスを見立てたと宣言したのだ。
これ以降、このドレスを非難したり陰口を叩いたらどうなるか……想像に難くない。
お姉様も、ルークも、私のために……。
目頭が熱くなるが、ぐっと堪える。
「よかったな」
部長も囁くように声をかけてくださった。
◇
最初のダンス、部長はリードがとても上手だった。
「いやぁ、本当に踊りやすいな。これからはセリナじゃなくてお前にパートナー頼もうかな」
「もう、そんな事仰って……でも、ふふ、確かに部長とウェンさんはすごく背が高いですよね」
「そうなんだよ。おかげでウェンと話してるだけで新人にビビられる年もあってな〜」
ダンスしながら会話をする。部長たちは男性の中でもかなり背が高い部類に入るので、確かにダンスでは苦労しているのだろうなと苦笑いしてしまった。
私の背は平均より少し高く、ヒールを履くと背が低めの男性と並んでしまうくらいだ。
そのため先ほどから「背が高すぎる」という囁き声がちらほらと聞こえてくるのだが、部長のような長身の方には丁度良いようなので気にしないことにした。
「それにしても、ダンスカードの面子がなんとも分かりやすいな」
不意に部長の表情が柔らかくなり、内容が一気に真面目なものになる。私も合わせて表情だけは柔らかくあるように努めながら答える。
「はい。やはり目的は……」
「国内は情報統制で知る人ぞ知るって感じだから、逆に国外の方が認知度高いんだよなぁ、アイツ」
「そうなんですか?」
「そ。宮廷情報局による涙ぐましい努力ってやつ。ダンス中は助けてやれない。失言するなよ?」
「はい」
◇
部長とのダンスを終え、2曲目はルークとのダンス。
2曲目は1曲目に次いで懇意な相手とのパート。
ルークがサンビタリア家嫡男として、私とのダンスを2曲目に選ぶことは重要な意味を持つ。
踊り終え、ダンススペースから脇に捌ける。
「ふふふ、ルーク、大きくなったわね」
「そうですか?そろそろ声変わりしたいです」
「まあ、そんな事を言って。大人の時間の方が余程長いのだから、お姉様にもう少しその声を聞かせて欲しいわ」
そんな話をしていたら、例の商人、いや豪商と呼んで差し支えないルキウス様が私のもとを訪れる。
「ストックリー男爵夫人、よろしくお願いいたします」
――ここからは、一切の失敗と失言は許されない。
差し出された大きな手に、そっと手を重ねた。
◇
豪商であるルキウス様は、血統としては向こうの国の貴族筋にあたるらしい。
「とはいっても、いわゆる傍系の三男坊というやつでして。親の脛を齧れるうちに商売を始めたら、ありがたく軌道に乗ったというわけです」
「まあ、そうでいらっしゃいましたの」
軽く言っているが、諸国を繋ぐ販路を得るというのは並大抵のことではない。彼自身の有能さ故だろう。
「改めまして、お目に書かれて光栄ですわ。ルキウス様」
「こちらこそ、かの天才の奥方様とお会いできて光栄です。……ときに夫人」
ルキウス様の分かりやすい誘導に視線を向けると、この後ダンスをさせていただく予定の技術大国の文官様がいらっしゃった。
「彼の国では、今度王宮学院の教本の内容を改定することが決まったそうです」
「まあ」
「その内容が、ストックリー卿が数年前に出した基礎研究論文に基づいているのはご存じでしたか?」
「……え?」
リュート様本来の専門は、魔術体系の見直しと再体系化。いわゆる基礎研究だ。
生み出す技術は国外に出せないものもあるが、基礎研究の類はアウリアド国として出す論文集に掲載され、友好国に贈られることもある。
「勿論、彼の国でストックリー卿の論文について幾度も検証を重ねた上での結論ですがね。……この意味が分かりますか、ご夫人」
ルキウス様は、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「機密技術や魔道具開発などなくても、基礎研究論文ですら世に影響を与える。貴女の夫殿は、そういう方なのです」
「……大変光栄な評価、有難う存じます」
「先日の叙爵公示を拝見して驚きました。あれでまだ二十代半ばだというから恐ろしい。しかしながら御国では技術者や宮廷魔道士しか彼の存在を知らず、その素晴らしさを理解していない。挙句の果てに軍が保護?実に不可解だ」
ルキウス様の口調は穏やかなまま。それなのに、不思議と激しく責め立てられているような気さえする。
彼の眼光だけが、鷹を思わせるように鋭く光る。
「教えて頂けますか、ストックリー一代男爵夫人。貴女の夫は、どのような方なのですか?」




