26-2
馬車を降りる瞬間は、緊張しすぎてよく覚えていない。
部長が「上出来だ」と笑ってくださったので、きっと大丈夫だったのだと思うことにした。
控室でベスさんに最終調整してもらい、部長と再度合流する。
ダンスカードを受け取り主会場の大広間に入場すると、係が私たちの名前を高らかに読み上げ……。
視線が、一気に集中するのを感じた。
一人なら絶対に足が竦んでいたと思うけれど、部長が背筋を伸ばし、私をエスコートしながら迷いなく挨拶の列に並んでくださるので何とか動く事が出来た。
――この先に、本日の主催であらせられる両陛下がいらっしゃる。その事実にさらに緊張が募っていく。
並んでいる私を見て、誰かが何かを囁き合っている。
クスクスと笑い声が聞こえた気がする。
頭の中が真っ白になりそうだった時、部長が小声で私に話しかけた。
「今日は楽でいいな」
意味が分からず首をかしげていると、目を細めた部長が薄く口を開く。
「お前は背が高いから、屈まなくていい。セリナだと小さすぎてな……内緒話すると腰が痛くなる」
「……まぁ」
私の緊張を解そうとしてくださったのだろう。お言葉に甘えてふふ、と笑う。
誤解の無いように言うが、セリナさんはわが国では平均的な身長の女性だ。
逆にゼフト部長はかなり上背がある。私はヒールなしで並ぶと部長の口元くらいの高さだが、セリナさんだと肩より少し上くらいだろう。
確かに、お二人がこういう場で何かをお話しするときは屈む必要がありそうだ。
両陛下とのご挨拶も、その後の挨拶回りも、部長の主導で順調に終える。
私はといえばカーテシーをして定型文を一言述べる程度だ。ほとんど頼りきりになってしまったので恐縮していたら「次からは自分でやれよ」と笑い飛ばしてくださった。
今度、セリナさんと社交場でのお話運びの練習をさせていただこうと胸に誓う。
あとは最初のダンスが始まるのを待つばかり、というところで声をかけられた。
「失礼、ゼフト殿とストックリー男爵夫人。少しよろしいでしょうか」
振り向くと、異国情緒あふれる衣装とお顔立ちの美丈夫が立っていた。年齢的にはゼフト部長よりもやや上くらいだろうか、金色の瞳がまるで鷹のような方だった。
そのまま私に向かって、紳士的に一礼してくださる。
「夫人。そのダンスカードへ、どうか私の名を加えていただけませんか?」
「……え?」
誰かからダンスの申し込みを受けることを、全く想定していなかった。
思わず呆けてしまった私とは逆に、部長はすぐに反応する。
「これはこれはルキウス殿、先日ぶりですね。ストックリー、せっかくのお申し出だ、カードを出して」
「は、はい」
シャトレーヌをお姉様から譲っていただいて良かった。
震えそうになりながらカードを紳士にお渡しすると、3曲目の欄に名前を書いて返される。
紳士の持つペンの軸は陶器製で、繊細な植物の絵が入っている。我が国の様式とは異なるが、美しいペンだった。
「では、こちらの曲の時にお迎えに上がります」
「ど、どうぞよろしくお願いいたします」
去っていく紳士を見送り、顔見知りらしい部長にお話を聞こうとしたら、更に声がかかる。
「ストックリー夫人、私とも一曲願えますか?」
「は、はいっ」
見れば近隣の大国の大使ご夫妻だ。思わぬ方からのお声がけに飛び上がるくらい驚いた。
その後も、国外の立場ある方々から声をかけられる。
あっという間にダンスカードが半分埋まってしまった。
部長がほんの少しだけ苦笑を匂わせる。
「大人気だな」
「はい……」
もちろん人気なのは私ではない――リュート様だ。
部長によると、最初に話しかけてくださった異国情緒溢れる方は遠方の国出身の商人の方で、幾つもの国で商いを成功させつつ、魔術理論の研究を趣味となさっているそうだ。
各地を巡る中で出会った、リュート様の基礎研究論文に非常に感銘を受けたらしい。
他の方々も、今夜の舞踏会に来ていないリュート様と何とか繋がりを持とうとしているのだろう。
しっかりしなきゃと、心の中で気合を入れ直す。私はリュート様の名代でここに居るのだから。
そんな折、若い少年に声をかけられる。
「失礼いたします。ストックリー一代男爵夫人。まだダンスカードに空きはありますか?」
「まぁ、ルーク……!」
声をかけてくれたのは弟のルークだった。
サンビタリア家嫡男が『鉄屑』に声をかけているのが意外だったのか、周囲の視線が改めて集中する。
内容は聞き取れないながらも、囁き声が耳を撫でていく。
それでも弟に会えた喜びの方が大きかったので、周囲に臆することなく接することが出来た。
「もちろんよ。好きなところに名前を書いて」
「ありがとうございます!では、2曲目にお願いしますね」




