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お茶を淹れ、そっとテーブルに置く。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう」
そう言って微笑むリュート様に、頬が熱くなるのが止まらない。
来客用のカップを用意しておいてよかった、と心底思う。
――リュート様が、私の家にいる。
緊張のあまり心臓が早鐘を打つ。
仮眠室に入ってリュート様を起こしたことは何度もある。
でも、いわゆる自分の私的な空間にリュート様がいるのは初めてで、不思議な感じがする。
思わず下を向いてクッキーを食べると、そのあまりの美味しさについ「あ、おいしい」と声を漏らしてしまった。
先ほどの侯爵家で供されたものだ。
お姉様がとても気に入っていたのだが、侯爵夫人が気を利かせて私にもお土産にと持たせてくださった。
バターがしっかりとしているのに、練り込まれている香草の香りで重たく感じない。とても美味しいクッキーだ。
「それ、そんなに美味しいの?」
リュート様がじっとクッキーを見る。
以前、薬や毒が練り込みやすい焼き菓子類は苦手と仰っていたけれど……。
「えぇと……気になります、か?」
そっとリュート様に聞く。
「うん。でも大丈夫、ありがとう」
馬鹿なことを聞いてしまった。
リュート様が、ウェンさんか私が作った食事以外はまだ手が動かなくなるのは、私が一番よく知っているのに。
「……あ」
ふと何故か、リュート様の手が動かないなら、代わりに私がやればいい。そう思ってしまい、クッキーをリュート様の口元に持っていく。
「これで食べられそう、ですか?」
リュート様は驚いたようにこちらを見ていたが、ふっと微笑んで口を開く。
サク、と音を立てて、クッキーがひとかけら、リュート様の口の中に入っていった。
「あ、本当に美味しい、意外とサクサクしてる。……ふふ、クッキーなんて、子どもの頃以来だ。ありがとう」
リュート様がとても優しく、嬉しそうに微笑む。
――食べられ、た。
リュート様が、ウェンさんと私以外の作ったものを。
衝撃で固まっていると、リュート様が自らクッキーに手を伸ばそうとする……が、クッキーを持とうとすると、手首から先がだらりとしてしまう。
「うーん、やっぱり駄目か……。ごめん、食べさせてもらっていい?本当に美味しかったから」
それでも、口に出来たのは間違いなく回復の兆しで……。
「……よかった……」
「カレン?」
ぽろぽろと流れる涙をぬぐい、クッキーを持つ。
「はい、どうぞ」
リュート様が優しい顔で、私の手からクッキーを食べる。
「……うん、美味しい。ありがとう。キミのおかげで、美味しいものが食べられた」
リュート様が、そのまま私をそっと抱きしめる。
「ありがとう。愛してるよ、カレン」
「はい、はいっ……私もっ……」
胸がいっぱいになってしまって泣きじゃくる私の髪を、リュート様はずっと手で梳いていた。
◇
涙が少し落ち着いた頃、リュート様が私を抱きしめたまま深呼吸をした。
「……あのね、カレン。僕ら、夫婦になったよね」
「はい」
言い淀むことの少ないリュート様にしては珍しく、なにかを躊躇うようだった。
リュート様は私の髪を梳きながら、言葉を続ける。
「外泊許可も今夜だけで、次いつこうやって二人きりで過ごせるか、分からない。ゼフトが交渉してくれてるけど……次は下手すると数年後かもしれない」
「リュート様……?」
そっと、リュート様の手のひらが私の頬に、親指が唇に触れる。
「……いい?」
「え、えぇと……?」
言葉の意味が分からず戸惑っていると、それを察したリュート様がふふっと笑う。
「こういうこと」
そう言いながらリュート様の顔が近づいてきて、私の唇に、温かいものが触れた。
というわけで入籍しました!ここからが本番です。
これから二人が困難にどう立ち向かっていくのか、お付き合いいただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




