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23-2

お姉様が見届け人として、テーブルの側に立ち私達を見る。

リュート様と二人、ゆっくりとテーブルに近づいた。


署名欄に、リュート様がサインをする。

何度も書類で見た、綺麗な字。リュート様本人のような、まっすぐで優しい筆跡。


私が署名をする番になる。

ペンを持った手が、少しだけ緊張で震えていた。

「大丈夫?ゆっくりでいいよ。別に段取りとか無いし」

リュート様が小さな声でゆっくりと話しかけてくださる。

サロンに降り注ぐ午後の日差しで、いつもより髪も瞳もすこし明るく紅く見える。赤茶色の瞳が、柘榴石のようだ。


こんな素敵な人が、私を選んでくださったのは、本当に奇跡だなといつも思う。

未だに夢だったんじゃないかとすら思うこともある。


リュート様のお役に立ちたい、傍に居たいと頑張っていたら、一番傍に居ることを許していただけた。

なんて幸せな事なんだろう。

これからもよろしくお願いします、という気持ちを込めて名前を書く。

――サンビタリアの姓を書くのは、これできっと最後になる。



「確かに、アウリアド国の聖女たるクルーゼ・サンビタリアが見届けました。おめでとう、ストックリーご夫妻」

父とレオナルド様も立会人として署名した後、お姉様が宣言する。

リュート様は叙爵に合わせて"ストックリー"に改姓した。

養母様側の、今は使われていない古い姓を頂いたそうだ。


「このまま家令と提出してくる。侯爵である俺が行った方がなにかといいだろう」

レオナルド様は言うが早いか、家令の方とそのまま本当に出かけてしまった。


侯爵夫人……レオナルド様の奥様がゆったりと笑う。

「カレンさん、せっかくだからもう少しそのドレスを着てゆっくりしましょう?

皆さんもよろしければ談話室で主人の戻りをお待ちくださいな」



「ああ、技術開発部は若いのしか居ないから、そういう話になるのか」

父とリュート様で何か話題をと探した結果、結局例の保管庫の話になってしまった。あれは公開案件なので、話しても支障はない。


「40年くらい前の仕様だな。かなり癖の強い複数陣継承だ。王宮の保管庫の一部は同仕様だが……どこかに仕様書があるか探してみるか?」

「いえ、そこまでしていただくわけには。お話が聞けただけで十分です」


お父様は宮廷魔導師の中でも、資料や文献などの扱いを担当する方。なのでお話ができるかなと思ったが、想像以上にぴったりの話題だったらしい。


「40年前……一番最年長の2班長でも子どもの頃ですね」

そう言うと父が眉を少しだけ下げる。

「私だってそうだぞ。しかし、宮廷魔導課内ではその頃から働いている方も居られるからな。知の継承が長く行われる」


リュート様が柔らかい表情で軽く頭を下げる。

「技術開発部は50歳を目安に異動や引退の話が出ますから。組織としての代謝は良くても継承という意味では弱く、お恥ずかしい限りです」


技術開発部は、端的に言ってしまうと激務だ。

そのため、年齢的体力的に限界を迎える前に別部署で技術相談者になるよう声がかかったり、引退して商会やギルドの魔導技術開発に携わる方も多い。

50歳。と考えて思わず飛び上がりそうになる。

「に、2班長、もうすぐ……!?」

彼は確か40代後半。頼りになって、いざというときは脇を締めてくださる大事な方だ。

リュート様が目を細め少しだけ空を見つめる。

「言わないで。本気で困ってるんだ……」



夕方、レオナルド様がお戻りになり、確かに了承されたと婚姻受理証明書をリュート様に渡す。

これで、私たちは国からも認められた夫婦となった。


それをジッと見ていたリュート様が、顔を上げる。

「じゃあ……戻ろうか。カイルさんに連絡してもらっていい?」

「……はい」


リュート様には外泊許可は出ていないし、明日からまた仕事だ。

通信魔導具をリュート様は持っていない、持つ許可が下りていない。そのため私がカイル班長に連絡した後、侯爵家の一室を借りて、お互い普段着に着替え帰り支度をする。


エントランスホールに向かうと、すでにカイル班長が待っていた。お姉様とお父様、レオナルド様と夫人に挨拶をし、馬車に乗り込んだ。


走り出してしばらくして、同乗したカイル班長が口を開く。


「ああ、お前ら2人に、部長さんから結婚祝いがあるんだが、今いいか?」

「なに?」

腕を組んで目を閉じていたリュート様が、カイル班長を見る。


「顧問殿、あんたに一晩だけ外泊許可だ。勿論、宿泊場所は指定されてるが」

「……………………は?」

リュート様が目を見開いて固まる。本気で驚いた顔を、初めて見た気がした。


カイル班長が肩をすくめて話を続ける。

「まあ、本当に外泊するかどうかはあんたに任せるってよ。どこに泊まるかは……言わなくても分かるよな?」


カイル班長の視線とリュート様の顔が、ゆっくりと私の方を向いた。

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